地元に戻ったのに居場所がない
Uターン後の孤独と感情の言語化
20年ぶりに地元へ戻ってきた。親の体のことも気になったし、子育ても自然の多いところでしたかった。けれども、スーパーで同級生の親に会えば「あら、東京でだめになったの?」と笑われ、実家では「いつまでいるの」「ちゃんとした仕事はあるの」と聞かれる。同級生の集まりに顔を出しても、話題はもう自分の知らない人の噂ばかり。知らない土地に移り住むより、知っている土地に戻るほうが、かえって孤独を感じることがあります。そこには、「戻ってきたのだから文句を言ってはいけない」という思いに押し込められた、名前のない感情が隠れています。地元に戻った30〜50代の方に向けて、居場所を取り戻すための感情の言語化をお伝えします。
結論:Uターン後の孤独は「場所」ではなく「感情」の問題
結論からお伝えします。地元に戻ったのに居場所がないと感じるのは、あなたが地元になじめない人だからでも、わがままだからでもありません。多くの場合、そこには「懐かしさ」「気まずさ」「悔しさ」「ほっとする気持ち」「取り残された感じ」が同時に動いていて、それを一つひとつ言葉にできないまま、「なんとなく居心地が悪い」というひとかたまりの感覚になっているのです。
この記事のポイントは3つです。
- 知っている場所ほど、本音を言いにくい。地元の人は「昔のあなた」を知っているぶん、いまのあなたの気持ちを聞く前に、あなたを「出戻り」「〇〇さんちの子」として見てしまいやすい。
- 居心地の悪さの中には、複数の感情が混ざっている。混ざったままでは、何に手をつければいいのかわからない。分けて名前をつけると、対処できる部分が見えてくる。
- 居場所は「戻る」ものではなく「つくり直す」もの。アドラー心理学の所属感と課題の分離の視点で、地元の目や親の期待と、自分の気持ちを切り分けることができる。
背景にあるのは、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる状態です。感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる特性の濃淡です。大きな環境の変化のあとには、一時的にこの傾向が強まることもあります。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態にある人を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。
なお、縁のない土地へ移り住む地方移住の悩みは地方移住の記事で扱いました。この記事では、生まれ育った地元に戻った人に絞ってお話しします。「よそ者」として見られる移住者とは違い、Uターンした人は「身内」として見られるからこそ生まれる、独特の息苦しさがあるからです。
数字と研究で見るUターンと孤独
Uターンした人の孤独は、個人の性格の問題ではなく、多くの人に共通する心の動きとして理解することができます。関連する統計と研究を紹介します。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 約4割 | 孤独感が「ある」と答えた人の割合(「しばしば・常に」「時々」「たまに」の合計)。孤独は一部の人の問題ではない | 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」 |
| 東京圏への集中 | 東京圏では転入が転出を上回る「転入超過」が続いてきた。若い頃に地元を離れ、のちに戻るかどうかを考える人は少なくない | 総務省「住民基本台帳人口移動報告」 |
| 所属の欲求 | 人には、他者と安定したつながりを持ちたいという根本的な欲求がある。それが満たされないと、心身に大きな影響が出る | Baumeister & Leary(1995) |
| 懐かしさの働き | 懐かしさ(ノスタルジア)には、人とのつながりの感覚を高める働きがあることが示されている | Wildschut, Sedikides らの研究(2006) |
| 感情のラベリング | 感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がる | Lieberman et al.(2007) |
| 約10〜16% | 一般の人のうち、アレキシサイミア傾向が強いとされる人の割合 | TAS-20等を用いた複数の疫学研究 |
アメリカの心理学者バウマイスター(Baumeister)とリアリー(Leary)は、1995年の論文で、人がほかの人とつながり、どこかに属していたいという欲求は、食べることや眠ることと同じくらい根本的なものだと論じました。所属の欲求が満たされないと、不安や落ち込み、体の不調にもつながりやすくなります。
Uターンした人は、この所属の欲求が二重に揺さぶられやすい立場にいます。都会で築いた職場や友人とのつながりを手放したうえに、戻った地元でも、昔と同じようには受け入れてもらえない。どちらにも属していないような感覚が、「居場所がない」という言葉になって表れるのです。
一方で、懐かしさには、つながりの感覚を高める働きがあることも研究で示されています。地元の景色や味に触れてほっとするのは、心が自然に「つながり」を取り戻そうとしているからです。懐かしさと居心地の悪さが同時にあるのは、矛盾ではありません。Uターンした人の心の中では、その両方が本当なのです。
懐かしいのに、居心地が悪い。
帰ってきたのに、帰れていない。
その矛盾こそが、Uターンした人の本当の気持ち。
「出戻り」の目|地元の人の言葉が刺さる理由
笑ってごまかすしかなくて」
地元の人の何気ない一言が、なぜこれほど刺さるのでしょうか。その理由の一つは、Uターンには「都会で成功しなかったから戻ってきた」という古いイメージがつきまといやすいからです。実際には、親の介護、子育て、働き方の見直し、地元への思いなど、戻る理由は人それぞれです。それでも、「出戻り」という言葉の響きは、本人の中にある不安や負い目を刺激します。
刺さる言葉の下にある感情
地元の人の言葉に心がざわついたら、その下にある感情を分けてみてください。
| 言われた言葉 | 心の中で動いている感情の例 |
|---|---|
| 「東京でだめになったの?」 | 悔しさ、恥ずかしさ、「わかってもらえない」さみしさ |
| 「〇〇さんちの子ね」 | 自分が「家の付属物」に戻されたような窮屈さ |
| 「昔はおとなしい子だったのに」 | いまの自分を見てもらえないもどかしさ |
| 「いつまでこっちにいるの?」 | 歓迎されていないのではという不安 |
| 「戻ってきてくれて、親御さんも安心ね」 | うれしさと同時に、「親のために生きる人」と決められる重さ |
名前をつけてみると、ひとつの言葉にいくつもの感情が重なっていることがわかります。そして、感じていることがわかれば、「次に聞かれたら、こう答えよう」と準備することもできます。たとえば、「こっちで暮らしてみたくなって」と、自分の選択として短く伝える一言を用意しておくだけで、毎回心がすり減ることが少なくなります。
Uターンした人は、地元の人の言葉を「自分への評価」として受け取りやすい状態にあります。けれども、相手の言葉は、多くの場合、相手の興味や、相手の価値観の表れにすぎません。このことは、のちほどアドラー心理学の「課題の分離」で詳しくお伝えします。
親との再同居|「子ども」に戻される息苦しさ
Uターンをきっかけに、実家で親と暮らしはじめる方も多いでしょう。家賃がかからない、親の様子を見守れる、子どもを祖父母に見てもらえる。たくさんのメリットがある一方で、何十年ぶりの親との同居は、思いがけない感情の揺れを生みます。
母に『早く寝なさい』と言われるんです」
実家に戻ると、人はいつのまにか、家を出る前の「家族の中での役割」に引き戻されやすくなります。しっかり者の長女、手のかかる末っ子、親の愚痴の聞き役。都会で何十年もかけて築いた「大人の自分」が、実家の玄関をくぐった瞬間に、昔の役割に塗り替えられてしまうような感覚です。
親の側にも、言葉にならない感情があります。子どもが戻ってきたうれしさ、また子どもの役に立てる喜び、自分の老いへの不安。世話を焼くことは、親にとって「自分はまだ必要とされている」と感じるための方法でもあるのです。
同居を続けるための3つの工夫
イライラを「三つの気持ち」に分けて伝える
「うるさいな」ではなく、「心配してくれるのはうれしい。でも、大人として任せてほしい。きつく言ってしまってごめん」。感謝・希望・謝罪の三つに分けて言葉にすると、親にも伝わりやすくなります。
生活のルールを「話し合って」決める
食事の時間、家事の分担、生活費の入れ方などを、大人同士として一度話し合って決めます。暗黙の了解のままにしておくと、昔の親子のルールがそのまま続いてしまいます。
家の外に「自分の時間」と「自分の場所」をもつ
カフェ、図書館、ジム、地域の講座など、親の子どもではない自分でいられる場所を、家の外に一つつくります。家の中でしか過ごせないと、息苦しさは逃げ場を失います。
同級生との距離|変わった自分と、変わらない地元
地元に戻ってうれしいことの一つは、昔の同級生と再会できることです。けれども、久しぶりの集まりから帰る道で、なぜか一人で取り残されたような気持ちになったことはないでしょうか。
同級生の多くは、地元で就職し、結婚し、子育てや親の介護をしながら、20年分の「地元の歴史」を共有しています。消防団や祭り、PTAなど、あなたのいない間に積み重ねられてきた関係があります。そこに戻ったあなたは、昔の仲間でありながら、いまの輪の外にいるという、微妙な立場に置かれます。
「違ってしまった」と感じるときの気持ち
- 昔の思い出話では盛り上がるのに、いまの話になると会話が続かない
- 都会での仕事の話をすると、「自慢している」と思われそうで黙ってしまう
- 地元の人間関係や噂話についていけず、愛想笑いをしている
- 独身・子どもがいないなど、地元の「当たり前」と違う生き方を説明するのに疲れる
- 同級生の生活が「ちゃんとしている」ように見え、自分だけが遠回りしたように感じる
こうした場面で動いている感情は、さみしさ、気後れ、うらやましさ、そして「どちらの自分が本当なのか」という戸惑いです。地元を離れていた年月が、あなたを変えたのは確かです。けれども、それは「地元の人でなくなった」ということではありません。違う経験をしてきたからこそ、地元にとって新しい視点を持っている、ということでもあります。
同級生との関係は、昔のままに戻そうとしなくてかまいません。「昔の仲間」としてではなく、「いまのあなた」として、新しく出会い直すくらいの気持ちで十分です。気の合う一人とゆっくり話す時間のほうが、大勢の集まりより、居場所の感覚を育ててくれることも多いのです。
都会への未練|「戻ってきてよかったのか」という迷い
Uターンしてしばらくたつと、ふとした瞬間に都会の暮らしを思い出すことがあります。夜遅くまで開いている店、自分で選んだ友人との気楽な時間、仕事での手ごたえ。SNSで元同僚の活躍を見たときに、胸がちくりと痛むこともあるでしょう。
そんなとき、多くの人は「自分で決めて戻ってきたのに、後悔するなんて」と、その気持ちを打ち消そうとします。けれども、未練を感じることは、選択を間違えた証拠ではありません。何かを選ぶということは、別の何かを手放すということです。手放したものを惜しむ気持ちは、それだけ都会での日々があなたにとって大切だったという証です。
「戻ってよかったか」を感情で整理する
「戻ってきてよかったのか」という問いは、白黒で答えようとすると苦しくなります。代わりに、次のように感情で分けて書き出してみてください。
| 地元に戻って得た気持ち | 都会に置いてきた気持ち |
|---|---|
| 親のそばにいられる安心 | 仕事で認められる手ごたえ |
| 季節の移り変わりを感じる心地よさ | 誰にも詮索されない気楽さ |
| 子どもがのびのび遊ぶ姿へのうれしさ | 自分で選んだ友人とのつながり |
| 懐かしい味や景色にほっとする気持ち | 新しいものに触れるわくわく感 |
こうして並べると、「戻ってよかった」と「さみしい」は両立することがわかります。そして、右側の列にある気持ちの中には、地元でも別の形で満たせるものがあるかもしれません。仕事の手ごたえはオンラインの副業や地域の活動で、新しいものに触れるわくわく感はときどきの都会への小旅行で。未練を否定するのではなく、未練が教えてくれる「自分が大切にしているもの」を手がかりにするのです。
所属感と課題の分離|アドラー心理学で居場所を考える
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の考え方の中に、Uターンした人の心を支える二つの視点があります。
視点1|所属感は「受け入れてもらう」だけでは育たない
アドラー心理学では、人には「自分はここにいていい」と感じられる所属感が欠かせないと考えます。所属感は、共同体感覚――自分は仲間の一員であり、仲間とつながっているという感覚――の土台です。
Uターンした人は、所属感を「地元に受け入れてもらうこと」で得ようとしがちです。けれども、アドラー心理学では、所属感は受け身で与えられるものではなく、自分から誰かの役に立とうと関わる中で育つものだと考えます。地域の清掃に一度参加してみる。親の知人の困りごとを手伝う。都会で身につけた知識を、地元の店や団体のために生かす。小さな貢献を通して、「ここにいていい」という感覚は少しずつ育っていきます。
大切なのは、最初から大きな輪に入ろうとしないことです。共同体は、地元全体という大きなものだけではありません。近所の一人、趣味の仲間の二人、同じようにUターンしてきた人たち。小さな輪がいくつかあれば、それで十分な居場所になります。
視点2|地元の目は、地元の人の課題
アドラー心理学には、「課題の分離」という考え方があります。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった整理で、「その選択の結果を最終的に引き受けるのは誰か」で、自分の課題と他者の課題を分けていきます。
| 他者の課題 | 自分の課題 |
|---|---|
| 近所の人があなたを「出戻り」と見るかどうか | 自分がなぜ戻ってきたのかを、自分の言葉で受けとめること |
| 親が「ちゃんとした仕事」を望むかどうか | 自分がどんな働き方を選ぶか |
| 同級生があなたをどう評価するか | 誰と、どのくらいの距離で付き合うか |
| 親戚が結婚や子どものことを気にするかどうか | 自分の生き方をどう説明するか、しないか |
地元の人がどう見るかは、地元の人の課題です。あなたがどれだけ気をつかっても、相手の見方を完全に変えることはできません。相手の課題に踏み込もうとするのをやめると、自分の課題――自分がどう生きたいか――に使えるエネルギーが戻ってきます。
ただし、課題の分離は「人の言葉に何も感じないようにする」ことではありません。言われた言葉に傷ついたら、まずは「私は、悔しかったんだな」と自分の感情に名前をつけてあげる。そのうえで、「相手がどう見るかは相手の課題」と線を引く。感情を受けとめてから線を引くことで、心は無理なく軽くなります。
中島輝より一言
Uターンした方のお話をうかがっていると、「地元に戻れば、何かが元どおりになる」と期待していた方ほど、つらさを抱えていることに気づきます。けれども、元どおりになるものなど、実は一つもないのです。あなたも地元も、それぞれの時間を生きてきたのですから。だからこそ、居場所は「戻る」ものではなく「つくり直す」もの。そう考えると、居心地の悪さは「失敗のしるし」ではなく、「新しく始めている途中のしるし」に見えてきます。
Uターンした人のための感情の言語化ワーク|自尊心≒自己存在感を育てる
自己肯定感の「6つの感」を一本の木にたとえると、Uターンした人の悩みと特に深く関わるのが、根にあたる「自尊心≒自己存在感」です。自尊心≒自己存在感は、「自分はここにいていい」「自分は存在しているだけで価値がある」という感覚で、木全体を支える根の役割を果たします。
Uターンは、いわば木を植え替えるようなものです。都会で張った根をいったん抜き、地元の土に植え直す。植え替えたばかりの木が、しばらく葉を落としたり元気をなくしたりするのは自然なことです。根が新しい土になじむまでには、時間がかかります。その間、根を育てる栄養になるのが、自分の感情を受けとめる言葉です。書籍原稿のワークを、Uターンの場面に合わせてアレンジして紹介します。
五感スイッチ:地元の「好き」を一つ見つける
朝の通勤や散歩の途中で、見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れるのうち一つに意識を向けます。「田んぼの水の匂い」「商店街のパン屋の焼ける香り」「川の音」。地元の中に「好き」を一つ見つけるたびに、根は新しい土に一本ずつ伸びていきます。
感情が動いた瞬間日記:「刺さった言葉」と「うれしかった言葉」を書く
一日の終わりに、地元の人とのやりとりで心が動いた瞬間を二つ書きます。一つは刺さった言葉、もう一つはうれしかった言葉です。「近所の人に『戻ってきてくれて助かる』と言われて、うれしかった」。刺さる言葉だけに目が向いているときほど、うれしかった言葉を意識して拾ってください。
今日のオノマトペ:居心地を音で表す
その日の居心地を、「ちくちく」「もやもや」「ふわっ」「ほっこり」などの音で表してメモします。言葉にしにくい居心地の悪さも、音なら表しやすくなります。1か月分を見返すと、「ちくちく」の日が少しずつ減っていることに気づくかもしれません。
居場所マップ:小さな輪を書き出す
紙の真ん中に自分を書き、周りに「少しでもほっとできる人や場所」を書き出します。家族、近所の一人、行きつけの店、オンラインの友人、図書館。大きな輪でなくてかまいません。点が三つあれば、それはもう立派な居場所のネットワークです。
居場所は、見つけるものではなく、
小さな「好き」と「ありがとう」を重ねて、
自分の手でつくり直すもの。
どうしても気持ちが沈む日が続くときは、一人で抱え込まないでください。自治体の保健センターや精神保健福祉センターでは、こころの相談を受けつけています。眠れない、食欲がない、何をしても楽しくない状態が2週間以上続く場合は、医療機関への相談も考えてみてください。
パートナーや家族と話すとき
Uターンには、パートナーや子どもが一緒についてきてくれることも多いものです。あなたにとっては「地元」でも、パートナーにとっては縁のない土地です。あなた自身が居心地の悪さを言葉にできないと、パートナーの戸惑いにも気づきにくくなります。
話すときの3つのポイント
「戻ってよかった」と言わなければ、と思わない
家族を連れてきた責任感から、「ここはいいところだよ」と言い続けてしまう方がいます。けれども、「実は、自分もまだ慣れていないんだ」と打ち明けることで、パートナーも本音を話しやすくなります。
親との間に立つ
パートナーが自分の親と同居や近居をしている場合、パートナーは遠慮して気持ちを言えないことがあります。「うちの親のことで、何か気になることはない?」と、あなたから聞いてみてください。
子どもの「前の学校がよかった」を受けとめる
子どもが前の土地を恋しがったら、「こっちのほうがいいでしょ」と説得するより、「前の友だちに会いたいよね」と気持ちを言葉にして返します。子どもの感情を受けとめることは、あなた自身の未練を受けとめる練習にもなります。
地元に戻ってから、ほかの人とのつながりそのものが薄くなったと感じている方は、「さみしい」と言えない大人たちもあわせて読んでみてください。
よくあるご質問
「いま、私は何を感じている?」
その問いが、新しい地元に根を張る第一歩です。
感情を言葉にしてはじめて、根は新しい土になじみます。
自分を大切にしよう
Uターンは、懐かしい場所への「帰郷」であると同時に、都会で築いたつながりを手放し、昔の自分を知る人たちの中で新しい自分を生き直す、大きな環境の変化です。「出戻り」の目、親との再同居、同級生との距離、都会への未練。そこで生まれる居心地の悪さが言葉にならないのは、あなたが地元になじめない人だからではなく、懐かしさとさみしさ、安心と息苦しさが、同時に心の中にあるからです。
刺さった言葉の下にある感情に、一つずつ名前をつける。親へのイライラを、感謝・希望・罪悪感に分けて伝える。同級生とは昔の関係に戻すのではなく、いまの自分として出会い直す。都会への未練を、自分が大切にしているものの手がかりにする。そして、地元の目は地元の人の課題だと線を引き、小さな貢献を通して所属感を育てていく。そうした小さな言葉の積み重ねが、「自分はここにいていい」という自尊心≒自己存在感を、新しい土の中で育てていきます。
家族のため、自分の人生のために、勇気を出して地元に戻ってきたあなたは、本当によく頑張っています。その頑張りを、「戻ってきたのに、うまくなじめない」と自分を責めることには使わないでください。「今日は、少し居心地が悪かった。でも、川の音が好きだと思えた」。その一言で十分です。自分を大切にしよう。植え替えた木は、時間をかけて、必ず新しい土に根を張っていきます。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」
- 総務省「住民基本台帳人口移動報告」
- Baumeister, R.F., & Leary, M.R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117, 497-529.
- Wildschut, T., Sedikides, C., Arndt, J., & Routledge, C. (2006). Nostalgia: Content, triggers, functions. Journal of Personality and Social Psychology, 91, 975-993.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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