シャッターを下ろす前に言えなかったこと
商店街の店主と感情の言語化
朝8時、いつものようにシャッターを上げる。通りを見渡すと、向かいの青果店も、二軒先の呉服店も、もう何年も閉まったままだ。帳簿を開けば、去年より今年、今年より来年が厳しいのはわかっている。息子は都会で会社勤めをしていて、継ぐ気はない。それでも常連さんに「元気?」と聞かれれば、「まあ、ぼちぼちね」と笑って返す。閉店は「経営の判断」として語られがちですが、店主にとっては人生の大部分を占めてきた場所を失う、大きな喪失体験でもあります。そしてその悲しみは、周りからも、本人からも、なかなか「悲しみ」として扱われません。商店街で店を続けてきた方、たたむかどうか迷っている方に向けて、言葉にならない気持ちのほどき方をお伝えします。
結論:閉店は「経営判断」であると同時に「大きな喪失」
結論からお伝えします。店をたたむかどうかで長く迷い、決めたあとも心が晴れないのは、あなたの決断力が足りないからではありません。そこには、数字では測れない感情――さみしさ、悔しさ、申し訳なさ、ほっとする気持ち、そして「自分は何だったのか」という問い――が、ひとかたまりのまま押し込められていることが多いのです。
この記事のポイントは3つです。
- 閉店は喪失体験である。家族を亡くしたときのような悲嘆が起きても不思議ではないのに、周りからは「年だから仕方ない」「時代の流れ」で片づけられやすい。
- 「まだ大丈夫」の下には、名前のない感情がある。売上減と後継者不在の不安、常連客への責任感、組合での遠慮が、言葉にならないまま積み重なっている。
- 店の価値は売上だけでは決まらない。アドラー心理学の「貢献感」と「人生の意味は自分が与えるもの」という考え方で、店とともに過ごした時間の意味を、自分の言葉で受けとめ直すことができる。
背景にあるのは、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる状態です。感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる特性の濃淡です。強いストレスや喪失が続くと、一時的にこの傾向が強まることもあります。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態にある人を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。
商店街の店主には、何十年も「お客さんの前では明るく」「弱音は家の中でも吐かない」と自分に言い聞かせてきた方が少なくありません。店を守るために身につけたその姿勢は立派なものです。けれども同時に、自分の気持ちを後回しにすることが、すっかり習慣になっていることがあります。だからこそ、店の行く末を考えるときほど、自分が何を感じているのかがわからなくなるのです。
数字と研究で見る商店街と店主の心
商店街の店主が抱える悩みは、個人の問題ではなく、全国の商店街に共通する構造の問題でもあります。あわせて、喪失と感情についての研究から、店主の心の動きを理解する手がかりを紹介します。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 商店街の悩みの上位 | 商店街が抱える問題として、「経営者の高齢化による後継者問題」が繰り返し上位に挙げられている。空き店舗の増加もあわせて課題とされている | 中小企業庁「商店街実態調査」 |
| 経営者の高齢化 | 中小企業の経営者の年齢分布のピークが、年を追って高い年代へ移ってきたことが示されている | 中小企業庁『中小企業白書』 |
| 公認されない悲嘆 | 周囲から「悲しんでよい喪失」と認められにくい喪失では、悲しみが表に出せず、長引きやすい | Doka(1989) |
| 悲嘆の二重過程モデル | 喪失に向き合う時間と、新しい生活に向かう時間を行き来することが、回復を支える | Stroebe & Schut(1999) |
| 感情のラベリング | 感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がる | Lieberman et al.(2007) |
| 約10〜16% | 一般の人のうち、アレキシサイミア傾向が強いとされる人の割合 | TAS-20等を用いた複数の疫学研究 |
表の中で、店主の心を考えるうえで特に大切なのが、アメリカの悲嘆研究者ケネス・ドカ(Doka)が1989年に示した「公認されない悲嘆(disenfranchised grief)」という考え方です。人は、家族の死のように社会が「悲しんで当然」と認める喪失だけでなく、ペットの死、離婚、仕事を失うことなど、周りからは悲しみとして扱われにくい喪失も経験します。そうした喪失では、悲しむ場も、悲しみを話す相手も見つけにくく、感情が行き場を失いやすいのです。
店をたたむことは、まさにこの「公認されにくい喪失」の典型です。閉店の知らせを聞いた人は、「長い間お疲れさま」「ゆっくりできるね」と声をかけます。どれも温かい言葉です。けれども、そこには「悲しんでいいんだよ」というメッセージは含まれていないことが多いのです。
店をたたむのは、人生の一部を手放すこと。
悲しくて当然のことを、
悲しいと言えないまま抱えていませんか。
「まだ大丈夫」と言い続ける店主の心|売上減と後継者不在
と言いながら、夜は眠れないんです」
売上が落ちていくとき、店主の心の中では、いくつもの感情が同時に動いています。このままで大丈夫かという不安。大型店やネットへの悔しさ。父や祖父から受け継いだ店を自分の代で終わらせるかもしれない申し訳なさ。そして、それをどうにもできない無力感です。
感情が多すぎるとき、人の心は「全部まとめて考えない」という方法で自分を守ろうとします。「まだ大丈夫」という言葉は、強がりというより、ひとかたまりになった感情にふたをするための言葉であることが多いのです。
後継者がいないことの、もう一つの痛み
後継者不在は、経営の問題として語られます。けれども店主にとっては、「自分が大切にしてきたものを、大切だと思って受け取ってくれる人がいない」という痛みでもあります。子どもが継がないと言ったとき、「そりゃそうだ、こんな商売」と笑ってみせながら、心の奥でさみしさを感じていた方は多いはずです。
そのさみしさを言葉にしないまま年月が過ぎると、子どもとの会話がぎこちなくなったり、「どうせ誰もわかってくれない」という思いが強くなったりします。家業の引き継ぎそのものについては先代と比べられ続ける後継者へで、継ぐ側の気持ちを扱いました。この記事では、継ぐ人がいない店主の側の気持ちに焦点を当てます。
体に出るサインに気づく
言葉にならない感情は、体のサインとして表れることがあります。次のようなことが続いていないか、振り返ってみてください。
- 夜中や明け方に目が覚め、店のことを考えて眠れなくなる
- 帳簿や通帳を開くのを、なんとなく先延ばしにしている
- 以前は楽しみだった仕入れや陳列が、おっくうに感じる
- 肩や背中がずっと重く、胃の調子もよくない
- 家族に店の話をされると、つい声が大きくなる
- お客さんが少ない日、一日が終わるとどっと疲れている
いくつか当てはまっても、それはあなたが弱いからではありません。心が「何かを感じている」と知らせてくれているサインです。眠れない、食べられない状態が2週間以上続くときは、かかりつけ医や心療内科に相談してください。
常連客との関係|「やめないでね」が重くなるとき
商店街の店の強みは、何といっても常連さんとの関係です。名前で呼び合い、家族の近況を知り、「いつもの」で通じる。その関係こそが、店主にとっての誇りであり、生きがいでもあったはずです。
ところが、店の行く末を考えはじめると、その大切な関係が、別の重さを持ちはじめます。
何も言えなくなってしまって」
常連さんの「やめないでね」は、多くの場合、純粋な好意から出た言葉です。けれども、受け取る側の店主が自分の気持ちを言葉にできていないと、その好意は「やめてはいけない」という重い期待に変わってしまいます。
常連さんへの気持ちを分けてみる
まずは、常連さんに対する気持ちを、一つずつ分けて書き出してみてください。
| 気持ち | 心の中の言葉の例 |
|---|---|
| 感謝 | 「長い間、通ってくれて本当にありがたい」 |
| 責任感 | 「あの人の食事はどうなるんだろう」 |
| 罪悪感 | 「自分の都合でやめるのは申し訳ない」 |
| 疲れ | 「正直、もう体が言うことをきかない」 |
| さみしさ | 「店がなくなったら、もう会えなくなるかもしれない」 |
| ほっとする気持ち | 「やめたら、朝ゆっくり眠れる」 |
最後の「ほっとする気持ち」を書くとき、後ろめたさを感じる方もいるでしょう。けれども、ほっとする気持ちがあることは、常連さんを大切に思っていないということではありません。感謝もさみしさも安堵も、同時にあっていいのです。混ざった感情を混ざったまま認めることが、次の一歩を考える土台になります。
常連さんに閉店を伝えるときは、「申し訳ない」だけでなく、「長い間、通ってくれて本当にうれしかった」という気持ちを言葉にして伝えてみてください。感謝を伝えることは、相手との関係を終わらせることではなく、その関係に意味を与えることです。
商店会・組合の人間関係|会合で言えないこと
商店街には、商店会や振興組合といった組織があります。夏祭りや年末の売り出し、アーケードや街路灯の維持、補助金の申請。地域の顔として、多くの役割を担ってきました。一方で、その会合が本音を言いにくい場になっていることも少なくありません。
会合で起きやすい感情のすれ違い
- 「うちはもう長くないかもしれない」と思っていても、役員会では言い出せない
- 新しいイベントの提案に、「どうせ人は来ない」と冷めた気持ちになる自分がいる
- 若い店主の提案を、古くからの役員が「前にもやってだめだった」と退ける
- 街路灯の電気代や会費の負担が重いが、「抜けたら裏切り者」と思われるのが怖い
- 閉店した店の跡に入った新しい店と、どう付き合えばいいかわからない
こうした場面では、表に出ている言葉の下で、不安、あきらめ、不公平感、取り残される怖さが動いています。たとえば「前にもやってだめだった」という言葉の下には、「またがっかりしたくない」という気持ちが隠れていることがあります。新しい提案を退けているのは、提案そのものではなく、もう一度期待して、もう一度傷つくことへの怖さなのかもしれません。
会合に「気持ちの一言」を持ち込む
会合の議題は、たいてい事業や予算の話です。けれども、議題に入る前の数分だけ、「最近、店をやっていてどんな気持ちか」を一言ずつ話す時間をつくってみてください。「正直、先が見えなくて不安」「先月の祭りは久しぶりに楽しかった」。一言でかまいません。
誰か一人が「実は不安なんだ」と口にすると、「うちもだよ」と応じる人が出てきます。不安を共有できると、会合は「責任の押しつけ合い」から「一緒に考える場」に変わりやすくなります。店を続ける人も、たたむ人も、商店街という共同体の一員であることに変わりはありません。
店をたたむ喪失感|周りに理解されにくい悲しみ
閉店を決めたあと、あるいは最後の営業日を終えたあと、思いがけない感情に戸惑う方がいます。「ほっとするはずだったのに、何もする気が起きない」「朝、目が覚めると、まだ店に行かなければと思ってしまう」「あれだけ大変だったのに、涙が出る」。
これらは、大切なものを失ったときに誰にでも起こりうる悲嘆の反応です。店は、単なる商売の場ではありませんでした。毎朝起きる理由であり、町の人とつながる窓口であり、家族の歴史そのものでした。それを手放したのですから、心が揺れるのは自然なことです。
店とともに失うもの
店をたたむとき、人は一度にいくつものものを失います。
- 毎日のリズム:開店・仕込み・閉店という、何十年も続けてきた一日の型
- 役割と肩書き:「〇〇屋のご主人」「〇〇屋のおかみさん」と呼ばれる自分
- 人とのつながり:常連さん、取引先、商店街の仲間との毎日の会話
- 家族の歴史:親や祖父母から受け継いだ屋号や、店に残る思い出
- 未来の見通し:「いつか誰かが継いでくれるかもしれない」という希望
一つひとつが、それだけで大きな喪失です。それが一度に重なるのですから、心がついていけなくなるのは当然です。けれども周りは、「長い間お疲れさま」と労いの言葉はかけても、「さみしいね」とはなかなか言ってくれません。本人も、「自分で決めたことなのだから、悲しんではいけない」と思い込んでしまいます。これが、公認されない悲嘆の苦しさです。
行き来しながら、少しずつ進む
オランダの悲嘆研究者シュトレーベ(Stroebe)とシュット(Schut)は、1999年に「悲嘆の二重過程モデル」を示しました。人は喪失のあと、失ったものを思って悲しむ時間(喪失に向き合う)と、新しい生活に目を向ける時間(回復に向かう)を、振り子のように行き来しながら少しずつ進んでいく、という考え方です。
この考え方は、店主にとって大きな救いになります。閉店後に「もう前を向かなければ」と悲しみを押し込めるのも、反対に「店のない人生に意味はない」と悲しみの中にとどまり続けるのも、どちらも心を疲れさせます。悲しむ日があっていい。楽しむ日があってもいい。行き来すること自体が、回復のプロセスなのです。
貢献感と人生の意味|アドラー心理学で見る「店の価値」
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の考え方の中に、店主の心を支える二つの視点があります。
視点1|貢献感は、売上の大きさでは決まらない
アドラー心理学では、人が幸せを感じるための大切な条件の一つに「貢献感」を挙げます。「自分は誰かの役に立っている」という感覚です。ここで大切なのは、貢献感は他者からの評価や、目に見える成果の大きさで決まるものではないということです。自分が「誰かの役に立てた」と感じられること、それ自体に意味があります。
売上が落ちると、店主は「もう町に必要とされていない」と感じがちです。けれども、本当にそうでしょうか。毎日の買い物ついでに少し話をしていく高齢のお客さん。部活帰りにコロッケを買っていく中学生。祭りの準備で頼りにされる店主。帳簿に載らない貢献が、店にはたくさんあったはずです。
| 帳簿に載る価値 | 帳簿に載らない価値(貢献) |
|---|---|
| 売上・利益 | ひとり暮らしの人の「今日も誰かと話せた」という安心 |
| 客数 | 子どもたちの「おかえり」と言ってもらえる場所 |
| 在庫の回転 | 商品の使い方や季節の知恵を伝えること |
| 店の面積・立地 | 町の顔として、祭りや見守りを支えてきたこと |
この右側の列は、店をたたんでも消えるわけではありません。あなたがしてきた貢献は、すでに町の人の中に残っています。そして、その貢献を生み出していたのは、店という建物ではなく、あなた自身の人柄と知恵です。
視点2|人生の意味は、自分が与えるもの
アドラーは、著書『人生の意味の心理学』の中で、人生にあらかじめ決まった意味があるのではなく、意味は一人ひとりが自分で与えるものだという趣旨のことを述べています。
店をたたむとき、「自分の代で終わらせてしまった」「時代に負けた」という意味づけをすると、何十年もの日々が「失敗の歴史」に見えてしまいます。けれども、同じ事実に「この町で、40年間、人の暮らしを支えてきた」という意味を与えることもできます。どちらの意味を与えるかは、ほかの誰でもなく、あなたが決められることです。
そのためにも、まずは感情を言葉にすることが必要です。悔しさや悲しさを感じないふりをしたまま、「よい意味」だけを与えようとしても、心はついてきません。「悔しい。でも、よくやってきた」。両方を言葉にしたとき、はじめて自分の人生に自分で意味を与えることができます。
中島輝より一言
カウンセリングで店をたたんだ方のお話をうかがうと、「自分には何も残らなかった」とおっしゃる方がいます。そんなとき私は、「お店で、いちばん心に残っているお客さんのことを教えてください」とお願いします。すると、ほとんどの方が、ある人の顔を思い浮かべて、表情をやわらげて話しはじめます。その思い出が語れるということ自体が、あなたが誰かの役に立ってきた証です。何も残らなかった人など、一人もいません。
店主のための感情の言語化ワーク|自己有用感を育てる
自己肯定感の「6つの感」を一本の木にたとえると、店主の悩みと特に深く関わるのが、実にあたる「自己有用感」です。自己有用感は、「自分は誰かの役に立っている」という感覚で、アドラー心理学の貢献感と重なります。
長く店を続けてきた人は、この実をたくさん実らせてきました。けれども、売上が落ち、店をたたむことを考えはじめると、実が落ちていくような感覚に襲われます。木の根や幹がしっかりしていても、実が見えなくなると、木全体が弱ったように感じてしまうのです。
実は、季節が変われば、また別の形で実ります。そのためにはまず、いま自分が何を感じているのかを言葉にすることから始めます。書籍原稿のワークを、店主の場面に合わせてアレンジして紹介します。
心の体温チェック:シャッターを上げる前に
毎朝シャッターを上げる前に、3秒だけ立ち止まり、「いまの心の温度は、あたたかい? ふつう? つめたい?」と自分に聞きます。答えは一言でかまいません。「今日はつめたい」とわかるだけで、無理に明るくふるまう疲れが少し減ります。閉店後の方は、朝の散歩の前に行ってみてください。
感情が動いた瞬間日記:お客さんの場面を記録する
一日の終わりに、お客さんや商店街の仲間とのやりとりで心が動いた瞬間を一つだけ書きます。「常連の〇〇さんが孫の写真を見せてくれて、うれしかった」「向かいの店の跡地に工事が入って、さみしかった」。売上の記録とは別の「気持ちの帳簿」をつけるイメージです。
比喩レッスン:いまの店への気持ちをたとえる
「いまの私にとって、この店は〇〇のようだ」と、たとえで表してみます。「長年連れ添った相棒のようだ」「重くなった荷物のようだ」「まだ火の残る炭のようだ」。たとえにすると、言葉にしにくい気持ちの輪郭が見え、家族にも伝えやすくなります。
未来日記:店のあとの自分を「気持ち」で書く
「5年後、私はどんな気持ちで毎日を過ごしていたいか」を書きます。店を続けている場合も、たたんだ場合も、「町の人に包丁の研ぎ方を教えて、喜ばれている、誇らしい気持ち」のように、望む気持ちを書くのがポイントです。店がなくても、あなたの知恵と人柄は誰かの役に立てます。
店をたたんでも、
あなたが町に実らせてきた実は消えない。
次の季節には、別の形でまた実る。
店を続けるか、たたむか、ほかの人に引き継いでもらうか。その判断には、感情だけでなく、具体的な情報も必要です。各都道府県のよろず支援拠点や、商工会議所・商工会では、経営や事業の引き継ぎについての相談を受けつけています。「続けるか、やめるか」の二択だけでなく、営業日を減らす、間借りで若い人に貸す、屋号だけを残すなど、選択肢を一緒に考えてもらうと、気持ちも整理しやすくなります。
家族と周りの人ができること
店主の家族や、商店街の仲間、常連さんの立場で、この記事を読んでいる方もいらっしゃると思います。店主の感情を引き出そうと、「本当はどう思っているの?」と問い詰める必要はありません。次のような関わりが助けになります。
「お疲れさま」に、もう一言を添える
「お疲れさま」に加えて、「さみしくなるね」「あの店がなくなるのは、私も悲しい」と、こちらの気持ちを言葉にして差し出します。悲しんでいいという許可を、言葉で渡すことができます。
思い出を一緒に語る
「開店したばかりの頃、どんなお客さんが来ていたの?」「いちばん忙しかったのはいつ?」と、店の歴史を聞くことは、店主にとって自分の人生に意味を与え直す時間になります。答えを急がず、出てきた気持ちをそのまま受けとめてください。
決めるのは店主だと尊重する
家族として「もうやめてほしい」「続けてほしい」という思いがあっても、店をどうするかは最終的に店主自身が引き受ける課題です。家族の気持ちは「私は心配している」と伝えつつ、決定を急がせないことが、店主が自分の気持ちに向き合う余白になります。
閉店後の「役割」を一緒に考える
店をたたんだあと、多くの人がつらいのは役割がなくなることです。商店街の行事の手伝い、地域の子どもたちへの昔の話、得意な技を教える場など、その人の知恵が生きる場を一緒に探してみてください。貢献できる場があることが、喪失からの回復を支えます。
商店街の仲間との関係そのものに疲れている方は、ご近所・地域の人間関係に疲れる理由もあわせて読んでみてください。地域のつながりの中で感情を言葉にするヒントを紹介しています。
よくあるご質問
「いま、私は何を感じている?」
その問いが、店とともに生きた日々に意味を与えます。
感情を言葉にしてはじめて、次の季節が始まります。
自分を大切にしよう
商店街で店を続けることは、売上や後継者の問題だけでなく、常連さんとの関係、商店会の仲間、家族の歴史が重なった、人生そのものの営みです。だからこそ、店をたたむかどうかを考えるとき、心の中には不安、悔しさ、申し訳なさ、さみしさ、そしてほっとする気持ちが、ひとかたまりのまま押し寄せます。その気持ちが言葉にならないのは、あなたが弱いからではなく、感じていることがそれだけ大きいからです。
「まだ大丈夫」の下にある感情に、一つずつ名前をつける。常連さんへの気持ちを、感謝・責任感・罪悪感・疲れに分けてみる。会合に気持ちの一言を持ち込む。閉店を「公認されにくい喪失」として、悲しむ自分を許す。そして、帳簿に載らない貢献に目を向け、店とともに過ごした日々に、自分の言葉で意味を与える。そうした小さな言葉の積み重ねが、「自分は誰かの役に立ってきた」という自己有用感を、もう一度実らせていきます。
何十年もの間、毎朝シャッターを上げ、町の暮らしを支えてきたあなたは、本当によく頑張ってきました。その頑張りを、「自分の代で終わらせてしまった」と自分を責めることには使わないでください。「さみしい。でも、よくやってきた」。その一言で十分です。自分を大切にしよう。店のシャッターが下りても、あなたが町に灯してきたあかりは、人の心の中で灯り続けています。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- 中小企業庁「商店街実態調査」
- 中小企業庁『中小企業白書』
- Doka, K.J. (Ed.) (1989). Disenfranchised Grief: Recognizing Hidden Sorrow. Lexington Books.
- Stroebe, M., & Schut, H. (1999). The dual process model of coping with bereavement: Rationale and description. Death Studies, 23, 197-224.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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