親が運転免許を返したがらないとき|免許返納と言葉にならない気持ち

親が運転免許を返したがらないとき|免許返納と言葉にならない気持ち

親が運転免許を返したがらないとき
免許返納と言葉にならない気持ち

実家に帰ったら、父の車のバンパーに新しいこすり傷があった。夕食のあと、思い切って「そろそろ免許、考えてみない?」と切り出すと、父は箸を置いて「まだ大丈夫だ」とだけ言い、テレビのほうを向いてしまった。母は台所で黙っている。帰りの電車で、言い方がまずかったのか、それとも言わないほうがよかったのかと考え続ける。心配しているのに、話すほど親との距離が開いていく。免許返納をめぐる親子のすれ違いは、運転の技術の話である前に、言葉にならない気持ちの話です。返納をすすめたい子どもの立場と、返納を迷うご本人の立場の両方から、感情迷子さんの視点で整理していきます。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

返納の話をすると親が黙り込む、その沈黙の意味

よくある相談の典型例
「母には『お父さんに言ってよ』と頼まれ、
父には『おまえまで年寄り扱いか』と怒られました」
場面50代の女性。車で20分ほどの町に住む80代の父親は、毎朝、自分で運転してスーパーと病院に通っている。最近、駐車場で隣の車に軽く接触したと母から聞き、意を決して返納の話をした。父は最初こそ「わかってる」と答えたが、翌週もう一度話すと、顔を赤くして「人の運転をとやかく言うな」と怒鳴った。それから父は、娘からの電話にあまり出なくなった。
親の怒りや沈黙は、「わがまま」や「頑固」だけで説明できるものではありません。言葉にできない気持ちが、怒りや沈黙という形で出てきていることが多いのです。

運転免許の返納は、多くの家族にとって、避けて通れない話題になりつつあります。警察庁の「運転免許統計」によると、運転免許の自主返納の件数は2019年に年間約60万件と過去最多となり、その後も毎年多くの方が返納を選んでいます。75歳以上の方は免許の更新時に認知機能検査を受け、一定の違反歴がある場合は運転技能検査も受けることになっています。

約60万件
2019年の運転免許の自主返納件数(過去最多)。返納は、多くの家庭にとって身近な話題になっている
出典:警察庁「運転免許統計」公的統計

けれど、数字の上では身近になっても、一つひとつの家庭で返納の話を切り出すのは簡単ではありません。子ども世代は「事故を起こしてからでは遅い」と焦り、親世代は「まだ運転できる」と言い張る。どちらの言い分も、間違ってはいないのです。

この記事では、心理学のアレキシサイミア(失感情症)という考え方を手がかりに、返納をめぐる親子の会話で何が起きているのかを見ていきます。目指すのは、親を言い負かすことではありません。親子それぞれが自分の気持ちに気づき、言葉にしながら、納得して決めていくことです。

アレキシサイミアと「感情迷子さん」という見方

アレキシサイミアとは、自分の感情に気づき、ほかの感情と見分け、言葉にすることが難しい状態のことです。感情がないのではなく、感じてはいるけれど、それをつかまえて言葉にするところがうまく働きにくい状態です。研究によって約10〜16%、およそ10人に1人に強い傾向があるとされ、病名ではなく、誰もが持つ特性の濃淡と考えられています。DSM-5やICD-11でも独立した診断名にはなっていません。基本的な特徴はアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントで詳しく解説しています。

中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。もともと傾向の強い人だけでなく、大きな変化や喪失に直面したとき、誰でも一時的に感情迷子さんになることがあります。

「弱音を吐かない」で生きてきた世代

いま70代、80代の方の多くは、「男は泣くものではない」「人に迷惑をかけるな」「弱音を吐くな」と言われて育ってきました。『感情迷子さんの本』に登場する50代の経営者ケンジさん(仮名)は、幼いころから「泣くのは無能の証拠」と教え込まれ、感情を「ノイズ」として切り捨てることで成果を上げてきた方です。ケンジさんよりさらに上の世代では、こうした考え方がもっと当たり前だったかもしれません。

そうした生き方をしてきた人にとって、「不安だ」「さみしい」「自信がなくなってきた」と口にすることは、とても難しいことです。感じていないのではなく、感じた気持ちを言葉にする回路を、長い間使わずにきたのです。だから、免許返納という大きな喪失を前にしたとき、出てくるのは「まだ大丈夫だ」という言葉や、怒り、沈黙になりやすいのです。

「まだ大丈夫だ」は、運転技術の自己評価というより、
「自分はまだ自分でいたい」という
言葉にならない願いであることが多い。

免許が支えてきた「自立」と「誇り」

子ども世代から見ると、免許は「車を運転するための資格」です。けれど、長く運転してきた親にとって、免許はそれ以上のものです。若いころに取った免許で、家族を乗せて旅行に行き、子どもの送り迎えをし、仕事に通ってきた。車は、自分の力で生活を回してきた証であり、一家を支えてきた誇りでもあります。

運転免許が支えてきたもの 返納で手放すのは「運転」だけではない 運転免許 長年の相棒 自立 人に頼らず出かけられる 誇り 家族を支えてきた証 つながり 友人・趣味・地域の集まり 役割 妻の通院・孫の送迎 自由 行きたいときに行ける
▲ 免許は、自立、誇り、つながり、役割、自由といった、その人らしさを支える多くのものとつながっています。返納の話は、これらを一度に失うかもしれないという話として、親の耳に届いていることがあります。

とくに、バスや電車が少ない地域では、車は生活そのものです。買い物、通院、友人との集まり、趣味の畑、配偶者の付き添い。車がなくなれば、そのすべてが「誰かに頼まなければできないこと」に変わります。返納とは、「頼る側」になることを受け入れる体験でもあるのです。

人生の後半は、もともと喪失が重なりやすい時期です。退職で仕事の役割を失い、友人や兄弟を見送り、体の力も少しずつ落ちていく。その一つひとつを、言葉にしないまま受け流してきた人にとって、免許の返納は、積み重なった喪失の最後の一押しのように感じられることがあります。

喪失のあとに、気持ちが言葉にならなくなる

心身医学の分野では、もともとの特性としてのアレキシサイミアとは別に、病気や大きな喪失、強いストレスのあとで感情を感じにくく、言葉にしにくくなる状態があることが知られています(2次性アレキシサイミアと呼ばれます)。心が大きな痛みから自分を守るために、感じることを一時的に弱めるのです。返納をめぐって親が急に無口になったり、何を聞いても「別に」と答えたりするのは、心が自分を守ろうとしているサインかもしれません。

怒る・黙るの奥にある、言葉にならない気持ち

返納の話で親が見せる反応は、大きく「怒る」「黙る」「話をそらす」の三つに分けられます。どれも、表面だけを見ると、話し合いを拒んでいるように見えます。けれど、その奥には、本人もまだ名前をつけられていない気持ちが動いています。

表に出る反応よく聞かれる言葉奥にあるかもしれない気持ち
怒る「年寄り扱いするな」「おまえに何がわかる」恥ずかしさ、悔しさ、見下されたような悲しさ
黙る「……」「考えておく」不安、怖さ、どう答えていいかわからない戸惑い
話をそらす「それより、孫は元気か」向き合うのがつらい、まだ決められない迷い
反論する「一度も事故を起こしていない」自分の歩みを認めてほしい、という願い
あきらめる「どうせ、もう役に立たないんだから」役割を失うさみしさ、自分の価値が揺らぐ感覚

たとえば「年寄り扱いするな」という怒りの下には、自分の衰えを子どもに指摘された恥ずかしさや、親としての立場を揺さぶられた悔しさがあるかもしれません。「考えておく」という沈黙の下には、車がなくなったらどうやって暮らせばいいのかという不安や、自分でも運転に自信がなくなってきている怖さが隠れていることがあります。

本人も、こうした気持ちをはっきりとは自覚していないことが多いのです。だからこそ、子ども側が「どうして怒るの」「なんで話を聞いてくれないの」と問い詰めても、答えは返ってきません。答えられないのは、隠しているからではなく、まだ言葉になっていないからです。

「事実」で説得すると、気持ちがこじれる理由

子ども世代は、つい「事実」で説得しようとします。高齢ドライバーの事故のニュース、ブレーキの踏み間違い、こすった傷。事実はたしかに大切です。けれど、気持ちが言葉になっていない段階で事実ばかりを並べられると、親は「責められている」「追い詰められている」と感じ、心を閉ざしてしまいます。人は、自分の気持ちを受けとめてもらえたと感じてはじめて、事実に耳を傾けられるようになるのです。

説得の前に「気持ちを聞く順番」で話す

返納の話し合いで大切なのは、何を言うかより、どの順番で話すかです。いきなり結論を伝えるのではなく、親の気持ちを聞くところから始めます。次の4つのステップを、一度で全部やろうとせず、何回かに分けて進めてみてください。

返納の話し合い「気持ちを聞く順番」 結論は最後に。急がず、数回に分けて進める ステップ1 歩みを聞く 車との思い出 運転してきた年月 ステップ2 今を聞く 最近の運転で 感じていること ステップ3 私の気持ち 心配を Iメッセージで ステップ4 一緒に描く 返納後の暮らしを 具体的に 決めるのは本人。子どもは「材料」と「安心」を差し出す役
▲ 返納の話し合いは、親の歩みと今の気持ちを聞くことから始めます。子どもの心配は最後にIメッセージで伝え、返納後の暮らしを一緒に具体的に描いていきます。
ステップ1|歩みを聞く
「車との思い出」を話してもらう

いきなり返納の話をするのではなく、親がこれまで運転してきた歩みに耳を傾けることから始めます。「最初に乗った車って、何だったの?」「家族旅行で一番遠くまで行ったのはどこだっけ」。思い出を話すうちに、親の表情がやわらぐことがあります。車が親にとってどんな存在だったのかを知ることは、あとで返納の話をするときの土台になります。ここでは、結論に急がないことが何より大切です。

ステップ2|今を聞く
「最近の運転、どう感じてる?」と問いかける

次に、今の運転について、評価ではなく感じていることを聞きます。「夜の運転って、前と比べてどう?」「駐車のとき、ひやっとすることある?」。答えが「別に」「何ともない」でも、そこで押し問答をしないでください。『感情迷子さんの本』のワーク「3段階温度計」を応用して、「夕方の運転は、ちょっと疲れる? そこそこ? すごく?」と、強さを選んでもらう聞き方も役に立ちます。言葉にしにくい人でも、選ぶことならできる場合があります。

ステップ3|私の気持ちを伝える
「あなたは危ない」ではなく「私は心配」

親の話を十分に聞いたあとで、はじめて子ども側の気持ちを伝えます。このとき、主語を「私」にするIメッセージを使います。「お父さんの運転は危ない」ではなく、「この前の傷を見て、私はすごく心配になったの。お父さんに何かあったら、と思うと夜も考えてしまって」。心配の気持ちをそのまま差し出すと、親は責められたのではなく、大切にされていると受け取りやすくなります。

ステップ4|一緒に描く
返納後の暮らしを、具体的に思い描く

最後に、返納したあとの暮らしを一緒に具体的に描きます。「火曜の病院はどうやって行く?」「お母さんの買い物は?」「囲碁の集まりには?」。不安の正体は、たいてい「わからないこと」です。一つひとつに代わりの手段が見えてくると、漠然とした不安は、扱える課題へと変わっていきます。『感情迷子さんの本』のワーク「未来日記」のように、「免許を返して1年後、どんな一日を過ごしていたいか」を親と一緒に想像してみるのもよい方法です。

名前がつくと、心は少し落ち着く

神経科学者リーバーマン(Lieberman)らの2007年の研究では、感情に言葉でラベルをつけると、不安や恐れに関わる脳の扁桃体の活動が下がることが示されました。親が「本当は、ちょっと怖いんだよな」とひと言口にできたとき、話し合いは大きく前に進みます。その一言を引き出すのは、説得の言葉ではなく、急かさずに待つ姿勢です。

返納をすすめる言葉より先に、
「これまで、ありがとう」を。
返納の話し合いで、子どもが最初に差し出したい言葉

何十年も家族を乗せて走ってきたことへの感謝を伝えると、親は「自分の歩みを認めてもらえた」と感じます。その安心があってはじめて、人は手放す準備ができるのです。

返納を迷うご本人へ|自分の気持ちを確かめる

ここからは、返納を迷っているご本人に向けて書きます。子どもや配偶者から返納をすすめられて、腹が立った方もいるでしょう。自分でも、最近ひやっとすることが増えたと感じている方もいるかもしれません。どちらの気持ちも、自然なものです。

大切なのは、人に言われて決めるのではなく、自分の気持ちを確かめたうえで、自分で決めることです。返納するかどうかを決める前に、次のワークで自分の気持ちを見つめてみてください。

ワーク1|3秒|心の体温チェック
ハンドルを握る前に、胸に手を当てる

車に乗る前に、手のひらを胸に当てて「今、体は温かい? 冷たい?」と3秒だけ聞きます。『感情迷子さんの本』のワーク「心の体温チェック」です。ほっと温かいのか、どこかひやっとしているのか。夜の運転や雨の日の運転の前に、胸がざわつくことはないでしょうか。体の小さな反応は、言葉になる前の気持ちを教えてくれます。

ワーク2|2分|運転の気持ちメモ
運転のあとに、一行だけ書く

運転から帰ったら、手帳に一行だけ書きます。「どこへ行ったか」と「どんな気持ちだったか」。「スーパーへ。楽しかった」「病院へ。帰りの右折でひやっとした」「夕方の帰り道。目が疲れて、少し怖かった」。1か月続けると、自分がどんな場面で運転を楽しみ、どんな場面で不安を感じているのかが見えてきます。この記録は、家族と話すときの大切な材料にもなります。

ワーク3|1分|手放したくないものを書き出す
車がなくなって困ることを、三つ挙げる

「車がなくなったら、何がいちばん困るか」を三つ書き出します。「妻の通院」「畑に行けない」「友人と会えなくなる」。書き出してみると、自分が本当に守りたいのは、運転そのものではなく、その先にある暮らしや人とのつながりだと気づくことがあります。守りたいものがはっきりすれば、それを守るための別の方法を探すことができます。

返納は「負け」でも「終わり」でもありません。長い間、事故なく運転を続けてきたことは、それ自体が立派な歩みです。自分の判断で、自分の歩みに区切りをつけることは、むしろ誇りある選択だと私は思います。

返納のあとの暮らしを支える、地域の移動手段と相談先

返納後の不安をやわらげるためには、気持ちの整理と同時に、現実的な代わりの手段を知っておくことが欠かせません。地域によって内容は大きく違いますが、一般的には次のような選択肢があります。お住まいの市区町村の窓口や、地域包括支援センターで確かめてみてください。

  • コミュニティバス:市区町村が運行する小型のバス。病院やスーパーを回る路線が設定されていることが多い
  • 乗り合いタクシー・デマンド交通:予約して乗る乗り合いの車。バスの少ない地域で導入が進んでいる
  • 返納者向けの特典:運転経歴証明書を見せると、バスやタクシーの運賃割引、商店の配達サービスなどが受けられる地域がある
  • 移動販売・宅配:スーパーの移動販売車や、生協などの宅配サービス
  • 地域の助け合い:住民ボランティアによる送迎や、買い物支援の取り組み

また、すぐに返納するかどうかを決められない場合は、運転する範囲や時間を少しずつ減らすという選び方もあります。夜間や雨の日、高速道路は運転しない、近所の決まった道だけにする、などです。安全運転を支援する装置のついた車に限って運転できる「サポカー限定免許」という制度もあります。

免許返納・運転の不安の相談先(一般的な例)
・安全運転相談(運転適性相談窓口):各都道府県警察の相談窓口。全国共通の番号 #8080 でつながる
・運転免許センター・警察署の窓口:返納の手続き、運転経歴証明書について
・市区町村の高齢者福祉・交通の担当窓口:コミュニティバスや返納者向けの特典について
・地域包括支援センター:返納後の暮らしや、買い物・通院の支援について
・かかりつけ医:体調や服薬、運転への影響について

安全運転相談では、ご本人だけでなく、家族からの相談も受け付けています。「親の運転が心配だけれど、どう話せばいいかわからない」という段階でも、相談してかまいません。家族だけで抱え込まず、第三者の力を借りることは、親子の関係を守ることにもつながります。医師や警察の担当者など、家族以外の人から話を聞くと、親が素直に受けとめやすくなることもあります。

すすめる側の気持ちにも名前をつける

返納をすすめる子どもの側も、実は多くの気持ちを抱えています。事故が起きたらという恐れ、話を聞いてくれない親への苛立ち、老いていく親を見るさみしさ、きょうだいや配偶者との温度差への不満。そして、「親の自由を奪うようで申し訳ない」という罪悪感。

これらの気持ちに名前をつけないまま話し合いに臨むと、苛立ちが言葉の端ににじみ、親に伝わってしまいます。話し合いの前に、ノートに「今の私の気持ち」を書き出してみてください。心理学者ペネベーカー(Pennebaker)は、つらい出来事について感情も含めて書き出すこと(エクスプレッシブ・ライティング)が、心身の健康によい影響をもたらすことを報告しています。出来事だけでなく、そのときの気持ちも書くのがポイントです。

「さみしさ」に気づくと、話し方が変わる

書き出してみると、苛立ちの下に、「親が年をとっていくのがさみしい」という気持ちが見つかることがあります。いつも自分を車で送ってくれた父、どこへでも運転して連れて行ってくれた母。その姿が変わっていくことを、子どもの側も受けとめきれていないのです。この気持ちに気づくと、親を説得する相手ではなく、同じ変化に向き合う仲間として見られるようになります。

中島輝より一言

私は5歳のとき、育ててくれた里親が夜逃げをするという経験をしました。大切なものを突然失ったとき、子どもの私は、その悲しみをどう扱えばいいのかわからず、感情を出すことをやめてしまいました。あとから振り返ると、失ったものに名前をつけ、悲しんでいいと言ってくれる人がいれば、どれほど救われただろうと思います。免許の返納も、一つの大きな喪失です。親が怒ったり黙ったりするとき、それは「失いたくない」という気持ちの表れかもしれません。説得するより先に、「さみしいよね」と一緒に感じてあげてください。悲しみを分かち合えた人は、次の一歩を自分で選べるようになります。

親が高齢になると、免許のほかにも、住まいや介護など、話し合わなければならないことが増えていきます。離れて暮らす親との向き合い方は、遠距離介護の記事でも紹介しています。また、同居する親が認知症になったときの家族の気持ちについては、認知症の家族に「怒ってしまう自分」がつらいとき|介護する家族の感情の言語化で詳しく取り上げています。

よくあるご質問

何度話しても、親が返納に応じてくれません。
一度や二度の話し合いで決まることは、むしろ少ないものです。結論を急がず、まずは親の歩みや今の気持ちを聞くところに戻ってみてください。運転する時間や範囲を減らすといった段階的な方法を提案するのも一つです。家族だけで難しいときは、安全運転相談(#8080)やかかりつけ医など、第三者の力を借りましょう。
親が認知症ではないかと心配です。
運転のことだけでなく、物忘れや道に迷うことが増えたなど、気になる変化がある場合は、かかりつけ医や地域包括支援センターに相談してください。認知症かどうかの判断は医師が行うものです。家族が決めつけて伝えると、本人が深く傷つくことがあります。受診をすすめるときも、「心配だから一緒に行こう」と、Iメッセージで伝えるのがおすすめです。
返納したあと、親が元気をなくしてしまいました。
免許の返納は大きな喪失体験なので、しばらく気持ちが沈むのは自然なことです。外出の機会が減らないよう、コミュニティバスで行ける場所を一緒に探したり、定期的に電話で話したりしてみてください。眠れない、食欲がない、何にも興味が持てないといった状態が2週間以上続く場合は、かかりつけ医に相談しましょう。
きょうだいで意見が分かれていて、話がまとまりません。
きょうだいそれぞれが、親との距離や思い出の違いから、異なる気持ちを抱えています。「誰が正しいか」を決める前に、それぞれが「どんな気持ちで返納をすすめたい(すすめたくない)のか」を話す時間をつくってみてください。親に伝えるのは、きょうだいの意見がある程度そろってからのほうが、親を混乱させずにすみます。
私自身が、返納するかどうか迷っています。
迷うのは、それだけ運転があなたの暮らしを支えてきた証拠です。運転の気持ちメモで、自分がどんな場面で不安を感じているかを確かめてみてください。安全運転相談(#8080)では、ご本人からの相談も受け付けています。返納するかどうか、いつにするかを決めるのは、あなた自身です。
「まだ大丈夫だ」の奥には、
「自分でいたい」という願いがある。
説得より先に、気持ちを聞こう。
これまでの歩みへの感謝と、返納後の暮らしの具体像があれば、
手放すことは、新しい暮らしの始まりに変わります。

自分を大切にしよう

運転免許の返納をめぐって、親が怒ったり黙ったりするのは、運転の技術の問題である前に、言葉にならない気持ちの問題です。免許は、長い間その人の自立と誇りを支えてきました。それを手放すことには、恥ずかしさや悔しさ、不安やさみしさが伴います。その気持ちを言葉にする習慣がなかった世代ほど、怒りや沈黙として表に出てきやすいのです。

だからこそ、話し合いは「気持ちを聞く順番」で進めましょう。これまでの歩みを聞き、今の気持ちを聞き、子どもの心配はIメッセージで伝え、返納後の暮らしを一緒に具体的に描く。コミュニティバスや乗り合いタクシー、返納者向けの特典、安全運転相談(#8080)など、家族だけで抱え込まずに使える地域の支えもあります。返納を迷っているご本人は、心の体温チェックや運転の気持ちメモで、まず自分の気持ちを確かめてみてください。

そして、すすめる側のあなたも、自分の恐れや苛立ち、さみしさをねぎらってあげてください。親を心配し続けるのは、それだけで心の力を使うことです。自分を大切にしよう。自分の気持ちを大切に扱える人は、相手の気持ちも大切に扱えるようになります。その積み重ねが、親子が納得して次の暮らしへ進むための、いちばん確かな道になるはずです。

ひとりで抱えないで(相談先の例)
安全運転相談(運転適性相談窓口)#8080:ご本人・ご家族どちらからも相談できる
市区町村の高齢者福祉・交通の担当窓口、地域包括支援センター
かかりつけ医(体調や服薬と運転の関係について)
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(気持ちの落ち込みが続くとき)

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
  • 警察庁「運転免許統計」
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • A.N.シン「心身症とアレキシサイミア」(永田勝太郎ほか訳『心身症の診断と治療』所収)
  • Lieberman, M.D., et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
  • Pennebaker, J.W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science, 8(3), 162-166.
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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