祭りをやめたいと言えない担い手たち|地域の伝統行事と感情の言語化

祭りをやめたいと言えない担い手たち|地域の伝統行事と感情の言語化

祭りをやめたいと言えない担い手たち
地域の伝統行事と感情の言語化

春の寄り合いで「今年も例年どおりで」と決まった瞬間、胸の奥がずしりと重くなる。神輿の担ぎ手は年々減り、笛や太鼓を教えられる人は数えるほどしかいない。仕事を休んで準備に走り回り、当日は朝から晩まで裏方。それでも祭りの夜、子どもたちの笑顔を見ると「やっぱり続けてよかった」と思う。誇りと疲れが同じだけ胸にあって、「もう、やめたい」とはどうしても言えない。地域の祭りや伝統行事を担う方に向けて、その言葉にならない気持ちをほどく方法をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

結論:「やめたい」と「続けたい」は同時に本当

結論からお伝えします。祭りの担い手が「やめたい」と言えないのは、責任感が足りないからでも、祭りを大切に思っていないからでもありません。むしろ逆です。祭りを大切に思い、先人への恩も、子どもたちへの思いもあるからこそ、「やめたい」という気持ちを自分の中で認めることができないのです。

この記事のポイントは3つです。

  • 担い手の胸には、誇りと疲れ、感謝と怒りが同時にある。どちらか一つに決めようとすると苦しくなる。両方に名前をつけて認めることが出発点。
  • 「やめたい」は祭りへの裏切りではなく、大切なサイン。その下には、疲れ、孤立感、不公平感、先行きへの不安など、具体的な感情がある。分けると、続け方の選択肢が見えてくる。
  • 祭りの未来は、一人で背負うものではない。アドラー心理学の課題の分離と「人生の意味は自分が与える」という視点で、重荷を分け、祭りとの関わり方を自分で選び直すことができる。

こうした「気持ちがあるのに言葉にならない」状態は、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる特性と関わっています。感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もがもつ特性の濃淡です。強い責任や重圧の中にいると、自分の感情を後回しにするうちに、この傾向が一時的に強まることもあります。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。

数字と研究で見る地域の祭りと心

地域の祭りや伝統行事は、いま大きな転換点にあります。担い手の悩みは、個人の問題ではなく、全国の多くの地域に共通する課題です。関連する事実と研究を紹介します。

項目内容出典
33件2016年にユネスコ無形文化遺産に登録された「山・鉾・屋台行事」の構成件数(18府県)。地域の祭りは国際的にも価値を認められている文化庁
41件2022年にユネスコ無形文化遺産に登録された「風流踊」の構成件数(24都府県)。盆踊りや念仏踊りなど、地域で受け継がれてきた踊り文化庁
2020年〜新型コロナウイルス感染症の拡大で、全国の多くの祭りが中止や縮小に。数年の中断をきっかけに、担い手の確保や継承の難しさが改めて浮かび上がった各地の報道
心拍の同期スペインの火渡りの儀式で、火を渡る人と、それを見守る家族や友人の心拍のリズムが似た動きを示した。儀式は人と人の感情をつなぐKonvalinka et al.(2011, PNAS)
集合的沸騰人が集まって儀礼を行うとき、個人を超えた高揚感と一体感が生まれる、という考え方デュルケーム『宗教生活の原初形態』(1912)
感情のラベリング感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がるLieberman et al.(2007)

フランスの社会学者デュルケーム(Durkheim)は、人々が集まって儀礼を行うときに生まれる高揚感を「集合的沸騰」と呼びました。祭りの夜、太鼓の響きの中で、知らない人とも一つになったように感じる。あの感覚には、社会学の名前がついているのです。

現代の研究でも、それは確かめられています。コンヴァリンカ(Konvalinka)らは2011年、スペインの村で行われる火渡りの儀式を調べ、火を渡る人と、それを見守る身近な人たちの心拍のリズムが、よく似た動きを示したことを報告しました。祭りや儀式は、人と人の感情を、体のレベルでつないでいるのです。

だからこそ、祭りを担うことには大きな意味があります。そして、だからこそ、担い手の負担や、祭りをやめるかどうかの決断は、感情をこれほど大きく揺さぶるのです。祭りは、ただの行事ではなく、地域の人々の感情の結び目のようなものだからです。

祭りは、人と人の感情をつなぐ結び目。
だから、その結び目を支える人の心も、
同じだけ大切にされていい。

続ける重圧と誇り|「自分の代で絶やせない」の正体

よくある相談の典型例
「300年続いた祭りを、
自分の代で終わらせるわけにはいかない」
場面50代・男性。会社勤めをしながら、地元の祭りの保存会で世話役を務めている。担ぎ手は年々減り、準備の多くを数人で回している。春から秋まで、週末はほとんど祭りの準備と寄り合いでつぶれる。妻からは「いつまで続けるの」と言われ、言い返せずに黙ってしまう。体はもう限界に近いが、「疲れた」と言ったら負けだと思っている。
この方の「絶やせない」の下には、先人への恩と誇り、責任の重さ、一人で背負っている孤立感、家族への申し訳なさ、そして「本当はもう休みたい」という疲れが重なっていました。どれも本当の気持ちなのに、「絶やせない」の一言にまとめることで、ほかの感情を感じないようにしていたのです。祭りの世話役を務める方からうかがう、典型的なパターンです。

長く続いてきた祭りには、「先人たちが守ってきたものを、自分の代で終わらせてはいけない」という独特の重さがあります。その重さは、誇りの裏返しでもあります。祭りを支えていることに、心の底から誇りを感じている。だからこそ、「やめたい」と思う自分を許せないのです。

担い手の胸の中にある感情の地図

担い手の方がよく口にする言葉と、その下にある感情を並べてみましょう。

よく口にする言葉その下で動いていそうな感情
「自分の代で絶やせない」誇り、責任の重さ、先人への恩、失敗への怖れ
「誰もやらないから、やるしかない」孤立感、不公平感、あきらめ、それでも手放せない愛着
「今年も無事に終わった」ほっとした気持ち、疲れ、来年への不安
「若い者が来ない」さみしさ、いら立ち、自分たちのやり方が否定されたような悔しさ
「好きでやっているから」本当の喜び、そして「疲れた」と言えない強がり

表を見ると、一つの言葉にいくつもの感情が重なっていることがわかります。そして、誇りと疲れは、打ち消し合うものではなく、同時にあっていいものです。「祭りを誇りに思っている。そして、私はいま、とても疲れている」。この二つを一緒に言葉にできたとき、担い手の心は少し軽くなります。

体からのサインに気づく

感情が言葉にならないとき、それは体に表れることがあります。祭りが近づくと眠りが浅くなる、寄り合いの前日に胃が痛む、祭りが終わったあとに何日もぐったりする。こうした体のサインは、「あなたは無理をしている」という心からの合図かもしれません。体の不調が続く場合は、医療機関に相談してください。

世代間の衝突|「昔からこうだ」と「変えないと続かない」

担い手不足に直面した祭りでは、多くの場合、「伝統を守るべきだ」という年長者と、「変えないと続けられない」という若い世代の間で意見がぶつかります。日程を週末に移すか、外部の参加者を受け入れるか、女性や子どもの役割を広げるか、行事の一部を省略するか。どれも、祭りの根幹に関わる問題です。

よくある相談の典型例
「変えようと言うと、
『よそ者みたいなことを言うな』と返される」
場面30代・男性。地元に戻り、青年部で祭りの準備を担っている。担ぎ手が足りないので、地域外のボランティアを募ってはどうかと提案した。しかし長老格の人から「祭りは見せ物じゃない」と一喝され、その場は黙るしかなかった。帰り道、悔しさと情けなさで、もう青年部をやめたいと思った。
この方の中には、祭りを続けたいという思い、提案を否定された悔しさ、年長者への遠慮、そして「自分は必要とされていないのでは」という不安がありました。そして、提案を退けた長老格の人の中にも、自分たちが守ってきたものが壊されるのではという怖れや、時代に置いていかれるさみしさがあったのかもしれません。

世代間の衝突は、多くの場合、「どちらも祭りを大切に思っている」からこそ起きるものです。年長者は、自分たちが受け継いできたかたちを守ることで祭りを大切にしようとしています。若い世代は、かたちを変えてでも祭りを未来に残すことで大切にしようとしています。大切にする方法が違うだけで、根っこにある感情は同じなのです。

ぶつかって見える意見の下にある「同じ根っこ」 言葉は違っても、感情の根は重なっている(イメージ図) 年長者の言葉 「昔からこうだ」 怖れ:受け継いだものが壊れる さみしさ:自分たちの時代が終わる 若い世代の言葉 「変えないと続かない」 焦り:このままでは途絶える 不安:自分たちに任されるのか 衝突 同じ根っこ この祭りを大切にしたい 子どもたちにも、この夜を残したい
▲ 「昔からこうだ」と「変えないと続かない」は、表面ではぶつかって見えます。けれども、その下にある感情をたどっていくと、どちらも「この祭りを大切にしたい」という同じ根っこにたどり着きます。話し合いは、この根っこを言葉にして確かめるところから始めると、ずっと進めやすくなります。

衝突を「感情の対話」に変える3つの工夫

工夫1
意見の前に「大切にしたいもの」を話す

寄り合いで、変える・変えないの議論に入る前に、「この祭りの何をいちばん大切にしたいか」を一人ずつ話してもらいます。神輿の重さ、子どもたちの笑顔、先人との約束。大切にしたいものが重なっていると確かめられると、意見の違いを話し合う土台ができます。

工夫2
年長者の「怖れ」に名前をつける

若い世代の側から、「変えることで、大事なものがなくなるのが心配なんですよね」と、年長者の気持ちを言葉にして返してみます。反対の裏にある怖れが受けとめられると、年長者も話を聞く余裕が生まれやすくなります。

工夫3
若い世代の「焦り」を責めない

年長者の側からも、「このままじゃ続かないと思って、心配してくれているんだね」と、提案の裏にある気持ちを受けとめます。提案の中身に賛成できなくても、気持ちを受けとめることはできます。

地域の役を担う人どうしのすれ違いは、祭りに限りません。地域の防災を支える人の悩みは消防団員の記事でも扱っています。祭りと消防団の両方を担っている方も多いでしょう。

中止・縮小を決めたあとの喪失感

話し合いを重ねた末に、祭りの中止や縮小、行事の一部の休止を決める地域もあります。それは、担い手の命と暮らしを守るための、勇気ある決断であることも少なくありません。けれども、決めたあとに思いがけない喪失感が押し寄せてくることがあります。

よくある相談の典型例
「やめると決めたのは自分なのに、
祭りの季節になると何も手につかない」
場面60代・男性。長年、地域の夏の行事の責任者を務めてきた。担い手が集まらず、保存会で話し合ったうえで、行事を当面休止することにした。自分が提案し、みんなも納得した決定だった。それなのに、行事があったはずの日が近づくと眠れなくなり、太鼓の音を思い出すと胸が苦しくなる。誰にも話せないまま、夏を過ごしている。
この方の胸には、長年の行事を失った悲しみ、決めた責任者としての罪悪感、先人に申し訳ない気持ち、そして重荷を下ろしてほっとした気持ちが同時にありました。「ほっとした」と感じる自分を責め、悲しみさえも「自分が決めたのだから悲しむ資格はない」と押し込めていたのです。

このように、周りから悲しんでいいと認められにくい喪失を、悲嘆の研究者ドカ(Doka)は1989年に「公認されない悲嘆」と呼びました。祭りの中止は、人の死のように多くの人が悼んでくれる出来事ではありません。しかも、自分たちで決めたことです。だからこそ、悲しみを口に出しにくく、感情が行き場をなくしやすいのです。

喪失の中にある感情を分ける

  • 悲しみ:長年の行事、仲間と過ごした時間、祭りの夜の空気を失ったこと
  • 罪悪感:先人や地域の人に申し訳ない、自分の代で終わらせてしまった
  • 安堵:重荷を下ろせた、家族との時間が戻った
  • 怒り:協力してくれなかった人へ、時代の流れへ、自分自身へ
  • 空白感:一年のリズムの中心がなくなり、何をしていいかわからない

大切なのは、安堵と悲しみが同時にあっていいと自分に許すことです。ほっとした気持ちは、それだけあなたが重いものを背負ってきた証です。そして悲しみは、それだけ祭りがあなたにとって大切だった証です。どちらも、あなたの祭りへの思いの深さから生まれています。

中止や休止は、必ずしも「終わり」ではありません。記録を残す、写真や映像を集める、規模を小さくして形を変える、数年後の再開の可能性を残しておく。喪失の感情に名前をつけ、仲間と分かち合うことができてはじめて、次にどうしたいかを落ち着いて考えられるようになります。

課題の分離と人生の意味|アドラー心理学で担い手の重荷をほどく

私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の考え方の中に、祭りの担い手の重荷をほどく二つの視点があります。

視点1|課題の分離:祭りの未来を一人で背負わない

アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった整理で、「その結果を最終的に引き受けるのは誰か」で、自分の課題と他者の課題を分けていきます。

自分の課題自分だけの課題ではないもの
自分がどこまで、どのくらい関わるかを決めること祭りが何百年先まで続くかどうか(地域全体で考えること)
自分の疲れや限界を、仲間に正直に伝えることほかの住民が手伝いに来るかどうか
大切にしたいものを、自分の言葉で話すこと年長者や若い世代が、どう受けとめるか
家族と、祭りとの関わり方を話し合うこと先人が今の状況をどう思うか(もう確かめられないこと)

担い手の方の多くは、祭りの存続という地域全体の課題を、自分一人の課題として抱え込んでいます。けれども、祭りは地域のものです。続けるか、変えるか、休むかは、地域の人々がともに考えていく課題です。あなたにできるのは、自分の関わり方を選び、自分の気持ちを正直に伝えることまで。そこから先を一人で背負わなくていいのです。

ただし、課題の分離は「祭りなんてどうでもいい」と切り捨てることではありません。大切に思う気持ちはそのままに、背負いすぎた荷物を、本来持つべき人たちと分け合うための考え方です。

視点2|人生の意味は自分が与える

アドラーは『人生の意味の心理学』の中で、人生に最初から決まった意味があるのではなく、意味はその人自身が与えるものだという趣旨のことを述べています。この考え方は、祭りとの関わりにも当てはまります。

「先人から受け継いだものを、自分の代で絶やさない」という意味づけは、担い手の誇りを支えてきました。けれども、その意味づけが自分を追い詰めているなら、意味を自分の手で選び直すことができます。「祭りを通して、子どもたちに地域のつながりを手渡す」「仲間と一緒に、一年に一度の夜をつくる」「形が変わっても、祭りの心を次の世代に伝える」。どの意味を選ぶかで、同じ祭りとの関わりが、重荷にも喜びにもなります。

中島輝より一言

祭りの担い手の方とお話しすると、ほとんどの方が「好きでやっていることだから」とおっしゃいます。その言葉に嘘はありません。けれども、「好き」の中に「疲れた」が混ざっていても、それは祭りへの裏切りにはならないのです。自分の疲れに正直になれる人こそ、祭りを長く、健やかに支えていける。私はそう思っています。どうか、自分の心の声にも、祭りの太鼓と同じくらい耳を傾けてあげてください。

担い手のための感情の言語化ワーク|自己決定感を育てる

自己肯定感の「6つの感」を一本の木にたとえると、担い手の悩みと特に深く関わるのが、花にあたる「自己決定感」です。自己決定感は、「自分の人生は自分で決めている」という感覚です。「やるしかない」「やめられない」と感じているとき、この感覚は揺らいでいます。同じ祭りに関わっていても、「自分で選んで関わっている」と感じられると、重さは誇りに変わっていきます。書籍原稿のワークを、祭りの担い手の場面に合わせてアレンジして紹介します。

WORK 1|1分
3段階温度計:「続けたい度」と「休みたい度」を測る

寄り合いの前や準備の合間に、「続けたい」と「休みたい」をそれぞれ1〜3の温度で測ります。「続けたい3、休みたい2」。両方に数字をつけてみると、自分の中に両方があることを、責めずに受けとめられるようになります。

WORK 2|30秒
今日のオノマトペ:祭りの準備の手ごたえを音で表す

準備を終えた日に、その日の気持ちを「ずっしり」「わくわく」「ぐったり」「じんわり」などの音で表してメモします。言葉にしにくい担い手の感情も、音なら表しやすくなります。季節を通して見返すと、どんな準備の日に心が重くなるのかが見えてきます。

WORK 3|5分
未来日記:10年後の祭りの夜を書く

「10年後の祭りの夜、自分はどこで、誰と、何をしているか」を、こうなっていたらうれしいという形で自由に書きます。神輿を担いでいる、子どもに笛を教えている、見物客として孫と歩いている。書いてみると、自分が本当に大切にしたい祭りとの関わり方が浮かび上がってきます。

WORK 4|2分
感情だけ日記:寄り合いのあとに書く

寄り合いや話し合いのあと、出来事ではなく感情だけを書きます。「悔しかった。でも少し安心した。年長の〇〇さんの話にはじんときた」。誰が何を言ったかを書かないことで、自分の感情そのものに目を向けることができます。

「やるしかない」を、
「私は、こう関わると決めた」に変える。
それだけで、同じ祭りが、自分の花になる。

寄り合い・保存会で本音を話すために

担い手一人ひとりが自分の感情に気づいても、寄り合いや保存会が本音を話せない場のままでは、重荷は分け合えません。最後に、組織として本音を話せる場をつくる工夫を紹介します。

ポイント1
寄り合いの最初に「一言チェックイン」

議題に入る前に、一人ひとこと「今の気持ち」を話してもらいます。「仕事が忙しくて少し疲れている」「今年の準備が楽しみ」。最初に気持ちを口に出しておくと、そのあとの話し合いでも本音が出やすくなります。

ポイント2
「疲れた」を言ってもいいと、上の立場の人から示す

年長者や世話役が、「実は、自分もここ数年しんどいんだ」と率先して打ち明けると、ほかの人も本音を話しやすくなります。強さを示すより、弱さを分け合うほうが、組織は長続きします。

ポイント3
祭りのあとに「振り返りの会」をもつ

祭りが終わったら、反省会だけでなく、「うれしかったこと」「しんどかったこと」「来年変えたいこと」を話す時間をつくります。うれしかったことから話すと、しんどかったことも言いやすくなります。

祭りの担い手には、家族の理解も欠かせません。家族からの「いつまで続けるの」という言葉の下にも、心配、さみしさ、自分たちとの時間を大切にしてほしいという願いがあるかもしれません。家族にも、祭りへの思いと疲れの両方を言葉にして伝えてみてください。地域に戻って祭りに関わるようになった方は、Uターン後の孤独の記事もあわせて読んでみてください。

よくあるご質問

祭りの役をやめたいのですが、周りに申し訳なくて言い出せません。
まず、「やめたい」の中身を分けてみてください。体の疲れなのか、人間関係なのか、時間の負担なのか、役の重さなのか。中身がわかると、「完全にやめる」以外に、「役を減らす」「一年休む」「別の関わり方にする」といった選択肢が見えてきます。伝えるときは、祭りへの感謝と、自分の限界の両方を言葉にすると、受けとめてもらいやすくなります。
祭りを中止したあと、「ほっとした」と感じる自分を責めてしまいます。
ほっとする気持ちは、それだけ重いものを背負ってきた証で、祭りへの思いが浅かったということではありません。悲しみと安堵は同時にあっていいのです。周りに悲しんでもらいにくい喪失は、心理学で「公認されない悲嘆」と呼ばれます。信頼できる仲間と、行事の思い出や気持ちを話す時間をもつことが助けになります。
年長者と若い世代の意見がぶつかり、寄り合いの空気が悪くなっています。
意見の違いを話し合う前に、「この祭りの何を大切にしたいか」を全員で話す時間をとってみてください。多くの場合、守りたいものは重なっています。そのうえで、相手の意見の裏にある怖れや焦りを言葉にして受けとめると、対立が対話に変わりやすくなります。
祭りの準備のたびに、体調を崩してしまいます。
眠りが浅くなる、胃が痛む、終わったあとに何日もぐったりするといった体のサインは、無理をしている合図かもしれません。感情を言葉にするワークとあわせて、役割の分担を見直すことを考えてみてください。体の不調が続く場合や、気持ちが沈む状態が2週間以上続く場合は、医療機関に相談してください。
家族から祭りの活動に反対されています。
家族の反対の下には、あなたの体への心配や、一緒に過ごす時間が減ることへのさみしさがあるかもしれません。反論する前に、「心配してくれているんだね」と家族の気持ちを受けとめてみてください。そのうえで、祭りへの思いと、どこまで関わりたいかを自分の言葉で伝え、家族の時間も大切にする関わり方を一緒に考えていきましょう。
祭りを大切に思うあなたの心も、
祭りと同じくらい大切なもの。
誇りも疲れも、どちらも言葉にしていい。
一人で背負わず、仲間と分け合う。
それが、祭りを未来へ手渡すいちばんの近道です。

自分を大切にしよう

地域の祭りや伝統行事の担い手は、先人への恩と誇り、続ける重圧、担い手不足の中での孤立感、世代間の衝突、中止を決めたあとの喪失感を、多くの場合一人で抱えています。「やめたい」と言えないのは、祭りを大切に思っていないからではなく、大切に思っているからこそです。そして、言葉にならない疲れは、眠りの浅さや胃の痛みとして、体に表れることもあります。

その感情に、一つずつ名前をつけてみてください。誇りと疲れを両方とも認める。世代間の衝突の下にある「同じ根っこ」を確かめる。中止のあとの悲しみと安堵を、どちらも自分に許す。そして、アドラー心理学の課題の分離で、祭りの未来を一人で背負うのをやめ、「人生の意味は自分が与える」という視点で、祭りとの関わり方を自分の手で選び直す。「やるしかない」が「私はこう関わると決めた」に変わるとき、自己決定感という花が咲きはじめます。

何年も、何十年も、地域の人々の感情をつなぐ結び目を支えてきたあなたは、本当によく頑張ってきました。その頑張りを、「やめたいなんて思ってはいけない」と自分を責めることに使わないでください。「今年も疲れた。でも、子どもたちの笑顔がうれしかった」。その一言で十分です。自分を大切にしよう。あなたが自分の心を大切にすることも、祭りを未来へ手渡す、大切な一歩なのです。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • 文化庁「ユネスコ無形文化遺産」(山・鉾・屋台行事、風流踊)
  • Konvalinka, I. et al. (2011). Synchronized arousal between performers and related spectators in a fire-walking ritual. PNAS, 108(20), 8514-8519.
  • エミール・デュルケーム『宗教生活の原初形態』(1912)
  • Doka, K.J. (Ed.) (1989). Disenfranchised Grief: Recognizing Hidden Sorrow. Lexington Books.
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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