にぎやかだった団地が静かになって|高齢化する団地と感情の言語化

にぎやかだった団地が静かになって|高齢化する団地と感情の言語化

にぎやかだった団地が静かになって
高齢化する団地と感情の言語化

夕方になると、棟と棟のあいだの広場から子どもの声が響いていた。ベランダには布団と洗濯物が並び、階段では「おかえり」が飛び交った。あれから40年。いま広場のブランコは静かに揺れているだけで、向かいの部屋は空いたまま、4階までの階段を上るたびに手すりを握る力が強くなっていく。「さみしい」とひと言で言ってしまえば済むはずなのに、その言葉がなかなか出てこない。そこには、自分たちの暮らしを築いた場所が変わっていくことへの、名前のつかない感情が隠れています。高齢化が進む団地・ニュータウンで暮らす方と、住民を支える方に向けて、その感情をほどく方法をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

結論:団地の静けさに感じるのは「さみしさ」だけではない

結論からお伝えします。にぎやかだった団地が静かになったときに胸に広がる感覚は、「さみしい」という一語ではとらえきれない、いくつもの感情の重なりです。懐かしさ、取り残された感じ、体が思うように動かない悔しさ、新しい住民へのとまどい、そして「自分たちの時代は終わったのかもしれない」という言葉にしにくい心細さ。これらが分けられないまま、ひとかたまりの「なんとなく気が重い」になっているのです。

この記事のポイントは3つです。

  • 団地の変化は「場所の喪失」でもある。引っ越していなくても、住み慣れた風景や人間関係が少しずつ失われるとき、人は喪失の悲しみに近い感情を抱く。
  • 感情に名前がつくと、人とつながる入口が見えてくる。「さみしい」の中身が「話し相手がいない」なのか「役割がない」なのかで、必要なものは変わる。
  • つながりは昔のかたちに戻さなくていい。アドラー心理学の共同体感覚と所属感の視点から、いまの団地に合った小さなつながり方を考えることができる。

こうした「感情が言葉にならない」状態は、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる特性と関わっています。感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もがもつ特性の濃淡です。大きな喪失や環境の変化のあとには、一時的にこの傾向が強まることもあります。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。

なお、自治会・町内会の役員の悩みや、孤独・孤立そのものは別の記事で扱っています。この記事では、「団地という場所が変わっていくこと」と、そこで暮らす人の心の動きに絞ってお話しします。

数字と研究で見る団地の高齢化と心

団地の静けさに心が揺れるのは、あなただけではありません。まず、背景となる統計と研究を見てみましょう。

項目内容出典
約3割日本の総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)。2023年には29.1%となり、過去最高を更新した内閣府「高齢社会白書」(総務省「人口推計」)
1960〜70年代大規模なニュータウンの入居が相次いで始まった時期。千里ニュータウン(大阪府)は1962年、多摩ニュータウン(東京都)は1971年に入居が始まった。同じ時期に同じ世代がそろって入居したため、住民の高齢化も一斉に進みやすい各自治体の公表資料
約4割孤独感が「ある」と答えた人の割合(「しばしば・常に」「時々」「たまに」の合計)内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」
148件の研究人とのつながりと寿命の関係を調べた研究のメタ分析。社会的なつながりが豊かな人は、そうでない人に比べて生存の可能性が約50%高かったHolt-Lunstad, Smith & Layton(2010, PLoS Medicine)
住まいの喪失と悲嘆住み慣れた地区を離れざるをえなかった住民の多くが、身近な人を亡くしたときに似た深い悲しみを示したFried(1963)「Grieving for a lost home」
感情のラベリング感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がるLieberman et al.(2007)

注目していただきたいのは、ニュータウンや大規模団地の多くが、同じ時期に、同じような年代の家族が一斉に入居してできた街だということです。子どもたちも同じ年ごろで、学校もPTAも夏祭りも、みんなが同じリズムで動いていました。だからこそ、子どもたちが巣立ち、住民が年を重ねると、街全体の静けさも一度にやってきます。

アメリカの研究者フリード(Fried)は1963年、再開発で住み慣れた地区を離れた住民を調べ、多くの人が、大切な人を亡くしたときのような悲しみを示したと報告しました。場所は、ただの入れ物ではありません。そこで交わした会話、子どもを育てた日々、季節ごとの行事。人は場所に記憶と感情を重ねて生きています。引っ越していなくても、まわりの風景や人が少しずつ失われていくとき、心の中では静かな喪失が起きているのです。

そして、ホルト=ランスタッド(Holt-Lunstad)らのメタ分析が示すように、人とのつながりは心だけでなく体の健康とも深く関わっています。団地の静けさに感じる心細さは、気のせいではなく、「つながりを大切にしてほしい」という心と体からのサインだと受けとめてみてください。

引っ越していなくても、
住み慣れた風景が変わるとき、
心は静かに「お別れ」をしている。

子育て世代だった頃の喪失感|「あの頃」が胸に残る理由

よくある相談の典型例
「昔はね、階段で会えば
誰とでも立ち話をしたものよ」
場面70代・女性。30代で入居し、二人の子をこの団地で育てた。子ども会の役員も、夏祭りのやぐらの飾りつけもしてきた。いまは夫と二人暮らし。かつてのママ友の多くは子どもの家の近くへ移るか、施設に入った。「さみしいでしょう」と言われると「慣れたわよ」と笑うが、夕方になると決まって胸が重くなる。
この方の胸の重さには、懐かしさ、仲間がいなくなった心細さ、「自分の役目は終わった」という空白感が同時に含まれていました。「慣れた」という言葉は、それ以上感じないようにするための、心のふたでもあったのです。団地で長く暮らす方からうかがう、典型的なパターンです。

団地の子育て期は、多くの人にとって人生でいちばん人とのつながりが濃かった時期かもしれません。同じ年ごろの子をもつ家族が隣に住み、子どもを預け合い、おかずを分け合い、夜泣きの声にも「お互いさま」と言い合えた。そうしたつながりの多くは、子どもを介して生まれていました。

子どもが巣立つと、その「つなぎ役」がいなくなります。さらに、仲間が一人、また一人と団地を離れていく。喪失が一度にではなく、少しずつ、何年もかけて積み重なるのが、団地の高齢化の特徴です。一つひとつは小さな別れなので、そのたびに悲しむのも大げさな気がして、感情を後回しにしてしまう。こうして、名前のつかない感情が心の底にたまっていきます。

「あの頃」を思い出すときの感情を分けてみる

よく出てくる言葉その下で動いていそうな感情
「昔はにぎやかだったのに」懐かしさ、さみしさ、時代に取り残された心細さ
「もう知っている人がいない」仲間を失った悲しみ、自分も去る側になる不安
「慣れたわよ」感じないようにしているつらさ、心配をかけたくない遠慮
「若い人は挨拶もしない」無視されたような悔しさ、つながりたいのにつながれないもどかしさ
「私たちの時代は終わった」役割を失った空白感、それでも誰かの役に立ちたい気持ち

表の右側を見ると、多くの言葉の下に「つながりたい」「役に立ちたい」という願いがあることに気づきます。「若い人は挨拶もしない」という不満も、裏を返せば「声をかけてほしい」「同じ団地の仲間として見てほしい」という気持ちの表れであることが少なくありません。

懐かしさは、悪い感情ではありません。懐かしさには、人とのつながりの感覚を高める働きがあるという研究もあります。大切なのは、「あの頃はよかった」で止めずに、「あの頃の何が自分にとって大切だったのか」まで言葉にしてみることです。それがわかると、いまの暮らしの中で、それを別のかたちで取り戻す手がかりが見えてきます。

階段と空き部屋|体の衰えと一緒にやってくる感情

昭和40年代から50年代に建てられた中層の団地には、エレベーターのない5階建ての棟が多くあります。入居した頃は、子どもを抱いて、買い物袋を提げて、一段飛ばしで上った階段。それが、いつのまにか一段ごとに手すりを確かめる階段に変わっていきます。

よくある相談の典型例
「ゴミ出しのたびに、
あと何年ここに住めるかと考えてしまう」
場面70代後半・男性。5階建ての4階に、妻を見送ってから一人で暮らしている。膝が痛み、買い物は週に一度にまとめるようになった。娘からは「1階か、エレベーターのあるところに移ったら」と言われるが、「まだ大丈夫だ」と答えている。部屋に戻ると、何もする気が起きない日が増えた。
この方の「まだ大丈夫だ」の下には、体の衰えを認めたくない悔しさ、妻と暮らした部屋を離れたくない気持ち、娘に負担をかけたくない遠慮、先の見えない不安が重なっていました。どれも本当の気持ちなのに、一つにまとめて「大丈夫」と言うしかなかったのです。

階段がつらくなると、外に出る回数が減ります。外に出なければ、人と会う機会も減ります。そして、人と話さない日が続くと、自分の気持ちを言葉にする機会も減っていきます。体の衰え、外出の減少、つながりの減少、感情の言葉の減少は、静かに連鎖しているのです。

団地で起きやすい「静かな連鎖」とほどき方 どこか一か所をほどくと、輪全体がゆるみはじめる(イメージ図) 階段がつらい 体の衰え・空き部屋の増加 外に出なくなる 買い物・ゴミ出しだけ 人と話さない 挨拶だけの日が続く 気持ちが言葉にならない 「大丈夫」「慣れた」 気が重い 名前のない感情 ほどき方:感情に名前をつける/小さな外出をつくる/一人と話す 住まいの相談は、管理者や地域包括支援センターにも
▲ 階段のつらさから始まり、外出が減り、人と話さなくなり、気持ちが言葉にならなくなる。この連鎖の中心には「気が重い」という名前のない感情がたまっていきます。どこか一か所でも、名前をつける・外に出る・人と話すことでほどけると、輪全体がゆるみはじめます。

空き部屋が増えるときの心の揺れ

向かいの部屋に明かりがつかなくなる。郵便受けにテープが貼られる。そんな小さな変化も、心には響きます。「次は自分の番かもしれない」という不安、長年の隣人が去っていくさみしさ、引っ越していった人へのうらやましさ。どれも、口に出すのがはばかられる感情です。

けれども、感じていることに名前をつけることは、その感情に振り回されないための第一歩です。「私はいま、置いていかれるようで心細いんだな」と心の中で言ってみるだけでも、気持ちの重さは少し変わります。住まいの移り住みや住み替えについて考えたいときは、団地の管理者の相談窓口や、お住まいの地域の地域包括支援センターに相談することもできます。ひとりで「まだ大丈夫」と抱え込む前に、選択肢を知っておくことは、心の安心にもつながります。

新しい住民との距離|若い世帯や外国にルーツのある人と

高齢化が進む一方で、空いた部屋には新しい住民が入ってきます。家賃の手ごろさから入居する若い単身者や子育て世帯、仕事や留学で日本に来た外国にルーツのある家族。日本で暮らす外国人は300万人を超え、過去最多を更新しています(出入国在留管理庁)。団地は、かつての「同じ世代の街」から、いろいろな世代や文化が混ざる街へと変わりつつあります。

よくある相談の典型例
「隣の家族に声をかけたいけれど、
言葉が通じるか不安で」
場面60代後半・女性。隣の部屋に、外国から来た若い夫婦と小さな子どもが越してきた。ゴミの出し方が違うことで、別の住民が苦情を言っているのを耳にした。自分も気にはなっているが、注意したいわけではない。むしろ子どもを見ると、自分の子が小さかった頃を思い出して話しかけたくなる。けれど、どう声をかけていいかわからず、会釈だけで通り過ぎてしまう。
この方の中には、新しい住民への戸惑い、ルールが乱れることへの不安、子どもへの懐かしさとやさしい気持ち、うまく話せない自分へのもどかしさが同時にありました。「迷惑」と「親しみ」、まったく逆に見える気持ちが、一人の中に同居していたのです。

新しい住民との間に距離を感じるとき、私たちはその気持ちを「あの人たちはマナーが悪い」「最近の若い人は」といった言葉でまとめてしまいがちです。けれども、その言葉の下には、自分の知っている団地が変わっていくことへの不安や、輪に入れてもらえない心細さが隠れていることがあります。

そして、距離を感じているのは新しい住民の側も同じです。古くからの住民の輪がすでにできている中に入るのは、勇気がいるものです。どちらも「話しかけていいのかな」と迷っている。そう考えると、距離は「対立」ではなく「お互いの遠慮」に見えてきます。

声をかけるときの小さな工夫

工夫1
注意より先に「ひと言」を

ゴミの出し方などの困りごとがあっても、最初に交わす言葉が注意だと、関係は固くなります。「こんにちは」「暑いですね」「かわいいお子さんですね」。困りごとを伝えるのは、何度か挨拶を交わしてからでも遅くありません。

工夫2
「教える」より「一緒にやる」

ルールを説明するときは、紙を渡すだけでなく、「今度の火曜日、一緒に出しに行きましょうか」と誘ってみます。やり方を見せることは、言葉の壁を越えやすく、つながりのきっかけにもなります。

工夫3
自分の気持ちを「Iメッセージ」で伝える

「あなたたちが悪い」ではなく、「私は、決まりが変わってしまうのが少し心配なんです」と、自分を主語にして伝えます。相手を責めずに自分の感情を言葉にすると、相手も身構えずに聞くことができます。

団地で長く暮らしてきた人は、子育ての知恵、地域の歴史、困ったときの頼り先など、新しい住民がまだ知らない宝物をたくさん持っています。それは、新しい住民にとっての大きな助けになります。距離を「怖れ」ではなく「お互いさまのきっかけ」として見てみてください。

共同体感覚と所属感|アドラー心理学で団地のつながりを考える

私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の考え方には、変わりゆく団地で暮らす人を支える二つの視点があります。

視点1|共同体感覚は「昔の仲間」だけのものではない

アドラー心理学の中心にある考え方が共同体感覚です。自分は仲間の一員であり、仲間を信頼し、仲間のために何かができる。そう感じられることが、心の健康の土台になると考えます。そして、アドラーのいう「共同体」は、家族や職場、地域といった目に見える集まりに限りません。いま出会っている人、これから出会う人も含めた、もっと広いつながりを指しています。

団地で長く暮らしてきた人は、「昔の仲間がいなくなった=共同体がなくなった」と感じがちです。けれども、共同体は過去の中にだけあるのではありません。新しく入ってきた若い家族、外国から来た隣人、毎朝すれ違う配達の人。共同体はかたちを変えながら、いまもあなたのまわりに続いているのです。

視点2|所属感は「役に立てる」と感じたときに育つ

アドラー心理学では、人には「自分はここにいていい」と感じられる所属感が欠かせないと考えます。そして所属感は、誰かに受け入れてもらうのを待つだけではなく、自分から誰かのために関わり、「役に立てた」と感じる中で育っていくものだとされます。

所属感が揺らぐ考え方所属感を育てる考え方
昔の仲間がいないから、もう居場所はないいまここで、一人とつながれば居場所は生まれる
体が弱ったから、役に立てない話を聞く、見守る、知恵を伝えるのも立派な貢献
新しい住民が団地を変えてしまう新しい住民と一緒に、いまの団地をつくっていく
迷惑をかけないように、黙っていよう「ありがとう」を伝えることも、相手への貢献になる

アドラー心理学では、「ありがとう」と言うことも、相手に「役に立てた」という感覚を渡す貢献だと考えます。体が思うように動かなくなっても、階段で荷物を持ってくれた若い住民に「本当に助かりました」と伝えることは、相手の所属感を育てています。支えられる側になることは、つながりから外れることではないのです。

中島輝より一言

団地で暮らす方のお話をうかがうと、「昔はよかった」という言葉のあとに、決まって少しの沈黙があります。その沈黙の中に、ほんとうの気持ちが眠っていることが多いのです。「よかった」のは、にぎやかさそのものではなく、誰かに必要とされ、誰かを必要とできたことではないでしょうか。それは、いまからでも取り戻すことができます。形は昔と違っていても、人を思う気持ちは年を重ねても少しも衰えません。

団地で暮らす人のための感情の言語化ワーク|自尊心≒自己存在感を育てる

自己肯定感の「6つの感」を一本の木にたとえると、団地の変化と特に深く関わるのが、根にあたる「自尊心≒自己存在感」です。「自分はここにいていい」「自分は存在しているだけで価値がある」という感覚で、木全体を支える役割を果たします。

まわりの人が去り、役割が減り、体が衰えていくと、この根が揺らぎやすくなります。「もう自分は必要とされていない」と感じるのは、根が乾いているサインです。根に水をやるのは、自分の感情を受けとめる言葉です。書籍原稿のワークを、団地の暮らしに合わせてアレンジして紹介します。

WORK 1|3秒
心の体温チェック:ベランダで空を見るとき

洗濯物を干すとき、ベランダで空を見上げながら、いまの心の温度を「あたたかい・ふつう・ひんやり」で確かめます。理由を考えなくてかまいません。毎日続けると、ひんやりする日がどんなときかが、少しずつ見えてきます。

WORK 2|1分
五感スイッチ:団地の「いま」を感じる

散歩やゴミ出しの途中で、見る・聞く・嗅ぐ・触れるのうち一つに意識を向けます。「桜並木の新芽」「隣の子どもの笑い声」「植え込みの金木犀の香り」。昔だけでなく、いまの団地の中にも「好き」があることを、体で確かめていきます。

WORK 3|1分
比喩レッスン:いまの団地を何かにたとえる

「いまの団地は、子どもたちが帰ったあとの校庭みたい」「夏祭りの片づけが終わったあとの広場みたい」。気持ちをたとえで表すと、言葉にしにくい感情にも輪郭が出てきます。たとえの中に、さみしさだけでなく、穏やかさや安らぎが混ざっていることにも気づけるかもしれません。

WORK 4|2分
感情が動いた瞬間日記:「ありがとう」を書き残す

一日の終わりに、誰かに言った「ありがとう」と、誰かに言われた「ありがとう」を一つずつ書きます。「郵便受けまで新聞を届けてくれた若い人に、ありがとうと言えた」。小さな「ありがとう」の記録は、自分がいまも共同体の中にいることを思い出させてくれます。

昔の仲間がいなくても、
いまの団地に「ありがとう」が一つあれば、
あなたの根は、ここでちゃんと生きている。

気持ちが沈む日が続くときは、一人で抱え込まないでください。眠れない、食欲がない、何をしても楽しくない状態が2週間以上続く場合は、かかりつけ医や地域包括支援センター、自治体の保健センターに相談してみてください。

支える側の方へ|住民の「本音」を聞くために

団地で見守り活動をする方、住民同士の集まりを運営する方、団地に関わる福祉や住まいの専門職の方。住民の方から「大丈夫よ」「慣れたから」という言葉ばかりが返ってきて、本当の気持ちが見えないと感じることはないでしょうか。

本音を聞くための3つのポイント

ポイント1
「さみしくないですか」ではなく「昔の話」から

「さみしいですか」と直接聞かれると、多くの人は「大丈夫」と答えます。代わりに、「この団地に越してきたころは、どんな様子でしたか」と昔の話から入ってみてください。懐かしい話をするうちに、いまの気持ちが自然に言葉になることがあります。

ポイント2
「お願い」をして、役割を渡す

見守られるだけの立場は、自尊心≒自己存在感を弱めることがあります。「この団地の昔の写真を見せていただけませんか」「新しく来たご家族に、おすすめの病院を教えてあげてもらえませんか」と、知恵や経験を生かせるお願いをしてみてください。

ポイント3
言葉以外のサインにも目を向ける

ベランダの洗濯物が出ていない、郵便受けに新聞がたまっている、集まりに来なくなった。言葉にならない変化は、生活の様子に表れます。気になるときは一人で抱え込まず、地域包括支援センターや団地の管理者など、つなげる先と連携してください。

住民同士の集まりの運営については高齢者サロン・通いの場の記事もあわせて読んでみてください。そして、支える側の方自身も、「力になれなかった」という無力感やもどかしさを抱えがちです。活動のあとに仲間同士で「今日はこんな気持ちになった」と一言ずつ話す時間をもつことが、長く続けるための支えになります。

よくあるご質問

団地に知っている人がほとんどいなくなりました。いまから知り合いをつくれるでしょうか?
つくれます。大勢の輪に入ろうとしなくてかまいません。同じ棟の一人と挨拶を交わす、集会所の催しに一度だけ顔を出す、散歩の途中でいつも会う人に声をかける。小さな接点が一つ、二つと増えるだけで、「ここにいていい」という感覚は少しずつ戻ってきます。
階段がつらく、住み替えを考えるべきか迷っています。
住み替えは、体の問題であると同時に、思い出や人間関係とも関わる大きな決断です。まず「離れたくない理由」と「不安な理由」を感情で分けて書き出してみてください。そのうえで、団地の管理者の相談窓口や地域包括支援センターで、選べる住まいや支援の情報を集めると、落ち着いて考えられるようになります。
新しく入ってきた住民と、ゴミの出し方などでうまくいきません。
ルールの違いは、悪意ではなく「知らない」ことから起きている場合が多いものです。最初に注意から入るより、挨拶を交わし、できれば一緒にやり方を見せてみてください。伝えるときは「私は少し心配で」と自分を主語にすると、相手も受けとめやすくなります。困りごとが大きい場合は、管理者や自治会に相談しましょう。
「昔はよかった」とばかり考えてしまう自分が嫌になります。
昔を懐かしむのは自然なことで、自分を責める必要はありません。「あの頃の何が大切だったのか」を言葉にしてみてください。人に頼られること、子どもの声、季節の行事。大切だったものがわかると、いまの暮らしの中でそれを別のかたちで取り戻す手がかりが見えてきます。
一人暮らしの親が団地に住んでいます。家族として何ができますか?
「大丈夫?」と聞くと、多くの親は「大丈夫」と答えます。電話では、団地の昔の話や、最近見かけた花や人の話など、答えやすい話題から入ってみてください。そのうえで「最近、ちょっと心細いことはない?」と聞くと、本音が出やすくなります。必要なら、親の住む地域の地域包括支援センターに相談することもできます。
団地が静かになっても、
あなたの感情は、ちゃんとここにある。
名前をつけて、もう一度つながりの中へ。
昔のにぎやかさは戻らなくても、
いまの団地で、新しい「お互いさま」は始められます。

自分を大切にしよう

高齢化が進む団地やニュータウンで暮らす人の胸に広がる重さは、子育て期のにぎやかな日々を失ったさみしさ、仲間が去っていく心細さ、体の衰えへの悔しさ、新しい住民へのとまどいが重なったものです。引っ越していなくても、住み慣れた風景が変わっていくとき、心は静かな喪失を経験しています。「慣れた」「大丈夫」という言葉の下には、名前のつかない感情がたまっているのです。

その感情に、一つずつ名前をつけてみてください。「あの頃」の何が大切だったのかを言葉にする。階段のつらさを「まだ大丈夫」で終わらせず、悔しさや不安として受けとめる。新しい住民との距離を、対立ではなくお互いの遠慮として見る。そして、アドラー心理学の共同体感覚と所属感の視点から、「ありがとう」を伝えることも、知恵を分けることも、立派な貢献なのだと思い出してください。それが、「自分はここにいていい」という自尊心≒自己存在感の根を、もう一度潤していきます。

何十年もこの団地で暮らし、子どもを育て、隣人と支え合ってきたあなたの日々は、誰にも消すことのできない宝物です。その日々を「終わったもの」にしなくていいのです。今日、ベランダで空を見上げて「少しさみしい。でも、隣の子の声が聞こえてうれしかった」と言えたら、それで十分です。自分を大切にしよう。静かになった団地にも、新しいつながりの芽は、ちゃんと育ちはじめています。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • 内閣府「高齢社会白書」(令和6年版)、総務省「人口推計」
  • 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」
  • 出入国在留管理庁「在留外国人統計」
  • Holt-Lunstad, J., Smith, T.B., & Layton, J.B. (2010). Social relationships and mortality risk: A meta-analytic review. PLoS Medicine, 7(7), e1000316.
  • Fried, M. (1963). Grieving for a lost home. In L.J. Duhl (Ed.), The Urban Condition. Basic Books.
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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