校長と職員と保護者の間で板挟みの教頭先生へ
学校の中間管理職と感情の言語化
朝7時、まだ誰もいない校舎の鍵を開ける。始業前に保護者からの電話、校長からは教育委員会への報告書の催促、職員からは「教頭先生、ちょっといいですか」。昼は欠勤した先生の補欠授業に入り、放課後は苦情の保護者に頭を下げ、夜は調査文書の締め切り。最後に職員室の電気を消して校門を出るとき、ふと気づく。今日一日、自分が何を感じていたのか、まったく思い出せない。それは、あなたが鈍くなったからではありません。教頭・副校長という立場は、学校じゅうの感情が通り抜けていく場所にあるからです。調査データとアドラー心理学をもとに、その構造と、自分の感情を取り戻す方法をお伝えします。
結論:教頭の疲れは「業務量」と「感情の通り道」の二重構造から生まれる
結論からお伝えします。教頭・副校長の先生が疲れ切ってしまうのは、業務量が多いからだけではありません。校長の方針、職員の不満、保護者の怒り、子どもの問題。学校じゅうの感情がいったん教頭のところを通り、そこで受けとめられ、調整され、別の言葉に変換されて出ていく。教頭は、学校の「感情の通り道」になっているのです。
この記事のポイントは3つです。
- 教頭は、自分の感情を後回しにすることが仕事の前提になりやすい。他人の感情を受けとめ続けるうちに、自分の感情に気づく回路が細くなっていく。
- 板挟みのつらさは、「誰の課題か」を分けることで軽くなる。アドラー心理学の課題の分離は、すべてを背負いこむ教頭にこそ役立つ考え方です。
- 「役に立てている」という実感が、教頭を支える。6つの感の「実」にあたる自己有用感を、他人の評価ではなく自分で確かめる方法がある。
ここで手がかりになるのが、アレキシサイミア(失感情症)という心理学の言葉です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態をいいます。病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もが持つ特性の濃淡です。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態の人を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。基本はアレキシサイミア(失感情症)とはでまとめています。
担任時代には子どもと一緒に笑い、泣き、怒っていた先生でも、管理職になって強い緊張と多忙が長く続くと、心は自分を守るために感じる回路を一時的に絞ることがあります。専門的には「2次性アレキシサイミア」と呼ばれる反応です。「最近、何があっても心が動かない」「家族に『機械みたい』と言われた」。それは冷たくなったのではなく、心が非常事態モードのまま、何年も走り続けているサインかもしれません。
そういうのはもう感じないようにしてるんです」
数字と制度で見る教頭・副校長|学校にいちばん長くいる人
教頭・副校長の仕事の重さは、個人の感覚だけでなく、国の調査や制度の中にもはっきり表れています。押さえておきたい事実を整理します。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 職種別で最長 | 平日の在校等時間は、校長・教諭など他の職種と比べて副校長・教頭が最も長く、1日11時間を超えていた | 文部科学省「教員勤務実態調査(令和4年度)」 |
| 法律上の役割 | 教頭は校長(副校長を置く学校では校長と副校長)を助け、校務を整理し、必要に応じて児童生徒の教育をつかさどる | 学校教育法 |
| 副校長の新設 | 2007年の学校教育法改正で、副校長・主幹教諭などの職が新たに設けられた | 学校教育法(2007年改正) |
| なり手不足 | 管理職選考の受験者の減少や倍率の低下が、各地の教育委員会で課題として報じられている | 各自治体の教育委員会の公表資料・報道 |
| 感情労働 | 職務として自分の感情を管理し、相手にふさわしい表情や態度を示す働き方 | A.R.ホックシールド『管理される心』(1983) |
| 感情ラベリング | 感情に言葉でラベルをつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の反応がおだやかになる | Lieberman et al.(2007) |
文部科学省が2022年度に行った教員勤務実態調査では、2016年度の前回調査より教員全体の在校等時間は減ったものの、副校長・教頭は依然として職種別で最も長く学校にいるという結果でした。朝いちばんに来て、夜最後に帰る。その姿は、多くの学校で「教頭先生のふつう」になっています。
学校教育法が定める教頭の役割は、「校務を整理する」ことです。けれど実際の「整理」には、書類や行事の調整だけでなく、人と人のあいだの感情の調整が大量に含まれています。校長の意図を職員にわかる言葉に直す。職員の不満を校長に伝わる形に変える。保護者の怒りを受けとめ、学校としての説明に置きかえる。これは、目に見えない感情の翻訳作業です。
こうした働き方は、社会学者A.R.ホックシールドが「感情労働」と名づけたものに重なります。感情労働の負担が大きいのは、表に出す感情と、内側で感じている感情のずれが長く続くときです。保護者の前では穏やかに、職員の前では頼もしく、校長の前では従順に。場面ごとに違う顔をつくり続けるうちに、本当の自分の気持ちがどれだったのかわからなくなるのです。
教頭の仕事は、
書類の整理だけではない。
学校じゅうの感情を、毎日翻訳している。
三方向の板挟み|校長・職員・保護者のあいだで飲み込む感情
教頭の板挟みは、二方向ではなく三方向、場合によっては教育委員会や地域を含めて四方向、五方向に広がります。それぞれの方向から、違う種類の感情が流れこんできます。
校長とのあいだで
校長の方針に納得できないときでも、教頭はそれを職員に伝え、実行を支える立場にあります。「校長先生がこう言っているので」と伝えながら、内心では「自分なら違うやり方をする」と思っている。自分の意見を飲み込み、他人の言葉を自分の口で話すことは、静かに心を削ります。そこにあるのは、不満というより、自分の考えが届かない悔しさや無力感です。
職員とのあいだで
職員からは、校長には直接言えない不満や相談が集まります。「この行事、本当に必要ですか」「あの保護者の対応、もう限界です」。教頭は、職員の気持ちを受けとめつつ、学校としての方針を説明しなければなりません。職員の味方でいたい気持ちと、管理職としての立場のあいだで引き裂かれる。元は同じ職員室の仲間だったからこそ、その距離がさみしく感じられることもあります。
保護者・地域とのあいだで
保護者からの苦情や要望の多くは、まず教頭のところに届きます。電話の向こうの怒りの声を受けとめ、担任から事情を聞き、校長に報告し、学校としての返答を考える。自分が起こしたわけではない問題で、自分が謝る。この繰り返しについては、次の章でくわしく扱います。
三方向の板挟みでつらいのは、どの方向に対しても「自分の本当の気持ち」を出しにくいことです。校長には弱音を言えない。職員には不安を見せられない。保護者には感情を出せない。すべての方向に対して「大丈夫です」の顔を向けているうちに、自分自身に対しても「大丈夫」と言い聞かせるようになる。それが、感情が迷子になっていく道筋です。
謝罪対応のあとに残るもの|頭を下げ続ける人の感情労働
教頭の仕事の中でも、とくに心をすり減らすのが謝罪対応です。学校で起きたトラブル、職員の不適切な言動、行事での事故、連絡の行き違い。学校の代表として保護者や地域の人に頭を下げる場面は、教頭になると急に増えます。
謝罪対応のつらさは、その場の緊張だけではありません。対応が終わったあとに、いくつもの感情が残ります。
| 謝罪のあとに残る感情 | 心の中の言葉 |
|---|---|
| 理不尽さへの怒り | 「こちらにも言い分はあったのに」 |
| 職員への複雑な気持ち | 「なぜ自分が代わりに頭を下げているのか」「でも、あの先生を守りたい」 |
| 恥ずかしさ | 「教育者として責められるのは、自分の人格を否定されたようだ」 |
| 不安 | 「これで収まるだろうか。教育委員会に連絡がいかないだろうか」 |
| むなしさ | 「子どものためにやっているはずなのに、何をしているのだろう」 |
多くの教頭先生は、こうした感情を感じる前に、次の仕事に移ります。報告書を書き、担任と打ち合わせをし、明日の段取りを考える。感情を処理する時間がないまま、次の謝罪がやってくる。その積み重ねは、やがて「何も感じない」という状態につながっていきます。
謝罪のあとに「3分の切り替え」を
「事実・感情・体」の3行メモ
対応が終わったら、次の仕事に移る前に、手帳の端に3行だけ書きます。①何があったか(事実)②自分は何を感じたか(感情)③体はどうなっているか(体)。たとえば「①保護者に1時間、担任の対応について謝罪 ②悔しい、少し腹が立つ、担任が心配 ③肩が固い、のどが渇いた」。報告書には書かない、自分のための記録です。感情に名前をつけるだけで、その感情は少し扱いやすくなります。
謝罪は、教頭の仕事の一部です。けれど、謝ることと、自分の気持ちを否定することは別のことです。学校の代表として頭を下げながら、心の中で「悔しい」と感じていてかまいません。その気持ちに気づいていることが、自分を守ることにつながります。
中島輝より一言
管理職の方のカウンセリングで、私はよく「今日、誰かに謝りましたか? そのとき、本当はどう感じていましたか?」と尋ねます。すると多くの方が、しばらく黙ったあとで「……悔しかったです」と答えます。その一言が出たとき、表情が少しゆるむのです。謝る仕事を続けている人ほど、自分の本当の気持ちを一度、言葉にして外に出す場所が必要です。
若手教員を支える教頭の心|「自分のときは」と言いたくなる瞬間
多くの学校で若手教員の割合が増え、教頭には若手の育成と支援という大きな役割も求められるようになりました。授業の進め方、学級経営、保護者対応、書類の書き方。若手が困ったとき、最初に相談するのは教頭であることが少なくありません。
若手教員を支えるとき、教頭の心の中にはこんな感情が生まれることがあります。
- 「自分のときは、もっと厳しかった」という苛立ち。でも、それを言えば「昭和の管理職」と思われそうで飲み込む。
- 「つぶしてしまわないか」という不安。指導すれば負担になり、指導しなければ問題が大きくなる。
- 「代わりにやったほうが早い」という焦り。結局、若手の仕事を引き取って自分の仕事が増える。
- 若手が休職や退職をしたときの自責。「もっと早く気づけたのでは」と自分を責める。
こうした感情は、どれも若手を大切に思うからこそ生まれるものです。ただ、言葉にされないまま積み重なると、若手への接し方に、知らないうちににじみ出てしまうことがあります。苛立ちは厳しい口調に、不安は過剰な口出しに、焦りは仕事の取り上げに変わります。
若手を支える前に、まず「自分は今、この先生に対して何を感じているか」を一度言葉にしてみてください。「心配している」「少しもどかしい」「自分の若い頃を思い出して胸が痛い」。自分の感情に気づいていると、それに振り回されずに、相手に合った関わり方を選べるようになります。新任・若手教員の側から見た心の動きは教壇に立って半年、笑えなくなった先生へで扱っています。教頭として若手の気持ちを知るうえでも参考になるはずです。
自分は言えない。それが少しうらやましい」
アドラー心理学で見る教頭の仕事|課題の分離と横の関係
私はアドラー心理学をベースにカウンセリングをしてきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、「すべての悩みは対人関係の悩みである」と考えました。人と人のあいだに立つ教頭の悩みは、まさにこの言葉どおりです。ここでは2つの考え方を紹介します。
課題の分離|それは誰の課題か
課題の分離とは、ある問題について「その結果を最終的に引き受けるのは誰か」を考え、自分の課題と他者の課題を分けることです。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった整理です。
教頭の板挟みのつらさの多くは、他者の課題まで自分の課題として背負いこんでいることから生まれます。
| 場面 | 教頭の課題 | 教頭の課題ではないもの |
|---|---|---|
| 保護者の苦情 | 事実を確認し、誠実に説明すること | 保護者が納得するかどうか、怒りがおさまるかどうか |
| 校長の方針 | 意見を伝えること、決まったことを支えること | 校長が意見を採用するかどうか |
| 職員の不満 | 話を聞き、調整できることを調整すること | 職員が不満を感じ続けるかどうか |
| 若手の成長 | 助言し、環境を整え、見守ること | 若手が助言をどう受けとり、どう成長するか |
課題の分離は、冷たく突き放すことではありません。自分の課題には全力で取り組み、他者の課題には手を出しすぎないということです。保護者の怒りがおさまらなくても、あなたが誠実に説明したなら、それ以上はあなたの責任ではありません。そう考えることで、すべての結果を自分のせいにする自責から、少し距離をとることができます。
横の関係|上下ではなく、仲間として
アドラー心理学では、人間関係を縦の関係(上下・評価)ではなく、横の関係(対等な仲間)として築くことを大切にします。学校は職階のある組織ですが、それでも教頭が職員と横の関係を意識すると、職員室の空気は変わります。
たとえば、職員の仕事を評価して「よくやった」とほめるのではなく、「助かりました」「ありがとうございます」と伝える。若手に「こうしなさい」と指示するだけでなく、「どう感じている?」「どうしたいと思う?」と聞く。横の関係の中では、教頭自身も「実は困っている」と言いやすくなります。上に立つ人だけが弱音を吐けない、という縦の構造から抜け出すことができるのです。
校長との関係でも同じです。職務上は校長が上司ですが、学校をよくしたいという目的を共有する仲間でもあります。「校長先生、正直に申し上げると、この件で私は少し不安を感じています」と、感情を添えて意見を伝えることは、縦の関係の中でも横のつながりをつくる一歩になります。
実を育てる|自己有用感と、教頭のための感情の言語化ワーク
自己肯定感を木にたとえると、6つの感は次のように表せます。根は自尊心≒自己存在感、幹は自己受容感、枝は自己効力感、葉は自己信頼感、花は自己決定感、実は自己有用感です。
教頭・副校長の仕事でとくに揺らぎやすいのが、実にあたる自己有用感です。自己有用感とは、「自分は誰かの役に立っている」と感じられる感覚のこと。担任のときは、子どもの成長や保護者の「ありがとう」で、それを実感できました。けれど教頭の仕事の多くは、問題が起きなかったこと、トラブルが大きくならなかったこととして成果が見えにくい。感謝されるより、苦情を受けることのほうが多い。実が実っているのに、それが見えない状態です。
アドラー心理学では、貢献感は他人からほめられることではなく、自分で「役に立てた」と感じることから生まれると考えます。他人の評価を待っていると、教頭の自己有用感はなかなか満たされません。自分で自分の貢献を確かめる習慣が必要です。中島輝の近刊で紹介しているワークを、教頭の仕事向けにアレンジしてお伝えします。
5秒ルール(職員室を出る前に)
教室や校長室、職員室を出るとき、ドアの前で5秒だけ立ち止まり、「今の自分の気持ちは?」と自分に聞きます。答えは一語でかまいません。「焦り」「ほっとした」「もやもや」。次の場面に入る前に感情を一度確認することで、前の場面の感情を次の人にぶつけてしまうことが減ります。
3段階温度計
一日の終わりに、その日の「しんどさ」を「少し」「けっこう」「かなり」の3段階で記録します。「かなり」が3日続いたら、校長や信頼できる同僚に一言伝える、と自分で決めておきます。教頭は自分の限界に気づきにくい立場です。数値化することで、「まだ大丈夫」という思い込みから距離をとれます。
「見えない貢献」日記
寝る前に、今日起きなかったトラブル、防げた問題、誰かが楽になったことを一つ書きます。「補欠に入ったので、A先生が子どもの病院に付き添えた」「保護者の電話を受けたので、担任が授業に集中できた」。成果が見えにくい仕事だからこそ、自分で言葉にして確かめることが、自己有用感の実を育てます。
感情だけ日記
出来事を書かず、その日に感じた感情の言葉だけを並べて書きます。「悔しい、心配、少しうれしい、疲れた、ほっとした」。出来事を書くと、つい反省や段取りの話になってしまう人に向いた方法です。感情の言葉が一つも出てこない日が続くときは、心が非常事態モードに入っているサインかもしれません。
トラブルが起きなかった一日は、
あなたが何もしなかった一日ではない。
あなたが守った一日。
職員室を「感情を話せる場所」に|教頭が一人で抱えない仕組み
教頭が自分の感情を言葉にできるようになることは、個人の問題にとどまりません。職員室の空気、若手の定着、保護者対応の質、そして学校全体の働きやすさにつながります。組織行動学者エイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson, 1999)が示したように、チームの学びと成果を支えるのは、不安や失敗を口にしても大丈夫だと感じられる「心理的安全性」です。その空気をつくる中心にいるのが、職員室の真ん中にいる教頭です。
教頭自身が「感情を言葉にする」見本になる
職員に「困ったら相談して」と言うだけでは、相談は増えません。教頭自身が「この件、正直ちょっと不安なんです」「今日は少し疲れました」と言えると、職員も自分の気持ちを話しやすくなります。弱さを見せることは、管理職としての信頼を損なうことではなく、職員室を安全な場所にすることです。
一人で抱えないための仕組み
| 相手・場 | 話せること |
|---|---|
| 校長 | 業務の分担の見直し、保護者対応の方針、自分の負担の状態 |
| 主幹教諭・教務主任など | 業務の一部の分担、若手支援の役割分担 |
| 他校の教頭仲間 | 同じ立場ならではの悩み、ほかの学校の工夫 |
| 教育委員会の相談窓口・産業医 | 心身の不調、勤務の状況、メンタルヘルスの相談 |
| 家族・学校の外の友人 | 学校の内容にふれない、自分の気持ちの話 |
とくに、同じ立場の教頭同士で話せる場は大きな支えになります。地域の教頭会の研修のあとなど、公式な場の外で「実は」と話せる時間を意識してつくってみてください。同じ板挟みを経験している相手には、説明しなくても伝わることがたくさんあります。
そして、眠れない、食欲がない、朝起きると学校に行くのがつらい、休日も気持ちが休まらないといった状態が2週間以上続く場合は、医療機関や教育委員会の相談窓口に相談してください。医学的な判断は医師にゆだねることが大切です。管理職が心身を崩すことは、学校全体にとっても大きな損失です。自分の心の手入れは、教頭の仕事の一部だと考えてください。教員全体の感情の扱い方については教員と感情の言語化の記事でも扱っています。
よくあるご質問
あなた自身の気持ちにも、名前と出口を。
板挟みの真ん中で、自分を置き去りにしない。
見えない貢献を、自分の言葉で確かめていこう。
自分を大切にしよう
教頭・副校長の先生が疲れ切ってしまうのは、能力が足りないからでも、管理職に向いていないからでもありません。文部科学省の調査でも職種別で最も長く学校にいる立場であることに加えて、校長、職員、保護者のあいだで学校じゅうの感情を受けとめ、翻訳し続ける「感情の通り道」になっているからです。謝罪対応のあとの悔しさ、若手を支えるときの不安や焦り、校長の方針を伝えるときの無力感。名前をつけられないまま積み重なった感情は、「何も感じない」という状態や、胃の痛みのような体のサインとして表に出てきます。
アドラー心理学は、他者の課題まで背負いこまない課題の分離と、上下ではなく仲間として向き合う横の関係を教えてくれます。5秒ルール、3段階温度計、「見えない貢献」日記、感情だけ日記。小さなワークで感情に名前をつけ、自分の貢献を自分の言葉で確かめるたびに、「自分は誰かの役に立っている」と感じる自己有用感の実が、少しずつ見えるようになっていきます。そして、校長や同僚、教頭仲間など、本音を話せる相手を意識して持ってください。
朝いちばんに鍵を開け、夜最後に電気を消すあなたがいるから、学校は今日も動いています。自分を大切にしよう。子どもと職員と保護者を守るあなた自身の心にも、守られる場所と、「実は困っている」と言っていい相手が、ちゃんと必要です。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- 文部科学省「教員勤務実態調査(令和4年度)」
- 学校教育法(2007年改正を含む)
- A.R.ホックシールド『管理される心―感情が商品になるとき』(石川准・室伏亜希訳、世界思想社)。原著 Hochschild, A.R. (1983). The Managed Heart. University of California Press.
- Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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