「ありがとう」も「いやだ」も言えない子を迎えて
里親家庭と感情の言語化
夕食に好物を作っても、返ってくるのは「別に」。新しい服を買っても、表情は動かない。そうかと思えば、ある晩とつぜん物を投げ、「どうせ追い出すんでしょ」と叫ぶ。委託から数か月、里親のあなたは「この子の気持ちが、まったくわからない」と途方に暮れているかもしれません。けれど、その子は感情がないのではなく、感情を凍らせることで生き延びてきたのです。里親家庭やファミリーホームで起きやすい「感情の凍結」の正体と、子どもの心を少しずつ解かしていく関わり方、そして養育者自身が倒れないための方法を、愛着の研究とアドラー心理学からお伝えします。
結論:「何も言わない子」は、感情がないのではなく凍らせている
結論からお伝えします。里親家庭に来た子どもが「ありがとう」も「いやだ」も言えないのは、しつけが足りないからでも、心が冷たいからでもありません。感情を出しても受けとめてもらえなかった、あるいは感情を出すことが危険だった環境で、子どもは自分を守るために感じる回路を絞ってきました。その結果として、感情が「凍った」状態になっているのです。
この記事のポイントは3つです。
- 試し行動は「わがまま」ではなく、「ここは本当に安全か」を確かめる問いである。言葉にできない不安が、行動で表に出ている。
- 凍った感情は、安全な関係の中でしか解けない。言葉を教える前に、「ここにいていい」という所属感が先に必要になる。
- 子どもの感情を受けとめるには、里親自身の感情にも言葉と休息がいる。一人で抱え込まず、児童相談所や里親支援の機関とチームで育てることが、子どもの安心にもつながる。
ここで手がかりになるのが、アレキシサイミア(失感情症)という心理学の言葉です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態をいいます。病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もが持つ特性の濃淡です。基本はアレキシサイミア(失感情症)とはでまとめています。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態にある人を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。里親家庭は、まさにその「帰る場所」になりうる場所です。
ただし、里親家庭に来る子どもの多くに見られるのは、生まれ持った特性というより、つらい環境を生き抜くなかで生じた「2次性」の感情の鈍りだと考えられます。強いストレスから心を守るための一時的な反応であれば、安全な環境が続くことで、少しずつ薄れていくことが期待できます。だからこそ、毎日の関わりに意味があるのです。
同じ顔をしているんです」
数字と制度で見る里親家庭|「家庭で育つ」を進める社会の流れ
日本では長く、親と暮らせない子どもの多くが乳児院や児童養護施設で育ってきました。その流れが大きく変わり始めたのが、2016年の児童福祉法の改正です。子どもが家庭と同様の環境で育つことを優先する「家庭養育優先の原則」が法律に明記されました。押さえておきたい制度と研究を整理します。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 2009年 | 国連総会が「児童の代替的養護に関する指針」を採択。家庭を離れた子どもには、できるだけ家庭に近い環境での養育を求める | 国際連合 |
| 2016年 | 児童福祉法の改正で、子どもを権利の主体と位置づけ、家庭養育優先の原則を明記 | 厚生労働省 |
| 75%・50% | 就学前の子どもの里親等委託率をおおむね7年以内に75%以上、学童期以降をおおむね10年以内に50%以上にするという目標を提示(2017年「新しい社会的養育ビジョン」) | 新たな社会的養育の在り方に関する検討会 |
| 4種類 | 里親には、養育里親・専門里親・養子縁組里親・親族里親がある | 児童福祉法・関係通知 |
| 5〜6人 | ファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)で、養育者の住居に迎える子どもの定員 | 児童福祉法・関係通知 |
| 約10〜16% | 一般の人のうち、アレキシサイミア傾向が強いとされる人の割合 | TAS-20等を用いた複数の疫学研究 |
目標の数字が示されたあとも、里親等への委託は少しずつ増えてきたものの、地域による差は大きく、目標には届いていないと指摘されています。つまり、里親家庭やファミリーホームは、これからさらに社会の大切な受け皿になっていく場所です。そして、受け皿が広がるほど、養育者を支える仕組みと、子どもの心の理解がいっそう必要になります。
研究の世界でも、家庭的な養育の大切さは繰り返し確かめられてきました。イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィ(Bowlby)が示した愛着理論では、子どもは特定の大人との安定したつながりを「安全基地」にして、外の世界を探索し、感情を調整する力を身につけていくと考えます。人生の早い時期にこの安全基地が揺らいだ子どもにとって、里親家庭は、愛着を結び直す機会になります。
アメリカの心理学者メアリー・ドジャー(Dozier)らは、里親のもとに来た乳幼児の観察から、つらい経験をした子どもは不安なときに安心を求めるサインをうまく出せず、かえって大人を遠ざけるようにふるまうことがあると報告しました(Stovall & Dozier, 2000)。そして、大人のほうもその態度に合わせて距離を取ってしまうと、子どもの「誰も頼れない」という思い込みが強まってしまう。裏を返せば、子どもが遠ざけるそぶりを見せても、大人が穏やかに近くにいつづけることに、大きな意味があるのです。
「いらない」と言う子ほど、
本当は「そばにいて」と言えずにいる。
遠ざけるそぶりは、近づき方を知らないだけ。
試し行動の奥にある問い|「ここにいていいの?」
里親になった方の多くが経験するのが、いわゆる「試し行動」です。委託直後の「お客さん」のような時期を過ぎたころ、子どもは大人を困らせる行動をくり返すことがあります。わざと約束を破る、物を壊す、ほかの子と比べて激しく怒る、食べ物を際限なく欲しがる、赤ちゃんのように甘える。どれも、大人にとってはこたえる行動です。
試し行動の奥には、子ども自身も言葉にできない問いがあります。「こんな自分でも、ここにいていいの?」「いつか、また捨てられるんじゃないの?」。これまで大人が突然いなくなったり、約束が守られなかったりした経験のある子どもにとって、「ずっといていいよ」という言葉だけでは信じる理由になりません。だから、いちばん悪い自分を見せて、それでも見捨てられないかを確かめようとするのです。
試し行動への対応で大切なのは、「行動」と「存在」を分けることです。物を壊すこと、人をたたくことには、はっきり線を引きます。そのうえで、「あなたがうちにいることは、何があっても変わらない」というメッセージは、決して引っ込めない。行動を叱ることと、存在を否定することは、まったく別のことです。
もう一つの工夫は、行動の下にある気持ちを、大人が代わりに言葉にしてみることです。「急に怒りたくなったんだね」「もしかして、ちょっと不安だったのかな」。当たっていなくてもかまいません。子どもが「違う」と言えたら、それも一つの感情表現です。言葉にできない気持ちを大人が拾い上げ、名前をつけて返す。それは、赤ちゃんの泣き声に「おなかすいたね」と応える関わりの、やり直しでもあります。
試し行動の時期は、数か月から、ときに年単位で続くこともあります。終わりが見えないとき、里親は「自分のやり方が間違っているのでは」と自信を失いがちです。けれど、荒れが出てくること自体が、関係が深まり始めた証拠である場合も少なくありません。一人で判断せず、児童相談所の担当者や里親支援の担当者に、具体的な場面を伝えて一緒に考えてもらってください。
感情の凍結|なぜ「ありがとう」も「いやだ」も出てこないのか
里親が戸惑うことの一つが、子どもが「ありがとう」も「いやだ」も言わないことです。何かをしてもらっても礼を言わない。いやなことがあっても、文句も言わずに黙っている。大人から見ると「かわいげがない」「何を考えているかわからない」と感じられるかもしれません。
けれど、子どもの側から見ると、事情はまったく違います。感情を出したときに怒鳴られた、泣いたら無視された、「いやだ」と言ったらもっとひどい目にあった。そうした経験が重なると、子どもは「感じないほうが安全だ」と体で学びます。うれしさを表に出すことさえ、「喜んだあとに取り上げられるかもしれない」という怖さと結びついていることがあります。
| 表に見える姿 | 奥にあるかもしれない感情 | 大人の声かけの例 |
|---|---|---|
| お礼を言わない | 喜んでいいのかわからない戸惑い、また失う怖さ | 「気に入ったら使ってね。言わなくても大丈夫だよ」 |
| いやなことにも黙っている | 「いやだ」と言うと見捨てられるという恐れ | 「いやなときは、いやって言っていいんだよ」 |
| 表情が動かない | 感じたことの出し方がわからない、緊張が続いている | 「今日は疲れた顔に見えるよ」と大人の見立てを伝える |
| 急に激しく怒る | ため込んだ不安や悲しみがあふれた | 「怒りたくなるくらい、何かいやだったんだね」 |
| 体の不調をよく訴える | 言葉にならない不安が体に出ている | 症状を気づかいつつ「何か気になることある?」と添える |
アレキシサイミアの研究で知られる精神分析家のクリスタル(Krystal)は、子どもの感情は最初は体の感覚のかたまりで、言葉が育つにつれて「体から離れ、細かく分かれ、言葉になっていく」と説明しました。そして強いトラウマや、感情を受けとめてもらえない環境は、この発達を止めてしまうことがあると考えました。里親家庭に来た子どもが年齢のわりに感情の言葉が少ないのは、その子の能力の問題ではなく、感情を育てる経験が途中で途切れていたからかもしれません。
ここで覚えておきたいのは、「ありがとう」を言わせることを急がないということです。お礼を言うことを求めすぎると、子どもは「言わないと嫌われる」と受け取り、また感情を押し込めて形だけの言葉を覚えます。それは、委託直後の「完璧ないい子」と同じ過剰適応のくり返しです。まずは大人の側が「ありがとう」を子どもに言うこと。「お皿を運んでくれて、助かったよ」。言葉は、言われる経験を通して育ちます。
同じように、「いやだ」と言えることは、子どもが自分を守るための大切な力です。「いやだ」と言ったときに、大人が怒らずに「そうか、いやなんだね」と受けとめてくれる。その経験の積み重ねが、「自分の気持ちには価値がある」という感覚を育てます。わがままを全部聞くこととは違います。気持ちは受けとめ、できることとできないことは伝える。それで十分です。
実親への思い|二つの家族のあいだで揺れる気持ち
里親家庭の子どもの心を考えるとき、避けて通れないのが実親(生みの親)への思いです。実親から離れて暮らすことになった理由はさまざまですが、子どもの気持ちは単純ではありません。会いたい気持ち、怒り、悲しみ、「自分が悪い子だったから」という罪悪感、そして里親家庭になじむことへの後ろめたさ。いくつもの感情が、名前のないまま混ざり合っています。
とくに見落とされやすいのが、「里親を好きになると、実親を裏切ることになる」という忠誠心の葛藤です。里親家庭で楽しく過ごしたあと、急に不機嫌になったり、反抗的になったりする子がいます。それは、楽しかった自分に罪悪感を覚えているのかもしれません。子どもにとって、二つの家族のどちらかを選ばなければならないように感じるのは、とても苦しいことです。
部屋にこもってしまうんです」
実親について、里親が子どもの前で批判的なことを言うのは避けたほうがよいとされています。子どもにとって実親は、自分のルーツの一部です。実親を否定されると、自分自身が否定されたように感じることがあります。一方で、子どもが実親への怒りを口にしたときは、それを打ち消さずに受けとめます。「怒っていいんだよ」と「お母さんのことを悪く言ってはいけない」は、どちらも子どもの感情を閉じさせてしまう可能性があります。どちらにも寄らず、「そう感じているんだね」と聞くことが基本です。
近年は、子どもが自分の生い立ちを大人と一緒に整理していくライフストーリーワークという取り組みも広がっています。写真や記録を手がかりに、「自分はどこから来て、どうして今ここにいるのか」を、子どものペースで言葉にしていく作業です。生い立ちの話は、子どもにとって重い内容を含むことがあります。里親だけで進めず、児童相談所や専門職と相談しながら、時期と方法を決めてください。
実親との関係は、子ども一人ひとりで事情がまったく異なります。面会や交流のあり方、家庭復帰の見通しなどは、児童相談所が子どもの最善の利益を考えて判断することです。里親が抱え込む必要はありません。里親の役割は、子どもがどんな感情を抱えて帰ってきても、「おかえり」と迎えられる場所であり続けることです。
アドラー心理学で見る|勇気づけと所属感が根を育てる
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、ウィーンで子どもの相談や教育の現場に深く関わったことでも知られています。里親家庭の子育てを考えるうえで、アドラー心理学の二つの考え方がとても役に立ちます。
所属感|人は「居場所がある」と感じて初めて動き出せる
アドラー心理学では、人は誰でも「自分はこの共同体の一員だ」と感じたいという根源的な願いを持っていると考えます。これを所属感と呼びます。所属感が満たされないと、人は不適切な行動を通してでも、自分の居場所を確かめようとします。注目を集めるために困らせる、力で相手を支配しようとする。試し行動の多くは、この「居場所を確かめたい」という目的から読み解くことができます。
里親家庭の子どもにとって、所属感はとくに揺らぎやすいものです。名字が違う、学校で家族のことを聞かれる、「いつまでいられるのか」がわからない。だからこそ、日常の小さな場面で「あなたはこの家の一員だ」と伝える工夫が大きな意味を持ちます。家族の予定を一緒に決める、その子専用の箸やコップを用意する、家の小さな役割を任せる。言葉より先に、暮らしの形で所属感を伝えることができます。
勇気づけ|ほめるのでも叱るのでもなく、横から支える
アドラー心理学のもう一つの柱が勇気づけです。勇気づけとは、困難に立ち向かう力を相手の中に育てる関わりのことで、ほめることとは区別されます。「えらいね」「いい子だね」とほめるのは、大人が上から評価する縦の関係になりやすい。とくに過剰適応してきた子どもは、ほめられると「次もいい子でいなければ」と緊張を強めることがあります。
勇気づけは、横の関係から「ありがとう」「助かったよ」「うれしいな」と、大人自身の気持ちを伝えます。結果ではなく過程に目を向けます。「テストが100点でえらい」ではなく、「毎日少しずつ練習していたね」。そして何より、できないときや失敗したときにこそ、「それでも、あなたはここにいていい」と伝え続けること。それが、所属感を土台にした勇気づけです。
| 場面 | ほめる・叱る(縦の関係) | 勇気づけ(横の関係) |
|---|---|---|
| お手伝いをしてくれた | 「いい子だね、えらいね」 | 「手伝ってくれて助かったよ、ありがとう」 |
| 学校で問題を起こした | 「どうしてそんなことをするの!」 | 「何かいやなことがあったのかな。話せるときに聞かせてね」 |
| 何も話さない | 「ちゃんと答えなさい」 | 「話したくなったらいつでもいいよ。ここにいるからね」 |
| 失敗して落ち込んでいる | 「次は頑張りなさい」 | 「悔しかったね。挑戦したこと、私は知っているよ」 |
岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった課題の分離の考え方も、ときに里親を助けます。子どもの感情を「すぐに解かさなければ」と焦るのは、子どもの回復のペースまで大人が背負おうとしている状態です。大人にできるのは、安全な環境と温かい関わりを用意し続けることまで。そこから先、いつ心を開くかは子どもの課題です。そう考えると、少し肩の力が抜けるはずです。
根を育てる毎日の関わり|自尊心≒自己存在感と感情の言語化ワーク
自己肯定感の「6つの感」を木にたとえると、いちばん下で木を支えているのが根にあたる「自尊心≒自己存在感」です。自分は存在しているだけで価値がある、ここにいていいと感じられる感覚のことです。その上に、ありのままの自分を受け入れる自己受容感の幹が伸び、自己効力感の枝、自己信頼感の葉、自己決定感の花、自己有用感の実へとつながっていきます。
里親家庭に来る子どもの多くは、この根が深く傷ついています。「自分がいたから家族がばらばらになった」「自分は誰にも必要とされない」。そう感じている子どもに、いきなり「自信を持って」と言っても届きません。まず根に水をやること。存在そのものを受けとめる関わりが、何よりも先です。そして根が少しずつ張ってくると、感情を言葉にする力も育ちやすくなります。
ここからは、中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』で紹介しているワークを、里親家庭の暮らし向けに作り直したものです。どれも、子どもに「やらせる」のではなく、大人が一緒に楽しむことが前提です。
心の体温チェックを「家族の朝のあいさつ」に
朝食のとき、大人がまず「今日の私の心は、ぬるめのお湯くらい。ちょっと眠い」と自分の心の温度を言います。子どもには答えを求めず、言いたくなったら言えばいい、という空気をつくります。大人が自分の感情を言葉にする姿を見せることが、何よりの手本になります。数週間たって、子どもがぽつりと「つめたい」と言ったら、それは大きな一歩です。
五感スイッチで「おいしい」を一緒に感じる
感情の入口は体です。「このスープ、あったかいね」「この果物、甘酸っぱい」と、食卓で五感の言葉を交わします。体の感覚を言葉にするのは、感情を言葉にするより安全で、凍った心にも届きやすい入口です。食べ物をため込む子には、「いつでもここにあるよ」と見える場所に置いておく安心も一緒に。
色彩感情カレンダーで言葉にならない日を残す
寝る前に、その日の気分を色で塗ります。言葉が出ない子でも、色なら選べることがあります。黒や灰色の日が続いても、塗ったことを責めずに「今日はこの色だったんだね」とだけ返します。数か月分を並べてみると、面会の前後、学校行事のあとなど、子どもの心の揺れの波が見えてくることがあります。児童相談所の担当者と共有する材料にもなります。
今日のオノマトペで「なんか」を言葉にする
「なんかいや」「なんか変」しか言えない子には、「それは、もやもや? ざわざわ? ずーん?」と、擬音語の選択肢を出してみます。感情の名前を知らなくても、音なら選べる子は少なくありません。選べたら「教えてくれてありがとう」。それだけで、気持ちを伝えることが歓迎される経験になります。
中島輝より一言
私は幼いころ、里親に育てられました。本当の子どものようにかわいがってくれた人が、5歳のある日、突然いなくなりました。そのとき私は「もう誰も信じない。つらさを人に見せるものか」と心に決め、感情を表に出すのをやめました。小学生のころ、理由もわからず涙が流れて、友だちに「どうしたの?」と聞かれても「わからない」としか言えなかったことを覚えています。制度上の里親家庭とは事情が違うかもしれませんが、大人がいなくなる経験をした子どもが感情を凍らせる理由は、私には他人事ではありません。そして、凍った心は、時間がかかっても解けるということも、自分の経験から知っています。
里親自身の疲れ|「いい里親でいなければ」をほどく
子どもの感情を受けとめることに力を注ぐほど、見落とされがちなのが里親自身の感情です。試し行動が続くと、怒り、悲しみ、無力感、「こんなはずじゃなかった」という後悔が湧いてきます。そして多くの里親は、その感情を「子どもを迎えた自分が、こんなことを思ってはいけない」と押し込めてしまいます。
とくに、自ら望んで里親になった方ほど、「いい里親でいなければ」「弱音を吐いたら委託を解除されるのでは」という思いから、周りに本音を言えなくなりがちです。親戚や近所の人に「大変ね、えらいわね」と言われるたびに、つらいとは言えなくなる。里親もまた、感情迷子さんになりやすい立場にいるのです。
- 子どもの行動にイライラしたあと、強い自己嫌悪におちいる
- 「何も感じない」「笑えない」日が増えてきた
- 夜、眠りが浅い、朝起きるのがつらい
- 夫婦(パートナー)で子どものことを話すと、けんかになる
- 実子や、ほかの委託児童に十分な時間を割けず、罪悪感がある
- 担当者に「うまくいっています」としか報告できていない
いくつか当てはまるなら、それはあなたが里親に向いていないサインではなく、助けを借りるタイミングです。里親が感じる怒りや無力感は、試し行動を受けとめている人なら誰もが経験する、ごく自然な反応です。大切なのは、その感情をなかったことにせず、安全な場所で言葉にすることです。
一人で抱え込まないための相談先
| 相談先の例 | 話しやすいこと |
|---|---|
| 児童相談所の担当の児童福祉司・里親担当 | 試し行動への対応、実親との面会や交流、委託の今後 |
| フォスタリング機関(里親養育包括支援機関)、里親支援センター、里親支援専門相談員 | 日々の養育の悩み、研修、家庭訪問による支援 |
| 里親会・里親サロン(里親どうしの集まり) | 「うちだけじゃない」と思える体験の共有 |
| レスパイト・ケア(一時的にほかの里親や施設に子どもを預ける仕組み) | 里親の休息。休むことは養育の放棄ではない |
| 医療機関、カウンセラー | 子どもの心身の状態の見立て、里親自身の眠れなさや気分の落ち込み |
制度の名前や窓口の形は自治体によって異なります。まずは担当の児童相談所に「最近、正直しんどいです」と伝えることから始めてみてください。その一言は、子どもにとっても大切な一言です。里親が助けを求める姿は、「困ったときは人に頼っていい」という、子どもにとって何よりの手本になるからです。
レスパイト・ケアに後ろめたさを感じる方もいます。けれど、疲れ切った大人のそばで、子どもが安心することはできません。里親が休むことは、子どもの安全基地を守ることでもあるのです。子どもには「少しお休みしてくるけれど、必ず迎えに行くよ」と伝え、その約束を守ること。それ自体が、「大人はいなくならない」という新しい経験を子どもに届けます。
子どもの感情を受けとめる関わりについては、ステップファミリーの子どもの心を扱ったステップファミリーと感情の言語化、我慢を重ねる子どもについては「手のかからないいい子」と感情の言語化でも扱っています。
よくあるご質問
凍った心は、安全な場所でゆっくり解ける。
まず「ここにいていい」を、毎日の暮らしで。
休む場所と、本音を話せる相手を。
自分を大切にしよう
里親家庭やファミリーホームに来た子どもが「ありがとう」も「いやだ」も言えないのは、感情がないからでも、かわいげがないからでもありません。感情を出すことが危険だった環境を生き抜くなかで、感じる回路を絞り、感情を凍らせて自分を守ってきたのです。試し行動は「ここにいていいの?」という言葉にならない問いであり、実親への思いは、会いたさと怒りと罪悪感が混ざった、名前のない感情のかたまりです。
アドラー心理学は、人が動き出すためには所属感が必要であること、そしてほめるのでも叱るのでもなく、横の関係から勇気づけることの大切さを教えてくれます。行動には線を引き、存在は受けとめ続ける。大人が先に「ありがとう」を言い、気持ちを代わりに言葉にして返す。心の体温チェック、五感スイッチ、色彩感情カレンダー、今日のオノマトペ。小さな関わりを重ねるたびに、「自分はここにいていい」という自尊心≒自己存在感の根が、少しずつ張っていきます。
そして、子どもの心を受けとめるあなた自身も、疲れ、怒り、迷っていい存在です。弱音を吐くことは、里親失格の証拠ではありません。チームで子どもを育てるための、大切な報告です。自分を大切にしよう。あなたが安心して休める場所を持つことが、子どもにとっての「帰る場所」を守ることにつながっています。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- 国際連合「児童の代替的養護に関する指針」(Guidelines for the Alternative Care of Children, 2009)
- 厚生労働省「児童福祉法等の一部を改正する法律」(2016年)関係資料
- 新たな社会的養育の在り方に関する検討会「新しい社会的養育ビジョン」(2017年)
- Bowlby, J. (1969/1982). Attachment and Loss, Vol. 1: Attachment. Basic Books.
- Stovall, K.C., & Dozier, M. (2000). The development of attachment in new relationships: Single subject analyses for 10 foster infants. Development and Psychopathology, 12(2), 133-156.
- Krystal, H. (1988). Integration and Self-Healing: Affect, Trauma, Alexithymia. Analytic Press.
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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