「手のかからないいい子」ほど危ない?
我慢する子どもと感情の言語化
きょうだいが泣いているとき、黙っておもちゃを譲ってくれる。宿題は言われる前に終わっている。先生からは「本当に手のかからない、いい子ですね」とほめられる。親としては誇らしいはずなのに、ふと気づくと、この子が大声で泣いたり怒ったりした姿を、もう何年も見ていない。「手のかからないいい子」の中には、怒りや悲しみを出すと嫌われると感じて、気持ちを飲み込み続けている子どもがいます。その我慢は、思春期以降に思いがけない形で表に出ることがあります。親と先生が今日からできる関わりを、アドラー心理学と感情の言語化の視点からお伝えします。
結論:「手のかからない子」は、手をかけてほしいと言えない子かもしれない
結論からお伝えします。「手のかからないいい子」そのものが問題なのではありません。問題になるのは、その「いい子」が、怒りや悲しみ、さみしさを出さないことで成り立っている場合です。そのとき子どもは、「本当の気持ちを見せたら、愛してもらえないかもしれない」という不安の中で、自分の感情を少しずつ感じないようにしていきます。
この記事のポイントは3つです。
- 「いい子」は、周りに合わせすぎる「過剰適応」の結果であることがある。親や先生の顔色を読み、期待に応えることを最優先にするうちに、自分の気持ちがわからなくなる。
- 飲み込んだ感情は、消えずに残る。感情を抑え続けることには、体と心の負担がともなうことが研究でわかっている。思春期以降に、体の不調や突然の「燃え尽き」として出ることがある。
- ほめるより、勇気づける。「いい子だね」とほめることが、かえって「いい子でいなければ」という縛りを強めることがある。アドラー心理学の「勇気づけ」が、そのほどき方を教えてくれる。
背景にあるのは、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる状態です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではありません。一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もが持つ特性の濃淡です。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態にある人を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。
先にお伝えしておきたいのは、この記事は「いい子に育てた親が悪い」と責めるためのものではないということです。子どもが「いい子」になるのには、その子なりの理由があり、多くの場合、親もまた一生懸命に子育てをしてきた結果です。大切なのは、いまから気づき、関わり方を少し変えていくことです。
数字で見る「感情を抑える」ことの代償
「感情を表に出さない」ことは、日本ではしばしば美徳とされます。けれども心理学の研究では、感情を抑え込むことには見えにくいコストがあることが繰り返し示されてきました。押さえておきたい知見を整理します。
| 知見 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 感情の抑制 | 感情を表に出さないように抑えると、見た目は落ち着いていても、体の緊張(交感神経の反応)はむしろ高まる | Gross & Levenson(1993) |
| 抑制と再評価 | 感情を抑え込むクセがある人は、物事のとらえ方を変えて対処する人に比べ、幸福感が低く、人との親密さも感じにくい傾向 | Gross & John(2003) |
| ほめ方の研究 | 「頭がいいね」と能力をほめられた子は、失敗のあと難しい課題を避けやすく、「よく頑張ったね」と努力をほめられた子は挑戦を続けやすい | Mueller & Dweck(1998) |
| 偽りの自己 | 周りの期待に合わせすぎた子どもは、本当の自分の気持ちから切り離された「偽りの自己」をつくることがある | Winnicott(1960) |
| 感情のラベリング | 感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がる | Lieberman et al.(2007) |
これらの研究が教えてくれるのは、「感情を出さない」ことと「感情がない」ことは、まったく違うということです。表情が落ち着いていても、心と体の中では感情が動き続けています。そして、それを抑え続けるには、エネルギーが必要です。「手のかからないいい子」は、目に見えないところで、大人が思う以上にエネルギーを使っているのかもしれません。
過剰適応とは|親の顔色を読む子の心の中
一度も反抗したことがないんです」
心理学や心身医学の分野では、周りの期待や環境に合わせようとするあまり、自分の気持ちや欲求を後回しにしすぎてしまう状態を「過剰適応」と呼びます。心身症とアレキシサイミアの関係を論じた臨床書『心身症の診断と治療』でも、過剰適応は、感情を言葉にしにくい状態と結びつきやすい特徴の一つとして取り上げられています。
「顔色を読む力」は、生きるための工夫だった
過剰適応の子どもは、とても敏感です。親が疲れている、機嫌が悪い、イライラしている。そうした変化を、言葉にされる前に察知します。そして、自分が何をすれば親が安心するかを考えて動きます。宿題を先に終わらせる。きょうだいに譲る。わがままを言わない。
これは、子どもが家族の中で安心して生きるための、賢い工夫です。決して悪いことではありません。ただ、その工夫が長く続くと、子どもの注意はいつも「相手がどう感じているか」に向き、「自分がどう感じているか」には向かなくなります。他人の気持ちには敏感なのに、自分の気持ちにはとても鈍い。過剰適応の子どもに、よく見られる姿です。
怒りや悲しみを出せない理由
「いい子」が特に出しにくいのは、怒りと悲しみです。うれしい、楽しいといった気持ちは、周りも喜んでくれます。けれども怒りや悲しみは、相手を困らせたり、場の空気を悪くしたりするかもしれない。だから「いい子」は、それを最初に封じ込めます。
子どもが感情を飲み込む、よくある背景
- 親が忙しい、疲れている、病気や介護を抱えているのを見ている
- きょうだいに手がかかり、「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから」と言われてきた
- 泣いたり怒ったりしたときに、「そんなことで泣かないの」と止められた経験が多い
- 家族の中に、怒りを大きく表す人がいて、怒りがこわいものだと感じている
- 夫婦げんかや家庭の緊張を見て、「自分はいい子でいなければ」と感じた
- ほめられるのは「我慢できたとき」「譲れたとき」が多かった
ここで大切なのは、こうした背景はどの家庭にも、多かれ少なかれあるということです。親が完璧である必要はありません。ただ、子どもが「いい子」でいることでバランスをとっていると気づいたら、「怒っても、泣いても、あなたのことが大好きだよ」というメッセージを、意識して届けていくことが大切です。
「怒り」は悪い感情ではない
怒りは、多くの場合「自分にとって大切なものが傷つけられた」ことを知らせてくれる感情です。悲しみは、「大切なものを失った」ことを知らせてくれます。どちらも、自分を守り、自分が何を大切にしているかを教えてくれる、必要な感情です。
精神分析家のアリス・ミラーは、『才能ある子のドラマ』の中で、親の期待に敏感に応え続けてきた子どもが、大人になってから自分の本当の気持ちを見失って苦しむ姿を描きました。周りの期待を読みとる「才能」は、使い方によっては、自分自身から遠ざかる道にもなるのです。子どもが怒りや悲しみを出したときは、その感情を止める前に、まず名前をつけて受けとめることから始めてみてください。「くやしかったんだね」「悲しかったね」。その一言が、子どもに「この気持ちは出してもいいんだ」と教えてくれます。
ほめる教育の副作用|アドラーが「ほめない」をすすめた理由
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の考え方の中で、子育て中の方に特に驚かれるのが、「ほめることも、叱ることもしない」という考え方です。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになりました。
ほめることは「縦の関係」をつくる
アドラー心理学では、ほめるという行為には、「できる人が、できない人を評価する」という上下の関係(縦の関係)が含まれていると考えます。「いい子だね」「えらいね」とほめられ続けた子どもは、知らず知らずのうちに、「ほめられることをしなければ、自分には価値がない」と感じるようになることがあります。
これが、ほめる教育の副作用です。「いい子だね」と言われるたびに、子どもは「いい子でいる自分」だけが認められていると感じます。すると、怒っている自分、泣いている自分、失敗した自分は、見せてはいけないものになっていきます。前に紹介したミューラーとドゥエックの研究(1998)でも、能力をほめられた子どもは失敗を恐れて挑戦を避けやすくなることが示されています。
承認欲求の落とし穴
『嫌われる勇気』では、アドラー心理学の立場から「他者から承認を求めることを否定する」という考え方が紹介されています。人から認められたいという気持ちは自然なものです。けれども、承認を得ることが生きる目的になってしまうと、他人の期待を満たすために生きることになり、自分の気持ちを置き去りにしてしまいます。
「手のかからないいい子」は、まさにこの状態に陥りやすい子どもです。親や先生の「いい子だね」を得るために、自分の気持ちを後回しにする。その積み重ねが、感情を迷子にしていくのです。
ほめるのではなく、勇気づける
では、どうすればいいのでしょうか。アドラー心理学がすすめるのは「勇気づけ」です。勇気づけとは、評価するのではなく、横の関係から、感謝や喜び、共感を伝えることです。
| ほめる(縦の関係) | 勇気づける(横の関係) |
|---|---|
| 「弟に譲れて、えらいね」 | 「譲ってくれて、ありがとう。でも、本当は自分も使いたかった?」 |
| 「100点なんて、いい子だね」 | 「毎日コツコツやってたもんね。うれしい?」 |
| 「泣かずに我慢できて、えらかったね」 | 「泣きたかったら、泣いてもいいんだよ」 |
| 「手がかからなくて助かるわ」 | 「あなたがいてくれて、お母さんはうれしい」 |
勇気づけのポイントは、行動の結果ではなく、存在そのものや気持ちに目を向けることです。「いい子だから好き」ではなく、「あなたがいてくれるだけでうれしい」。このメッセージが、子どもに「いい子でなくても、自分には価値がある」と感じさせてくれます。
思春期以降に出るサイン|「いい子」が限界を迎えるとき
小さいころの「いい子」は、思春期を迎えるころに変化を見せることがあります。体が大きく変わり、人間関係が複雑になり、自分とは何者かを考えはじめる時期に、これまで飲み込んできた感情が、行き場を求めて出てくるのです。
見逃したくないサイン
- 原因のはっきりしない頭痛、腹痛、吐き気、めまいが続く
- 朝起きられない、学校に行こうとすると体が動かなくなる
- それまで熱心だった勉強や部活に、急に意欲を失う(燃え尽き)
- 「別に」「どうでもいい」「何も感じない」と言うことが増える
- 小さなことで、突然激しく怒ったり泣いたりする
- 食べる量が極端に減る、または増える
- 友だちとの関係で、相手に合わせすぎて疲れ果てている
- 「ちゃんとできない自分はダメだ」と、自分を強く責める
こうしたサインは、子どもが「悪くなった」のではありません。長いあいだ我慢してきた心が、ようやく「もう限界だ」と声をあげているのです。親や先生は驚くかもしれません。けれども、それは子どもが本当の気持ちを取り戻していく、大切な入り口でもあります。
反抗は、成長のプロセスでもある
「いい子」だった子が反抗を始めると、親は戸惑い、悲しくなります。けれども思春期の反抗は、親とは違う自分の気持ちや考えを持ちはじめた証でもあります。これまで一度も「いや」と言わなかった子が「いや」と言えたなら、それはむしろ喜んでいいことかもしれません。
思春期の脳では、感情に関わる部分が先に成熟し、感情をコントロールする前頭前野は20代半ばまで発達を続けるという考え方があります(Casey らの「二重システム」モデル)。気持ちの波が大きくなるのは、脳の発達の面から見ても自然なことです。
専門家につなぐ目安
体の不調や、学校に行けない状態、食事の乱れ、強い落ち込みが2週間以上続く場合は、一人で抱えず、小児科、思春期外来、児童精神科、学校のスクールカウンセラーなどに相談してください。相談することは、親の失敗を認めることではなく、子どもを支える大人を増やすことです。体の症状については、まず医師の診察を受け、医学的な判断は主治医に任せてください。
先生が気づきたい教室の「いい子」
教室でも、「手のかからない子」はつい後回しになりがちです。トラブルを起こす子、授業についていけない子、目立つ子に先生の注意が向く一方で、いつも静かに頑張っている子は「この子は大丈夫」と思われやすいのです。
教室の「いい子」に見られやすい姿
- 頼まれると断らず、係や委員を引き受け続けている
- 友だちのトラブルの仲裁役や、先生の「助手」になっている
- 提出物は完璧なのに、作文や感想では当たりさわりのないことしか書かない
- 「どう思う?」と聞くと、先生が求めていそうな答えを探す
- 失敗したときに、必要以上に謝る、泣きそうになる
- 保健室によく行くが、理由を聞いても「ちょっと頭が痛くて」としか言わない
先生ができる、小さな関わり
「正解のない問い」を投げかける
「どう思う?」ではなく、「いま、どんな気分?晴れ・くもり・雨で言うと?」のように、正解がないとわかる問いを使います。先生の期待を読まなくていい問いは、「いい子」が自分の気持ちに目を向ける練習になります。
「頼まれ役」から、ときどき降ろす
いつも係や仲裁を任されている子には、「今回は別の人にお願いするね。いつもありがとう」と伝え、役割から降ろしてあげる場面をつくります。役に立っていなくても、ここにいていい。そう感じられる経験が大切です。
失敗したときこそ、気持ちに声をかける
失敗して必要以上に謝る子には、「大丈夫だよ」と流すのではなく、「失敗して、くやしかったね」「びっくりしたね」と、その気持ちに名前をつけます。失敗しても、気持ちを受けとめてもらえる。その経験が、完璧でなくていいという安心感を育てます。
保護者と話すときは、「いい子で問題ありません」で終わらせず、「頑張りすぎていないか、少し気にかけています」と一言添えてみてください。親が「いい子」の負担に気づくきっかけになることがあります。学校全体で感情の学びを仕組みにする取り組みについては、「気持ちの授業」は学力も伸ばすもあわせてご覧ください。
「いい子」をやめても大丈夫と伝える|勇気づけと自己受容感
自己肯定感の「6つの感」を一本の木にたとえると、「いい子」の子どもが特に揺らぎやすいのは、木の幹にあたる「自己受容感」です。自己受容感とは、よいところも、よくないところも含めて、ありのままの自分を受け入れる感覚のことです。
「いい子」でいる自分しか認められないと感じている子は、怒っている自分、泣いている自分、失敗した自分を受け入れることができません。幹が細いままだと、少しの風(失敗や人間関係のつまずき)で、木全体が大きく揺れてしまいます。
自己受容感を育てる3つのメッセージ
「どんな気持ちも、持っていいんだよ」
怒り、悲しみ、嫉妬、さみしさ。感情にはよい・悪いはないと伝えます。行動には「たたくのはダメ」と限度を示しても、気持ちそのものは否定しない。この区別が、子どもに感情を出す安心感を与えます。
「できなくても、あなたが大切」
テストの点や手伝いの量とは関係なく、「あなたがいてくれるだけでうれしい」と伝えます。存在そのものを認めるこのメッセージは、根にあたる自尊心≒自己存在感を太くし、幹の自己受容感を支えます。
「お母さん(お父さん)も、怒るし泣くよ」
親自身が、「今日はちょっと疲れてイライラしちゃった、ごめんね」と自分の気持ちを言葉にする姿を見せます。完璧でない大人の姿は、子どもに「完璧でなくていい」と教えてくれます。
中島輝より一言
私自身、子どものころは感情を出すことをやめた子どもでした。中学のバスケットボール部で試合に勝っても、仲間が喜び合う中で、私だけが無表情だったことを覚えています。周りからは「落ち着いている」と言われましたが、本当は、喜んでいいのかどうかさえわからなかったのです。「いい子」や「落ち着いた子」の静けさの中には、言葉にならない気持ちが眠っていることがあります。その静けさを「手がかからない」で終わらせず、「本当はどう感じているの?」と、そっと声をかけてあげてください。
家庭でできる感情の言語化ワーク
書籍原稿で紹介しているワークを、「いい子」の子どもとその家族向けにアレンジして紹介します。大切なのは、ワークを「上手にできるかどうか」で評価しないことです。「いい子」は、ワークまで「いい子」にやろうとしてしまうからです。
今日のオノマトペ:「正しい答え」がない言葉で
寝る前に、今日の気持ちを「もやもや」「ずーん」「ふわふわ」「ちくちく」のような音で表してもらいます。オノマトペには正解がないので、「いい答え」を探すクセのある子でも、気楽に答えられます。親も一緒に「お母さんは今日、ばたばたー」と言ってみてください。
3段階温度計:「いやだった度」を測る
「今日いやだったことは、弱・中・強のどれくらい?」と聞きます。「いやだったことなんてない」と言う子には、「ちょっとだけ、もなかった?」と小さな不快にも目を向けてもらいます。不快な気持ちを口にしても大丈夫だという経験を、少しずつ積み重ねるワークです。
比喩レッスン:「いまの気持ちを天気で言うと?」
気持ちを天気や動物、色にたとえてもらいます。「くもり、ときどき雨」「ハリネズミみたい」。直接「悲しい」「怒っている」と言うのが難しい子も、たとえなら言えることがあります。たとえが出てきたら、「雨なんだね。何かあった?」と、そっと続けてみてください。
感情だけ日記:「いい子じゃなかったこと」も書いていい
出来事ではなく、感じたことだけを書く日記です。「くやしい」「ずるい」「めんどくさい」。親は日記を読んでも評価せず、見せてもらうかどうかも子どもに任せます。「誰にも見せなくていい気持ちの置き場所」があることが、「いい子」の子どもにとって大きな安心になります。
「いい子」でいなくても、
あなたはここにいていい。
その安心が、本当の気持ちを連れてくる。
よくあるご質問
本当の気持ちを、まだしまっている子かもしれない。
「どんな気持ちも、出していいよ」と伝えてあげてください。
その安心が、子どもの心の幹を太くします。
自分を大切にしよう
「手のかからないいい子」の中には、親や先生の顔色を読み、怒りや悲しみを出さないことで周りとのバランスをとっている子どもがいます。それは、子どもが安心して生きるための賢い工夫です。けれども、その工夫が長く続くと、他人の気持ちには敏感なのに、自分の気持ちがわからなくなる「感情迷子さん」の状態になりやすく、飲み込んだ気持ちは思春期以降に、体の不調や燃え尽き、突然の爆発として表に出てくることがあります。
だからこそ、いまからできることがあります。「いい子だね」とほめるだけでなく、「ありがとう」「うれしい」と勇気づける。怒りや悲しみを止める前に、名前をつけて受けとめる。「できなくても、あなたが大切」と伝える。そして親自身も、完璧でない自分の気持ちを言葉にする。その積み重ねが、子どもの自己受容感という心の幹を、少しずつ太くしていきます。
この記事を読んで「うちの子かもしれない」と思った方は、それだけ子どもをよく見てきた方です。そして、もしかするとあなた自身も、かつての「いい子」だったのかもしれません。子どもにかける「どんな気持ちも出していいよ」という言葉を、どうかあなた自身にもかけてあげてください。自分を大切にしよう。いい子でいなくても、親も子も、そのままで十分に大切な存在です。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- A.N.シン「心身症とアレキシサイミア(失感情症)」永田勝太郎ほか訳、『心身症の診断と治療』所収
- Gross, J.J., & Levenson, R.W. (1993). Emotional suppression: Physiology, self-report, and expressive behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 64(6), 970-986.
- Gross, J.J., & John, O.P. (2003). Individual differences in two emotion regulation processes. Journal of Personality and Social Psychology, 85(2), 348-362.
- Mueller, C.M., & Dweck, C.S. (1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33-52.
- Winnicott, D.W. (1960). Ego distortion in terms of true and false self.
- アリス・ミラー『才能ある子のドラマ』新曜社
- Lieberman, M.D., et al. (2007). Putting feelings into words. Psychological Science, 18(5), 421-428.
- Casey, B.J., et al. (2008). The adolescent brain. Annals of the New York Academy of Sciences.
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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