「死ぬのが怖い」を誰にも言えないあなたへ|死の不安・死別と感情の言語化

「死ぬのが怖い」を誰にも言えないあなたへ|死の不安・死別と感情の言語化

「死ぬのが怖い」を誰にも言えないあなたへ
死の不安・死別と感情の言語化

夜、布団に入ると、ふと「いつか自分もいなくなる」と考えて眠れなくなる。親の葬儀で、自分だけ涙が出なかったことを、今も責めている。そんな気持ちを、「縁起でもない」と言われそうで、誰にも話せずにいる方は少なくありません。日本では死を話題にしにくいからこそ、死の不安や死別の悲しみは言葉にならず、体の不調やイライラとして出てきやすいのです。この記事では、「死が怖い」は生きていたい気持ちの裏返しだという視点から、死の不安と死別の悲しみに名前をつけ、少しずつ扱えるものにしていく方法をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

「死ぬのが怖い」は、おかしな気持ちではない

よくある相談の典型例
「夜になると、いつか自分も
いなくなるんだと考えてしまって」
場面40代女性。同年代の知人の訃報を聞いてから、寝る前に「自分もいつか死ぬ」という考えが頭から離れなくなった。昼間は普通に働けているが、夜になると胸がざわざわして眠れない。家族に話そうとしても「縁起でもない」と言われそうで、誰にも言えずにいる。
この方は、心が弱いわけでも、考えすぎなわけでもありません。死への怖さは、人間なら誰もが心のどこかに持っている、ごく自然な感情です。ただ、それを口に出す場所がないために、言葉にならない不安が夜の眠れなさとして出てきているのです。

「死ぬのが怖い」。この気持ちを、誰かにはっきり話したことはあるでしょうか。多くの方は、ないと答えるはずです。日本では、死を話題にすることが「縁起でもない」「暗い」「考えても仕方ない」と避けられがちです。病院や施設で人生の最後を迎える人が多くなり、日常の中で死にふれる機会も少なくなりました。

けれど、話題にしないからといって、怖さが消えるわけではありません。言葉にされなかった死の不安は、心の奥にしまわれたまま、別の形で顔を出します。理由のわからない不眠、体の不調、ちょっとしたことでのイライラ、健康情報を何度も調べてしまう落ち着かなさ。そして、身近な人を亡くしたときには、悲しみをどう扱えばいいのかわからず、気持ちが凍りついたようになることもあります。

自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を、心理学ではアレキシサイミア(失感情症)と呼びます。「感情がない」のではなく、感情はあるのに言葉に届きにくい状態です(くわしくはアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒント)。死というテーマは、ふだん感情を言葉にできる人でさえ、言葉を失いやすい領域です。

中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。死をめぐる怖さや悲しみも、言葉という帰り道を見つければ、少しずつ扱えるものになっていきます。

最初に知っておいてほしいこと|「死が怖い気持ち」と「死にたい気持ち」は違う

この記事を読み進める前に、とても大切なことをお伝えします。「死ぬのが怖い」という気持ちと、「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ちは、まったく別のものです。

死が怖い気持ち死にたい・消えたい気持ち
生きていたい、失いたくないという気持ちの裏返し。誰もが持つ自然な感情で、言葉にして向き合うことで和らいでいく「それほどつらい」「助けてほしい」という心からのSOS。ひとりで抱えず、今すぐ誰かに相談してほしいサイン

この記事は、主に左側の「死が怖い気持ち」と、大切な人を亡くした悲しみを扱います。もし今、あなたが「死にたい」「消えたい」「亡くなった人のところへ行きたい」と感じているなら、それはあなたが弱いからではありません。それほどまでに心が追いつめられている、というSOSです。そして、SOSは誰かに届けていいものです。

気持ちを言葉にするのが苦手な人ほど、つらさが周りに伝わりにくく、ひとりで抱えこんでしまいがちです。うまく説明できなくても大丈夫です。「うまく言えないけど、つらい」の一言から話し始めてください。助けを求めることは、弱さではありません。

つらいときに話せる相談先
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
いのちSOS 0120-061-338
24時間子供SOSダイヤル 0120-0-78310(文部科学省)
チャイルドライン 0120-99-7777(18歳まで)
SNSで相談したいときは、厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)で相談先を探せます。
命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ。

電話が苦手なら、家族、友人、かかりつけ医、職場の産業医など、少しでも話しやすいと思える人に「話したいことがある」とだけ伝えてみてください。それだけで、ひとりで抱える重さが変わります。

なぜ人は死を怖れるのか|存在脅威管理理論とヤーロムの視点

死の不安は、昔から哲学や宗教の大きなテーマでした。現代の心理学でも、死の不安を正面から研究してきた人たちがいます。

存在脅威管理理論|自己肯定感は死の不安の「緩衝材」

アメリカの心理学者グリーンバーグ(Greenberg)、ソロモン(Solomon)、ピジンスキー(Pyszczynski)は、文化人類学者アーネスト・ベッカーの著作『死の拒絶』をもとに、存在脅威管理理論(Terror Management Theory)を提唱しました。

この理論の考え方は、こうです。人は、自分がいつか死ぬことを知っている唯一の動物です。その怖さをまともに受けとめ続けたら、毎日を生きることはできません。そこで人は、「自分は意味のある世界の一員で、価値のある存在だ」という感覚によって、死の不安を和らげている。つまり、自己肯定感は、死の不安に対する心の緩衝材(クッション)の役割を果たしていると考えるのです。

この理論にもとづく多くの実験では、死を意識させられた人が、自分の価値観や所属する集団をより強く守ろうとしたり、自分の価値を確かめようとしたりする傾向が報告されています。死の不安は、本人が意識していないところでも、私たちの気持ちや行動に影響を与えているのです。

ヤーロム|死を見つめることは、生を深めること

アメリカの精神科医アーヴィン・ヤーロム(Yalom)は、著書『Staring at the Sun』(太陽を見つめる)の中で、死の不安と向き合う人々との対話をつづっています。タイトルは、太陽と同じように死もまっすぐ見つめ続けることは難しい、という意味を込めたものです。

ヤーロムが伝えているのは、死の不安を言葉にして誰かと分かち合うことで、怖さは和らぎ、むしろ「どう生きるか」がはっきりしてくるということです。彼は、人が生きている間に周りの人へ与えた影響が、波紋のように広がり続けていくという考え方も紹介しています。死を怖れる気持ちの奥には、多くの場合、「大切な人ともっと一緒にいたい」「まだやりたいことがある」という、生きることへの願いがあるのです。

数字で見る|死と悲しみを言葉にする研究

研究・取り組みわかっていること
存在脅威管理理論
(Greenberg, Solomon, Pyszczynski)
自己価値の感覚(自尊心)が、死の不安を和らげる緩衝材として働くと考える。理論にもとづく実験研究が数多く行われてきた。
感情ラベリング
(Lieberman et al., 2007)
気持ちに言葉で名前をつけると、脳の扁桃体(不安や恐れの警報装置)の活動が下がる。「怖い」と言葉にすること自体が、怖さを和らげる。
悲嘆の二重過程モデル
(Stroebe & Schut, 1999)
死別の悲しみは、悲しみに向き合う時間と、日常に戻る時間を行ったり来たりしながら和らいでいく。
筆記開示
(Pennebaker の研究)
つらい体験について、気持ちも含めて書き出した人は、その後の心身の健康指標が改善したという報告が重ねられている。
デス・カフェ
(2011年、英国で始まった)
お茶を飲みながら死について気軽に話す集まり。死を「話してよいテーマ」にする試みとして世界各地に広がった。
アレキシサイミア傾向の割合一般の人のうち、傾向が強いとされる人は約10〜16%(研究による)。感情を言葉にしにくいのは、めずらしいことではない。

死が怖いのは、
生きていたい気持ちがあるから。
怖さの奥には、生きることへの願いがある。

言葉にならない死の不安は、体とイライラに出る

死の不安は、「死ぬのが怖い」という分かりやすい言葉で感じられるとは限りません。むしろ、言葉にならないまま、体の不調や行動、別の感情に姿を変えて出てくることのほうが多いのです。

言葉にならない死の不安の「行き先」 言葉という出口がないと、不安は別の出口を探す 言葉に ならない不安 体に出る 眠れない・動悸 肩や胸のこわばり イライラに出る 家族にきつく当たる 小さなことで怒る 行動に出る 健康情報を調べ続ける 忙しさで紛らわす 感情が凍る 葬儀で泣けない 何も感じない 言葉という出口ができると ほかの出口の圧が下がる
▲ 死の不安が言葉にならないと、体の不調、イライラ、落ち着かない行動、感情の凍りつきなど、別の出口から出てきやすくなります。「怖い」と言葉にできると、ほかの出口にかかる圧は少しずつ下がっていきます。

こんなサインはありませんか

  • 年齢を重ねるにつれ、夜にふと先のことを考えて眠れなくなることが増えた
  • 少しの体調の変化が気になり、何度も検索してしまう
  • 訃報や病気のニュースを見ると、胸がざわざわしてチャンネルを変える
  • 親の老いを感じる場面で、なぜか親にきつく当たってしまう
  • 大切な人を亡くしたのに涙が出ず、そんな自分が冷たいように感じる
  • 「死」の話題になると、冗談でごまかしたり、話を変えたりしてしまう

思い当たるものがあっても、心配しすぎる必要はありません。どれも、言葉にならない怖さや悲しみを抱えている心の、自然な反応です。たとえば親の老いを前にしたイライラの下には、「失うのが怖い」「何もしてあげられない無力感」が隠れていることがよくあります。イライラを責めるより、「これは怖さのサインかもしれない」と一度立ち止まってみることが、言葉への第一歩になります。

死別のあとに泣けない自分を責めないで|悲しみが凍りつくとき

よくある相談の典型例
「母の葬儀で、私だけ
泣けなかったんです」
場面50代男性。長く介護してきた母親を見送った。通夜でも葬儀でも、親戚が涙を流す中、自分は手続きや段取りのことばかり考えていた。「冷たい息子だと思われたかもしれない」。四十九日を過ぎた頃、スーパーで母の好きだった果物を見かけた瞬間、突然涙があふれて自分でも驚いた。
この方は、母親を愛していなかったわけではありません。大きな喪失の直後、心は感じる回路を一時的に絞り、目の前の手続きや役割を乗り切ることを優先します。悲しみはなくなったのではなく、安全に感じられるタイミングを待っていたのです。

大切な人を亡くした直後に涙が出ない、何も感じない、現実感がない。こうした反応は、悲嘆(グリーフ)の中でごく普通に見られるものです。アレキシサイミアの研究でも、大きな喪失体験のあとに一時的に感情が平らになる状態は「2次性アレキシサイミア」として知られています。心が壊れたのではなく、心が自分を守っているのです。

それなのに、多くの方が「泣けない自分はおかしい」「悲しんでいないと思われたらどうしよう」と、自分を責めてしまいます。悲しみ方に正解はありません。泣く人もいれば、泣かない人もいる。すぐに悲しみが来る人もいれば、何か月も経ってから来る人もいます。

悲しみには、いろいろな感情が混ざっている

死別の悲しみは、一つの感情ではありません。悲しみのほかに、さまざまな気持ちが同時に、あるいは日によって入れかわりながらやってきます。

感情心の中の声の例
悲しみ「もう会えない」「声が聞きたい」
後悔・罪悪感「もっと会いに行けばよかった」「あのとき、ああ言わなければ」
怒り「なぜ先に逝ってしまったのか」「医療や周りへの納得できなさ」
安堵「長い介護が終わって、正直ほっとした」
不安「これからひとりでどうしよう」「次は自分の番かもしれない」

特に「ほっとした」という安堵の気持ちは、多くの方が罪悪感とともに心の奥にしまいこみます。けれど、長い看病や介護のあとに安堵を感じるのは、それだけ長く力を尽くしてきた証です。どの感情も、亡くなった人とのつながりの中から生まれた、本物の気持ちです。名前をつけて、「そう感じていいんだ」と認めてあげてください。

ペットとの別れのように、周りに悲しみを理解されにくい喪失は、「公認されない悲嘆」(Doka, 1989)と呼ばれ、感情がさらに迷子になりやすいことが知られています。ペットロスについては、「たかがペット」と言われて泣けなくなったあなたへでくわしく扱っています。

中島輝より一言

私は幼いころ、里親に育てられていました。5歳のとき、その里親が突然いなくなり、私は気持ちを外に出すのをやめてしまいました。小学生になると、理由もわからないまま涙が流れることがありました。あのとき感じられなかった悲しみは、消えたのではなく、何年も心の奥で待っていたのだと、ずっとあとになって気づきました。だから、今泣けないあなたに伝えたいのです。泣けないことを責めなくていい。悲しみは、あなたが安心できたときに、ちゃんと来てくれます。

悲しみは行ったり来たりしていい|悲嘆の二重過程モデル

死別の悲しみについて、「否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容」という5段階を聞いたことがある方も多いでしょう。精神科医キューブラー=ロスが、死を前にした人の心の動きとして示したものです。ただし、この5段階はあくまで目安で、誰もが順番どおりに進むわけではありません。行きつ戻りつしたり、いくつかの段階が同時に来たりするのが普通です。

近年、死別の悲しみの理解で重視されているのが、オランダの心理学者シュトレーベ(Stroebe)とシュト(Schut)が1999年に発表した「二重過程モデル」です。

悲嘆の二重過程モデル(Stroebe & Schut, 1999) 二つの向き合い方を「行ったり来たり」しながら、悲しみは和らいでいく 喪失に向き合う 亡くなった人を思って泣く 写真や思い出の品を見る 悲しみや後悔を言葉にする 手紙を書く 感情に光を当てる時間 日常に向き合う 仕事や家事に戻る 新しい役割を覚える 悲しみから少し離れて休む 笑う・楽しむ 心を休ませる時間 揺れ動き どちらか一方にとどまり続けるより、行き来できることが回復を助ける
▲ 二重過程モデルでは、亡くなった人を思って悲しむ「喪失に向き合う時間」と、日常生活に戻る「日常に向き合う時間」を行ったり来たりすることが、自然な悲嘆のあり方だと考えます。

このモデルが教えてくれるのは、悲しみに浸る時間も、悲しみから離れて笑う時間も、どちらも必要だということです。仕事に没頭している自分を「薄情だ」と責める必要はありませんし、何か月経っても涙が出る自分を「いつまで引きずっているのか」と責める必要もありません。

感情の言語化という視点から見ると、感情迷子さんは「日常に向き合う」側にとどまり続けやすい傾向があります。忙しさや段取りで毎日を埋めて、悲しみを感じる時間をつくらない。それは一時的には心を守ってくれますが、長く続くと、言葉にならない悲しみが体の不調やイライラとして出てきやすくなります。

だからこそ、1日の中にほんの数分、「喪失に向き合う時間」を意識してつくることが助けになります。写真を見る、手紙を書く、亡くなった人の好きだった音楽を聴く。その数分のあとは、また日常に戻っていいのです。

悲しむ日があっていい。
笑う日があってもいい。
行ったり来たりしながら、悲しみは和らいでいく。

アドラー心理学|人生の意味は、自分が与えるもの

私はアドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、死について直接多くを語ったわけではありませんが、その考え方は死の不安と向き合ううえで大きなヒントになります。

「人生の意味」は、あらかじめ決まっていない

アドラーは『人生の意味の心理学』の中で、人生に一般的な意味というものはなく、人生の意味は一人ひとりが自分で与えるものだ、という趣旨のことを述べています。そして、その意味は、他者への関心や貢献と結びついたときに、本人にとっても周りにとっても実りあるものになると考えました。

死の不安の奥には、しばしば「自分の人生には意味があったのだろうか」「何も残せないまま終わるのではないか」という問いが隠れています。アドラーの考え方に立つと、この問いへの答えは、どこかに用意されているものではありません。今日、誰かに向けた一言、誰かのためにした小さなことが、あなたの人生に意味を与えていくのです。ヤーロムが語った「波紋」の考え方とも重なります。

「いま、ここ」を生きる

岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』では、アドラー心理学の考え方として、人生を「線」ではなく「いま、ここ」という点の連続として生きることが紹介されています。遠い未来の死を思って今を不安で塗りつぶすのではなく、今この瞬間に光を当てる。

死の不安が強いとき、心は「いつか」「もしも」の未来に飛んでいます。そんなときは、「今、私は何を感じている?」「今、目の前に何がある?」と自分に問いかけてみてください。お茶の温かさ、窓から入る光、隣にいる人の声。「いま、ここ」に戻ってくると、怖さは消えなくても、怖さに飲みこまれずにいられるようになります。

貢献感|「ありがとう」が残していくもの

アドラー心理学では、「自分は誰かの役に立っている」という貢献感が、人が自分の価値を感じるための大切な柱だと考えます。存在脅威管理理論が「自分は価値ある存在だ」という感覚が死の不安を和らげると考えるのと、よく響き合う考え方です。

貢献は、大きな仕事や功績だけを指すのではありません。家族に「ありがとう」と伝えること、友人の話を聞くこと、誰かに笑顔を向けること。そうした日々の小さな貢献が、あなたの存在を周りの人の心に刻んでいきます。それは、死の不安に対する、もっとも確かな支えの一つになります。

人生の意味は、どこかに用意されていない。
今日の「ありがとう」の一言が、
あなたの人生に意味を与えていく。

6つの感の「根」|自尊心≒自己存在感が死の不安を支える

私が提唱している自己肯定感の「6つの感」は、心を1本の木にたとえています。根が自尊心≒自己存在感、幹が自己受容感、枝が自己効力感、葉が自己信頼感、花が自己決定感、実が自己有用感です。

死の不安や死別の悲しみと最も深く関わるのは、木の根にあたる自尊心≒自己存在感です。自己存在感とは、「何かができるから」「役に立つから」ではなく、「自分はここにいていい」「存在しているだけで価値がある」と感じられる感覚のことです。

根がゆらいでいるとき根が育っているとき
「何も残せなかったら、自分の人生は無意味だ」「何を残したかより、ここに生きてきたこと自体に意味がある」
「大切な人がいなくなったら、自分の居場所はない」「あの人と過ごした時間は、今も自分の中にある」
死の話題を避け、怖さを感じないようにする「怖い」と言葉にしても、自分は崩れないと感じられる

存在脅威管理理論が示すように、自分の価値を感じられることは、死の不安を和らげるクッションになります。ただし、その価値を「業績」や「人からの評価」だけに頼っていると、老いや病気、退職などで揺らいだときに、不安が一気に押し寄せてきます。「存在しているだけで価値がある」という根の感覚こそが、どんな状況でも揺らぎにくい支えになるのです。

根を育てるために大切なのが、感情の言語化です。「怖い」「悲しい」「さみしい」と感じている自分を、否定せずに言葉にして認めてあげる。どんな感情を持っていても、自分はここにいていい。その感覚が、目に見えない土の中で、根を少しずつ深くしていきます。根がしっかりすると、幹の自己受容感、実の自己有用感も育ちやすくなります。

怖さと悲しみを言葉にするワーク|エンディングノートと「ありがとう」

ここでは、中島輝の近刊『感情迷子さんの本』で紹介しているワークに、死の不安や死別の悲しみと向き合うためのワークを組み合わせて紹介します。つらくなったら、いつでも途中でやめてかまいません。

ワーク1|3秒
心の体温チェック

夜、不安が浮かんできたら、「今の心の体温は?」と自分に聞きます。「ひんやり」「ざわざわ」「重い」。一言で名前をつけるだけで、正体のわからない不安が「今、ひんやりしている自分」として少し外から眺められるようになります。

ワーク2|1分
比喩レッスン|怖さを何かにたとえる

死の不安を直接言葉にするのは難しいものです。そんなときは、「今の怖さを天気にたとえると?」「色にたとえると?」と考えてみます。「遠くで鳴っている雷」「霧の中を歩いている感じ」。たとえを使うと、怖さに少し距離をとって向き合えます。

ワーク3|2分
感情だけ日記

寝る前に、出来事は書かずに「感じたこと」だけを1〜3語書きます。死別のあとなら、「さみしい」「後悔」「ほっとした」「会いたい」。どんな言葉も、そのまま書いてかまいません。書いた言葉を誰かに見せる必要はありません。

ワーク4|10分
亡くなった人への手紙

大切な人を亡くした方は、その人に宛てて手紙を書いてみてください。伝えられなかった「ありがとう」、言えなかった「ごめんね」、今の気持ち。出す必要はありません。Pennebaker の研究が示すように、気持ちを含めて書き出すことは、心の整理を助けてくれます。書いている途中で苦しくなったら、手を止めて、深呼吸をして、日常に戻ってください。

ワーク5|少しずつ
エンディングノートに「気持ちの欄」をつくる

エンディングノートは、財産や手続きのことだけを書くものではありません。「大切な人に伝えたいこと」「好きだった景色」「うれしかった思い出」など、気持ちの欄をつくってみてください。自分の人生を振り返り、感情に名前をつけていく作業は、死に備えるためというより、「これからをどう生きたいか」を見つける作業になります。

ワーク6|今日
生きている人に「ありがとう」を伝える

最後のワークは、今日、身近な人に「ありがとう」を一つ伝えることです。理由も添えて、「この前、話を聞いてくれてありがとう。うれしかった」。死の不安に対していちばん力になるのは、「いま、ここ」で人とつながっているという実感です。

死について話せる場所をつくる|デス・カフェ

2011年に英国で始まったデス・カフェは、お茶とお菓子を囲みながら、死について気軽に語り合う集まりです。決まったテーマや結論はなく、参加者が思い思いに、死について感じていることを話します。その後、世界各地に広がり、日本でも各地で開かれるようになりました。

デス・カフェのような場が教えてくれるのは、死は「話してはいけないテーマ」ではないということです。身近な人と話すのが難しければ、こうした場や、信頼できる友人、カウンセラーに「最近、死について考えることがあって」と打ち明けてみるのも一つの方法です。言葉にして分かち合うと、怖さは一人で抱えていたときより、ずっと小さく感じられるはずです。

病気をきっかけに死を意識するようになった方は、病気になってから気持ちが動かないあなたへ|病気・入院と感情の言語化もあわせて読んでみてください。

よくあるご質問

死ぬのが怖くて眠れない夜があります。おかしいのでしょうか?
おかしくありません。死への怖さは、人間なら誰もが心のどこかに持っている自然な感情です。夜に浮かんできたら、心の体温チェックで「今、ひんやりしている」と名前をつけてみてください。ただし、眠れない日が長く続く、日中の生活に支障が出ている、という場合は、かかりつけ医や心療内科などに相談しましょう。
親を亡くしたのに泣けません。冷たい人間なのでしょうか?
いいえ、違います。大きな喪失の直後に感情が平らになるのは、心が自分を守るための自然な反応です。悲しみは、安心できるタイミングで遅れてやってくることも少なくありません。泣けないことを責めず、手紙を書くなど、小さく「喪失に向き合う時間」をつくってみてください。
「死が怖い」と「死にたい」は、どう違うのですか?
「死が怖い」は、生きていたい、失いたくないという気持ちの裏返しで、誰もが持つ自然な感情です。一方、「死にたい」「消えたい」は、それほどつらいという心からのSOSです。そう感じるときは、ひとりで抱えず、この記事で紹介している相談先や、身近な信頼できる人に、今すぐ話してください。
死別から時間がたっても悲しみが消えません。いつまで続くのでしょうか?
悲しみの続き方は人それぞれで、決まった期限はありません。二重過程モデルが示すように、悲しみに向き合う時間と日常に戻る時間を行き来しながら、少しずつ和らいでいくのが自然な経過です。ただし、日常生活がほとんど送れない状態が長く続く場合は、グリーフケアに詳しい専門家や医療機関に相談してください。
家族と死について話したいのですが、「縁起でもない」と言われそうです。
いきなり「死」を話題にするより、「もしものときに、どうしてほしい?」「これからやってみたいことは?」のように、生き方の話から始めるのがおすすめです。エンディングノートを一緒に書くのも一つのきっかけになります。死について話すことは、これからどう生きるかを分かち合うことでもあります。
死が怖いのは、生きていたいから。
その怖さに、そっと名前をつけてみよう。
今日、誰かに「ありがとう」を一つ。
言葉にした怖さは、ひとりで抱えていた怖さより、
ずっと小さくなっていきます。

自分を大切にしよう

「死ぬのが怖い」は、おかしな気持ちではありません。人間なら誰もが心のどこかに持っている自然な感情です。けれど、日本では死を話題にしにくいため、その怖さや、大切な人を亡くした悲しみが言葉にならないまま、眠れなさや体の不調、イライラとして出てきやすくなります。死別のあとに泣けないのも、心が自分を守っている自然な反応です。悲しみには、後悔、怒り、安堵など、いろいろな感情が混ざっていて、そのどれもが本物の気持ちです。

存在脅威管理理論は、自分の価値を感じられることが死の不安を和らげると考えます。ヤーロムは、死を見つめることが生を深めると語りました。悲しみは、二重過程モデルのように行ったり来たりしながら和らいでいきます。アドラー心理学は、人生の意味は自分が与えるものであり、「いま、ここ」を生き、誰かに貢献することがその意味をつくると教えてくれます。6つの感の根である自尊心≒自己存在感を育てることが、どんなときも揺らぎにくい支えになります。

そして、「死が怖い」と「死にたい」は違います。もし「死にたい」「消えたい」と感じるときは、それはつらさを伝えるSOSです。ひとりで抱えず、誰かに話してください。自分を大切にしよう。怖さも悲しみも抱えながら、今日を生きているあなたは、それだけでかけがえのない存在です。

ひとりで抱えこまないでください
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
いのちSOS 0120-061-338
24時間子供SOSダイヤル 0120-0-78310(文部科学省)
チャイルドライン 0120-99-7777(18歳まで)
厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNS相談先を探せます。
命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • Greenberg, J., Pyszczynski, T., & Solomon, S. (1986). The causes and consequences of a need for self-esteem: A terror management theory. In R.F. Baumeister (Ed.), Public Self and Private Self. Springer.
  • アーネスト・ベッカー『死の拒絶』(平凡社)
  • Yalom, I.D. (2008). Staring at the Sun: Overcoming the Terror of Death. Jossey-Bass.
  • Stroebe, M., & Schut, H. (1999). The dual process model of coping with bereavement: Rationale and description. Death Studies, 23(3), 197-224.
  • Doka, K.J. (Ed.) (1989). Disenfranchised Grief: Recognizing Hidden Sorrow. Lexington Books.
  • エリザベス・キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』(鈴木晶訳、中公文庫)
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
  • Pennebaker, J.W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science, 8(3), 162-166.
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』(岸見一郎訳、アルテ)
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)
  • 厚生労働省「まもろうよ こころ」
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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