「たかがペット」と言われて泣けなくなったあなたへ|ペットロスと感情の言語化

「たかがペット」と言われて泣けなくなったあなたへ|ペットロスと感情の言語化

「たかがペット」と言われて泣けなくなったあなたへ
ペットロスと感情の言語化

15年いっしょに暮らした犬を見送った翌週、職場で「元気ないね」と聞かれて事情を話したら、「たかがペットでしょ。また飼えばいいじゃない」と返された。その日から、悲しいと口にするのをやめた――。こうした声は、カウンセリングの場でけっして珍しくありません。じつは、ペットロスの苦しさを深くするのは、悲しみそのものより「悲しんではいけない」という周りの空気であることが多いのです。心理学ではこれを「公認されない悲嘆」と呼びます。言えなかった悲しみは、やがて自分でも何を感じているのかわからない「感情の迷子」になります。いまペットを亡くしたばかりの方にも、老いたペットと暮らしている方にも届くように、悲しみに言葉を取り戻す方法をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

結論:ペットロスがつらいのは当然。苦しさを深めるのは「悲しんではいけない」という空気

最初に結論をお伝えします。ペットを亡くして深く悲しむのは、ごく自然な心の反応です。何年も毎日いっしょに眠り、ごはんを用意し、帰宅すると玄関まで迎えに来てくれた存在です。その存在を失えば、家族を亡くしたときと同じように心が揺れるのは当然のことです。

ところが、周りの反応はそうとは限りません。「たかが犬でしょ」「猫なんだから寿命でしょう」「また新しい子を飼えばいい」。悪気のない一言でも、言われた側は「この悲しみは大げさなんだ」「人に見せてはいけないものなんだ」と受けとってしまいます。そして、悲しみを胸の奥に押しこめるようになります。

よくあるご相談の典型例
「泣いたら負けだと思って、
普通にしていたんです。そうしたら、何も感じなくなって」
場面40代の女性。14歳の猫を腎臓の病気で見送った。家族は「よく頑張ったね」と言ってくれたが、職場では話せず、翌日から普段どおりに働いた。2か月たったころから、朝起きられない、食事の味がしない、理由もなく涙が出る日が続くようになった。
この方は悲しみを感じていなかったのではありません。悲しみを感じる場所と時間を、自分に許していなかったのです。行き場をなくした悲しみは、名前をなくしたまま、体のだるさや涙という別の形で出てきていました。

このように、自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を、心理学ではアレキシサイミア(失感情症)と呼びます。感情がなくなるわけではありません。感情はちゃんと動いているのに、言葉にたどり着く前に迷子になっているのです。私はこの状態を、親しみをこめて「感情迷子さん」と呼んでいます。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』の言葉です。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。くわしくはアレキシサイミア(失感情症)とはの記事で解説しています。

アレキシサイミアには、生まれ持った特性としての傾向(1次性)と、強いストレスや喪失をきっかけに一時的に感情が平板になる状態(2次性)があるとされます。ペットロスのあとの「何も感じない」は、多くの場合、後者に近いものです。耐えきれない痛みから心を守るために、感じる回路を一時的に絞っているのです。だからこそ、安心して悲しめる場所と言葉があれば、感情はまた動きはじめます。

ペットロスの悲しみは、大げさではない。
悲しみに「言葉」と「居場所」を与えると、
感情はまた、ゆっくり流れはじめる。

数字と研究で見るペットロス|「公認されない悲嘆」とは

アメリカの死生学の研究者ケネス・ドカ(Kenneth Doka)は、1989年に「公認されない悲嘆(disenfranchised grief)」という考え方を示しました。社会や周りの人から「悲しんでいい喪失」と認められにくいために、悲しみを表に出せず、支えも得にくい悲嘆のことです。ペットとの死別は、その代表的な例としてたびたび挙げられています。

人の家族を亡くしたときには、お葬式があり、忌引きがあり、「ご愁傷さまです」と声をかけてもらえます。悲しみには、社会が用意した「入れ物」があるのです。ところがペットの場合、その入れ物がほとんどありません。会社を休む理由として言いにくい。人に話すと「そんなに?」という顔をされる。悲しみを入れる器がないと、感情はこぼれないように固く凍りついてしまいます。

悲しみに「入れ物」があるか、ないか 認められる悲しみ お葬式・忌引き・お悔やみの言葉 人前で泣いても受けとめてもらえる 悲しみが言葉になり、流れる 時間とともに思い出に変わっていく 公認されない悲嘆(ペットロス) 「たかがペット」「また飼えば」 悲しみを隠して普段どおりにふるまう 感情が凍り、迷子になる 空白感・不眠・理由のない涙として出る 悲しみの量ではなく、受けとめる「入れ物」の有無が、その後の心の回復を左右する
▲ 人の死別には、お葬式やお悔やみの言葉など、悲しみを受けとめる社会の「入れ物」があります。ペットロスではその入れ物が少ないため、悲しみが言葉にならないまま凍りつき、空白感や体の不調として表れやすくなります。
数字・研究で見るわかっていること
1989年
Doka
社会に認められにくい喪失の悲しみを「公認されない悲嘆」と名づけた。悲しみが周りに認められないと、表に出しにくく、支えも受けにくくなる。
1969年
キューブラー=ロス
『死ぬ瞬間』で、否認・怒り・取引・抑うつ・受容という5段階を示した。ただしあくまで目安で、順番どおりに進むものではないと考えられている。
1980年代〜
Pennebaker
つらい体験について感情をありのままに書く「筆記開示(エクスプレッシブ・ライティング)」で、心身の健康によい変化が見られたと報告されている。
2007年
Lieberman ら
感情に名前をつける(感情ラベリング)と、脳の扁桃体の活動が下がることを示した。言葉にすることは、それだけで心を落ち着かせる。
約10人に1人
(研究により約10〜16%)
もともと感情を言葉にしにくい傾向(アレキシサイミア傾向)が強い人の割合。こうした人は喪失の悲しみも体の不調として出やすい。

この表から見えてくるのは、悲しみを言葉にすることには、気休め以上の意味があるということです。名前をつけると脳の警報が静まり、書き出すと心身の負担が軽くなる。反対に、悲しみが周りに認められず言葉を失うと、心は守りに入り、感情は迷子になっていきます。

「たかがペット」は、誰の課題か

アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった整理で、「それは誰の課題か」を分けて考えるものです。「たかがペット」と言う人がペットとの絆をどう捉えるかは、その人の課題です。あなたがあの子の死をどれほど悲しむかは、あなたの課題です。他人の物差しで、あなたの悲しみの大きさを測り直す必要はありません。

相手を変えようとしなくてかまいません。「この人には話さない」と決めて、わかってくれる人を別に探す。それも、自分の悲しみを守るための立派な選択です。

泣けない、何も感じない…喪失直後の「空白」は心の防衛反応

ペットを亡くした直後、多くの人がまず感じるのは、悲しみよりも「空白」です。涙が出ない。現実感がない。火葬の手続きや片づけを淡々とこなしている自分に、「私って冷たいのかな」と驚く方も少なくありません。

でも、それは冷たさではありません。大きな喪失を一度に受けとめると心が壊れてしまうので、心は自動的にブレーキをかけ、感じる量を小さくしているのです。キューブラー=ロスの段階でいえば「否認」に近い状態ですが、先ほどお伝えしたとおり、段階は順番どおりに来るものではありません。空白と涙と怒りが、日によって入れかわることもあります。

よくあるご相談の典型例
「玄関の鍵を開けるとき、
いまでも足元を見てしまうんです」
場面60代の男性。定年後、毎日朝夕の散歩をいっしょにしてきた柴犬を見送った。「男がペットのことで落ち込むなんて」と思い、妻の前でも平気な顔をしている。ただ、散歩の時間になると落ち着かず、テレビを見ても内容が頭に入らない。
感情は言葉にならなくても、習慣のすき間からあふれ出てきます。散歩の時間、ごはんの時間、帰宅の瞬間。体がまだ「あの子がいる生活」を覚えているからです。そのたびに胸がきゅっとなる感覚こそが、悲しみの正体です。

体が先に悲しんでいる|ペットロスの体のサイン

感情を言葉にしにくいとき、悲しみは体の言葉で話しはじめます。アレキシサイミアの研究がもともと心身症の研究から始まったように、言葉にならなかった感情は、体の症状として表に出やすいのです。ペットロスのあとによく見られるのは、次のようなサインです。

  • 寝つけない、夜中に何度も目が覚める
  • 食欲がない、あるいは食べすぎてしまう
  • 胸が重い、のどがつかえる感じがする
  • 肩や背中がこわばり、頭痛が続く
  • 何をしても疲れがとれず、集中できない
  • あの子の鳴き声や足音が聞こえた気がする
  • テレビで動物の映像を見ると、急に涙があふれる
  • 反対に、どんな場面でも涙が出ない自分に戸惑う

こうしたサインは、心が回復に向かう途中で多くの人が通る道です。ただし、眠れない・食べられない状態が何週間も続く、仕事や家事がほとんど手につかない、という場合は、心療内科や精神科などの医療機関に相談してください。悲しみが長く続くこと自体は異常ではありませんが、体が限界を知らせていることもあります。医師に相談するのは、悲しみを否定することではなく、悲しみを抱えられる体を取り戻すためです。

「あの子のところへ行きたい」と思うほどつらいとき

深い悲しみの中で、「あの子のいない毎日を続けるのがつらい」「自分もいなくなってしまいたい」という気持ちがよぎることがあります。それは、あなたの悲しみがそれだけ深いというSOSです。その気持ちを一人で抱えないでください。助けを求めることは、弱さではありません。信頼できる人に「いま、すごくつらい」とひと言伝えるか、下の窓口に連絡してください。

ひとりで抱えきれないときの相談先
・こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
・よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
・いのちSOS 0120-061-338
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNSやチャットの相談先を探せます
・命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ

「もっと早く病院に行けば」後悔と罪悪感をほどく

ペットロスの相談でもっとも多く聞くのが、後悔と罪悪感の言葉です。「もっと早く異変に気づいていれば」「あのとき別の病院に連れていけば」「最期の日、仕事を休んでそばにいればよかった」。言葉を話せないペットの体調の変化を読みとるのは、獣医師でも難しいことがあります。それでも飼い主は、「守れなかったのは自分のせいだ」と自分を責めてしまいます。

ここで知っておいてほしいことがあります。罪悪感は、ひとつの感情に見えて、じつはいくつもの感情が混ざりあったかたまりであることが多いのです。

「私のせいだ」の下にあるかもしれない感情言葉にすると
悲しみ「もっといっしょにいたかった」
無力感「どうにもできなかったのが悔しい」
怒り「病気そのものが許せない」「あの病院の対応が納得いかない」
不安「判断を間違えたのではないか」
愛情「それだけ大切だった」
安堵(言いにくい感情)「もう苦しむ姿を見なくていい」

とくに最後の「安堵」は、多くの人が口にできずにいる感情です。長い介護や闘病の末に見送ったとき、「ほっとした」と感じた自分を、ひどい飼い主だと責めてしまう。でも、ほっとしたのは、あの子の苦しみが終わったことへの安堵であり、毎晩の看病で張りつめていた心がゆるんだ証拠です。悲しみと安堵は、同時に存在していいのです。

混ざった感情をひとかたまりのまま「罪悪感」と呼んでいると、心はいつまでも自分を責める方向にしか動けません。けれど、ひとつずつ名前をつけて分けてみると、「悔しかった」「さみしい」「大切だった」という、自分を責めなくてもいい感情が見えてきます。感情に名前をつけると扁桃体の活動が下がるという研究(Lieberman ら, 2007)が示すように、名前をつけることそのものが、心の痛みをやわらげる手当てになります。

自己肯定感の「6つの感」で見ると|揺らぐのは「幹」の自己受容感

私は、自己肯定感を6つの感からなる1本の木にたとえて説明しています。根にあたる自尊心≒自己存在感、幹にあたる自己受容感、枝の自己効力感、葉の自己信頼感、花の自己決定感、実の自己有用感です。

ペットロスのあとに大きく揺らぐのは、幹にあたる自己受容感です。自己受容感とは、うまくいかない自分も、弱っている自分も「これが今の私」と受け入れる感覚のこと。「こんなに落ちこむなんて情けない」「泣けない私は冷たい」「守れなかった私はダメな飼い主だ」。こうした言葉はすべて、いまの自分の感情を否定する言葉です。幹が細くなると、ちょっとした風でも木全体がぐらつきます。

ペットロスで揺らぐ「幹」=自己受容感 葉:自己信頼感 花:自己決定感 実:自己有用感 枝:自己効力感 幹 自己 受容感 根:自尊心≒自己存在感 幹を細くする言葉 「落ちこむなんて情けない」 「守れなかった私はダメだ」 幹を太くする言葉 「悲しいのは、大切だったから」 「泣けない日があってもいい」 感情に名前をつけて受けとめるたびに、幹は少しずつ太くなる
▲ 自己肯定感の6つの感を木にたとえると、ペットロスでまず揺らぐのは幹の「自己受容感」です。悲しみ・後悔・安堵といった感情を否定せず「そう感じている私」と受けとめるたびに、幹は太さを取り戻していきます。

幹を太くするのに、無理に前向きになる必要はありません。「悲しい」「悔しい」「さみしい」と、いまある感情に名前をつけて、そのまま認めること。それが自己受容感を育てる、いちばん確かな方法です。

アドラー心理学で見る「共に過ごした時間の意味」

私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングをしてきました。アルフレッド・アドラー(1870〜1937)はオーストリアの精神科医で、人の悩みや感情を「過去の原因」よりも「これからどう生きるか」という視点で捉えなおした人です。ペットロスの悲しみにも、アドラーの考え方は静かな支えになります。

人生の意味は、自分が与えるもの

アドラーは著書『人生の意味の心理学』の中で、人生に最初から決まった意味があるのではなく、意味はその人自身が与えていくものだという趣旨のことを述べています。これは、亡くした存在との時間にもあてはまります。

「最期に苦しませてしまった」という記憶だけで、15年の日々をまとめてしまうこともできます。けれど同じ15年に、「この子がいたから、仕事がつらい時期も毎朝起きられた」「この子が私に、世話をする喜びを教えてくれた」という意味を与えることもできます。どちらも事実です。どちらの意味を手元に置くかは、あなたが選べます。

それは「悲しみを忘れて前向きに」ということではありません。悲しみを感じきったうえで、その時間にどんな名前をつけるか、ということです。悲しみに名前がつかないまま凍りついていると、意味を選び直すこともできません。だからこそ、感情の言語化が先なのです。

貢献感|あの子は、あなたに何を与えてくれたか

アドラー心理学では、「自分は誰かの役に立っている」という貢献感が、人が幸せを感じる土台になると考えます。ペットとの暮らしは、この貢献感に満ちています。ごはんを用意する、体をなでる、病院に連れていく。あの子にとってあなたは、かけがえのない存在でした。

そして同時に、あの子もまた、あなたに貢献していました。落ちこんだ夜にそばにいてくれた。散歩に連れ出して、季節の移り変わりを教えてくれた。家族の会話のきっかけになってくれた。ペットは言葉を話しませんが、たしかに私たちの共同体の一員として、毎日何かを与えてくれていたのです。

「あの子がいてくれて、助かったこと」を3つ書く
貢献感に目を向けるミニワーク

紙に「あの子がいてくれて助かったこと」を3つだけ書いてみてください。「帰宅が楽しみになった」「家族の会話が増えた」「早起きが習慣になった」。小さなことで大丈夫です。書いているうちに涙が出てきたら、それはあの子とのつながりを、体がちゃんと覚えている証拠です。

悲しみは、つながりがあった証です。アドラーのいう共同体感覚――自分は誰かとつながり、その中に居場所がある感覚――は、別れのあとも消えるわけではありません。思い出の中で、あの子との関係はこれからも続いていきます。

あの子に手紙を書く|悲しみを言葉にする3つのワーク

悲しみを言葉にするといっても、いきなり人に話すのは難しいものです。そこで、ひとりでできる方法から始めましょう。ここでは、筆記開示の研究と、感情迷子さんのためのワークを組み合わせた3つの方法を紹介します。

WORK 1|15分
あの子への手紙を書く(筆記開示)

アメリカの社会心理学者ジェームズ・ペネベーカー(Pennebaker)は、つらい体験について、事実だけでなくそのときの気持ちをありのままに書き出す方法を研究しました。これをペットロスに応用して、あの子に手紙を書いてみましょう。「ありがとう」「ごめんね」「さみしいよ」「なんでいなくなっちゃったの」。きれいな文章にする必要はありません。人に見せる必要もありません。15分ほどと時間を決めて書き、書いたら読み返さずにしまっておいてかまいません。気持ちが大きく揺れてつらくなったときは、途中でやめてください。数日に分けて書くのもよい方法です。

WORK 2|1分
比喩レッスン|「今の気持ちは○○みたい」

悲しみの名前がうまく出てこないときは、たとえを使います。「胸にぽっかり穴があいたみたい」「音のしない部屋にいるみたい」「雨が上がらない曇り空みたい」。比喩は、感情を言葉にするための足場です。「悲しい」と言えない日でも、「冷たい雨みたい」なら書けることがあります。天気でたとえると、毎日の変化も見えやすくなります。

WORK 3|3秒
心の体温チェック|あの子の時間に胸に手を当てる

散歩の時間、ごはんの時間など、あの子を思い出してつらくなる時間に、手のひらを胸に当てて「いま、体は温かい?冷たい?」と3秒だけ聞いてみます。答えは「冷たい」「重い」「よくわからない」のどれでもかまいません。つらい時間を避けるのではなく、体に聞く時間に変えることで、少しずつ感情に触れる練習になります。

中島輝より一言

小学生のころ、家庭教師の先生に「出来事1行、感想1行の2行でいいから」と日記を書かせてもらっていました。「散歩に行って、タロウが元気になった。嬉しかった」。タロウは、当時いっしょに暮らしていた犬の名前です。感想が浮かばない日は「何も感じなかった、と書いたらいいよ」と言ってもらえました。「何も感じない」も書いていい。そう知ったことが、のちに私が自分の感情を取り戻すうえで、小さな灯りになりました。あの子への手紙も、最初の1行は「何を書けばいいかわからない」で大丈夫です。

話せる場所を、一つ持つ

書くことに慣れてきたら、話せる相手や場所を一つ持ってみてください。同じようにペットを見送った友人、ペットロスの経験を話せるコミュニティ、かかりつけだった動物病院のスタッフ。公益社団法人 日本動物病院協会などでも、ペットロスの相談先についての情報が紹介されています。専門のカウンセラーに話すのも一つの方法です。「わかってくれる人に話す」ことで、公認されなかった悲しみは、はじめて居場所を得ます。

老いたペットと暮らす人へ|看取りの準備は「感情の準備」から

この記事を読んでいる方の中には、いままさに老犬・老猫と暮らし、「いつか来るその日」に不安を感じている方もいると思います。看取りの準備というと、病院や火葬の手配を思い浮かべますが、もっと大切なのは、自分の感情の準備です。

年をとったペットとの暮らしでは、毎日小さな感情が動きます。歩くのがゆっくりになったことへの切なさ。夜鳴きや介護の疲れからくるイライラ。イライラした自分への罪悪感。「あと何回いっしょに春を迎えられるだろう」という不安。こうした感情を「考えないようにする」と、別れのときに一度に押しよせてきます。いまのうちから、少しずつ言葉にしておくことが、未来の自分を助けます。

準備1
「今日のこの子」を1行で記録する

「今日は日なたで長く眠っていた。ほっとした」「ごはんを残した。そこそこ心配」。出来事1行と感情1行だけの記録です。感情の強さを「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階で添える3段階温度計を使うと、自分の心の変化も見えてきます。この記録は、のちに「ちゃんと見ていた」というたしかな証にもなります。

準備2
家族で「どう見送りたいか」を話しておく

治療をどこまで続けるか、最期をどこで迎えたいか。正解はありませんが、話し合っておくことで、あとから「自分ひとりで決めてしまった」という後悔が小さくなります。話し合いでは「どうすべきか」だけでなく、「私はこう感じている」を伝えあってください。「つらそうな姿を見るのが怖い」「最後まで家で過ごさせてあげたい」。感情を共有すると、家族は同じ悲しみを分けあう仲間になれます。

準備3
「ありがとう」を、いま伝える

言葉が通じるかどうかは、問題ではありません。なでながら「いつもありがとう」と声に出すこと。それは、あの子のためであると同時に、あなた自身の中で別れの準備を少しずつ進める時間になります。伝えたかった言葉をすでに伝えていたという記憶は、別れのあとの後悔をやわらげてくれます。

年をとったペットの介護は、体力的にも気持ちのうえでも大変なことがあります。疲れたときは、獣医師や動物病院のスタッフに相談し、一時的に預けられる場所を探すのも大切なことです。疲れを感じることは、愛情が足りないことではありません。

子どもへの伝え方と、新しい子を迎えるタイミング

家族にとってペットの死は、子どもにとってははじめて経験する「死」であることも少なくありません。大人が悲しみを隠そうとすると、子どもも「悲しんではいけない」と学んでしまいます。子どもを感情迷子さんにしないために、次の点を意識してみてください。

避けたい伝え方おすすめの伝え方
「遠くへ行ったんだよ」「眠っているだけ」「病気で体が動かなくなって、死んでしまったの」と、年齢に合わせてやさしく事実を伝える
「泣かないの」「もう忘れようね」「悲しいね。お母さんも悲しいよ」と、大人の感情も見せて共有する
子どもがいない間にすべて片づけるお別れの時間をいっしょに過ごし、手紙や絵を添える
「すぐ新しい子を飼ってあげるから」「あの子のこと、どんなところが好きだった?」と思い出を話す

子どもは、悲しみを言葉ではなく行動で表すことがあります。急に甘えん坊になる、おなかが痛いと言う、ペットのぬいぐるみを離さない、何事もなかったように遊ぶ。どれも自然な反応です。「どうしたの?」と問いつめるより、「あの子に会いたくなったのかな」と、大人が代わりに気持ちの名前を差し出してあげてください。子どもの感情を受けとめる関わり方は、「泣かないの!」をやめると子どもは強くなる|感情コーチングとアドラーの勇気づけでもくわしく紹介しています。

新しい子を迎えるのは、いつがいい?

「次の子を迎えるのは早すぎる?」という相談もよく受けます。決まった期間の正解はありません。目安になるのは、時間の長さよりも「あの子の代わり」としてではなく、「新しい家族」として迎えられるかどうかです。

悲しみから逃れるために急いで迎えると、新しい子をあの子と比べてしまい、どちらにも申し訳ない気持ちになることがあります。一方で、新しい命と暮らすことで、悲しみを抱えたまま日常を取り戻していく人もたくさんいます。迷ったら、「あの子を思い出しても、少しずつ温かい気持ちが混ざるようになったか」を自分に聞いてみてください。悲しみだけでなく、ありがとうの気持ちが出てくるようになったとき、心は新しい出会いを受けとめる準備ができつつあります。

新しい子は、あの子の代わりではない。
あの子がくれた時間があったから、
また誰かを大切にしたいと思えるのです。

よくあるご質問

ペットロスで何か月も立ち直れません。おかしいでしょうか?
おかしくありません。悲しみが続く期間には大きな個人差があり、半年、1年と続くことも珍しくありません。ただ、眠れない・食べられない・仕事や家事がほとんどできない状態が長く続く場合は、医療機関やカウンセラーに相談してください。悲しみを手放すためではなく、悲しみを抱えながら暮らせる体と心を取り戻すためです。
涙が出ない自分は、本当はあの子を愛していなかったのでしょうか?
そんなことはありません。大きな喪失の直後は、心が自分を守るために感じる量を絞ることがあります。涙が出ないのは、愛情がないからではなく、悲しみが大きすぎて一度に受けとめられないからかもしれません。何週間、何か月もたってから、ふとした瞬間に涙があふれる方もたくさんいます。
家族の中で、自分だけが悲しんでいる気がしてつらいです。
悲しみの表し方は人それぞれです。淡々としている家族も、言葉にできないだけで胸の内では悲しんでいることがあります。「私はまだすごくさみしい」と、自分の気持ちを主語にして伝えてみてください。相手を責める形ではなく気持ちを共有する形にすると、相手も少しずつ話しやすくなります。
安楽死を選んだことを、ずっと後悔しています。
苦しむ姿を前に、獣医師と相談して決めたその選択は、あの子の苦しみを終わらせたいという愛情から生まれたものです。後悔の下には、「もっといっしょにいたかった」という悲しみがあるのかもしれません。後悔をひとかたまりで抱えるのではなく、手紙を書くワークなどで「悲しい」「さみしい」「ありがとう」と分けて言葉にしてみてください。
職場で「ペットくらいで」と言われました。どう受けとめればいいですか?
その言葉は、相手がペットとの絆をどう捉えているかを表しているだけで、あなたの悲しみの大きさを決めるものではありません。アドラー心理学の「課題の分離」でいえば、相手の受けとめ方は相手の課題です。わかってもらおうと無理をせず、わかってくれる人のところで悲しみを話してください。
悲しいのは、大切だったから。
あの子との時間に、あなたの言葉で名前を。
泣けない日も、泣く日も、どちらもあなたの悲しみです。
「たかがペット」ではありません。
いっしょに過ごした日々は、あなたの人生の大切な一部です。

自分を大切にしよう

ペットロスの悲しみが深く、長く続くのは、それだけ大切な存在だったからです。けれど、ペットとの死別は周りから「悲しんでいい喪失」と認められにくく、ドカのいう「公認されない悲嘆」になりやすい。悲しみを人に見せられないまま押しこめると、感情は迷子になり、何も感じない空白や、眠れない・食べられないといった体のサインとして表れてきます。

後悔や罪悪感の下には、悲しみ、無力感、怒り、愛情、そして言いにくい安堵が混ざっています。ひとつずつ名前をつけることは、自分を責めるループから抜け出す手当てになります。アドラー心理学が教えるように、あの子と過ごした時間にどんな意味を与えるかは、あなたが選べます。あの子があなたに与えてくれたもの、あなたがあの子に与えたもの。その貢献のつながりは、別れのあとも消えません。老いたペットと暮らす方は、いまの小さな感情を言葉にしておくことが、未来の自分を助けます。

手紙を書く、比喩でたとえる、胸に手を当てて体に聞く。どれも、悲しみに言葉と居場所を与えるための小さな一歩です。急ぐ必要はありません。泣ける日も、泣けない日も、どちらも今のあなたの真実です。自分を大切にしよう。あなたが悲しみを受けとめるたびに、自己受容感という幹は少しずつ太くなり、あの子がくれた温かさを抱えたまま、また歩いていけるようになります。

つらさを話せる相談先
・こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
・よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
・いのちSOS 0120-061-338
・チャイルドライン 0120-99-7777(18歳まで)
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNS相談先を探せます
・命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ
・ペットロスについては、かかりつけの動物病院や、公益社団法人 日本動物病院協会などが紹介する相談先も参考にしてください

本記事の参考資料・科学的根拠

  • Doka, K.J. (Ed.) (1989). Disenfranchised Grief: Recognizing Hidden Sorrow. Lexington Books.
  • Kübler-Ross, E. (1969). On Death and Dying.(邦訳『死ぬ瞬間』)
  • Pennebaker, J.W., & Beall, S.K. (1986). Confronting a traumatic event: Toward an understanding of inhibition and disease. Journal of Abnormal Psychology.
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • A.N.シン「心身症とアレキシサイミア(失感情症)」永田勝太郎ほか訳、『心身症の診断と治療』所収
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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