きょうだいげんかは『気持ちの練習試合』
親が裁かない関わり方と感情の言語化
夕飯の支度をしているキッチンに、また泣き声が飛び込んでくる。「お兄ちゃんがたたいた!」「だって先にとったもん!」。火を止めてリビングに行き、両方の言い分を聞き、どちらが悪いかを決め、謝らせる。今日だけで三回目。親が一生懸命「公平な裁判官」になろうとするほど、きょうだいげんかは減らないどころか増えていく――そんな逆説があります。けんかは、子どもが「くやしい」「ずるい」「さみしい」を言葉にする練習の場でもあります。親が裁くのをやめると何が変わるのか。研究とアドラー心理学の視点からお伝えします。
結論:けんかは「気持ちの練習試合」、親は裁判官をやめていい
はじめに結論をお伝えします。きょうだいげんかを、親がすべて裁く必要はありません。親の役目は「どちらが悪いか」を決めることではなく、ケガや一方的な攻撃から子どもを守ること、そして、けんかの中で動いている気持ちに名前をつける手伝いをすることです。
この記事のポイントは3つです。
- けんかは感情の練習試合。きょうだいは、毎日いちばん近くでぶつかり合う相手です。くやしさ、ずるいと感じる気持ち、取られたくない気持ちを、安全な家の中で練習しています。
- 親が裁判官になると、子どもは「気持ち」ではなく「勝ち負け」を学ぶ。どちらが正しいかの判定を待つようになり、自分の気持ちを言葉にする機会がかえって減ってしまいます。
- 親は「通訳」と「安全係」に回る。危ないときはすぐに止める。そうでないときは、それぞれの気持ちを言葉にして映し返し、解決は子どもたちに任せていく。
この記事の背景には、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる考え方があります。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではありません。一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰にでもある特性の濃淡です。子どもはもともと、感情を言い分ける力が育っている途中にいます。だから「ずるい!」「むかつく!」の一言や、手が出るという形で、いくつもの気持ちが一度に飛び出してくるのです。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはで詳しく解説しています。
研究で見るきょうだいげんか|止めるより「仲介する」
「うちの子たちは、けんかばかりで仲が悪いのでは」と心配する親御さんは少なくありません。けれども、発達心理学の研究は、きょうだいげんかをもう少し違う角度から見ています。
ルールの確認・それぞれの気持ち・解決策づくりを子どもに促すと、
子どもたちの話し合い方が変わった
| 知見 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| きょうだいは心の練習相手 | 幼いきょうだいのやりとりを家庭で長く観察した研究から、けんかやからかいの中で、子どもは相手の気持ちを読み、自分の気持ちを主張する力を育てていることがわかってきた | Judy Dunn(ケンブリッジ大学)らの一連の研究 |
| 親の仲介の効果 | 親が仲介の手順を学ぶと、子どもたちは相手の視点や気持ちに触れながら交渉するようになり、建設的な解決が増えた | Smith & Ross(2007) |
| 温かいやりとりも大切 | きょうだい関係をよくするには、衝突を減らすことだけでなく、一緒に楽しむ・気持ちを伝え合う経験を増やすことが大切 | Laurie Kramer らの研究 |
| えこひいきの感覚 | 親が自分ときょうだいを違うように扱っていると子どもが感じると、きょうだい関係の悪さや子どもの心の不調と結びつきやすい | McHale らの親の差別的扱い(differential treatment)研究 |
| 名前をつける力 | 感情に名前をつけると、不安や怒りに関わる扁桃体の活動が下がる | Lieberman et al.(2007) |
ここから見えてくるのは、問題は「けんかがあること」ではなく、「けんかがどう終わるか」だということです。親が判定を下して終わるけんかと、気持ちが言葉になって終わるけんかでは、子どもに残るものがまったく違います。
なお、ここでいう「けんか」は、ほぼ対等な力関係の中で起きる言い合いや取り合いのことです。体格差を使った一方的な暴力、からかいが何週間も続く、どちらかがおびえて家で過ごせない、という状態は、けんかではなく親がはっきり止めるべき関係です。この区別は、あとの章でもくり返しお伝えします。
親が裁判官になる悪循環|「どっちが悪いの?」が残すもの
二人とも不満そうなんです」
裁判の場では「事実」しか話されない
親が「何があったの?」「どっちが先?」と聞くと、子どもたちは事実の争いを始めます。「僕は貸してって言った」「言ってない」。こうなると、話はどんどん出来事の細部に入り込み、肝心の気持ちは置き去りになります。
アレキシサイミアの特徴の一つに、自分の内側よりも外側の出来事に注意が向きやすい「外的志向」があります。大人の側が事実の確認ばかりしていると、子どもも「気持ちより事実を話すほうが得をする」と学びます。けんかのたびに、気持ちを言葉にする練習の機会が一つずつ失われていくのです。
親もまた、疲れと罪悪感を抱えている
一方で、裁判官役をしている親もつらいものです。毎日のけんかに疲れ、「どうしてうちの子は仲よくできないの」とイライラし、つい上の子を強く叱っては、夜に「言いすぎた」と落ち込む。親自身の気持ちも、言葉にならないまま積み重なっています。裁かない関わり方は、子どものためだけでなく、親を「終わらない裁判」から解放するための方法でもあります。
上の子の我慢|「お兄ちゃんでしょ」の奥で固まる気持ち
きょうだいげんかの相談で、もっとも多く聞くのが上の子の話です。「お姉ちゃんなんだから、ゆずってあげて」「お兄ちゃんでしょ、たたかないの」。親としては、年上の子に分別を求めるのは自然なことです。けれども、この言葉が毎日のようにくり返されると、上の子の中である気持ちが固まっていきます。
もう、どうでもいい」
アドラーは、きょうだいの生まれ順がその子の性格の形成に影響すると考えました。とくに第一子は、下の子が生まれたことで、それまで独り占めしていた親の注目を分け合うことになる体験をしています。上の子の「ずるい」には、「私のことも見てほしい」というさみしさが混ざっていることが少なくありません。
上の子に必要なのは、我慢をほめられることよりも、我慢していた気持ちに名前をつけてもらうことです。「弟ばっかり許されて、くやしかったね」「本当は、お母さんにお姉ちゃんの話も聞いてほしかったよね」。こう言われると、凍っていた気持ちが少しずつ動き出します。
「上の子タイム」をつくる
1日10分でかまいません。下の子が寝たあとや、送り迎えの車の中で、上の子だけと過ごす時間をつくってみてください。何かを教える時間ではなく、その子の話を聞く時間です。「今日、いちばんくやしかったことは?」「うれしかったことは?」と聞けば、けんかの場では出てこない気持ちが、ぽつりぽつりと出てくることがあります。
比較の言葉が残すもの|「〇〇はできるのに」
「弟はもう宿題終わったよ」「お姉ちゃんは小さいころ、こんなことしなかったのに」。比較の言葉は、多くの場合、子どもを励まそうとして口から出ます。けれども子どもが受けとるのは、励ましではなく「自分は、きょうだいより劣っている」というメッセージです。
先ほどの研究でも、親が自分ときょうだいを違うように扱っていると子どもが感じることは、きょうだい関係の悪化と結びつきやすいとされています。大切なのは、実際に公平かどうかよりも、子どもが「自分は同じように大事にされている」と感じられるかどうかです。
| 比較の言葉 | 子どもに残る気持ち | 言いかえの例 |
|---|---|---|
| 「お姉ちゃんはできたのに」 | 恥ずかしい・自分はだめ | 「ここまで一人でできたね。次はどうしたい?」 |
| 「弟を見習いなさい」 | くやしい・弟がにくい | 「今日はやる気が出ない感じ?」 |
| 「どうしてあなただけ」 | 見捨てられそう・さみしい | 「何か困っていることがあるのかな」 |
| 「二人とも同じように扱ってるでしょ」 | わかってもらえない | 「ずるいって感じたんだね。どこがそう思った?」 |
比較は、きょうだいを「ライバル」にします。ライバル同士は、相手の気持ちを想像するより、相手に勝つことに夢中になります。比較の言葉を減らすことは、きょうだいが互いの気持ちに目を向ける余白をつくることでもあります。
公平に「扱う」ことより、
一人ひとりを「見ている」と伝えること。
それが、比べられない安心になる。
アドラーの目的論|けんかは親の注目を集めるためにも起きる
私はアドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。アルフレッド・アドラー(1870〜1937、オーストリアの精神科医)の考え方の中心にあるのが目的論です。人の行動や感情は、過去の原因によって押し出されるだけでなく、「何のために」という目的に向かって使われている、という見方です。
きょうだいげんかを目的論で見ると、新しい問いが生まれます。「どちらが悪いのか」ではなく、「このけんかは、何のために起きているのだろう」という問いです。
- 親の注目を集めるため:親がスマホを見ている、下の子の世話をしているときに限ってけんかが始まる。
- 親を味方につけるため:親が来た瞬間に泣き声が大きくなる、「ママー!」と呼ぶところからけんかが始まる。
- 自分の力を確かめるため:体格や言葉で勝てる相手に、わざとちょっかいを出す。
- たまった気持ちを出すため:学校や園で我慢してきた日ほど、家に帰ってからぶつかり合う。
もし、けんかが「親の注目を集める」という目的に役立っているなら、親が毎回飛んでいって裁くことは、その目的をかなえてしまいます。けんかをすれば、親が来てくれる。だからまた、けんかをする。子どもに悪気があるわけではありません。「注目してほしい」という気持ちを、まだほかの言葉で言えないだけなのです。
そこで大切になるのが、けんかをしていないときに注目を向けることです。二人で静かに遊んでいるとき、一緒にテレビを見て笑っているとき。「二人で楽しそうだね」「お母さん、なんだかうれしいな」と、ふだんの時間に気持ちを伝える。けんかをしなくても親とつながれるとわかると、けんかの役割は自然に小さくなっていきます。
課題の分離|けんかは子どもの課題、親が引き受けるのは「安全」
アドラー心理学のもう一つの考え方が課題の分離です。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった整理で、「その選択の結末を最終的に引き受けるのは誰か」で、誰の課題かを考えます。
きょうだいげんかの多くは、子どもたち自身の課題です。おもちゃをどう分けるか、テレビのチャンネルをどうするか、言われていやだったことをどう伝えるか。こうした問題に決着をつけ、その結果を引き受けるのは子どもたちです。親が毎回答えを出していると、子どもたちが自分で折り合いをつける力は育ちません。
ただし、課題の分離は「放っておく」ことではありません。親が必ず引き受ける課題があります。
| 子どもの課題(任せる) | 親の課題(引き受ける) |
|---|---|
| おもちゃやゲームの順番の決め方 | ケガにつながる行為(たたく・物を投げる)をすぐ止める |
| 言い合いの決着のつけ方 | 体格差を使った一方的な攻撃から守る |
| 相手にどう謝るか、謝らないか | 人格を傷つける言葉(「生まれてこなければよかった」など)を止める |
| 仲直りのタイミング | 家のルール(たたかない、物を壊さない)を示す |
| 気持ちをどう言葉にするか | 気持ちを言葉にする手伝いをする(通訳) |
親が引き受けるのは「判定」ではなく「安全」と「家のルール」です。危ないときは、理由を聞く前に体を離します。「たたくのはなし。二人とも、ちょっと離れよう」。その後、気持ちが落ち着いてから話を聞く。それ以外のけんかは、子どもたちの課題として、少し離れた場所から見守ります。
見守っていると、意外なことに気づくかもしれません。親が来ないとわかると、子どもたちは案外早く自分たちで折り合いをつけることがあるのです。「親が来るまで続けるけんか」から「自分たちで終えるけんか」へ。それが、けんかが練習試合になるということです。
中島輝より一言
カウンセリングで親御さんにこのお話をすると、「でも、見ているだけなんて耐えられません」という声をよく聞きます。その気持ちは、とても自然です。子どもが泣いているのに何もしないのは、親にとって勇気がいることです。だから私は、見守るのではなく「通訳する」と考えてくださいとお伝えしています。判定はしないけれど、気持ちの言葉は差し出す。それだけで、親は「何もしていない」のではなく、子どもの心の言葉を育てる大切な仕事をしていることになります。
自尊心≒自己存在感|「どの子も、この家にいていい」という根
自己肯定感の「6つの感」を、私は一本の木にたとえて説明しています。根にあたるのが自尊心≒自己存在感、幹が自己受容感、枝が自己効力感、葉が自己信頼感、花が自己決定感、実が自己有用感です。きょうだいげんかでもっとも揺らぎやすいのが、木の根にあたる自尊心≒自己存在感です。
自尊心≒自己存在感とは、「自分はここにいていい」「自分は大切な存在だ」と感じられる感覚です。けんかのたびに裁かれ、比べられ、「お兄ちゃんなんだから」と我慢を求められる子は、少しずつ「この家で自分は二番目なのかもしれない」と感じるようになります。その感覚は、言葉になる前に、体のこわばりや無表情、反抗的な態度として表に出てきます。
この根を育てるのは、特別な言葉ではありません。「あなたがいてくれてうれしい」という、存在そのものへのメッセージです。けんかで勝ったときでも負けたときでも、上手に謝れたときでも謝れなかったときでも、変わらずに伝わるメッセージ。それがあると、子どもはけんかで負けても「自分の価値がなくなる」とは感じなくなります。
根が安定してくると、子どもはけんかの中でくやしい自分も、意地悪をしてしまった自分も受けとめられるようになります(自己受容感)。そして、自分たちで仲直りできた経験が、「自分たちで解決できる」という実感(自己有用感)を実らせていきます。
裁かない親の関わり方|その場でできる4つのステップ
では、実際にけんかが起きたとき、親はどう動けばいいのでしょうか。発達心理学の仲介研究の考え方と、感情の言語化を組み合わせて、4つのステップにまとめました。
危ないときだけ、まず体を離す
たたく、物を投げる、体格差で押さえつける。こうした場面では、理由を聞く前に「たたくのはなし。ちょっと離れよう」と体を離します。叱る言葉は短く、責める言葉は使いません。危なくない言い合いなら、このステップは飛ばしてかまいません。
判定せず、見えたことをそのまま言う
「二人とも、このブロックを使いたいんだね」「ゆうくんは先に使っていて、みおちゃんも今使いたい」。どちらが正しいかではなく、何が起きているかを実況します。実況には判定が含まれないので、子どもたちは「味方を取られる」心配をせずに聞くことができます。
それぞれの気持ちに名前をつける
「せっかく作っていたのを崩されそうで、いやだったんだね」「ずっと待っていたのに貸してもらえなくて、くやしかったんだね」。一人ずつ、気持ちを言葉にして映し返します。ここで大切なのは、両方の気持ちを同じ重さで扱うこと。気持ちに正しい・まちがいはありません。
「どうしたらいいと思う?」と解決を返す
気持ちが言葉になったら、「二人とも使いたいんだね。どうしたらいいと思う?」と解決を子どもたちに返します。時間で交代する、一緒に作る、別の遊びにする。子どもが出した案が親から見て少しずれていても、二人が納得しているなら、それで十分です。「お母さんは向こうにいるから、決まったら教えてね」と、その場を離れてもかまいません。
止める(安全)→ 実況する → 通訳する → 任せる。
親が「判定」を手放すと、
けんかは「気持ちの練習試合」に変わる。
年齢によって、通訳の量を変える
2〜3歳の子どもは、まだ自分の気持ちを言葉にすることがほとんどできません。この時期は、親の通訳が多めに必要です。「取られて、いやだったね」と短い言葉で代弁してあげてください。小学生になると、少しずつ子ども自身に言葉を探してもらえるようになります。「今の気持ち、どんな言葉が近い?」と聞いて、子どもが自分で言えたら、それを大切に受けとめます。通訳は、子どもが自分で言えるようになるにつれて、少しずつ減らしていくものです。
家族でできる感情の言語化ワーク
けんかの最中に気持ちを言葉にするのは、子どもにとっても大人にとっても難しいものです。だからこそ、けんかをしていない時間に、気持ちの言葉の練習をしておくことが役に立ちます。中島輝の近刊で紹介しているワークを、きょうだいのいる家庭向けにアレンジしました。
3段階温度計で「怒りの温度」を測る
けんかのあと、少し落ち着いてから「さっきの怒りは、ぬるい・あつい・爆発の3つでいうとどれ?」と聞きます。言葉が出にくい子でも、選ぶだけなら答えられます。きょうだいそれぞれの温度が違うことに気づくだけでも、「自分と相手の気持ちは違う」という発見になります。
今日のオノマトペ
夕食のときに「今日の気持ちを音で言うと?」と、家族全員でオノマトペを一つずつ出します。「むかむか」「もやもや」「ぽかぽか」「しょんぼり」。親も必ず参加するのがポイントです。「お母さんは今日、仕事でばたばただった」と大人が言うと、子どもは気持ちを口にしていいのだと感じます。
キャラクター感情読み
きょうだいが出てくる絵本やアニメを一緒に見ながら、「このとき、お兄ちゃんはどんな気持ちだったと思う?」と聞いてみます。自分のきょうだいのことだと言いにくい気持ちも、物語の登場人物なら言えることがあります。相手の気持ちを想像する練習は、けんかの場面でも生きてきます。
きょうだい「ありがとう」探し
寝る前に、「今日、きょうだいにしてもらってうれしかったこと」を一つずつ言います。思いつかない日は「なし」でもかまいません。けんかの記憶だけでなく、助け合った記憶にも光を当てることで、きょうだい関係の温かいやりとりが増えていきます。
こうしたワークについては、「泣かないの!」をやめると子どもは強くなる|感情コーチングとアドラーの勇気づけでも、親子で気持ちを受けとめ合う方法を紹介しています。けんかのあとに「本当のことを言えない」様子が気になる場合は、兄弟記事の子どもが嘘をつくのは悪い子だから?もあわせてお読みください。
中島輝より一言
私は幼いころ、気持ちを出すことをやめてしまった子どもでした。だから、けんかで大声を出せる子どもたちを見ると、少しうらやましくなることがあります。ぶつかり合えるのは、相手が自分から離れていかないと、どこかで信じているからです。きょうだいげんかの騒がしさは、裏を返せば、その家に安心がある証拠でもあるのです。
よくあるご質問
「くやしい」を言葉にする練習試合。
親は裁判官をやめて、気持ちの通訳に。
その安心が、自尊心≒自己存在感という根を育てます。
自分を大切にしよう
きょうだいげんかは、子どもたちがくやしさ、ずるいと感じる気持ち、さみしさを、いちばん身近な相手との間で練習する「気持ちの練習試合」です。親がけんかのたびに裁判官になると、負けた子には「わかってもらえない」悔しさが、勝った子には「親を呼べば勝てる」という学びが残り、けんかはかえってくり返されやすくなります。上の子の我慢や比較の言葉は、子どもの根っこにある自尊心≒自己存在感を揺らします。
アドラー心理学の目的論で見れば、けんかは親の注目を集めるためにも起きています。だからこそ、けんかをしていない時間に注目を向けることが大切です。課題の分離で見れば、けんかの決着は子どもたちの課題で、親が引き受けるのは安全と家のルールです。危ないときは止める。そうでないときは、実況し、通訳し、解決を任せる。その積み重ねが、子どもたちが自分で気持ちを言葉にし、自分たちで折り合いをつける力を育てていきます。
毎日のけんかに疲れ、イライラし、言いすぎた夜に落ち込んできたあなたは、それだけ子どもたちを大切に思ってきた人です。完璧な通訳になる必要はありません。今日一回、判定の代わりに「くやしかったね」と言えたら、それで十分です。自分を大切にしよう。親が自分の気持ちに名前をつけられるとき、子どもたちの気持ちにも、やさしく名前をつけてあげられるようになります。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- Smith, J., & Ross, H. (2007). Training parents to mediate sibling disputes affects children’s negotiation and conflict understanding. Child Development.
- Dunn, J. (1988). The Beginnings of Social Understanding. Harvard University Press.
- Kramer, L. (2010). The essential ingredients of successful sibling relationships: An emerging framework for advancing theory and practice. Child Development Perspectives.
- McHale, S.M., Updegraff, K.A., & Whiteman, S.D. (2012). Sibling relationships and influences in childhood and adolescence. Journal of Marriage and Family.
- Faber, A., & Mazlish, E. (1987). Siblings Without Rivalry. W.W. Norton.
- Lieberman, M.D., et al. (2007). Putting feelings into words. Psychological Science, 18(5), 421-428.
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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