炎上の夜、会社の顔として笑い続けるあなたへ
広報・SNS担当と感情の言語化
夜11時。通知が止まらない。自社の投稿に批判の引用が連なり、見知らぬアカウントからの言葉がスマホの画面を埋めていく。上司とのチャットで謝罪文の言い回しを何度も直し、深夜に公開ボタンを押す。そして翌朝には、予定どおりの新商品の告知を、いつもの明るい言葉で投稿する。会社の顔として笑い続けるあいだ、自分の気持ちはどこに置いてきたのか、自分でもわからなくなる。広報やSNSの担当者は、会社の感情を言葉にするプロでありながら、自分の感情を言葉にする時間をほとんど持てません。凍った気持ちに名前をつけ、他人の評価から自分を取り戻す方法を、感情の言語化とアドラー心理学の視点からお伝えします。
結論:炎上の夜に何も感じないのは、心があなたを守っているから
最初に結論をお伝えします。炎上の最中に「何も感じない」「淡々と処理できてしまう」のは、あなたが冷たいからではありません。大量の攻撃的な言葉から心を守るために、感じる回路を一時的に絞っているからです。ただし、その状態が長く続くと、気持ちは迷子になり、あとから体や行動に出てきます。
この記事のポイントは3つです。
- 炎上の声は、実際よりはるかに大きく見える。研究では、炎上に書き込む人はネット利用者のごく一部だと報告されている。画面の向こうの「世間」は、画面に見えている声だけではない。
- 会社の言葉と自分の言葉は、分けて持っていい。会社の顔として話す言葉と、自分の気持ちを語る言葉。その切り替えができないと、心は会社と一緒に燃えてしまう。
- 他人の評価は他人の課題。アドラー心理学の課題の分離で整理すると、あなたが引き受けるのは「誠実に伝えること」まで。どう受けとられるかは、相手の課題になる。
背景にあるのは、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる状態です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる特性の濃淡です。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。
もともと言葉に敏感で、感情を表現するのが得意だった人ほど、広報やSNSの仕事に就くことが多いものです。それでも、強いストレスにくり返しさらされると、心は耐えきれない痛みから自分を守るために、感じる回路を絞ることがあります。この一時的な防衛反応は、専門的には「2次性アレキシサイミア」と呼ばれます。言葉のプロでも、いや言葉のプロだからこそ、自分の気持ちの言葉を失うことがあるのです。
数字と研究で見る炎上と心の負荷
炎上のつらさは、担当者の打たれ弱さの問題ではありません。ネット上の言葉の広がり方と、人の心のしくみから説明できます。押さえておきたい知見を整理します。
| 知見 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 書き込むのはごく一部 | 炎上に書き込んだ経験のある人は、ネット利用者のうちごく一部(調査では約0.5%)にとどまる | 田中辰雄・山口真一『ネット炎上の研究』(2016) |
| 怒りは広がりやすい | SNS上では、怒りの感情を含む投稿が、喜びの投稿よりも広がりやすい | Fan et al.(2014) |
| 道徳と感情の言葉 | 道徳的・感情的な言葉を含む投稿ほど、拡散されやすい | Brady et al.(2017) |
| 悪いことは強い | 人は良い出来事より悪い出来事に強く反応し、長く覚えている | Baumeister et al.(2001) |
| 感情労働 | 仕事のために自分の感情を管理し、ふさわしい表情や態度をつくること | A.R.ホックシールド『管理される心』(1983) |
経済学者の田中辰雄氏と山口真一氏は、大規模なアンケート調査から、炎上に書き込む人はネット利用者のごく一部であり、さらに同じ人がくり返し書き込んでいることを報告しました。画面いっぱいの批判は、「世間の総意」ではなく、少数の人の大きな声である場合が多いのです。
一方で、人の心は悪い出来事に強く反応します。心理学者ロイ・バウマイスターらが「Bad is stronger than good(悪いことは良いことより強い)」と整理したとおり、100件の応援より、1件の罵倒のほうが心に残る。さらにSNSでは、怒りや道徳的な非難を含む言葉ほど広がりやすいという研究があります。担当者の目には、もっとも強い言葉が、もっとも多く届く仕組みになっているのです。
画面に見えている声は、世間のすべてではない。
強い言葉ほど大きく見えるのは、
人の心とSNSの仕組みのせいです。
炎上対応の夜、担当者の中で起きていること
おかしくなるのは、終わってから」
炎上対応には、時間とともに変わる感情の波があります。表に出る行動と、その下で動いている感情を並べてみます。
炎上対応の最中に感情を脇に置くことは、仕事を進めるためには必要なことです。問題は、危機が去っても、凍らせた感情を取りに戻る時間がないことです。翌日には通常の投稿があり、次のキャンペーンの準備があります。置き去りにされた感情は、少しずつ積もっていきます。
通知音を聞くだけで心臓がどきどきする、眠れない、何をしていても炎上のことが頭から離れない。こうした状態が続くときは、一人で抱えず、産業医や専門家に相談してください。心と体の反応は、それだけ強い出来事を経験したという証拠であり、弱さのしるしではありません。
会社の言葉と自分の言葉|感情労働としての広報
社会学者のA.R.ホックシールドは『管理される心』(1983年)で、仕事のために自分の感情を管理し、ふさわしい表情や態度をつくることを「感情労働」と呼びました。客室乗務員の笑顔の研究から生まれた言葉ですが、広報やSNSの担当者は、文章を通して感情労働をしているといえます。
ホックシールドは、感情労働には二つのやり方があると説明しています。
| やり方 | 広報・SNSでの例 | 心への影響 |
|---|---|---|
| 表層演技(表面だけ整える) | 心の中では納得していない謝罪文を、会社の言葉として整えて出す | 本心と言葉のずれが大きいほど、消耗しやすい |
| 深層演技(感情そのものを変えようとする) | 「私は会社と同じ気持ちだ」と自分に言い聞かせて、明るい投稿を書く | 続けるうちに、自分の本当の気持ちがわからなくなりやすい |
どちらのやり方も、仕事として必要な場面があります。気をつけたいのは、会社の言葉を書き続けるうちに、自分の言葉がどこにあるかわからなくなることです。会社の公式アカウントの「中の人」として親しみのある言葉を書く担当者ほど、会社の人格と自分の人格の境目があいまいになりやすいのです。
「会社の顔」と「自分」を分ける3つの線
- 時間の線:公式アカウントを確認する時間と、確認しない時間を決める。夜間の監視は交代制にする。
- 端末の線:できれば仕事用と私用の端末を分ける。私用のスマホに仕事の通知を入れない。
- 言葉の線:会社の言葉は「私たちは」、自分の言葉は「私は」。日記やメモには「私は」で書く。
中島輝より一言
私は若い頃、自分の感情を出すことをやめて生きていた時期がありました。周りに合わせた顔をつくるのは得意でも、一人になると自分が何を感じているのかわからない。あの空っぽの感覚を思い出すと、会社の顔として言葉を書き続ける方の疲れが、少しわかる気がします。人の気持ちを言葉にできる人は、自分の気持ちも言葉にしていい。その順番を、どうか後回しにしすぎないでください。
匿名の攻撃をどう受けとるか|アドラーの目的論で見る
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、人の感情や行動を「原因」ではなく「目的」から見ることを提案しました。これを目的論といいます。怒りは、何かに押されて出てくるだけのものではなく、相手を動かしたり、自分の立場を示したりするために使われる、と考えるのです。中島輝もアドラー心理学をベースにカウンセリングを続けてきました。
この見方で、匿名の攻撃的な言葉を見直してみます。
| 攻撃的な言葉のタイプ | その怒りが果たそうとしている目的(の例) |
|---|---|
| 正義感からの非難 | 「自分は正しい側にいる」と感じたい、価値観を守りたい |
| 担当者個人への人格攻撃 | 相手より上に立ちたい、自分の不満のはけ口にしたい |
| 同じ人がくり返す書き込み | 注目されたい、反応を得て自分の存在を確かめたい |
| 実際に傷ついた人の声 | 自分の痛みをわかってほしい、二度と起きないようにしてほしい |
目的論で見ると、攻撃的な言葉の多くは、あなたという人への正確な評価ではなく、書き込んだ人自身の目的のために使われていることがわかります。一方で、表の最後の行のように、実際に傷ついた人の声も含まれています。受けとめるべき声と、受けとめなくてよい攻撃を分けることが、担当者の心を守る第一歩です。
担当者個人を名指しした誹謗中傷や脅しは、個人で耐えるものではありません。2022年には侮辱罪の法定刑が引き上げられ、ネット上の誹謗中傷への社会の目も厳しくなっています。記録を残し、法務部門や弁護士、総務省の「違法・有害情報相談センター」などの相談先につなぐなど、組織として対応してください。電話や窓口での理不尽な言葉については、理不尽な言葉を飲み込み続けるあなたへ|カスタマーハラスメントと感情の言語化でも扱っています。
課題の分離|他人の評価は、他人の課題
アドラー心理学には、課題の分離という考え方があります。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られた整理で、「それは誰の課題か」を見分け、他人の課題には踏み込まず、自分の課題は引き受ける、というものです。
広報・SNS担当の仕事は、ある意味で「他人の評価」を毎日浴びる仕事です。いいねの数、リポストの数、引用のコメント。評価が数字で見えるからこそ、他人の評価を自分の課題として背負い込みやすいのです。
アドラー心理学は、他人からの承認を求めて生きることをすすめません。承認を求めると、他人の評価に自分の価値を預けることになるからです。広報の仕事で評価の数字を気にするのは当然ですが、それは「仕事の指標」であって、あなたの価値の指標ではないと区別しておくことが大切です。
課題の分離は、批判を無視するための考え方ではありません。実際に傷ついた人の声に耳を傾け、会社として改めるべきことを社内に伝えるのは、あなたの課題です。受けとめるべきことは誠実に受けとめ、背負わなくてよい攻撃は手放す。その線引きができると、心は燃え尽きずに仕事を続けられます。
広報・SNS担当のための感情の言語化ワーク
中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』で紹介しているワークを、広報・SNSの仕事向けに作り直しました。言葉を扱う仕事の人だからこそ取り組みやすい形にしています。
投稿ボタンの前の「感情タイムアウト」
公開ボタンを押す前に、3秒だけ手を止めて息を吐きます。これを3回。「いま、私は焦っている? 疲れている?」と自分に聞きます。炎上の多くは、急いでいるときに起きます。感情に気づく3秒は、投稿の見直しの3秒にもなります。
「比喩レッスン」で自分の状態を言う
言葉のプロは、比喩が得意です。その力を自分に向けてみてください。「今日の私の心は、どんな天気? どんな音?」。「土砂降りの中で傘を差している」「ずっと鳴っているアラーム」。比喩にすると、名前のつかない感情にも輪郭が生まれます。
「私は」で書く感情だけ日記
一日の終わりに、「私は」から始まる文を3つ書きます。「私は、あの引用を見て悔しかった」「私は、同僚の一言に救われた」「私は、もう寝たい」。会社の言葉の「私たちは」から、自分の言葉の「私は」に戻る練習です。
「応援の声」を一つ保存する
悪いことは良いことより強く心に残ります。だからこそ意識して、好意的なコメントや、社内からの感謝の言葉を一つずつ保存しておきます。炎上の夜に読み返すためのものです。強い言葉の中に埋もれた温かい声を、自分の手で拾い上げます。
心理学者マシュー・リーバーマンらの研究(2007年)では、感情に名前をつけるだけで、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がることが示されています。言葉を扱うプロは、言葉で自分を落ち着かせることもできるのです。
会社の言葉は「私たちは」。
自分の言葉は「私は」。
一日の終わりに、「私は」に帰ってこよう。
自尊心≒自己存在感という「根」|会社の顔ではない自分
自己肯定感は、6つの感が木のように支え合って育ちます。根にあたる自尊心≒自己存在感、幹の自己受容感、枝の自己効力感、葉の自己信頼感、花の自己決定感、そして実の自己有用感です。
炎上や匿名の攻撃でもっとも揺らぎやすいのが、根にあたる自尊心≒自己存在感です。自己存在感とは、「自分はここにいていい」「何かができてもできなくても、自分には価値がある」という感覚のこと。木でいえば、ほかのすべての感を支える根っこにあたります。
広報・SNS担当は、会社の顔として評価を浴び続けます。うまくいった投稿は会社の手柄になり、炎上は担当者の責任のように感じられる。その中で、「会社の顔としての自分」の評価が、「自分という人間」の評価とすり替わっていくと、根が細くなっていきます。
根を守るための3つの問い
- 会社のアカウントがなかったとしても、私が好きなことは何だろう?
- 仕事と関係なく、私を「私」として見てくれる人は誰だろう?
- 今日の私が、評価とは関係なく「ここにいてよかった」と思えた瞬間はいつだろう?
この問いに答えることは、会社の顔ではない自分を確かめることです。根がしっかりしている人は、強い風が吹いても倒れません。炎上の夜にも「これは会社の投稿への批判であって、私という人間の否定ではない」と思えるのは、根が育っているからです。
根が育つと、幹の自己受容感も安定します。「怖かった」「悔しかった」「もうやめたいと思った」。そうした感情を持つ自分も、そのまま受け入れられるようになります。感情を言葉にすることは、根に水をやることなのです。
経営者・上司の方へ|担当者を一人にしない炎上対応
炎上対応は、担当者一人の仕事ではありません。組織として担当者の心を守るために、経営者や上司ができることをお伝えします。
監視と判断を一人に集めない
夜間や休日の監視は交代制にし、謝罪や対応の判断は上位の責任者が行います。「担当者が見つけ、担当者が判断し、担当者が謝る」状態は、心の負担が大きすぎます。役割を分けることは、判断の質を保つことにもつながります。
沈静のあとに「振り返り」と「気持ちの時間」を
炎上がおさまったら、原因と再発防止の振り返りとは別に、「この数日、どんな気持ちだった?」と担当者に聞く時間をつくってください。凍らせた感情を、安全な場所で溶かす時間が必要です。
勇気づけの言葉を、対応の過程に
アドラー心理学の勇気づけは、上から評価してほめることではなく、横の関係から「ありがとう」を伝えることです。「夜中まで会社の顔として立ってくれて、ありがとう」。炎上の結果ではなく、誠実に対応した過程に光を当てる言葉が、担当者の根を支えます。
組織の中で感情を言葉にする文化をつくる方法は、会議で誰も本音を言わない組織へ|感情の言語化から変える組織コミュニケーションでもくわしく扱っています。
よくあるご質問
「私は」と言える時間を。
あなたの気持ちにも、言葉を。
言葉にした感情は、明日のあなたを守る根になります。
自分を大切にしよう
炎上の夜、会社の顔として笑い続けるあなたが何も感じなくなっていたとしても、それは冷たさではありません。大量の攻撃的な言葉から、心があなたを守ってきた結果です。けれども、凍らせた感情は消えるわけではなく、危機が去ったあとに涙や動悸、通知音への恐怖として現れることがあります。会社の言葉を書き続けるうちに、自分の言葉がどこにあるかわからなくなる。それが、広報・SNS担当の感情労働の重さです。
研究では、炎上に書き込む人はごく一部であり、怒りや道徳的な非難の言葉ほど広がりやすいことがわかっています。画面に見えている声は、世間のすべてではありません。アドラー心理学の目的論で見ると、攻撃的な言葉の多くは書き込んだ人自身の目的のために使われており、課題の分離で整理すると、あなたの課題は「誠実に伝え、傷ついた人の声に耳を傾け、自分の心を守ること」までです。投稿前の感情タイムアウト、比喩レッスン、「私は」で書く日記、応援の声の保存。小さな言葉の練習が、自分を取り戻す手がかりになります。
会社の顔としての評価は、あなたという人間の価値ではありません。自尊心≒自己存在感という根は、会社のアカウントがなくても、あなたの中にちゃんとあります。自分を大切にしよう。人の気持ちを言葉にしてきたあなたの気持ちにも、言葉にされる価値があります。
本記事の参考資料・科学的根拠
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- 田中辰雄・山口真一『ネット炎上の研究』(勁草書房、2016年)
- Fan, R., Zhao, J., Chen, Y., & Xu, K. (2014). Anger is more influential than joy: Sentiment correlation in Weibo. PLoS ONE, 9(10).
- Brady, W.J. et al. (2017). Emotion shapes the diffusion of moralized content in social networks. PNAS, 114(28).
- Baumeister, R.F. et al. (2001). Bad is stronger than good. Review of General Psychology, 5(4).
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5).
- A.R.ホックシールド『管理される心―感情が商品になるとき』(石川准・室伏亜希訳、世界思想社)
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』(岸見一郎訳、アルテ)
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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