競技をやめた日から自分がわからない
アスリートのセカンドキャリアと感情の言語化
引退会見では「やり切りました」と笑った。花束をもらい、仲間に送り出され、翌月からは会社員。朝5時に目が覚めても、もう練習はない。名刺の肩書きは「営業部」になり、パソコンの操作を年下の同僚に教わる毎日。寂しいのか、悔しいのか、ほっとしているのか、自分でもわからない。それは、あなたが弱くなったからではありません。競技とともに生きてきた人ほど、引退後に感情が迷子になりやすい理由があります。アスリート・アイデンティティの研究とアドラー心理学から、その正体を言葉にし、元選手本人と支える人ができることをお伝えします。
結論:引退の苦しさは「仕事探し」より先に「自分探し」の問題
結論からお伝えします。アスリートの引退後のつまずきは、次の仕事が見つからないことよりも、「競技者ではない自分」をどう感じ、どう言葉にすればいいかわからないことから始まる場合が多いのです。セカンドキャリアの支援というと、資格取得や就職先の紹介に目が向きがちです。もちろんそれも大切です。けれど、心の準備が追いつかないまま新しい職場に飛び込むと、「何をしても手応えがない」「自分には何もない」という感覚が長く残ることがあります。
この記事のポイントは3つです。
- 競技者としての自分が大きいほど、引退の揺れも大きい。心理学者ブリューワーらが「アスリート・アイデンティティ」と名づけた感覚が強い人ほど、引退後の適応に時間がかかりやすいと考えられている。
- 「感情を抑える力」は競技では武器だったが、引退後は感情迷子の原因になりうる。試合で役立った切り替えの技術が、日常では自分の気持ちに気づけない状態をつくることがある。
- 劣等感は、比べる相手を変えれば成長のバネになる。アドラー心理学の視点から、「過去の自分」「周りの同僚」ではなく、これからの理想との差として受けとめ直す。
ここで手がかりになるのが、アレキシサイミア(失感情症)という心理学の言葉です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態をいいます。病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる、誰もが持つ特性の濃淡です。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態にある人を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。基本はアレキシサイミア(失感情症)とはでまとめています。
もともと感情豊かな人でも、引退という大きな変化にさらされると、心は自分を守るために感じる回路を絞ります。強いストレスによる一時的なこの反応は、専門的には「2次性アレキシサイミア」と呼ばれます。引退後に「何も感じない」「テレビで試合を見ても心が動かない」という時期があるのは、心が壊れたからではなく、大きすぎる喪失に心が身構えているからなのです。
ただ、自分が何をしたいのかが、まったくわからなくて」
研究で見るアスリートの引退|アスリート・アイデンティティとは
スポーツ心理学では、アスリートの引退を「キャリア・トランジション(競技からの移行)」として研究してきました。押さえておきたい知見を整理します。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| アスリート・アイデンティティ | 「自分はアスリートである」という自己認識の強さ。測定尺度(AIMS)が作られ、強すぎると引退やけがの際に適応が難しくなりうると指摘された | Brewer, Van Raalte & Linder(1993) |
| 引退への適応モデル | 引退の理由(自分で選んだか、けが・戦力外などか)、アイデンティティの強さ、準備の有無、周囲の支えが、適応の質を左右すると整理 | Taylor & Ogilvie(1994) |
| トップ選手のメンタルヘルス | 国際オリンピック委員会(IOC)の専門家声明で、けがや引退などの移行期は心の不調が起きやすい時期の一つとして挙げられた | Reardon et al.(2019, British Journal of Sports Medicine) |
| 感情の抑制 | 感情を表に出さないよう抑え込む傾向が強い人ほど、幸福感が低く、人とのつながりを感じにくい傾向 | Gross & John(2003) |
| 約10〜16% | 一般の人のうち、アレキシサイミア傾向が強いとされる人の割合 | TAS-20等を用いた複数の疫学研究 |
アメリカの心理学者ブリトン・ブリューワー(Britton Brewer)らは1993年、アスリート・アイデンティティを測る尺度を発表した論文に、「ヘラクレスの筋肉か、アキレスのかかとか」という副題をつけました。競技者としての強い自己認識は、練習への集中や粘り強さを生むヘラクレスの筋肉になる。けれど同時に、その自己認識が揺らいだとき、心のもろさになるアキレスのかかとにもなる、という意味です。
ここで大事なのは、アスリート・アイデンティティが強いこと自体は悪いことではないという点です。人生をかけて打ち込んだからこそ、競技は自分そのものになりました。問題は、それ以外の自分を感じる回路が育つ時間がなかったことにあります。
また、テイラーとオギルビー(Taylor & Ogilvie, 1994)のモデルが示すように、引退を自分で選べたかどうかは心の回復に大きく影響します。けが、戦力外通告、チームの休部や廃部。自分の意思とは関係なく競技人生が終わった人は、悲しみや怒りを抱えやすい一方で、「仕方ない」と自分に言い聞かせて感情にふたをしやすくもあります。
競技に人生をかけた人ほど、
引退で心が揺れるのは当たり前。
それは、本気で生きてきた証。
引退は「喪失」である|競技とともに失うもの
引退は、一般には「第二の人生のスタート」として語られます。前向きな言葉です。けれど、心の中ではもう一つの出来事が起きています。それは喪失です。しかもアスリートの引退は、周りから「おめでとう」「お疲れさま」と言われるぶん、悲しんでいいものとして認められにくい喪失でもあります。
| 目に見える喪失 | 目に見えにくい喪失 |
|---|---|
| 練習のスケジュール、合宿、試合 | 毎日の生活を支えていたリズムと目的 |
| チームメイト、監督、トレーナー | 言葉がなくても通じ合えた仲間との一体感 |
| 背番号、ユニフォーム、記録 | 「あの競技の○○さん」という誇りと自己像 |
| 歓声、取材、ファンからの声 | 努力がすぐに目に見える評価として返ってくる感覚 |
| 鍛え上げた体のコンディション | 体を通して自分を信じられた感覚 |
悲嘆の研究者ドカ(Doka, 1989)は、周囲に認められにくい悲しみを「公認されない悲嘆(disenfranchised grief)」と呼びました。引退の喪失感もその一つと言えます。「好きなことを仕事にできたんだから幸せだったじゃない」「まだ若いんだから何でもできるよ」。励ましのつもりの言葉を受けて、元選手は悲しみを口にする場所を失います。
認められない悲しみは、消えずに形を変えます。理由のない疲れ、体の重さ、怒りっぽさ、お酒の量が増える、昔の試合の動画を見られない、あるいは逆に何時間も見続けてしまう。体や行動に出てくるサインは、言葉になれなかった悲しみの声であることが少なくありません。
- 現役時代の話をされると、話題を変えたくなる
- 元チームメイトの活躍を知ると、うれしさと同時に胸がざわつく
- 体を動かしていないのに、いつも疲れている
- 「次は何をするの?」と聞かれるのが苦痛だ
- 家族には「もう吹っ切れた」と言っている
- 試合の時間帯になると、なぜか落ち着かない
いくつか当てはまるなら、あなたの心はいま、大切なものを失った悲しみの途中にいるのかもしれません。悲しみがあるのは、競技があなたにとってそれだけ大切だったからです。
「感情を抑える」訓練が、引退後に効いてくる
トップレベルの競技では、感情をコントロールする力が勝敗を分けます。ミスをしても次のプレーに切り替える。緊張しても表情に出さない。痛みがあっても「大丈夫です」と言ってピッチに立つ。監督に理不尽なことを言われても、まずは「はい」と答える。多くのアスリートは、感情を感じる前に脇へ置く技術を、毎日の練習で身につけてきました。
この技術は、競技の場では間違いなく武器です。けれど、感情を「抑える」ことと「気づいて扱う」ことは別の力です。心理学者のグロスとジョン(Gross & John, 2003)の研究では、感情を表に出さないよう抑え込む「表出抑制」を習慣的に使う人ほど、幸福感が低く、人とのつながりを感じにくい傾向が示されました。感情は抑えても消えず、体の中にたまっていくのです。
「目標を与えられる生活」から「自分で決める生活」へ
もう一つ見落とされがちなのが、目標と予定が外から与えられる生活に長く慣れてきたことです。次の大会、次の合宿、今日の練習メニュー。現役時代は「何をすべきか」が常に決まっていました。引退すると、その枠組みが一気になくなります。「何がしたいかわからない」のは、感情の声を聞く練習をしてこなかったからで、能力や意欲が足りないからではありません。
アレキシサイミアの4つのタイプで言えば、引退後のアスリートには、タイプ3「感情に興味がない」(外側の出来事や数字に目が向きやすい)と、タイプ4「想像できない」(未来の自分を思い描きにくい)の傾向が一時的に強まる人が少なくありません。記録やタイム、順位といった「外側の物差し」で自分を測ってきた人ほど、内側の物差しが見えにくくなるのです。
新しい職場での劣等感|「ゼロからの新人」になるつらさ
セカンドキャリアの最初の数年で多くの元選手が口にするのが、「自分は何もできない」という感覚です。会議の用語がわからない。表計算ソフトの操作に時間がかかる。年下の同僚に何度も質問しなければならない。競技の世界では一目置かれる存在だった人ほど、このギャップは大きく感じられます。
しかも周りは、元選手に二つの期待を同時に向けがちです。「さすが体育会系、根性があるね」という期待と、「スポーツしかしてこなかったんでしょう」という見方。どちらも本人の実際の気持ちとは関係なく貼られるレッテルです。期待に応えようとして弱音を吐けず、見下されまいとして質問もしにくい。こうして、職場での感情はますます言葉にならなくなっていきます。
劣等感が生まれやすい3つの比較
| 比べる相手 | 心の中の声 | その奥にある感情 |
|---|---|---|
| 現役時代の自分 | 「あの頃はもっとできたのに」 | 失ったものへの悲しみ、取り戻せない悔しさ |
| 同年代の同僚 | 「みんな10年先を走っている」 | 焦り、取り残される不安、恥ずかしさ |
| 現役を続ける元仲間 | 「自分だけ降りてしまった」 | うらやましさ、罪悪感、寂しさ |
どの比較も、自然に起きるものです。比べてしまう自分を責める必要はありません。大切なのは、比べたときに生まれた感情に名前をつけることです。「悔しい」「焦っている」「うらやましい」。名前がつくと、感情はただの重さから、扱える情報に変わります。心理学者リーバーマンら(Lieberman et al., 2007)の研究では、感情に言葉でラベルをつけると、不安や恐れに関わる脳の扁桃体の反応がおだやかになることが示されています。
現役から離れた後の働き方そのものに迷っている方は、転職に迷う人のための感情の言語化も参考にしてみてください。
アドラー心理学で見る|劣等感はバネになり、人生の意味は自分が与える
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングをしてきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、劣等感を人間にとって自然で、むしろ成長のきっかけになるものと考えました。アドラー自身、幼い頃は体が弱く、その経験が劣等感についての考えの土台になったと言われています。
劣等感と劣等コンプレックスは違う
アドラー心理学では、劣等感と劣等コンプレックスをはっきり区別します。劣等感とは、「理想の自分に比べて、いまの自分はまだ足りない」という感覚です。これは前に進むエネルギーになります。一方の劣等コンプレックスは、劣等感を「だから自分には無理だ」という言い訳に使ってしまう状態です。
| 劣等感 | 劣等コンプレックス | |
|---|---|---|
| 心の声 | 「まだできない。だから覚えていこう」 | 「スポーツしかしてこなかったから、どうせ無理だ」 |
| 比べる相手 | これからの理想の自分 | 他人や、過去の輝いていた自分 |
| 行動 | 質問する、練習する、助けを求める | 挑戦を避ける、できない理由を探す |
アスリートは本来、劣等感をバネにすることにかけてはプロです。「まだ足りない」と感じたから、毎日練習してきたのです。新しい職場で感じる劣等感は、競技を始めたばかりの頃と同じ「伸びしろ」の感覚だと捉え直すことができます。違うのは、比べる相手を「過去の自分」や「先を行く同僚」にしないことです。比べるのは、これから目指したい自分です。
競技人生の意味は、これからのあなたが決められる
アドラーは、著書『人生の意味の心理学』で、人生に最初から決まった意味があるのではなく、意味は一人ひとりが自分で与えるものだという趣旨を述べています。同じ出来事でも、どう意味づけるかで、その後の生き方は変わります。
「けがで終わった中途半端な競技人生」と意味づけることもできます。「けがをしたからこそ、体と心の声を聞く大切さを知った競技人生」と意味づけることもできます。どちらが正しいということはありません。ただ、競技人生にどんな意味を与えるかは、引退した後のあなたが選べるのです。そしてその意味づけは、一度で決める必要はなく、何度でも書き直していけます。
中島輝より一言
私は中学時代、バスケットボール部にいました。試合に勝って仲間が抱き合って喜んでいるときも、私だけは無表情でした。うれしくなかったのではありません。幼い頃に感情を出すのをやめてしまった私は、喜びをどう感じ、どう表せばいいのかがわからなかったのです。だから、競技の場で感情を脇に置いてきた方の気持ちが、私には少しわかります。感情は、気づいた日から、何歳からでも取り戻していけます。
根を張り直す|自尊心≒自己存在感と感情の言語化ワーク
自己肯定感の「6つの感」は、木にたとえることができます。根にあたる自尊心≒自己存在感、幹にあたる自己受容感、枝にあたる自己効力感、葉にあたる自己信頼感、花にあたる自己決定感、実にあたる自己有用感です。
アスリートの引退で最も揺らぎやすいのが、木の根、「自分はここにいていい」「自分には存在する価値がある」と感じられる自尊心≒自己存在感です。現役時代、その根は「勝てる自分」「チームに必要とされる自分」という土に張っていました。競技がなくなると、根を張っていた土そのものがなくなってしまう。だから、「自分が何者かわからない」という感覚が生まれるのです。
必要なのは、結果や肩書きとは関係のない場所に、もう一度根を張ることです。そのための小さなワークを紹介します。
心の体温チェック
朝起きたとき、通勤の電車で、昼休みに。「いまの心の体温は、冷たい・ぬるい・温かい・熱いのどれ?」と自分に聞きます。現役時代にコンディションを毎日チェックしていたように、心のコンディションを確かめる習慣です。答えを変えようとしなくて大丈夫です。
3段階温度計で「引退の気持ち」を測る
「寂しさ」「悔しさ」「ほっとした気持ち」「不安」の4つについて、それぞれ弱・中・強の3段階で今日の強さをメモします。引退の気持ちは一つではなく、いくつもの感情が混ざっています。混ざったまま測ってみると、「悔しさは減ってきたけど、寂しさはまだ強い」といった変化が見えてきます。
感情が動いた瞬間日記
一日の終わりに、「①何があった ②体はどうなった ③気持ちに名前をつけると」を1行ずつ書きます。「会議で意見を言えた→肩の力が抜けた→少しうれしい」。練習日誌をつけてきた人には、なじみやすい方法です。記録の対象を「体のデータ」から「心のデータ」に広げるだけです。
「競技がくれたもの」を言葉にする
紙に「競技がくれた力」「競技がくれた人」「競技がくれた感情」の3つの欄をつくり、思いつくままに書きます。粘り強さ、時間の管理、仲間を信じる力、悔しさを次に生かす力。結果や記録ではなく、あなたの中に残っているものを書き出すことが、根を張り直す土になります。
未来日記
3年後の自分の、ある平日の一日を日記の形で書きます。「〜したい」ではなく「〜している」と現在形で書くのがコツです。現役時代は目標が外から与えられていました。今度は、自分で思い描いた未来から逆算する練習です。うまく想像できなくても、書こうとしたこと自体が一歩です。
記録が消えても、あなたは消えない。
結果とは関係のない場所に、
もう一度、根を張っていけばいい。
支援者・家族・職場の人へ|元選手の気持ちを聞くときに
ここからは、元選手を支える立場の方に向けてお伝えします。競技団体やチームのキャリア支援担当、元選手を受け入れる企業の上司や人事、そして家族やパートナーの方です。
元選手の多くは、つらさを言葉にするのが得意ではありません。それは、弱音を吐かないことを長く求められてきたからです。「何かあったら言ってね」と待つだけでは、言葉はなかなか出てきません。聞き方を少し工夫してみてください。
「どう思う?」より「何がいちばん変わった?」
感情を直接聞かれると、多くの元選手は「特にないです」と答えます。「引退して、何がいちばん変わった?」「現役時代でいちばん好きだった時間は?」と具体的な出来事から聞くと、その奥にある感情に自然とたどりつけます。
「切り替えて」と言わない
「もう過去のことだから」「前を向いて」は、本人がいちばん自分に言い聞かせている言葉です。「寂しいよね」「悔しかったよね」と、こちらが感じたことを言葉にして差し出すほうが、本人は自分の気持ちに気づきやすくなります。
「さすが体育会系」というレッテルを貼らない
元選手だから体力がある、根性がある、上下関係に強い。こうした期待は、本人にとっては「弱音を吐けない理由」になります。競技歴ではなく、目の前のその人の得意と不得意を、一緒に確かめる関わりが大切です。
「ありがとう」で貢献を伝える
アドラー心理学では、ほめたり叱ったりする縦の関係ではなく、対等な横の関係から「ありがとう」「助かった」と伝える勇気づけを大切にします。結果が出る前でも、「その準備のおかげで助かった」と伝えることが、職場での新しい根になります。
また、元選手が心身の不調を抱えている場合もあります。眠れない、食べられない、お酒の量が増えた、何をしても楽しくない状態が2週間以上続くときは、心療内科などの医療機関や、競技団体・企業の相談窓口につないでください。アスリートの心の不調は、本人も周りも「気合いで乗り越えるもの」と考えがちですが、専門家の力を借りることは弱さではありません。子どものスポーツ指導の現場で感情をどう扱うかについては、子どものスポーツ指導と感情の言語化で扱っています。
よくあるご質問
あなたという人は終わらない。
記録の外側に、もう一度根を張っていこう。
名前をつけた分だけ、次の一歩の力になる。
自分を大切にしよう
アスリートの引退は、新しい人生のスタートであると同時に、競技とともに生きてきた自分を失う喪失体験です。ブリューワーらがアスリート・アイデンティティと名づけた「自分はアスリートだ」という感覚が強いほど、引退後の心の揺れも大きくなります。けれど周りからは「お疲れさま」「まだ若いんだから」と言われ、悲しみや悔しさは口にしにくい。現役時代に身につけた「感情を抑える力」も重なって、引退後の気持ちは迷子になりやすいのです。
新しい職場で感じる「何もできない」という劣等感は、アドラー心理学の視点から見れば、比べる相手を変えることで成長のバネになります。過去の自分や先を行く同僚ではなく、これから目指す自分と比べる。そして、競技人生にどんな意味を与えるかは、引退した後のあなたが選べます。心の体温チェック、3段階温度計、感情が動いた瞬間日記、「競技がくれたもの」の書き出し、未来日記。小さなワークを重ねるごとに、結果や肩書きとは関係のない場所に、自尊心≒自己存在感という根が張り直されていきます。
支える立場の方は、「切り替えて」と急がせるより、「寂しいよね」と気持ちを言葉にして差し出してください。競技に人生をかけたあなたの日々は、記録が消えても、あなたの中に残り続けます。自分を大切にしよう。ユニフォームを脱いだあなたにも、感じる心と、これから育つ根が、ちゃんとあります。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- Brewer, B.W., Van Raalte, J.L., & Linder, D.E. (1993). Athletic identity: Hercules’ muscles or Achilles heel? International Journal of Sport Psychology, 24, 237-254.
- Taylor, J., & Ogilvie, B.C. (1994). A conceptual model of adaptation to retirement among athletes. Journal of Applied Sport Psychology, 6(1), 1-20.
- Reardon, C.L. et al. (2019). Mental health in elite athletes: International Olympic Committee consensus statement (2019). British Journal of Sports Medicine, 53, 667-699.
- Gross, J.J., & John, O.P. (2003). Individual differences in two emotion regulation processes. Journal of Personality and Social Psychology, 85(2), 348-362.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
- Doka, K.J. (Ed.) (1989). Disenfranchised Grief: Recognizing Hidden Sorrow. Lexington Books.
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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