もう一度学ぶ教室で言葉を取り戻す|定時制・夜間中学と感情の言語化

もう一度学ぶ教室で言葉を取り戻す|定時制・夜間中学と感情の言語化

もう一度学ぶ教室で言葉を取り戻す
定時制・夜間中学と感情の言語化

午後5時半。仕事を終えた人、制服姿の10代、孫のいる年齢の人、日本に来て数年の人が、同じ教室の席に着く。黒板に書かれた漢字を、ノートに一画ずつ写す手が少しふるえている。定時制高校や夜間中学は、勉強をやり直す場所であると同時に、長いあいだ言葉にできなかった気持ちを取り戻す場所でもあります。「この年で恥ずかしい」と「ここに来てよかった」。その両方を抱えて通う生徒たちと、その思いを受けとめる教員の皆さんに向けて、もう一度学ぶ教室で起きている心の変化をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

もう一度学ぶ教室に、言葉にならない気持ちがある

よくある相談の典型例
「字が書けないことを、
何十年も誰にも言えませんでした」
場面夜間中学に通いはじめた70代の女性。家の事情で子どものころ学校に十分通えず、役所の書類は家族に代わりに書いてもらってきた。入学式の日、名前を呼ばれて返事をしたとたん、自分でも驚くほど涙が出た。「うれしいのか、悲しいのか、自分でもわからなかった」と話す。
何十年もしまい込んできた気持ちは、ある日、一度にあふれ出すことがあります。悔しさ、恥ずかしさ、うれしさ、安堵が混ざり合っていて、一つの言葉では言い表せない。「わからない」は、気持ちがないのではなく、気持ちがたくさんありすぎる状態です。

自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を、心理学ではアレキシサイミア(失感情症)と呼びます(くわしくはアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒント)。感情がないのではなく、感情はあるのに言葉に届きにくい状態で、一般の人の約1割に強い傾向が見られるとされます。

定時制高校や夜間中学で学ぶ人の中には、学ぶ機会を失った経緯の中で、気持ちを言葉にする機会もあわせて失ってきた人が少なくありません。家の事情で働かなければならなかった。いじめや不登校で教室を離れた。病気や障害があった。母国の戦争や貧困で学校に通えなかった。日本語がわからないまま教室に座っていた。「つらい」「悔しい」と言っても、状況は変わらない。そんな経験が重なると、人は感じたことを口に出す前にしまい込むようになります。

中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。もう一度学ぶ教室は、文字や数式と一緒に、迷子になっていた気持ちが帰ってくる場所にもなれるのです。

学び直しの教室で取り戻すのは、
文字や数式だけではない。
しまい込んできた気持ちの言葉も、戻ってくる。

数字と制度で見る、定時制・夜間中学

「定時制」「夜間中学」と聞いて、昔のイメージを思い浮かべる方も多いかもしれません。けれども、この十年ほどで、制度も、通う人の顔ぶれも大きく変わってきました。

約3分の2
夜間中学で学ぶ生徒のうち、日本国籍をもたない生徒の割合
出典:文部科学省「夜間中学等に関する実態調査」(2022年度)公的調査
年・数字制度・できごと意味
2015年文部科学省の通知で、不登校などで十分に学べないまま中学校を卒業した人(いわゆる形式卒業者)も、夜間中学に入学できる考え方が示された「卒業証書はあるけれど、学べなかった」人にも学び直しの扉が開かれた
2016年教育機会確保法が成立。すべての都道府県・指定都市に少なくとも1校の夜間中学の設置を国がめざす方針につながった夜間中学が「残されたもの」から「増やすもの」へ
50校超全国の公立夜間中学の数。この数年で新設が相次いでいる住んでいる地域で学べる人が増えている
1977年心理学者バンデューラ(Bandura)が「自己効力感」の理論を発表「自分はできる」という感覚は、経験の積み重ねで育てられる

定時制高校も、かつての「昼間に働く若者が夜に学ぶ学校」から、不登校を経験した生徒、高校を中退して学び直す生徒、外国ルーツの生徒、社会人など、多様な人が通う学校へと姿を変えています。昼間部・夜間部を設けるなど、通い方を選べる学校も増えています。

山田洋次監督の映画『学校』(1993年)が夜間中学を舞台に描いたように、この教室にはさまざまな人生が集まります。人生がさまざまであるぶん、抱えている感情もさまざまです。だからこそ、気持ちを言葉にする関わりが、学びそのものを支える土台になります。

学び直しの「恥」と「誇り」|両方あっていい

もう一度学ぶ人が抱える気持ちの中で、とくに強いのが「恥」です。「この年で、こんなこともわからない」「子どもと同じ問題を解いている」「知り合いに見られたらどうしよう」。そして、恥と同じくらい強いのが「誇り」です。「仕事のあとに、毎日通っている」「初めて自分の名前を漢字で書けた」「孫に手紙を書けた」。

この二つの気持ちは、矛盾しているように見えて、同じ人の中に同時に存在します。恥ずかしいけれど、誇らしい。誇らしいけれど、やっぱり恥ずかしい。その揺れの中で、多くの生徒が通いつづけています。

学び直しの心にある「恥」と「誇り」のシーソー どちらかを消すのではなく、両方に名前をつけると心が安定する 恥 「この年で…」 誇り 「毎日通えている」 「恥ずかしい。でも、誇らしい」と両方を言葉にできたとき 恥は学びをやめる理由ではなく、ここまで来た道のりの証になる
▲ 学び直しの心は、恥と誇りのあいだで揺れるシーソーのようなもの。恥を感じないように無理をするより、「恥ずかしいけれど誇らしい」と両方に名前をつけるほうが、通いつづける力になります。

恥の正体を言葉にする

恥は、ほかの感情と違って、人に見られることへの痛みをともないます。だからこそ、口に出しにくく、一人で抱え込みやすい感情です。けれども、恥の中身をよく見ると、いくつかの気持ちが重なっていることに気づきます。

  • 「学べなかった過去」への悔しさ
  • 「わからない」と言うことへのこわさ
  • 周りと比べてしまうさみしさ
  • 家族や職場に知られることへの不安
  • それでも「学びたい」と思っている自分への驚き

大人のリスキリングについては学び直しが続かない本当の理由|大人のリスキリングと感情の言語化で扱っていますが、定時制や夜間中学では、「学ぶ機会そのものを奪われた」経験からくる恥が重なっていることが多いのが特徴です。その恥は、本人の責任ではありません。教員や周りの人がそのことをはっきり伝えるだけで、恥は少しずつ軽くなっていきます。

中島輝より一言

カウンセリングでも、「こんなことを相談するのは恥ずかしいのですが」と前置きしてから話しはじめる方が多くいらっしゃいます。私はそのたびに、「恥ずかしいと感じながらも話しに来てくださったこと、それ自体が勇気です」とお伝えしています。恥を感じながら教室のドアを開ける生徒さんたちも、毎晩その勇気を使っているのだと思います。

多様な年齢・背景の生徒が同じ教室にいること

定時制高校や夜間中学の教室には、10代と70代が隣り合わせに座ることも珍しくありません。不登校を経験した若い生徒と、働きながら子育てを終えた世代。日本で生まれ育った人と、来日して数年の人。この多様さは、教室の大きな力であると同時に、感情のすれ違いが起きやすい環境でもあります。

生徒の背景抱えやすい気持ち言葉にならないときの表れ方
不登校・中退を経験した10代また失敗したらどうしようという不安、大人への警戒無表情、遅刻・欠席、「別に」
働きながら通う20〜50代疲れ、時間に追われる焦り、職場に知られる不安居眠り、課題の未提出、急な退学
学齢期に学べなかった高齢の生徒長年の恥と悔しさ、学べる喜び涙もろさ、遠慮、「迷惑をかけて」という口ぐせ
外国ルーツの生徒言葉が通じないもどかしさ、孤立感、母国への思い沈黙、笑ってごまかす、体調不良の訴え

表のように、言葉にならない気持ちは、遅刻や居眠り、沈黙といった「行動」として表に出ることがあります。それを「やる気がない」と受けとめると、生徒はますます気持ちをしまい込みます。行動の裏にある気持ちに目を向けることが、関わりの第一歩です。

世代を越えて、気持ちの言葉を交換する

多様な教室だからこそできることもあります。たとえば、授業の最後に「今日の授業で心が動いたこと」を一言ずつ話す時間をつくる。若い生徒が「漢字が意外とおもしろかった」と言い、高齢の生徒が「昔、読めなかった看板が読めた」と言う。お互いの言葉を聞くことで、年齢を越えた共感が生まれます。人の気持ちの言葉を聞くことは、自分の気持ちの言葉を増やすことでもあります。

外国ルーツの生徒と感情のことば|母語と日本語のあいだ

夜間中学では生徒の多くが日本国籍をもたない人であり、定時制高校でも外国ルーツの生徒が増えています。日本語を学びながら教科を学ぶ生徒にとって、気持ちを言葉にすることは、二重の難しさをともないます。

一つは、日本語の感情語をまだ知らないこと。もう一つは、母語なら言える気持ちが、日本語ではぴったりの言葉が見つからないことです。言語によって、感情を表す言葉の区切り方は違います。日本語の「せつない」「もったいない」「なつかしい」は、ほかの言語に一語で訳しにくい言葉としてよく知られています。逆に、生徒の母語にも、日本語にはない感情の言葉があります。

教室でできる工夫

工夫1
感情ことば帳を多言語でつくる

「うれしい」「かなしい」「こわい」「はずかしい」などの基本の感情語を、生徒の母語と日本語で並べた一覧を一緒につくります。母語の感情語を教室で紹介してもらうことは、その生徒の文化と経験を大切にするメッセージにもなります。

工夫2
顔のイラストや色で気持ちを示す

言葉が出てこないときのために、表情のイラストや、色のカードを用意します。「今日の気持ちは何色?」と聞く色彩感情カレンダーの考え方は、言語の壁を越えて使えます。

工夫3
体のサインを言葉にする

外国ルーツの生徒が「おなかが痛い」「頭が痛い」と訴えるとき、その裏に不安やさみしさがあることもあります。体調への配慮をしたうえで、「最近、心配なことはある?」と、体と気持ちの両方に目を向けた声かけを心がけます。体調不良が続く場合は、医療機関につなぎます。

外国にルーツをもつ家族の感情については、言葉の壁の向こうにある「気持ちの壁」|外国ルーツの子ども・家族と地域の感情の言語化も参考にしてください。大切なのは、日本語が上手になることと、気持ちを表現できることを、同じものとして扱わないことです。日本語がまだたどたどしくても、気持ちはその人の中に豊かにあります。

教員の関わり|「わかった?」より「どうだった?」

ここからは、定時制高校や夜間中学で教える先生方に向けてお話しします。

学び直しの教室では、「わかった?」という問いかけが、思った以上に重く響くことがあります。「わからない」と言うことは、これまで何度も傷ついてきた経験を思い出させるからです。多くの生徒は、わからなくても「はい」とうなずきます。

よく使われる声かけ気持ちに目を向けた声かけ
「わかった?」「どのへんが難しかった?」「どこまでならいけそう?」
「なんで休んだの?」「来てくれてよかった。体はどう?」
「宿題やってきた?」「やってみて、どうだった?」
「がんばってね」「今日も仕事のあとに来たんだね」
「すごいね」「名前を書けたとき、どんな気持ちだった?」

右側の声かけに共通しているのは、結果ではなく過程と気持ちに目を向けていることです。「どうだった?」と聞かれると、生徒は答えを当てるのではなく、自分の内側を振り返ることになります。最初は「別に」「普通」でもかまいません。聞かれつづけることで、気持ちの言葉は少しずつ育っていきます。

教員自身の気持ちも言葉に

学び直しの教室で教える先生方は、生徒一人ひとりの重い人生に向き合います。生徒の過去を聞いて心が揺れる、急に来なくなった生徒が気になって眠れない、成果が見えにくくて無力感を覚える。そうした気持ちを抱えながらも、「先生がしっかりしなければ」と自分の感情を後回しにしがちです。

人の感情に寄り添う仕事は、心理学で感情労働と呼ばれ、社会学者ホックシールド(Hochschild)が『管理される心』(1983年)で論じたように、見えないところで大きなエネルギーを使います。職員室での短い振り返り、同僚と「今日はしんどかった」と言い合える関係、スクールカウンセラーとの連携。先生方が自分の気持ちを言葉にできる場があることが、教室の安心にもつながります。

アドラー心理学で見る|共同体感覚と貢献感

オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、人が心の健康を保つうえで、共同体感覚がいちばん大切だと考えました。私も長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングをしてきましたが、もう一度学ぶ教室は、この考え方がとてもよく当てはまる場所だと感じています。

共同体感覚|「ここにいていい」と感じられる教室

共同体感覚とは、「自分はこの共同体の一員だ」「ここに自分の居場所がある」と感じられる感覚のことです。学ぶ機会を失った人の多くは、学校という共同体から外れた経験をもっています。教室に入ったとき、「ここは自分の来るところではない」と感じてしまう人もいます。

年齢も背景も違う人が「学びたい」という一つの思いで集まる定時制や夜間中学は、「違っていても、ここにいていい」という共同体感覚を取り戻す場になります。休んだ生徒に「待ってたよ」と声をかける。誕生日や卒業をみんなで祝う。そうした小さな関わりの積み重ねが、教室を居場所にしていきます。

貢献感|教わるだけでなく、誰かの役に立つ

アドラー心理学では、人は「自分は誰かの役に立っている」と感じられるとき、自分に価値があると思えると考えます。これを貢献感といいます。

学び直しの教室では、生徒は「教わる側」になりがちです。けれども、どの生徒にも、人生の中で身につけてきたものがあります。料理、手仕事、仕事の知恵、母国の言葉や文化、子育ての経験。高齢の生徒が若い生徒に昔の暮らしを話す、外国ルーツの生徒が母国の言葉を教える、若い生徒が高齢の生徒にスマホの使い方を教える。教え合う場面をつくることで、すべての生徒が貢献感を味わえます。

貢献感は、「すごいね」とほめられることで生まれるものではありません。「ありがとう」「助かった」と伝え合う横の関係の中で育ちます。教員が生徒に「教えてくれてありがとう」と伝えることも、その一つです。

教わるだけの人は、どこにもいない。
誰もが、誰かに教えられるものをもっている。
それに気づいたとき、教室は居場所になる。

6つの感の枝を伸ばす|自己効力感が育つ4つの源

自己肯定感は、一本の木にたとえることができます。根が自尊心≒自己存在感、幹が自己受容感、枝が自己効力感、葉が自己信頼感、花が自己決定感、実が自己有用感です。もう一度学ぶ教室で、とくに大きく伸びるのが、枝にあたる自己効力感です。

自己効力感とは、「自分はやればできる」と感じられる感覚のことです。学ぶ機会を失った人の多くは、「自分には無理だ」「勉強には向いていない」という思いを長く抱えてきました。枝が伸びないまま、何十年も過ごしてきた人もいます。

心理学者のバンデューラは、自己効力感が次の4つの源から育つと説明しました。学び直しの教室は、この4つがそろいやすい場所です。

自己効力感が育つ4つの源(Bandura, 1977)と学び直しの教室 自己効力感 「やればできる」 ① 達成体験 初めて名前を漢字で書けた 小テストで1問正解した ② 代理体験 同じ境遇のクラスメイトが できるようになる姿を見る ③ 言葉による励まし 「ここまで来たね」 「仕事のあとに毎日えらいね」 ④ 心と体の状態 緊張やこわさに名前をつけ 落ち着いて学べる状態をつくる
▲ バンデューラは、自己効力感が「達成体験」「代理体験」「言葉による励まし」「心と体の状態」の4つから育つと説明しました。④は、緊張や恥を言葉にして落ち着くことで、学ぶ力が発揮しやすくなることを示しています。感情の言語化は、この④を支えます。

4つ目の源である「心と体の状態」は、感情の言語化と深くつながっています。テストの前に胸がどきどきするとき、それを「自分はだめだ」のサインと受けとるか、「緊張している。それだけ真剣なんだ」と名前をつけるかで、その後の力の出し方が変わります。感情に名前をつけると脳の扁桃体の反応が落ち着くという研究(Lieberman et al., 2007)もあります。

「できた」を言葉にして、枝を伸ばす

自己効力感を育てるために、授業の最後に「今日できたこと」を一つ書く時間をつくってみてください。「分数の足し算ができた」「隣の人に質問できた」「最後まで座っていられた」。できたことを、自分の言葉で書くことで、達成体験が心に刻まれます。そこに「そのときの気持ち」を一言添えると、さらに効果的です。「うれしかった」「ほっとした」「ちょっと自信がついた」。

自己効力感の枝が伸びると、葉の自己信頼感、花の自己決定感、実の自己有用感へと、木全体が育っていきます。「次は高校に進みたい」「資格をとりたい」「孫に手紙を書きたい」。もう一度学ぶ教室で育った「やればできる」という感覚は、教室の外の人生にも枝を伸ばしていきます。高校をやめたあとの道としての定時制については、高校をやめた日、何も感じなかった君へ|中退と感情の言語化でも紹介しています。

よくあるご質問

夜間中学には、どんな人が入学できますか?
主に、義務教育を十分に受けられなかった人、中学校を卒業していても不登校などで十分に学べなかった人、日本や母国で中学校を卒業していない外国籍の人などが対象です。年齢の上限はない学校が多いですが、条件は自治体や学校によって異なるので、お住まいの地域の教育委員会や学校に問い合わせてください。
年をとってから学び直すのは、恥ずかしいことではありませんか?
恥ずかしいと感じるのは自然なことですが、学ぶ機会を失ったのはあなたの責任ではありません。恥ずかしさを感じながらも教室に通うことは、大きな勇気です。同じ思いを抱えて通っている人が、教室にはたくさんいます。
授業中に気持ちが高ぶって、涙が出てしまいます。
長いあいだしまい込んできた気持ちが動き出しているサインであることが多く、恥ずかしいことではありません。つらいときは、教員に「少し休みたい」と伝えて大丈夫です。気持ちの揺れが長く続いたり、眠れない日が続いたりする場合は、スクールカウンセラーや医療機関に相談してください。
外国ルーツの生徒が、困っていても「大丈夫」としか言いません。
日本語で気持ちを言う難しさに加えて、「迷惑をかけたくない」という遠慮が重なっていることがあります。表情のイラストや色のカードなど、言葉以外で気持ちを示せる方法を用意し、「言わなくても、指でさすだけでいいよ」と伝えてみてください。必要に応じて、通訳や地域の国際交流協会などとも連携しましょう。
教員として、生徒の重い話を聞くと気持ちが沈んでしまいます。
それは、あなたが生徒に真剣に向き合っている証です。一人で抱え込まず、同僚や管理職、スクールカウンセラーと共有してください。「今日は聞いていてつらかった」と言葉にするだけでも、心の負担は軽くなります。教員自身が自分の気持ちを大切にすることが、生徒を支えつづける力になります。
もう一度学ぶ教室は、
しまい込んできた気持ちが帰ってくる場所。
恥も誇りも、どちらも大切な言葉。
今日の授業の最後に、
「どうだった?」と聞いてみませんか。

自分を大切にしよう

定時制高校や夜間中学には、10代から高齢の方まで、働きながら学ぶ人、不登校や中退を経験した人、学齢期に学べなかった人、外国ルーツの人など、さまざまな人生をもつ生徒が集まっています。2015年の文部科学省の通知や2016年の教育機会確保法によって、学び直しの扉は広がりつつあります。その教室で取り戻されるのは、文字や数式だけではありません。長いあいだ言葉にできなかった気持ちも、少しずつ戻ってきます。

学び直しの心には、恥と誇りが同時にあります。どちらかを消すのではなく、両方に名前をつけることが通いつづける力になります。母語と日本語のあいだで迷う生徒には、多言語の感情ことば帳や色のカードが助けになります。教員の「わかった?」を「どうだった?」に変えるだけで、生徒は自分の内側に目を向けはじめます。アドラー心理学の共同体感覚と貢献感は、「違っていても、ここにいていい」「誰もが誰かの役に立てる」という教室の土台を教えてくれます。そして、できたことと気持ちを言葉にするたびに、6つの感の枝である自己効力感が伸びていきます。

学ぶ人も、教える人も、毎日の教室で多くの気持ちを抱えています。「今日は疲れた」「でも来てよかった」。その一言を、どうか自分にかけてあげてください。自分を大切にしよう。何歳からでも、どんな背景があっても、人は学び、気持ちの言葉を育て直すことができます。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • 文部科学省「夜間中学等に関する実態調査」(2022年度)
  • 文部科学省「義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の取扱いについて(通知)」(2015年)
  • 義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法、2016年)
  • Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191-215.
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5).
  • A.R.ホックシールド『管理される心―感情が商品になるとき』(石川准・室伏亜希訳、世界思想社)
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』(岸見一郎訳、アルテ)
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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