「待たせすぎ」と言われ続ける薬剤師へ|調剤の現場と感情の言語化

『待たせすぎ』と言われ続ける薬剤師へ|調剤の現場と感情の言語化

『待たせすぎ』と言われ続ける薬剤師へ
調剤の現場と感情の言語化

夕方の薬局。待合のいすは埋まり、カウンター越しに「まだ? 薬を出すだけでしょ」と声が飛ぶ。手元では、似た名前の薬と規格を指で確かめ、処方の用量に引っかかりを覚えて、医療機関に電話をかけるかどうか迷っている。患者さんからは「遅い」と言われ、医師からは「問題ないから出して」と言われ、ミスだけは絶対に許されない。そんな毎日のなかで、多くの薬剤師が「何も感じないようにする」ことで手を動かし続けています。凍らせた気持ちに名前をつけ、背負わなくていいものを下ろす方法を、感情の言語化とアドラー心理学の視点からお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

結論:「待たせすぎ」の言葉が刺さるのは、あなたが安全を守っているから

最初に結論をお伝えします。「待たせすぎ」と言われてつらいのは、あなたの仕事が遅いからでも、気持ちが弱いからでもありません。患者さんに見えていない確認作業を、一つも省かずに続けているからです。見えない仕事で守っているものを、見える時間だけで評価される。そのずれが、薬剤師の心をすり減らしていきます。

この記事のポイントは3つです。

  • ミスの許されない緊張は、感情を「後回し」にさせる。調剤中は感情を脇に置くのが正しい。けれども、仕事が終わっても脇に置いたままにしておくと、気持ちは迷子になる。
  • 患者さんの怒りには「目的」がある。アドラー心理学の目的論で見ると、「待たせすぎ」の多くは、体のつらさや不安を伝えようとする言葉でもある。
  • 課題の分離で、背負う範囲をはっきりさせる。患者さんの機嫌や医師の判断はあなたの課題ではない。あなたの課題は、確かめて、伝えること。

背景にあるのは、心理学でアレキシサイミア(失感情症)と呼ばれる状態です。感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことで、病名ではなく、一般の人の約10〜16%に強い傾向が見られる特性の濃淡です。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、こうした状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。「迷子」という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。基本についてはアレキシサイミア(失感情症)とはをご覧ください。

もともと感情を言葉にするのが苦手でなかった人でも、「正確であること」「表情を変えずに対応すること」を毎日求められる環境に長くいると、感じる回路を絞って自分を守るようになります。強いストレスから心を守るための一時的な反応は、専門的には「2次性アレキシサイミア」と呼ばれます。気持ちが動かなくなったのは、あなたが冷たくなったからではなく、心があなたを守ってきた結果です。

数字と研究で見る調剤の現場の心理

薬剤師のしんどさは、個人の性格の問題ではなく、仕事の構造と人の心のしくみから説明できます。押さえておきたい知見を整理します。

知見内容出典
30万人超全国で届け出ている薬剤師の数。その多くが薬局・病院・ドラッグストアで、患者さんと直接向き合っている厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」
疑義照会の義務処方せんに疑わしい点があるときは、処方した医師に問い合わせ、確かめたあとでなければ調剤してはならない薬剤師法 第24条
バーンアウトの3つの側面情緒的消耗感、脱人格化(相手を「人」ではなく「件数」として扱う)、個人的達成感の低下Maslach & Jackson(1981)
感情労働仕事のために自分の感情を管理し、ふさわしい表情や態度をつくることA.R.ホックシールド『管理される心』(1983)
感情のラベリング感情に名前をつけると、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がるLieberman et al.(2007)

注目したいのは、薬剤師法第24条です。疑わしい点を確かめることは、薬剤師の「こだわり」ではなく法律上の義務です。つまり、疑義照会で待ち時間が延びるのは、仕事が遅いからではなく、仕事をしているからです。ところが待合にいる患者さんには、その電話の中身は見えません。

心理学者クリスティーナ・マスラックらは、人を相手にする仕事の燃え尽き(バーンアウト)を3つの側面で整理しました。なかでも注意したいのが「脱人格化」です。忙しさが限界を超えると、目の前の患者さんを「次の処方せん」としか感じられなくなる。これは冷たさではなく、感じ続けると壊れてしまう心が、感じる量を減らしている状態です。アレキシサイミアの2次性の反応ととてもよく似ています。

待ち時間が延びるのは、
あなたが手を抜かずに確かめているから。
その「見えない仕事」が、患者さんの命を守っている。

ミスが許されない緊張が、感情を凍らせる

よくある相談の典型例
「調剤中は何も感じないようにしています。
でも最近、家でも何も感じないんです」
場面30代・門前薬局の薬剤師。近くの総合病院の診療が終わる時間になると、処方せんが一度に何十枚も届く。一包化、粉砕、規格違いの確認。ピークを越えたころには肩が石のように固い。休日、家族に「楽しくないの?」と聞かれ、自分でもよくわからないことに気づいた。
これは、ご本人が仕事に慣れて図太くなったのではありません。調剤中に感情を脇に置く技術が身につきすぎて、仕事が終わってもスイッチが戻らなくなっている状態です。体の固さは、言葉にならなかった緊張が体にたまっているサインでもあります。

調剤の仕事には、感情を凍らせやすい条件がそろっています。

条件1|「正しくて当たり前」の評価

100枚の処方せんを正しく調剤しても、誰もほめてはくれません。けれども1枚の取り違えは、患者さんの体に関わる大きな問題になります。正確さはゼロ点から始まり、減点しかない。この仕組みの中では、「よくできた」という喜びを感じる機会がほとんどありません。

条件2|感情が「集中の邪魔」になる

いら立ったまま計数調剤をすると、数え間違いが起きやすくなる。だから薬剤師は、腹が立っても、悲しくても、それを一度横に置いて手元に集中します。これはプロとして正しい技術です。問題は、横に置いた感情を、あとで取りに戻る時間がないことです。ピークが終わればすぐに在庫の発注、薬歴の記載、翌日の準備。置き去りの感情は積もっていきます。

条件3|「ヒヤリ」の記憶を一人で抱える

監査で取り違えに気づいて事なきを得た。それでも、その夜は眠れない。「もし気づかなかったら」という想像が頭から離れない。ヒヤリ・ハットの恐怖は、報告書には書けても、気持ちとして誰かに話す機会がないことが多いのです。

こうした条件が重なると、感情は「ないこと」にされ、かわりに体に出てきます。肩や首まわりのこわばり、休日の頭痛、食欲のむら。アレキシサイミアの研究では、言葉にならなかった感情は、体の不調や行動として出てきやすいことが知られています。

中島輝より一言

医療の現場で働く方のカウンセリングをしていると、「ミスをしないこと」と「感じないこと」が、いつの間にか同じ意味になっている方によく出会います。でも本当は逆です。自分がいま焦っている、疲れていると気づける人のほうが、ミスの手前で立ち止まれる。感情に気づくことは、安全を守る力の一部なのです。

「まだですか」の奥にある患者さんの気持ち|アドラーの目的論

オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、人の感情や行動を「原因」ではなく「目的」から見ることを提案しました。これを目的論といいます。怒りは、何かに押されて出てくるだけのものではなく、相手を動かしたり、自分の困りごとを伝えたりするために使われる、と考えるのです。中島輝もアドラー心理学をベースにカウンセリングを続けてきました。

この見方で、待合から飛んでくる言葉を見直してみます。

患者さんの言葉その怒りが果たそうとしている目的(の例)
「薬を出すだけでしょ」熱やだるさで座っているのがつらい。早く横になりたいことを伝えたい
「前はこんなに待たなかった」仕事を抜けてきた焦り。自分の事情をわかってほしい
「なんでまた病院に電話するの」自分の処方に問題があるのかという不安を、怒りで覆っている
「説明はいいから早くして」病気の話を人前でしたくない恥ずかしさ。会話を短くしたい
(子どもを抱いた親の)ため息子どもがぐずる中で、周りの目が気になっている緊張

目的論で見ると、「待たせすぎ」の多くは、あなたへの評価ではなく、患者さん自身のつらさや不安の表れだとわかります。だからといって、理不尽な言葉をすべて受けとめる必要はありません。ただ、「この人は私を責めている」とだけ受けとると、心はますます固くなります。「この人は、具合が悪くてつらいんだな」と言葉にできると、同じ言葉でも刺さり方が変わります。

暴言や威圧が続く場合は、個人で耐えるものではなく、店舗や組織として対応する問題です。カスタマーハラスメントへの考え方は、理不尽な言葉を飲み込み続けるあなたへ|カスタマーハラスメントと感情の言語化でくわしく扱っています。

待ち時間の「見えない工程」を言葉にする

患者さんの不満の多くは、「何に時間がかかっているかわからない」ことから生まれます。工程が見えない待ち時間は、実際より長く感じられるからです。

待合から見える時間と、カウンターの内側の工程 患者さんには「座って待つ時間」しか見えていない 待合から見えること:処方せんを出した → 名前を呼ばれるまで待つ 「薬を袋に入れるだけなのに、なぜこんなにかかるの?」 受付・入力 保険・処方の確認 処方の確認 用量・飲み合わせ 疑義照会 必要なら医師へ電話 調剤・監査 取りそろえ・再確認 服薬指導 説明・聞き取り 一言で工程を伝えると、待つ人の不安が小さくなる 「いま、お薬の量を先生に確認しています。あと10分ほどお待ちください」
▲ 待合から見えるのは「待つ時間」だけです。カウンターの内側では、入力、処方の確認、必要に応じた疑義照会、調剤と監査、服薬指導という工程が進んでいます。工程を一言で伝えることは、患者さんの不安をやわらげ、薬剤師自身の心も守ります。

「お待たせしてすみません」だけをくり返すと、謝る側の心は削られていきます。「いま、〇〇を確認しています」と工程を伝える言葉は、謝罪ではなく説明です。説明できる言葉を持つと、「遅い私が悪い」という感じ方から、「安全のために確かめている」という感じ方に、少しずつ戻っていけます。

医師との板挟み|疑義照会の電話の前後に起きていること

薬剤師の板挟みは、カウンターの外だけではありません。処方した医師と、目の前の患者さんの間にも立っています。疑義照会の電話一本の前後には、言葉にされない感情がいくつも動いています。

タイミング表に出る言葉・行動その下にあるかもしれない感情
電話をかける前処方せんを何度も見直す「こんなことで電話していいのか」という遠慮、迷い、緊張
電話がつながらない「折り返しをお待ちしています」焦り、待合の患者さんへの申し訳なさ
強い口調で返された「承知しました、失礼しました」恥ずかしさ、悔しさ、自分の判断への自信のゆらぎ
変更になった「ありがとうございます」ほっとした安堵、でも誰にも言えない「確かめてよかった」という誇り
患者さんに説明する「先生に確認がとれました」待たせた後ろめたさ、説明の言葉選びへの気づかい

とくに見落とされやすいのが、「確かめてよかった」という誇りです。疑義照会で処方が変わったとき、それは薬剤師が患者さんを守った瞬間です。けれども多くの場合、その誇りを誰かと分かち合う時間はなく、次の処方せんに手が伸びていきます。怒りや悔しさだけでなく、誇りや安堵もまた、言葉にされないまま流れていくのです。

病院の薬剤部で働く方の場合は、病棟での医師・看護師とのやりとり、カンファレンスでの発言のしにくさも加わります。チーム医療の中で「薬の専門家として言うべきこと」と「場の空気」の間で揺れる気持ちも、同じように言葉にしてよい感情です。

疑義照会の電話は、遠慮と緊張と誇りの三重奏。
誇りの部分こそ、
自分で言葉にしてあげてほしい。

課題の分離で「背負わなくていいもの」を下ろす

アドラー心理学には、課題の分離という考え方があります。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られた整理で、「それは誰の課題か」を見分け、他人の課題には踏み込まず、自分の課題は引き受ける、というものです。その選択の結末を最終的に引き受けるのは誰か、で考えます。

真面目な薬剤師ほど、すべてを自分の課題として背負いがちです。患者さんの機嫌も、医師の機嫌も、待ち時間も、自分がなんとかしなければと思ってしまう。けれども整理してみると、背負う範囲はもっと小さくてよいことがわかります。

調剤の現場の「課題の分離」 自分の課題に集中し、相手の課題は相手に返す 薬剤師の課題 処方を確かめる 疑わしい点を照会する 正確に調剤する わかる言葉で伝える 工程を説明する 相手の課題 患者さんの機嫌 薬を飲むかどうか 医師の処方の判断 医師の口調・態度 待合の空気 共同の 課題 安全な治療 重なりの部分は、相談して一緒に取り組む。重ならない部分は、手放してよい
▲ 薬剤師の課題は「確かめて、正確に調剤し、わかる言葉で伝えること」です。患者さんの機嫌や、医師の処方の判断と態度は、相手の課題です。「安全な治療」という重なりの部分は、患者さん・医師と一緒に取り組む共同の課題になります。

たとえば、ていねいに説明しても患者さんが不機嫌なまま帰っていく。そのとき「私の説明が悪かった」と一晩中反省する必要はありません。わかりやすく伝える努力はあなたの課題ですが、それをどう受けとるかは患者さんの課題です。疑義照会で医師に強い口調で返されたときも、照会したことはあなたの課題を果たした結果であり、その口調は医師の課題です。

課題の分離は、冷たく突き放すための考え方ではありません。自分の課題に全力を注ぐために、他人の課題から手を離すための考え方です。背負う荷物が軽くなると、感情に気づく余白が生まれます。

服薬指導で患者さんの気持ちを聞く|薬の説明の前の30秒

薬剤師は、患者さんの「気持ち」を聞ける数少ない医療者でもあります。診察室では言えなかったことが、薬局のカウンターでぽつりと出てくることは珍しくありません。ここでは、患者さんの感情に気づき、言葉にする手伝いをする服薬指導のコツを紹介します。

患者さんの中にも、感情を言葉にしにくい感情迷子さんがいます。「別に」「大丈夫です」としか言わない方、副作用を聞いても「特にない」と答えるのに、表情は浮かない方。体のつらさが、言葉の代わりに表情や態度に出ていることがあります。

コツ1|10秒
薬の話の前に、体の話を一つ聞く

「お変わりないですか?」は「はい」で終わりやすい質問です。かわりに「この1週間、夜は眠れていますか?」「食事はとれていますか?」と、具体的な体の様子を一つだけ聞きます。体の話は、感情の話への入り口になります。

コツ2|10秒
選べる言葉を差し出す

「飲み始めてどうですか?」と聞いて答えが出ないときは、「少し不安な感じですか、それとも面倒な感じですか?」のように、選択肢を出します。自分の気持ちを言葉にしにくい人も、選ぶことならできることが多いのです。

コツ3|10秒
気持ちを映し返す

「毎日こんなに飲むのはうんざりする」と言われたら、正しい飲み方を説明する前に「毎日だと、うんざりしますよね」と一度映し返します。気持ちを受けとめてもらえた人は、そのあとの説明を聞く余裕が生まれます。

大切なのは、薬剤師が患者さんのカウンセラーになることではありません。聞いた気持ちのうち、治療に関わることは処方医に伝える、生活の困りごとは地域の相談先を紹介する。感情を言葉にしてもらい、それを適切な人につなぐことも、薬剤師にしかできない貢献です。医学的な判断は医師と連携して行います。

ドラッグストアでは、処方せんのない相談も多く寄せられます。「眠れないので市販薬を」という相談の奥に、仕事や家族の悩みがあることも少なくありません。「最近、何か気になることがありましたか?」の一言が、受診や相談につながるきっかけになることがあります。

調剤の現場でできる感情の言語化ワーク

忙しい薬局や病院で、長いワークはできません。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』で紹介しているワークを、調剤の現場向けに作り直しました。どれも1分以内でできます。

ワーク1|3秒
手洗いのたびに「心の体温チェック」

調剤の前後には必ず手を洗います。そのたびに、「いまの心は、冷たい・ぬるい・熱い、のどれ?」と自分に聞きます。名前をつけなくてもかまいません。温度を感じるだけで、感情の存在に気づく練習になります。

ワーク2|1分
ピーク明けの「3段階温度計」

処方せんの波がひと段落したら、焦り・いら立ち・疲れの3つについて、それぞれ「1(少し)・2(けっこう)・3(かなり)」で点数をつけます。3が並んだ日は、意識して休憩をとるサインです。数字にすると、感情が「扱えるもの」に変わります。

ワーク3|30秒
疑義照会のあとの「感情ことば帳」

照会の電話を切ったら、手帳の隅に一語だけ書きます。「どきどき」「むっ」「ほっ」「よしっ」。オノマトペでかまいません。とくに処方が変わったときの「よしっ」は、自分が患者さんを守った記録になります。

ワーク4|2分
帰り道の「感情だけ日記」

電車やバスの中で、今日あった出来事を書くのではなく、感情だけを3つスマホのメモに書きます。「焦った」「悔しかった」「ありがたかった」。出来事は書かないので、患者さんの情報に触れずにすみます。守秘の意識が強い医療者にも続けやすい方法です。

感情を言葉にすることには、科学的な裏づけもあります。心理学者マシュー・リーバーマンらの研究(2007年)では、感情に名前をつけるだけで、不安や恐れに関わる扁桃体の活動が下がることが示されました。言葉にすることは、気持ちを大げさにすることではなく、落ち着かせることなのです。

手を洗うたびに3秒。
電話を切るたびに一語。
それだけで、感情は迷子にならずにすむ。

自己有用感という「実」を、自分の手で確かめる

自己肯定感は、6つの感が木のように支え合って育ちます。根にあたる自尊心≒自己存在感、幹の自己受容感、枝の自己効力感、葉の自己信頼感、花の自己決定感、そして実の自己有用感です。

薬剤師の心でいちばん揺らぎやすいのが、自己有用感です。自己有用感とは「自分は誰かの役に立っている」という感覚のこと。木でいえば、ほかの5つの感が育った先に実る果実にあたります。

薬剤師の仕事は、本来とても役に立っている仕事です。飲み合わせの危険を防ぎ、高齢の患者さんの残薬を整理し、子どもの飲みにくい薬を飲みやすくする工夫を伝える。けれども、守ったことは「何も起きなかった」という形でしか現れないため、役に立った実感が持ちにくいのです。

アドラー心理学では、人は「自分は共同体の役に立っている」という貢献感を持てたときに、自分には価値があると感じられると考えます。そして大切なのは、その貢献感は他人からの感謝を待たなくても持てる、という点です。

「守ったことリスト」をつくる

1週間に一度、自分が防いだこと、整えたこと、伝えたことを3つ書き出してみてください。

  • 疑義照会で、用量の確認をした(処方が変わったかどうかは問わない)
  • お薬手帳から、他院の薬との重なりに気づいた
  • 一人暮らしの高齢の方に、飲み忘れを防ぐ方法を一緒に考えた
  • 不安そうな患者さんに、「心配なことがあれば電話してください」と伝えた
  • 新人の監査の見落としを、責めずに一緒に確認した

このリストは、誰かに見せるためのものではありません。「何も起きなかった」の裏にある自分の仕事を、自分の目で確かめるための記録です。役に立てたことを自分で知っている人は、「待たせすぎ」の一言で根こそぎ揺らぐことが少なくなります。

自己有用感が育つと、その下にある根、自尊心≒自己存在感も安定していきます。「ミスをしない私」だけでなく、「疲れることもある私」「腹が立つこともある私」も、ここにいてよい。その感覚が、長くこの仕事を続ける力になります。

薬局長・管理薬剤師の方へ|ヒヤリ・ハットを話せるチームに

個人の工夫だけでは、調剤の現場の感情は守れません。管理する立場の方に、チームとしてできることをお伝えします。

組織行動学者エイミー・エドモンドソンは、病院のチームを調べる中で、ミスの報告が多いチームほど、実はチームワークがよいという意外な事実に気づきました。ミスが多いのではなく、ミスを話せる雰囲気があったのです。ここから生まれたのが、心理的安全性(Edmondson, 1999)という考え方です。

チームでできる3つのこと

取り組み1
ヒヤリ・ハットの共有に「気持ち」の欄を足す

報告の目的は再発防止です。そこに「そのとき、どんな気持ちだったか」を一言添える欄をつくります。「焦っていた」「話しかけられて集中が切れた」。感情は、ミスが起きやすい条件を教えてくれる大事な情報です。

取り組み2
閉局後の5分チェックアウト

終業時に一人ひとこと、「今日いちばん心が動いたこと」を話します。きつい患者さん対応のあとなら「怖かった」、疑義照会で処方が変わったなら「よかった」。感情を一人で持ち帰らない習慣が、燃え尽きを防ぎます。

取り組み3
「ありがとう」を言葉にする

アドラー心理学の勇気づけは、上から評価してほめることではなく、横の関係から「助かった」「ありがとう」を伝えることです。「あの照会、よく気づいたね。助かった」。正確さが当たり前の職場だからこそ、見えない仕事に光を当てる一言が必要です。

患者さんからの暴言が続く場合は、担当者一人に任せず、管理者が前に出る、記録を残す、本部や医療機関と共有するなど、組織として対応してください。「我慢できる人」に負担が集まる仕組みは、いちばん真面目な人から順に燃え尽きさせます。

よくあるご質問

調剤中に感情を出さないようにするのは、悪いことですか?
悪いことではありません。集中が必要な場面で感情を一度脇に置くのは、プロとしての大切な技術です。問題になるのは、仕事が終わっても脇に置いたままにしてしまうことです。ピークのあとや帰り道に、置いておいた感情に名前をつけて「取りに戻る」時間をつくってみてください。
患者さんの気持ちを聞きすぎると、待ち時間がさらに延びませんか?
長く聞く必要はありません。「夜は眠れていますか?」と体の様子を一つ聞く、「うんざりしますよね」と一度映し返す。どちらも10秒ほどです。気持ちを受けとめてもらえた患者さんは説明を落ち着いて聞けることが多く、結果としてやりとりが短くなることもあります。
疑義照会で医師に強く言われてから、電話をかけるのが怖くなりました。
怖いと感じるのは自然なことです。まず「怖い」と言葉にしてみてください。そのうえで、照会は法律で定められた薬剤師の役割であり、医師の口調は医師の課題だと整理します。照会の内容をメモにまとめてから電話する、先輩に同席してもらうなど、怖さを一人で抱えない工夫も役立ちます。
休日も仕事のミスを思い出して落ち着きません。
ミスや「もしも」の記憶が何度もよみがえるのは、心が危険を忘れないようにしているサインです。思い出したときは「また不安が来たな」と名前をつけ、紙に書き出してみてください。眠れない、食欲が落ちる状態が2週間以上続く場合は、無理をせず医療機関や専門家に相談しましょう。
新人の薬剤師に、どう声をかければいいですか?
新人は「できない」と言えずに抱え込みがちです。「わからないことはある?」より、「今日いちばん焦ったのはどの場面だった?」と、感情から聞いてみてください。焦った場面には、つまずきの理由が隠れています。気持ちを話せた経験が、ミスを報告できる力につながります。
待たせているのではない。
あなたは、確かめて守っている。
その誇りにも、そっと名前を。
焦りも、悔しさも、「確かめてよかった」も。
言葉にした感情は、明日の安全を支える力になります。

自分を大切にしよう

「待たせすぎ」と言われ続ける薬剤師の心がすり減るのは、あなたが弱いからではありません。疑わしい点を確かめるという見えない仕事を、一つも省かずに続けているからです。ミスの許されない緊張の中で感情を脇に置く技術が身につき、それが仕事のあとも戻らなくなると、気持ちは迷子になり、体のこわばりや休日の無気力として表に出てきます。

アドラー心理学の目的論で見ると、患者さんの「まだですか」の多くは、体のつらさや不安を伝える言葉です。そして課題の分離で整理すると、あなたの課題は「確かめて、正確に調剤し、わかる言葉で伝えること」であり、患者さんの機嫌や医師の口調まで背負う必要はありません。服薬指導の30秒で患者さんの気持ちを聞くこと、手洗いのたびの心の体温チェック、照会のあとの一語。小さな言葉の積み重ねが、凍った感情をほどいていきます。

「何も起きなかった」一日の裏には、あなたが守ったものがたくさんあります。守ったことリストで、それを自分の目で確かめてください。自己有用感という実は、他人の感謝を待たなくても、自分の手で確かめることができます。焦りも、悔しさも、誇りも、どれもあなたの大切な感情です。自分を大切にしよう。あなたが自分の心を大切にすることが、患者さんの安全を長く守ることにつながっています。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5).
  • Maslach, C., & Jackson, S.E. (1981). The measurement of experienced burnout. Journal of Occupational Behaviour, 2.
  • A.R.ホックシールド『管理される心―感情が商品になるとき』(石川准・室伏亜希訳、世界思想社)
  • Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2).
  • 薬剤師法 第24条(処方せん中の疑義)
  • 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』(岸見一郎訳、アルテ)
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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