「役員なんてやりたくない」が飛び交う会合で
自治会・町内会と感情の言語化
年度末の総会。次の役員を決める段になると、集会所がしんと静まり返る。誰かが小さく「うちは共働きで無理です」と言い、別の誰かが「みんな忙しいのは同じでしょう」と返す。結局、去年と同じ顔ぶれが引き受けて、帰り道に「もう来年こそは辞める」とつぶやく――。自治会や町内会、マンションの管理組合でこうした場面に覚えのある方は多いはずです。なり手不足は制度や時間の問題として語られがちですが、実はその奥に「負担感」「不公平感」「孤立感」という、言葉にならない感情が積み重なっています。会合の空気を変えるのは、新しい規約より先に、その感情に名前をつけることかもしれません。
結論:「やりたくない」は怠けではなく、言葉にならない3つの感情
最初に結論をお伝えします。会合で飛び交う「役員なんてやりたくない」は、わがままや地域への無関心から出ている言葉ではありません。多くの場合、その一言には「これ以上は抱えきれない」という負担感、「どうして私ばかり」という不公平感、「誰もわかってくれない」という孤立感が、ひとかたまりになって詰めこまれています。
そして、引き受ける側も同じです。毎年のように役を回されるベテランの方が「仕方ないから私がやります」と言うとき、その下には誇りと疲れ、さみしさと腹立たしさが混ざりあっています。断る人も、引き受ける人も、自分の感情を言葉にできないまま同じテーブルに座っている。これが、多くの会合がぎくしゃくする本当の理由だと私は考えています。
でも、誰からも何も言われないんです」
このように、自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を、心理学ではアレキシサイミア(失感情症)と呼びます。感情がないのではありません。感情はちゃんと動いているのに、言葉にたどり着く前に迷子になっている状態です。私はこれを「感情迷子さん」と呼んでいます。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』の言葉で、「迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています」。アレキシサイミアの全体像は、アレキシサイミア(失感情症)とはの記事でくわしく解説しています。
いまの60代、70代には「人前で弱音を吐くものではない」「地域のことは黙って引き受けるもの」と教わってきた方が少なくありません。一方で30代、40代の子育て世帯は、共働きと子どもの送迎で一日が埋まり、「できない」と言うことにも罪悪感を抱えています。どちらの世代も、自分の気持ちを言葉にする練習をしてこなかった。だからこそ、会合で感情がぶつかると、「やる・やらない」の押し問答になってしまうのです。
「やりたくない」は、地域を嫌う言葉ではない。
負担感・不公平感・孤立感が、
ひとつの言葉に押しこめられた形なのです。
数字で見る、地域のつながりと「言えない気持ち」
自治会・町内会の加入率の低下や役員のなり手不足は、全国の多くの地域で課題になっていると報じられています。マンションでも、管理組合の理事を輪番で回すしくみが「順番が来るのが憂うつ」という声とセットで語られることが増えました。ここでは、地域の人間関係の背景にある心の状態を、確かな研究と統計から見てみます。
| 数字・研究で見る | わかっていること |
|---|---|
| 約4割 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」 | 孤独感が「ある」と答えた人の割合。近所に人が住んでいても、心のつながりを感じにくい人は少なくない。役員として忙しく動いている人も例外ではない。 |
| 約10人に1人 (研究により約10〜16%) | 一般の人のうち、感情を言葉にしにくい傾向(アレキシサイミア傾向)が強い人の割合。30人が集まる総会なら、数人はその傾向が強いと考えても不自然ではない。 |
| 1999年 Edmondson | ハーバード大学のエドモンドソンが示した「心理的安全性」。発言しても責められないと思える場では、人は問題や不安を口にしやすい。会合の沈黙を考えるうえでも役立つ考え方。 |
| 2007年 Lieberman ら | 感情に名前をつけると、脳の扁桃体(不安や怒りの警報装置)の活動が下がることを示した研究。「不公平だと感じている」と言葉にするだけで、気持ちは少し落ち着く。 |
心理的安全性という言葉は、もともと職場のチーム研究から広まりました。けれど、自治会の会合ほど「言ったら角が立つ」場もありません。同じ通りに住み、ゴミ出しで毎朝顔を合わせる相手に、「不公平だと思う」とはなかなか言えないものです。職場なら異動や転職で関係は変わりますが、ご近所づきあいは何十年も続きます。だからこそ、地域では感情を飲みこむクセがつきやすいのです。
一方で、Lieberman らの研究が示すように、感情は名前をつけられると小さくなる性質があります。「腹が立つ」を「自分だけが損をしている気がして、くやしい」と言い換えられたとき、人は相手を責めるより、しくみを見直す話ができるようになります。会合で必要なのは、感情を消すことではなく、感情を言葉にして小さくすることなのです。
会合の沈黙と一部の人の独走|同じ場で起きている2つの感情迷子
多くの会合には、よく似た光景があります。議題が出ても誰も口を開かない。しびれを切らした数人のベテランが「じゃあ、こうしましょう」と決めてしまう。決まったあとで、廊下や帰り道に「本当はあのやり方には反対だった」という声が出る。沈黙する人と、独走する人。正反対に見えるこの2つは、実は同じ根っこを持っています。
沈黙する人の中で起きていること
黙っている人は、何も考えていないわけではありません。「反対したら自分にお鉢が回ってくるかもしれない」「新参者が口を出すのは失礼だ」「言ってもどうせ変わらない」。頭の中では言葉が渦巻いていても、それが「不安」「遠慮」「あきらめ」という感情として整理されないまま、体を固くしているのです。会合のあと、肩や首筋がこわばっている、胃が重いという方は、その場で感じていた緊張が体に残っているのかもしれません。
独走する人の中で起きていること
一方、どんどん話を進めてしまう人も、感情迷子さんであることがあります。沈黙が続く気まずさに耐えられない。誰も引き受けないなら自分がやるしかないという焦り。「決めなければ」という責任感の下に、「私ひとりが背負わされている」という孤立感が隠れていることが少なくありません。感情に気づかないまま責任感だけで動き続けると、ある日ぷつりと糸が切れてしまいます。
この3つを分けて考えると、話し合いの中身が変わります。負担感が強いなら、仕事の量を減らす・分ける話をすればいい。不公平感が強いなら、役の回し方や免除のルールを見えるようにする話をすればいい。孤立感が強いなら、役員を一人にしない、労をねぎらうしくみを考えればいい。感情に名前がつくと、打つべき手が見えてくるのです。
「昔からこうだった」と「もう無理です」|世代の溝の下にある感情
会合でよく聞くのが、「昔からこうしてきたんだから」という言葉です。若い世帯からすると、変化を拒む頑固さに聞こえるかもしれません。けれど、この言葉を感情の側から聞き直すと、別の姿が見えてきます。
「昔からこうだった」の下にあるもの
夏祭りも、清掃活動も、防災訓練も、自分たちが何十年もかけて守ってきたものです。そのやり方を変えようと言われると、「自分たちのしてきたことには意味がなかったのか」という悲しさや、「この地域が自分の知らないものになっていく」という喪失の不安がわいてきます。「昔からこうだった」は、その感情を言葉にできないときに出てくる、精いっぱいの表現であることが多いのです。
「もう無理です」の下にあるもの
平日は仕事、夜と週末は子どもの習い事や親の通院の付き添い。その中で「当番だから」と言われると、「これ以上何かを足されたら崩れてしまう」という切迫感と、「断る自分は地域に迷惑をかけている」という罪悪感が同時にわきます。「もう無理です」と言えた人はまだよいほうで、何も言えずに会合を欠席し、そのまま退会してしまう人も少なくありません。
大切なのは、どちらの言葉も「相手を攻撃するための言葉」ではないと知ることです。ベテランは失うことを恐れ、現役世代は崩れることを恐れている。どちらも、恐れという同じ感情から話しています。この共通点に気づくと、「頑固な年寄り」「身勝手な若い人」というレッテルが少しゆるみます。
「昔からこうだった」→「このやり方で30年続けてきたので、変わるのが少しさみしいんです」
「もう無理です」→「平日は帰りが遅く、いまの当番の量だと続けられるか不安なんです」
事実(30年続けてきた/帰りが遅い)に、気持ち(さみしい/不安)を一言添えるだけで、相手は反論ではなく理解で応じやすくなります。
回覧板かLINEか|道具の議論に隠れた「取り残される不安」
ここ数年、多くの自治会や管理組合で話題になっているのが、回覧板や紙の掲示を、LINEなどのグループ連絡や電子掲示板に切り替えるかどうかです。この議論はしばしば、驚くほど感情的になります。道具の話をしているはずなのに、なぜこれほどこじれるのでしょうか。
理由は、議論の表面と中身がずれているからです。表面では「紙は手間がかかる」「スマホを使えない人はどうする」という効率の話をしています。けれど中身では、それぞれが別の感情を抱えています。
| 表に出る言葉 | その下にあるかもしれない感情 |
|---|---|
| 「回覧板はもう古い」 | 手間への疲れ。夜遅くに隣へ届けに行く気まずさ。早く負担を減らしたい焦り。 |
| 「スマホを使えない人はどうするの」 | 自分が情報の輪から外される不安。「年寄りは置いていかれる」という恐れ。 |
| 「顔を合わせるから回覧板に意味がある」 | 近所との最後のつながりが切れてしまうさみしさ。ひとり暮らしの孤立への心配。 |
| 「LINEだと既読がつくから嫌だ」 | 反応を見られる気疲れ。返信しない自分が責められるのではという緊張。 |
こうして並べてみると、どの意見も「誰かを困らせたい」からではなく、「自分や誰かが取り残されないように」という願いから出ていることがわかります。ですから、話し合いでは「紙かLINEか」の二択を急がず、まず「それぞれ、何が心配ですか」と感情から聞くほうが、結果的に早くまとまります。
たとえば「LINEも始めるけれど、希望する世帯には紙でも届ける」「回覧板は月1回に減らし、届けるときに一言声をかける機会として残す」といった折衷案は、効率の議論からは生まれにくく、感情を聞いたあとに自然に出てくるものです。
すべての悩みは対人関係の悩み|アドラー心理学で見る自治会
私はカウンセリングで、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の心理学をベースにしてきました。アドラー心理学には、自治会や町内会の悩みを考えるうえで、とても役に立つ考え方がいくつもあります。
「すべての悩みは対人関係の悩み」
アドラーは、人の悩みはつきつめると対人関係の悩みだ、と考えました。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』で広く知られるようになった考え方です。役員の仕事が大変なのは、作業量そのものよりも、「誰に頼めばいいのかわからない」「断られたら気まずい」「あの人にどう思われるか」という人間関係の部分であることが多いのではないでしょうか。逆にいえば、人間関係が少しやわらぐだけで、同じ仕事量でも負担感はぐっと軽くなります。
共同体感覚|「ここにいていい」と「役に立てている」
アドラー心理学の中心にあるのが共同体感覚です。自分は共同体の一員であり(所属感)、仲間の役に立てている(貢献感)、と感じられること。アドラーは、これが心の健康の土台だと考えました。地域はまさに、この共同体感覚を育てる場所のはずです。
ところが現実の自治会では、役が「罰ゲーム」のように扱われ、引き受けた人の貢献は当たり前とされ、断った人は肩身の狭い思いをする。所属感も貢献感も、どちらも育ちにくい構造になっていることがあります。だからこそ、なり手不足は「やる気」の問題ではなく、共同体感覚が感じられないことの問題だと捉え直す必要があります。
貢献感は「大きな役」でなくても得られる
アドラー心理学では、貢献感は他人から評価されなくても、自分が「役に立てた」と感じられれば得られるものだとされます。会長や班長という大きな役でなくても、集会所の鍵を開ける、祭りの日に1時間だけ受付をする、高齢のご近所に回覧板を手渡ししながら声をかける。そうした小さな関わりの一つひとつに、貢献感は宿ります。役を「やる・やらない」の二択から、「何ならできるか」の選択肢へ広げることは、共同体感覚を取り戻す第一歩です。
人は、役を押しつけられると逃げたくなる。
でも、役に立てていると感じられると、
自分から関わりたくなる。
中島輝より一言
私は幼いころ、里親のもとで育ち、5歳のときに里親が夜逃げしたことをきっかけに、感情を外に出すのをやめてしまいました。周りの大人の顔色をうかがい、何を感じても黙っている子どもでした。だから、会合の隅で黙っている方を見ると、「何も感じていないのではなく、言っても大丈夫かどうかを測っているのかもしれない」と思うのです。沈黙している人に「あなたはどう?」と迫るより、「言わなくても大丈夫ですよ。もし何かあれば、あとでも聞かせてください」と伝えるほうが、ずっと言葉は出やすくなります。
役員の燃え尽きを防ぐ|自己有用感という「実」の育て方
なり手不足の裏側で、静かに進んでいるのが役員の燃え尽きです。数人の役員に仕事が集中し、「やめたら地域が回らない」という責任感から何年も役を続け、ある日突然、心も体も動かなくなる。会長や理事長を長く務めた方から、こうしたご相談をいただくことがあります。
6つの感の「実」=自己有用感
自己肯定感の「6つの感」は、木にたとえると、根が自尊心≒自己存在感、幹が自己受容感、枝が自己効力感、葉が自己信頼感、花が自己決定感、そして実が自己有用感です。自己有用感とは、「自分は誰かの役に立っている」と感じられる感覚のこと。アドラーの貢献感と、とても相性のよい感覚です。
地域活動は、本来この「実」をならせる場所です。ところが、役員の仕事が「やって当たり前」「やらなければ文句を言われる」ものになると、どれだけ働いても実がならない状態になります。実がならない木に水をやり続けるのは、つらいことです。燃え尽きる役員の多くは、仕事の量よりも、この「報われなさ」に疲れています。
実をならせるために必要なのは、特別なことではありません。「ありがとう」「助かりました」という言葉です。アドラー心理学では、上から評価する「ほめる」ではなく、横の関係から感謝を伝える勇気づけを大切にします。「さすが会長」より「準備してくださって、本当に助かりました」。この一言が、役員の自己有用感を育て、もう少し続けてみようという力になります。
そしてもう一つ。役を降りる人、断る人の自己有用感も守ってください。「今年は難しいけれど、祭りの日の片づけなら手伝えます」と言える余地があれば、断る人も「地域の役に立てない自分」を責めずにすみます。根っこにある自尊心≒自己存在感、つまり「ここにいていい」という感覚が守られてはじめて、人は自分から実をならせようと動けるのです。
次の会合から使える、感情を言葉にする5つの工夫
ここからは、自治会・町内会・管理組合の会合ですぐに試せる工夫を紹介します。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』で紹介しているワークを、地域の場に合わせて作り直したものです。全部を一度に取り入れる必要はありません。ひとつだけ選んで、次の会合で試してみてください。
「3段階温度計」で、いまの余力を伝えあう
会合のはじめに、「今月の余力」を「余裕あり・ふつう・いっぱいいっぱい」の3段階で一人ひとこと伝えます。理由は言わなくてかまいません。「いっぱいいっぱい」の人が多い月は、新しい仕事を増やさない。それだけで、断れずに抱えこむ人が減ります。感情の強さを段階で表すのは、言葉にしにくい気持ちを伝えるいちばんやさしい方法です。
「事実+気持ち」の言いかえを合言葉に
反対意見を言うときは、「〇〇なので(事実)、△△と感じています(気持ち)」の形で話す、というルールを共有します。「回覧板をやめるのは反対」ではなく、「ひとり暮らしの方が多いので、顔を合わせる機会がなくなるのが心配です」。気持ちが添えられると、相手は反論より先に理解しようとします。
「やる・やらない」ではなく「何ならできるか」
役員を決める前に、仕事を小さく分けた一覧を配り、「この中で、できそうなものに丸をつけてください」と聞きます。会長・会計といった大きな役だけでなく、「鍵当番」「祭りの受付1時間」「LINEの連絡係」など、短時間の役を用意する。負担感と不公平感を同時に下げ、貢献感の入り口を増やす工夫です。
「共感の一言」と「ありがとう」で締める
会合の最後に、司会役が「今日は言いにくいことも出してくださって、ありがとうございました」と一言添えます。決まったことの確認だけで終わらず、話してくれたこと自体に感謝を伝える。これが、次の会合で発言しやすくなる心理的安全性の土台になります。
「感情だけ日記」で、抱えこみに気づく
役員を務めている方は、会合や作業のあとに、その日の出来事ではなく感情だけを3つ書き出してみてください。「疲れた」「くやしい」「でも少しうれしい」。書き出すと、自分がどれくらい抱えこんでいるかが見えてきます。社会心理学者ペネベーカー(Pennebaker)の研究でも、気持ちを書き出すこと(エクスプレッシブ・ライティング)が心の負担を軽くすることが示されています。「くやしい」が何日も続いたら、それは誰かに相談するサインです。
- 会合のあと、どっと疲れて眠れない日がある
- 「自分がやらなければ回らない」と思うことが増えた
- 家族に地域の愚痴ばかり言っている、または誰にも話していない
- ほかの役員や住民に、以前よりいら立ちやすくなった
- 役の仕事を考えると、頭痛や胃の重さ、肩のこりが出る
2つ以上当てはまる方は、燃え尽きの手前にいるかもしれません。役を一時的に減らす、副役を置いてもらう、信頼できる人に「実はしんどい」と打ち明ける。どれも、地域を大切にしてきたあなただからこそ、選んでよい選択肢です。体の不調が続くときは、かかりつけ医にも相談してください。地域で孤立している高齢の方が気になるときは、民生委員や地域包括支援センターにつなぐ道もあります(民生委員・見守り活動と感情の言語化もあわせてどうぞ)。
よくあるご質問
負担感・不公平感・孤立感がある。
名前をつければ、話し合いは変えられる。
「ありがとう」が行き交う場所にできます。
自分を大切にしよう
自治会・町内会やマンションの管理組合で飛び交う「役員なんてやりたくない」。その一言は、地域への無関心ではなく、負担感・不公平感・孤立感という言葉にならない感情が押しこめられた形です。会合の沈黙も、一部の人の独走も、「昔からこうだった」と「もう無理です」のぶつかりあいも、回覧板かLINEかの議論も、その下では同じように、不安やさみしさ、くやしさが言葉を探しています。
アドラー心理学は、すべての悩みは対人関係の悩みであり、人は共同体の中で役に立てていると感じられるとき、もっとも健やかでいられると教えてくれます。役を「やる・やらない」の二択から「何ならできるか」へ広げ、引き受けてくれた人に「ありがとう」「助かりました」と伝える。その積み重ねが、6つの感の「実」である自己有用感を、地域の一人ひとりにならせていきます。3段階温度計、事実+気持ちの言いかえ、共感の一言、感情だけ日記。どれも次の会合から始められます。
そして、これまで地域を支えてきたあなた自身の疲れも、どうか見過ごさないでください。「しんどい」「手伝ってほしい」と言えることは、弱さではなく、地域を長く大切にするための力です。自分を大切にしよう。あなたが自分の気持ちに名前をつけられたとき、会合のテーブルの向こうにいる人の気持ちにも、きっと耳を澄ませられるようになります。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」(孤独・孤立の実態把握に関する全国調査)
- Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.
- Pennebaker, J.W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science.
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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