「世話をかけて申し訳ない」と言う親の本音
介護する側・される側の感情の言語化
週末に実家へ通い、買い物と掃除をすませて帰ろうとすると、母が小さな声で言う。「いつも世話をかけて申し訳ないね」。そう言われるたびに、なぜか胸がざわつき、ときにはイライラしてしまう――。介護の話はいつも「介護する側」の負担が中心になりがちです。けれど、関係をこじらせているのは、介護を受ける側の「言葉にならない感情」であることが少なくありません。「申し訳ない」の裏には、情けなさ、役に立てない悲しみ、自由を失った怒りが隠れていることがあります。介護する家族にも、介護を受けるご本人にも読んでいただけるように、両方の感情に言葉を取り戻す方法をお伝えします。
結論:「申し訳ない」は遠慮ではなく、言葉にならない悲しみのサイン
最初に結論をお伝えします。介護を受ける親が繰り返す「申し訳ない」「迷惑をかけたくない」は、ただの遠慮や口ぐせではありません。その一言の中には、自分ではもう言葉にできなくなった、いくつもの感情が押しこめられています。そして、その感情が言葉にならないまま家族に向かうと、介護する側もされる側も、少しずつ苦しくなっていきます。
これまで介護の悩みは、主に「介護する側」の視点で語られてきました。時間がない、体がきつい、仕事と両立できない。どれも切実な問題です。けれどカウンセリングの場で家族の話をていねいに聞いていくと、こじれの中心に、介護を受ける本人の感情が置き去りにされているケースに数多く出会います。
責められている気がするんです」
このように、自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を、心理学ではアレキシサイミア(失感情症)と呼びます。感情がないのではなく、感情はちゃんと動いているのに、言葉にたどり着く前に迷子になっている状態です。私はこれを、親しみをこめて「感情迷子さん」と呼んでいます。中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』の言葉です。全体像はアレキシサイミア(失感情症)とはの記事でくわしく解説しています。
いまの70代、80代には、「人に弱みを見せてはいけない」「自分のことは自分でする」と教えられて育った方が多くいます。とくに男性は「男は泣くな」という価値観の中で生きてきました。こうした価値観の中で感情を押しこめるクセがついた状態は「規範的男性アレキシサイミア」と呼ばれることもあります。さらに、病気やけが、入院、配偶者との死別といった大きな喪失を経験すると、心を守るために感情が平板になる2次性アレキシサイミアの状態になることもあります。介護が必要になる時期は、まさにこうした喪失が重なる時期なのです。
「申し訳ない」は、遠慮の言葉ではない。
言葉にならない悲しみが、
たったひとつ外に出られた形なのです。
数字で見る、介護する家族・される本人の心
介護する家族のストレスは、公的な統計にもはっきり表れています。厚生労働省の「国民生活基礎調査」では、同居している主な介護者の約7割が、日常生活での悩みやストレスが「ある」と答えています。介護は、多くの家族にとって心の負担をともなうものなのです。
一方で、介護を受ける本人のストレスや感情は、統計にはあまり表れてきません。本人が「大丈夫」「申し訳ない」としか言わなければ、その奥にある気持ちは見えないままです。
| 数字・研究で見る | わかっていること |
|---|---|
| 約7割 厚生労働省「国民生活基礎調査」 | 同居の主な介護者のうち、日常生活での悩みやストレスが「ある」と答えた人の割合。介護する側の心の負担は大きい。 |
| 約10人に1人 (研究により約10〜16%) | 一般の人のうち、感情を言葉にしにくい傾向(アレキシサイミア傾向)が強い人の割合。介護する側にも、される側にもいる。 |
| 2007年 Lieberman ら | 感情に名前をつけると、脳の扁桃体の活動が下がることを示した研究。「申し訳ない」の下の感情に名前をつけることは、本人の心を落ち着かせる。 |
| 1次性/2次性 『心身症の診断と治療』 | アレキシサイミアには、性格としての傾向(1次性)と、病気や喪失などの強いストレスで一時的に感情が平板になる状態(2次性)がある。介護を受ける時期には2次性の状態が起きやすい。 |
『心身症の診断と治療』では、感情を言葉にしにくい人は、感情の乱れを体の不調として受けとりやすいことが説明されています。介護の現場でも、「どこが痛い」「眠れない」「食欲がない」という体の訴えの奥に、言葉にならない不安やさみしさが隠れていることがあります。もちろん体の訴えは、まず医師に診てもらうことが大前提です。そのうえで、「体の訴えは、気持ちの訴えでもあるかもしれない」という視点を持っておくと、親の言葉の聞こえ方が変わってきます。
「迷惑をかけたくない」の裏にある5つの感情
介護を受ける本人の「申し訳ない」「迷惑をかけたくない」の下には、どんな感情があるのでしょうか。カウンセリングで、ご本人が少しずつ言葉にしてくださった気持ちを整理すると、次の5つが多く見られます。
情けなさ・恥ずかしさ
トイレやお風呂など、これまで当たり前にひとりでできていたことを、子どもに手伝ってもらう。「親なのに、子どもに下の世話までさせて」という恥ずかしさは、とても強い感情です。けれど、それを口にするのはもっと恥ずかしい。だから「申し訳ない」という言葉にくるんで出すのです。
役に立てない悲しみ
家族のためにごはんを作り、孫の面倒を見て、頼りにされてきた人ほど、「もう誰の役にも立てない」という悲しみは深くなります。これは、自己肯定感の「6つの感」でいう自己有用感が揺らいでいる状態です。
自由を失った怒り
行きたいときに出かけられない。食べたいものを食べられない。自分の家のことなのに、子どもが決めてしまう。怒りは、失ったものへの抗議でもあります。ただ、世話をしてくれる家族に怒りを向けるわけにはいかないので、怒りは飲みこまれ、不機嫌や無口として表に出ます。
これから先への不安
「このまま寝たきりになるのでは」「施設に入れられるのでは」「子どもの生活を壊してしまうのでは」。先の見えない不安は、言葉にすると現実になりそうで、かえって口にできないことがあります。
さみしさ
子どもが来てくれても、家事をすませると慌ただしく帰っていく。本当は、手伝いよりも「ゆっくり話を聞いてほしい」というさみしさがある。けれど、忙しい子どもを引きとめるのは申し訳なくて言えません。
この5つは、ひとつだけで存在するのではなく、混ざりあっています。混ざった感情は、本人にもひとかたまりの「もやもや」としか感じられません。その「もやもや」に、とりあえず外に出せる形を与えたのが「申し訳ない」という言葉なのです。
介護拒否には目的がある|アドラーの目的論で読みとく
「デイサービスには行かない」「ヘルパーさんは家に入れたくない」「病院なんて行かなくていい」。介護する家族を最も困らせるのが、こうした介護の拒否です。家族からすれば、よかれと思って準備したサービスを断られると、「わがまま」「頑固」と感じてしまいます。
私は長年、アドラー心理学をベースにカウンセリングをしてきました。アルフレッド・アドラー(1870〜1937)はオーストリアの精神科医で、人の行動や感情を「何が原因か」ではなく「何のために」という目的から見る考え方を示しました。これを目的論といいます。目的論で見ると、介護拒否は単なるわがままではなく、本人なりの目的をもった行動として見えてきます。
| 拒否の言葉 | その行動の目的として考えられること | 隠れている感情 |
|---|---|---|
| 「デイサービスなんて年寄りの行くところだ」 | 「まだ自分は大丈夫」という自分の姿を守る | 老いへの不安、恥ずかしさ |
| 「ヘルパーは家に入れたくない」 | 自分の暮らしの決定権を手放さない | 自由を失う怒り |
| 「お前がやってくれればいい」 | 家族とのつながりを保つ | さみしさ、見捨てられる不安 |
| 「もう何もしなくていい」 | これ以上傷つかないように期待をやめる | あきらめ、悲しみ |
たとえば「お前がやってくれればいい」という言葉は、表面だけ見ると子どもに負担を押しつけているように聞こえます。けれど目的論で見ると、「他人ではなく、あなたにそばにいてほしい」という願いが見えてくることがあります。そうとわかれば、家族の返し方も変わります。「お母さん、私に来てほしいんだね。私も顔を見に来たい。だから、お風呂だけはヘルパーさんにお願いして、その分ゆっくり話す時間をつくろうか」。
大切なのは、目的を見抜いて相手を言い負かすことではありません。目的の奥にある感情に名前をつけて、「そういう気持ちなんだね」と受けとめること。そうすると、拒否という形をとらなくても気持ちを伝えられることを、本人が少しずつ体験していきます。
中島輝より一言
介護を受ける方のお話をうかがうと、「本当は嫌だと言いたかった」「でも言ったら、子どもに見捨てられる気がした」という言葉がよく出てきます。拒否は、言えなかった「嫌だ」や「さみしい」が、ゆがんだ形で出てきたものです。拒否の言葉を「困った行動」としてだけ見るのではなく、「まだ言葉になっていない気持ちの入口」として聞いてみてください。入口が見つかれば、対話は必ず変わります。
「される側」の感情が家族との関係をこじらせる構造
介護を受ける本人の感情が言葉にならないと、それは家族との関係の中で、思いがけない形で連鎖していきます。多くの家庭で起きているのは、次のようなすれ違いのループです。
このループの怖いところは、どちらも相手を思いやっているのに、関係が悪くなっていく点です。親は子どもに負担をかけまいとして「申し訳ない」と言う。子どもは親のためにと頑張って、報われない気持ちを抱える。善意と善意がすれ違い、互いに「わかってもらえない」という思いを深めていきます。
介護する子ども側も、感情迷子さんになりやすい
介護する側も、感情を言葉にする余裕を失いがちです。「親の介護をつらいと思うなんて親不孝だ」「きょうだいに文句を言っても仕方ない」。そう思って感情を押しこめていると、やがて自分が何を感じているのかわからなくなります。疲れているのか、悲しいのか、怒っているのか。区別がつかないまま、イライラとして爆発するのです。認知症の親を介護する家族の感情については、認知症の家族と感情の言語化の記事でもくわしく取りあげています。
アドラー心理学には「すべての悩みは対人関係の悩みである」という考え方があります。介護の悩みも、突きつめれば体力や時間の問題だけでなく、親と子という関係の中で、感情をどうやりとりするかの問題です。だからこそ、感情を言葉にすることで、関係は変えられるのです。
介護される人も貢献できる|「ありがとう」と自己有用感
アドラー心理学では、「自分は誰かの役に立っている」という貢献感が、人の幸福の土台になると考えます。そして、この貢献感は、何か目に見える行動で役に立つことだけを指すのではありません。アドラー派の考え方では、人は存在しているだけで、誰かに貢献していると捉えることができます。
介護を受ける本人にとって、この考え方は大きな意味を持ちます。料理ができなくなっても、ひとりで歩けなくなっても、「ありがとう」と言うことで、介護する家族の心を支えることができるのです。「申し訳ない」と言われると、子どもは自分の介護が負担として受けとられていると感じます。けれど「ありがとう、助かったよ」と言われると、自分のしたことが相手の役に立ったと感じられます。同じ感謝の気持ちから出た言葉でも、「申し訳ない」は相手を縦の関係に置き、「ありがとう」は横の関係でつなぐのです。
「迷惑かけてごめんね」を「来てくれてありがとう」に。「手間をかけて申し訳ない」を「助かったよ、ありがとう」に。言葉を一つ変えるだけで、介護される時間が、家族に「ありがとう」を届ける時間に変わります。それは、あなたが今もできる、家族への大切な貢献です。
自己肯定感の「6つの感」で見ると|揺らぐのは「実」と「根」
私は自己肯定感を、6つの感からなる1本の木にたとえています。根の自尊心≒自己存在感、幹の自己受容感、枝の自己効力感、葉の自己信頼感、花の自己決定感、実の自己有用感です。介護を受ける時期に大きく揺らぐのは、次の2つです。
| 6つの感 | 介護を受ける本人に起きやすいこと | 育て直すための関わり |
|---|---|---|
| 自己有用感(実) | 「もう誰の役にも立てない」「お荷物だ」と感じる | 家族が「ありがとう」「お母さんに聞いてよかった」と伝える。昔の料理の味つけや家の行事のことなど、本人の知恵を頼る |
| 自尊心≒自己存在感(根) | 「生きていても迷惑なだけ」と、自分の存在そのものを否定しはじめる | 役に立つかどうかに関係なく、「いてくれてうれしい」「顔を見に来たかった」と、存在そのものを喜ぶ言葉を伝える |
とくに大切なのは根の自尊心≒自己存在感です。実がならない季節があっても、根が生きていれば木は倒れません。「何かをしてくれるから大切」ではなく、「いてくれるだけで大切」というメッセージは、介護される人の根を支える何よりの栄養になります。
もし、親が「生きていても仕方ない」「早くお迎えが来てほしい」といった言葉をくり返すようなら、それはつらさを伝えるSOSとして受けとめてください。否定したり励ましたりする前に、「そう思うくらい、つらいんだね」と気持ちを受けとめ、かかりつけ医やケアマネジャーにも共有しましょう。気持ちの落ちこみが続く場合は、医療機関への相談も大切です。助けを求めることは、弱さではありません。介護するあなた自身が「もう限界」と感じたときも、同じです。
つらさをひとりで抱えないための相談先
・こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
・よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
・いのちSOS 0120-061-338
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNS相談先を探せます
・命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ
言葉にならない親の気持ちを聞く質問
「どんな気持ち?」とストレートに聞いても、感情迷子さんの親からは「別に」「大丈夫」という答えしか返ってこないものです。感情を言葉にしにくい人には、答えやすい形の質問が必要です。介護の場面で使いやすい質問を紹介します。
「今日は、体のどこがいちばん重い?」
感情の入り口は体です。気持ちを聞く前に、体の感覚を聞きます。中島輝の近刊で紹介している「心の体温チェック」を応用して、「いま、胸のあたりは温かい?冷たい?」と聞いてみるのもよい方法です。体の言葉で答えられたら、「そうか、重いんだね」とそのまま受けとめます。
「ちょっと?そこそこ?すごく?」
感情の名前を聞く代わりに、強さを3段階で選んでもらう「3段階温度計」です。「デイサービスに行くの、ちょっと嫌?そこそこ嫌?すごく嫌?」。名前は出てこなくても、強さなら選べることがあります。「すごく」と答えたら、それだけで大事な本音です。
「いまの気持ち、モヤモヤ?ズーン?イライラ?」
感情語のかわりに、オノマトペ(擬音語・擬態語)で選んでもらう「今日のオノマトペ」の応用です。日本語はオノマトペが豊かで、とくに年配の方にはなじみのある表現が多くあります。「ズーンとする」と言えたら、「ズーンとするのは、どんなとき?」と少しだけ広げてみます。
「元気だったころなら、どうしていたと思う?」
いまの気持ちを直接聞かれるのはつらくても、昔の自分のことなら話しやすいものです。「元気だったころなら、毎朝畑に出ていたね」。そこから「いまはそれができないのが、悔しいのかな」と、こちらから気持ちの名前を差し出してみます。違っていたら、本人が訂正してくれます。
「これだけは自分で決めたい、ということはある?」
自由を失った怒りには、小さな決定権を返すことが効きます。着る服、食事の順番、お風呂の時間。本人が選べることを一つでも増やすと、6つの感の花にあたる自己決定感が少しずつ戻り、拒否が減っていくことがあります。
どの質問でも大切なのは、答えを急がせないことと、出てきた言葉を否定しないことです。「そんなこと言わないで」「気にしなくていいのに」は、励ましのつもりでも、本人の感情を打ち消す言葉になってしまいます。まずは「そうなんだね」と受けとめる。それだけで、親は「ここでは気持ちを話してもいいんだ」と感じられるようになります。
気持ちを聞くのに、正しい答えはいらない。
「そうなんだね」と受けとめてもらえた経験が、
次のひと言を生む。
介護する側の感情も言葉に|レスパイトケアと地域包括支援センター
親の気持ちを受けとめるためには、介護する側の心に余裕が必要です。けれど、国民生活基礎調査の数字が示すように、介護する家族の多くはすでにストレスを抱えています。自分の感情を後回しにしたまま、親の感情だけを受けとめ続けることはできません。
自分の感情に名前をつける|1日1回の「感情だけ日記」
介護する側におすすめしたいのが、出来事ではなく感情だけを書く「感情だけ日記」です。「母が今日もデイを嫌がった」ではなく、「がっかり。少し腹が立った。そのあと罪悪感」と、感情だけを書きます。出来事を書くと親を責める文章になりがちですが、感情だけなら「私はいま、こう感じている」と自分の心を確かめる時間になります。「親にイライラする自分」を責める必要はありません。イライラは、それだけあなたが頑張っているというサインです。
休むことは、親のためでもある|レスパイトケア
介護する家族が一時的に介護から離れて休息をとるための支援を、レスパイトケアといいます。ショートステイ(短期入所)やデイサービスなどを利用して、家族が休む時間をつくることです。「親を預けて休むなんて」と罪悪感を持つ方もいますが、介護する人が倒れてしまえば、親の暮らしも立ちゆかなくなります。休むことは、長く介護を続けるための大切な選択です。
親に利用を提案するときは、「お母さんのため」だけで説得するより、「私が少し休みたいの。だから協力してほしい」と、自分の気持ちを主語にして伝えるほうが、受けいれてもらいやすいことがあります。親は「子どもの役に立てる」と感じられ、自己有用感も守られます。
ひとりで抱えない|地域包括支援センター
介護の悩みを相談できる身近な窓口が、地域包括支援センターです。高齢者の暮らしを支えるための総合相談窓口で、市区町村ごとに設けられています。介護サービスの使い方だけでなく、「親が介護サービスを嫌がる」「家族の負担が限界に近い」といった相談もできます。ケアマネジャーがついている場合は、親の「申し訳ない」や拒否の言葉、その奥にありそうな気持ちも共有しておくと、ケアプランに本人の思いを反映しやすくなります。
親が入院や病気をきっかけに気持ちが動かなくなっている場合は、病気になってから気持ちが動かないあなたへもあわせて読んでみてください。
よくあるご質問
「ありがとう」と「そうなんだね」で、介護はつながり直せる。
介護する人の気持ちも、同じくらい大切です。
ふたりの気持ちに、少しずつ名前をつけていきましょう。
自分を大切にしよう
介護を受ける親が繰り返す「申し訳ない」「迷惑をかけたくない」は、ただの遠慮ではありません。その下には、情けなさ、役に立てない悲しみ、自由を失った怒り、先への不安、さみしさが混ざりあっています。言葉にならないその感情は、介護拒否や不機嫌、体の訴えとして表に出て、介護する家族の苛立ちと重なり、すれ違いのループを生みます。どちらが悪いのでもありません。どちらの感情も、言葉になれずにいるだけです。
アドラー心理学の目的論で見ると、拒否の言葉にも「自分の姿を守りたい」「あなたにそばにいてほしい」といった目的と感情が見えてきます。そして、介護を受ける人も「ありがとう」を伝えることで、家族に貢献できます。自己有用感という実がならない季節も、「いてくれるだけで大切」という言葉が、自尊心≒自己存在感という根を支えます。体から聞く、強さで聞く、オノマトペで聞く。答えやすい質問と「そうなんだね」の受けとめが、親の本音を少しずつ引き出してくれます。
そして、介護する側のあなたの感情も、同じくらい大切です。感情だけ日記で自分の気持ちに名前をつけ、レスパイトケアで休み、地域包括支援センターやケアマネジャーに頼ってください。休むことも、助けを求めることも、親を大切にすることの一部です。自分を大切にしよう。あなたが自分の感情を受けとめられたとき、親の言葉の奥にある気持ちにも、きっと耳を澄ませられるようになります。
介護とこころの相談先
・お住まいの地域の地域包括支援センター(市区町村の窓口で案内しています)
・こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
・よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
・いのちSOS 0120-061-338
・厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNS相談先を探せます
・命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ
本記事の参考資料・科学的根拠
- 厚生労働省「国民生活基礎調査」(介護の状況:主な介護者の悩みやストレスの有無)
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- A.N.シン「心身症とアレキシサイミア(失感情症)」永田勝太郎ほか訳、『心身症の診断と治療』所収
- アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』
- 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。







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