病気になってから気持ちが動かないあなたへ|病気・入院と感情の言語化

病気になってから気持ちが動かないあなたへ|病気・入院と感情の言語化

病気になってから気持ちが動かないあなたへ
病気・入院と感情の言語化

告知を受けた日、医師の説明がほとんど頭に入らなかった。入院してからは、家族が心配するほど自分だけ落ち着いていて、看護師さんには反射的に「大丈夫です」と答えてしまう。そして気づけば、うれしいも悲しいも、よくわからなくなっている。実は、大きな病気や入院をきっかけに感情が平らになるのは、めずらしいことではありません。心理学では「2次性アレキシサイミア」と呼ばれる、心があなたを守るための反応です。この記事では、患者さん本人の視点から、病気と感情のつながり、痛みやつらさの伝え方、ベッドの上でもできる感情の言語化、退院後の「元に戻れない」不安との向き合い方をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

病気のあと「何も感じない」のは、心が弱いからではない

よくある相談の典型例
「泣くと思っていたのに、
涙も出なかったんです」
場面50代女性。健康診断の再検査で病気が見つかり、診察室で告知を受けた。医師の説明はていねいだったのに、ほとんど覚えていない。帰りの電車では「夕飯どうしよう」と考えていた。入院してからも、まわりが心配するほど自分は落ち着いていて、そのことがかえって不気味に感じられる。
この方は、冷たい人でも、現実から逃げている人でもありません。受けとめきれないほど大きな出来事が起きたとき、心は感じる回路の音量をいったん絞って、自分を守ろうとします。涙が出ないのは、心が壊れたサインではなく、心が必死に働いているサインなのです。

大きな病気が見つかったとき、多くの人が「頭が真っ白になった」と言います。医師の説明が遠くで聞こえるように感じたり、現実感がなくなったり、あるいは妙に冷静で事務的なことばかり考えてしまったり。そして、治療が始まってしばらくすると、今度は「何を見ても心が動かない」「うれしいも悲しいもよくわからない」という状態に気づく方が少なくありません。

そんな自分を見て、「私はおかしくなってしまったのではないか」「家族が泣いているのに、自分だけ平気なのは薄情なのでは」と、さらに自分を責めてしまう。病気そのもののつらさに、「感じられない自分」へのとまどいが重なっていきます。

最初にお伝えしたいのは、病気をきっかけに気持ちが平らになるのは、決してめずらしいことではないということです。心理学では、自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態をアレキシサイミア(失感情症)と呼びます。「感情がない」という意味ではなく、感情はあるのに、言葉に届きにくくなっている状態です。くわしくはアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントにまとめています。

中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、この状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態のことです。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。病気のあとに迷子になった気持ちも、なくなったのではなく、少し道に迷って待機しているだけです。

涙が出ないのは、薄情だからではない。
大きすぎる出来事から、
心があなたを守っている途中なのです。

「2次性アレキシサイミア」とは|病気や入院が感情を平らにするしくみ

アレキシサイミアの研究では、その人がもともと持っている特性としての「1次性」と、強いストレスや出来事をきっかけに一時的にあらわれる「2次性」を分けて考えます。医師のA.N.シンが『心身症の診断と治療』(永田勝太郎ほか訳)の中で紹介している整理です。病気や入院のあとに気持ちが動かなくなるのは、多くの場合、この2次性にあたります。

1次性アレキシサイミア2次性アレキシサイミア
性質以前からある、その人らしい特性大きな出来事のあとにあらわれる、心を守る反応
きっかけ気質、育った環境、価値観など重い病気の告知、長い入院、集中治療、透析、手術、大きな喪失など
経過練習によってゆっくり変わりうる状況が落ち着き、安心が戻るにつれて薄れていくことが多い

アレキシサイミア研究で知られるテイラー(Taylor)らも、重い身体疾患や長期の治療を受けている人に、一時的なアレキシサイミア傾向がみられることがあると述べています。命や生活が大きくゆらぐとき、すべての感情をまともに受けとめていたら、心はもちません。だから心は、感じる量を自動的に減らして、目の前の治療や生活を乗り切ることを優先するのです。

心の「ブレーカー」が落ちるしくみ 2次性アレキシサイミアのイメージ 大きな出来事 告知・手術・入院 仕事や役割の中断 体の自由の制限 感情の電流が急増 不安・怒り・悲しみ 恥ずかしさ・申し訳なさ が一度に流れこむ ブレーカーが落ちる 「何も感じない」 「頭が真っ白」 「大丈夫です」 安心が戻ると、少しずつスイッチが戻る 信頼できる医療者・家族との会話 / 体の感覚に気づく小さなワーク 「ちょっと不安」「少しほっとした」など、小さな言葉から 一気に戻そうとしなくていい
▲ 大きな出来事で感情の電流が一度に流れこむと、心は「ブレーカー」を落として自分を守ります。ブレーカーは壊れたのではなく、安心が戻るにつれて少しずつ上げ直していけるものです。

中島輝の近刊『感情迷子さんの本』でも、感情が感じにくくなった状態を心があなたを守るために選んだ「一時的な待機状態」と表現しています。ただし、待機状態が長く続くと、体の不調として出てきたり、人に助けを求めにくくなったりします。だからこそ、安心できるタイミングで、少しずつスイッチを戻していくことが大切です。

数字で見る|病気と感情の言語化の研究

研究・データわかっていること
アレキシサイミア傾向の割合
(TAS-20などを用いた疫学研究)
一般の人のうち、傾向が強いとされる人は約10〜16%。病気でなくても、約10人に1人は感情を言葉にしにくい特性をもつ。
2次性アレキシサイミア
(Taylor ら/A.N.シン)
重い病気、長期の治療、集中治療などのあとに、一時的に感情が平らになることがある。状況が落ち着くと薄れていくことが多い。
感情ラベリング
(Lieberman et al., 2007)
気持ちに言葉で名前をつけると、脳の扁桃体(不安や恐れの警報装置)の活動が下がる。「不安だ」と言葉にすること自体が、心を落ち着かせる。
筆記開示
(Pennebaker の研究)
つらい体験について、出来事だけでなく気持ちも書き出した人は、その後の心身の健康指標が改善したという報告が重ねられている。
痛みの伝え方
(NRS:数値評価スケール)
痛みを0(まったくない)〜10(考えられる最悪)の数字で伝える方法は、医療現場で一般的に使われている。

数字や研究から見えてくるのは、感じにくくなること自体は自然な反応であり、そして言葉にすることで心も体も少し楽になるということです。無理に感情を取り戻そうとしなくていい。でも、小さな言葉を一つずつ取り戻していくことには、ちゃんと意味があるのです。

「大丈夫です」と言ってしまう患者さんの我慢|病室の孤独

入院中、看護師さんに「お変わりないですか」と聞かれると、反射的に「大丈夫です」と答えてしまう。夜中に不安で眠れなかったのに、朝の回診では笑顔を見せてしまう。そんな経験はないでしょうか。

よくある相談の典型例
「忙しそうな看護師さんに、
こんなこと言えないと思って」
場面60代男性。手術後の痛みが続いていたが、ナースコールを押すのは「よほどのとき」と決めていた。お見舞いに来る妻の前でも明るくふるまい、帰ったあとにカーテンの中でぐったりする。退院の日、担当の看護師に「もっと早く言ってくれてよかったんですよ」と言われ、はじめて自分ががまんしていたことに気づいた。
「感情を出すと治療の迷惑になる」「弱音を吐くのはみっともない」。そんな思いから気持ちを押しこめる患者さんは少なくありません。けれど、医療者にとって患者さんのつらさは、治療やケアを調整するための大切な情報です。がまんは、思いやりのつもりで、かえって自分を孤立させてしまうことがあります。

病室で感情が言葉になりにくい5つの理由

  • 役割がなくなる:仕事や家事、親としての役割から急に離れ、「自分は何者なのか」がゆらぐ
  • 時間の感覚がなくなる:検査と食事と消灯の繰り返しで、気持ちの起伏そのものが平らになる
  • 話す相手がいない:同室の人には気をつかい、家族には心配をかけたくない
  • 体のことで頭がいっぱい:痛み、だるさ、副作用など、体の情報に注意が向き、心の情報は後回しになる
  • 「いい患者」でいようとする:迷惑をかけないこと、文句を言わないことを、自分に課してしまう

『心身症の診断と治療』の中でシンは、心身症になりやすい人の特徴として、まわりの期待に自分を合わせすぎる「過剰適応」を挙げています。病室は、まさに過剰適応が起きやすい場所です。医療者の指示に従い、家族を安心させ、同室の人に気をつかう。そうしているうちに、自分自身の「こわい」「さみしい」「くやしい」は、誰にも聞かれないまま置き去りになっていきます。

病室の孤独は、ひとりでいることそのものより、「本当の気持ちを話す相手がいない」ことから生まれます。人に囲まれていても、気持ちを言葉にできなければ、人は孤独を感じるのです。

「大丈夫です」は、思いやりの言葉。
でも、あなたの本当の気持ちも、
治療に必要な大切な情報です。

体と感情はつながっている|心身症の視点から

アレキシサイミアという言葉は、もともと心身症の研究から生まれました。心身症とは、発症や経過に心理的・社会的なストレスが深く関わっている体の病気のことです。アメリカの精神科医シフネオス(Sifneos)とネマイア(Nemiah)は、心身症の患者さんの多くが、自分の気持ちを言葉にすることが難しいことに気づきました。

ここで誤解のないように書いておくと、「感情を言葉にしないから病気になった」という意味ではありません。病気の原因は、体質や環境、生活習慣など、さまざまな要素が重なり合っています。ただ、病気になったあとで、感情と体が互いに影響し合うことは、多くの研究者が認めています。

言葉にならない気持ちは、体の言葉で話す

不安が強いと眠りが浅くなる。気持ちが沈むと食欲が落ちる。緊張が続くと肩や背中がこわばる。こうした体の変化は、誰にでも起こります。そして、感情が言葉になりにくい状態では、気持ちが体の感覚とひとかたまりになったまま感じられやすくなります。

体に出ているサインその奥にあるかもしれない気持ち
夜になると胸のあたりがざわざわする検査結果や先のことへの不安
家族が帰ったあとに、どっと疲れる明るくふるまったあとのさみしさや緊張のゆるみ
食事を見ると気持ちが重くなる思うように回復しないあせりや、体への情けなさ
リハビリの前になると体がだるいうまくできない姿を見られる恥ずかしさやこわさ

もちろん、体のサインはまず医学的に確かめることが大前提です。新しい症状や強い痛みがあるときは、気持ちの問題と決めつけず、必ず主治医や看護師に伝えてください。そのうえで、「体の不調の中に、気持ちも混ざっているかもしれない」と考える余地を持っておくと、自分の状態を少し立体的に見られるようになります。

心身症の治療で大切にされているのは、医療者との信頼関係の中で、症状と生活や気持ちのつながりを一緒に見ていくことです。体の訴えを入り口にして、その奥にある気持ちに少しずつ言葉を与えていく。それは、病気と向き合う力そのものを育てることにもつながります。

痛みとつらさを医療者に伝える|NRS 0〜10と「気持ちの温度計」

「痛いですか?」と聞かれて「まあ、少し」としか言えない。「どんな痛みですか?」と聞かれても、うまく表現できない。痛みやつらさを伝えるのが苦手なのは、あなたの説明力が足りないからではありません。そもそも、体の感覚や気持ちを言葉にすること自体が、とても難しい作業なのです。

体の数字|NRS(数値評価スケール)

医療現場では、痛みの強さを0(まったく痛くない)から10(考えられる最悪の痛み)までの11段階で伝える方法がよく使われます。NRS(Numerical Rating Scale)と呼ばれるものです。「少し痛い」より「今は4くらい」と伝えたほうが、医療者は変化を追いやすくなります。

心の数字|3段階温度計

中島輝の近刊『感情迷子さんの本』で紹介している「3段階温度計」は、感情の強さを「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階で表すワークです。NRSの横に、心の温度計を並べてみると、体と心の両方を伝えやすくなります。

体の数字と、心の温度計を並べて伝える 医療者に伝えるときのメモのイメージ 体の痛み(NRS) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 まったくない 考えられる最悪 心の温度計(3段階) ちょっと そこそこ 不安 すごく 伝え方の例:「傷の痛みは今4くらいです。痛みよりも、 明日の検査のことが『そこそこ不安』で、それで眠りが浅いです」
▲ 体の痛みは0〜10の数字で、気持ちは「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階で。二つを並べると、言葉にするのが苦手でも、医療者に今の状態が伝わりやすくなります。

伝えるためのメモの型

型1|いつ・どこが
「いつから」「どこが」「どんなとき」

「昨日の夜から」「おなかの右側が」「起き上がるときに」。出来事や事実は、感情よりも言葉にしやすいものです。まずは事実から書くと、その先の言葉が出てきやすくなります。

型2|体の数字
NRSで「今は○くらい」

数字に正解はありません。昨日と比べて上がったか下がったかがわかるだけでも、医療者には大事な情報になります。

型3|心の温度
「ちょっと・そこそこ・すごく」+気持ちの名前

「そこそこ不安」「ちょっとイライラ」「すごくさみしい」。気持ちの名前がわからなければ、「なんかモヤモヤ」「ズーンと重い」のような音の言葉でもかまいません。

型4|困っていること
「そのせいで、○○がしにくい」

「眠れない」「食べられない」「家族と話すのがおっくう」。生活への影響を一言添えると、医療者は治療やケアを調整しやすくなります。

口で言うのが難しければ、メモを渡すだけで十分です。医学的な判断は主治医にゆだね、あなたは「感じていること」を届ける役。そう考えると、少し気が楽になるかもしれません。看護の現場からの見方は、「痛い」としか言えない患者さん|看護師が知っておきたいアレキシサイミアと心身症でも紹介しています。

ベッドの上でもできる感情の言語化ワーク

体力が落ちているとき、長い日記や本格的なワークは負担になります。ここでは、中島輝の近刊『感情迷子さんの本』で紹介しているワークの中から、ベッドの上で、短い時間でできるものを選び、入院中や療養中の生活に合わせて紹介します。体調が悪い日は、無理に行わなくてかまいません。

ワーク1|3秒
心の体温チェック

朝、目が覚めたとき、検温のついでに「今の心の体温は?」と自分に聞いてみます。「ひんやり」「ぬるい」「ぽかぽか」「熱っぽい」のどれに近いか、一言で答えるだけ。体温計の数字と並べてメモしておくと、体と心の変化の関係が少しずつ見えてきます。

ワーク2|30秒
今日のオノマトペ

気持ちの名前が見つからないときは、「ザワザワ」「ズーン」「ふわふわ」「チクチク」のような音の言葉で表します。「今日は朝からズーン」と言えたら、それは立派な言語化です。家族へのメッセージに一言添えるだけでも、伝わり方が変わります。

ワーク3|1分
比喩レッスン

「今の気持ちを天気にたとえると?」「色にたとえると?」と考えてみます。「くもりのち晴れ」「うすい灰色」。感情を直接言葉にするのが難しくても、たとえを使うと、心の状態をやわらかく表現できます。

ワーク4|2分
感情だけ日記

寝る前に、出来事は書かずに「感じたこと」だけを1〜3語書きます。「不安」「ほっとした」「くやしい」。治療の記録や体調メモは出来事中心になりがちなので、別のページに「感情だけ」の欄をつくるのがおすすめです。書いた言葉を読み返す必要はありません。

これらのワークの目的は、「正しい感情」を見つけることではありません。感じていることに、とりあえずの名前をつけてあげることです。研究でも、気持ちに名前をつけるだけで心が落ち着く方向に働くことがわかっています。名前がつくと、気持ちは「正体のわからないもの」から「扱えるもの」に変わっていきます。

中島輝より一言

私自身、長いあいだパニック障害に苦しみ、外に出られない時期がありました。その頃の私は、体の発作のことばかり考えていて、自分の気持ちに目を向ける余裕がまったくありませんでした。振り返ると、体の症状に意識を奪われるほど、心の声はどんどん小さくなっていったように思います。回復のきっかけの一つは、「今、こわい」と小さな声で口に出してみたことでした。言葉にした瞬間、こわさがほんの少しだけ、自分の外に出ていった気がしたのです。

退院後の「元に戻れない」不安|アドラーの劣等感と「いま、ここ」

退院の日はうれしいはずなのに、家に帰ると、なぜか気持ちが沈む。以前のように動けない体、薬の管理、通院の予定。まわりは「よかったね、元気になって」と言うけれど、自分の中では「もう前の自分には戻れない」という思いがくすぶっている。退院後にこうした気持ちを抱える方はとても多いのです。

入院中は、治療という目の前の目標がありました。退院すると、その目標がなくなり、今まで押しこめていた感情が遅れてやってくることがあります。「退院してからのほうがつらい」と感じるのは、ブレーカーが上がり、感情が戻りはじめたサインであることも少なくありません。

アドラーは「体の弱さ」から心理学を始めた

私はアドラー心理学をベースにカウンセリングを行ってきました。オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)は、もともと内科医として、体の弱さ(器官劣等性)を人がどう補おうとするかを研究していました。アドラー自身も、幼いころ病弱だったといわれています。

アドラーは、劣等感そのものは悪いものではないと考えました。「前のようにできない」「人より劣っている」と感じることは、それを補おうとする成長のバネにもなるからです。問題になるのは、劣等感を理由に「どうせ自分なんて」と人生の課題から降りてしまう状態で、アドラー心理学ではこれを劣等コンプレックスと呼んで区別しています。

劣等感(成長のバネ)劣等コンプレックス(言い訳)
「前のようには歩けない。だから、今の体でできる散歩コースを探そう」「どうせもう何もできない。出かけても意味がない」
「仕事のペースは落ちる。それをどう伝えるか考えたい」「病気になった自分なんて、職場の迷惑でしかない」

ここで鍵になるのが、感情の言語化です。「元に戻れない」という漠然とした不安のままだと、劣等感は重い霧のように心を覆います。けれど「階段がこわい」「同僚の目が気になる」「できないことが増えて悲しい」と分けて名前をつけると、一つひとつに対する小さな工夫が見えてきます。

「いま、ここ」に光を当てる

アドラー心理学では、過去の原因や遠い未来の不安よりも、「いま、ここ」で何ができるかに目を向けることを大切にします。岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』でも、人生を「いま、ここ」の連続として生きる考え方が紹介されています。

「病気になる前の自分」と比べると、今はいつも足りなく見えます。比べる相手を「昨日の自分」に変えてみてください。昨日より5分長く座っていられた。今日は窓の外の空に気づけた。それは小さなことに見えて、確かな前進です。

職場への復帰については、気持ちの整理のしかたを復職をテーマにした記事でくわしく紹介しています。あわせて読んでみてください。

「元の自分」に戻らなくていい。
病気を経験した「いまの自分」から、
また新しく歩き出せばいい。

「ありがとう」も貢献になる|アドラーの貢献感と6つの感の自己受容感

病気や入院のあと、多くの方が口にするのが「人の世話になってばかりで申し訳ない」という言葉です。今まで家族を支えてきた人ほど、支えられる側に回ったとき、自分の価値がなくなったように感じてしまいます。

貢献感は「何かをしてあげる」ことだけではない

アドラー心理学では、人は「自分は誰かの役に立っている」という貢献感を通して、自分には価値があると感じられると考えます。そして、ここでいう貢献は、目に見える行動だけを指すのではありません。

看護師さんに「ありがとう、助かりました」と伝える。家族に「来てくれてうれしい」と言う。同室の人と「今日は暖かいですね」と言葉を交わす。その一言で、相手の心が少しあたたかくなるなら、それも立派な貢献です。アドラー心理学でいう共同体感覚、つまり「自分はこの人たちの仲間で、ここに居場所がある」という感覚は、こうした小さなやりとりの中で育っていきます。

そして、「ありがとう」や「うれしい」を伝えるためには、まず自分がそう感じていることに気づく必要があります。感情の言語化は、病室での貢献の第一歩でもあるのです。

6つの感の「幹」|自己受容感が病気と向き合う力になる

私が提唱している自己肯定感の「6つの感」は、心を1本の木にたとえています。根が自尊心≒自己存在感、幹が自己受容感、枝が自己効力感、葉が自己信頼感、花が自己決定感、実が自己有用感です。

6つの感病気や入院で起きやすいこと育てるための一言
自尊心≒自己存在感(根)「こんな自分に価値はあるのか」とゆらぐ「ここにいていい」
自己受容感(幹)弱った体や、感じられない心を責めてしまう「今はこれでいい」
自己効力感(枝)できないことが増え、「やればできる」が持てない「昨日より少しできた」
自己有用感(実)世話になるばかりで役に立てないと感じる「ありがとうを伝えられた」

病気と向き合うときに特に大切なのが、幹にあたる自己受容感です。自己受容感とは、いいところも、思いどおりにならないところも含めて、「これが今の自分」と受け入れられる感覚のことです。

「涙が出ない自分はおかしい」「不安になる自分は弱い」と思うと、病気のつらさに自己否定が重なり、幹がぐらつきます。反対に、「今は感じにくくなっている時期なんだな」「不安になるのは当たり前だ」と受けとめられると、幹が太くなり、枝の自己効力感や実の自己有用感も、少しずつ育ちやすくなります。

感じられない自分も、不安な自分も、
「今はこれでいい」と受けとめる。
それが、心の木の幹を太くする。

ひとりで抱えないために|相談できる場所とご家族へのお願い

病気のことは主治医に、と思っていても、お金のこと、仕事のこと、家族のこと、気持ちのことは、診察室ではなかなか話せません。そんなときに頼れる場所があります。

病気や治療の悩みを相談できる場所
がん相談支援センター:全国のがん診療連携拠点病院などに設置。その病院にかかっていなくても、患者さんや家族が無料で相談できます
病院の医療ソーシャルワーカー/患者相談窓口:療養生活、医療費、仕事、退院後の生活などの相談にのってくれます
主治医・看護師:体の症状や治療についての判断は、必ず主治医へ

医療ソーシャルワーカーは、多くの病院で「医療相談室」「患者支援センター」などの名前の窓口にいます。「何を相談したらいいかわからない」という状態で訪ねても大丈夫です。「うまく言えないけど、退院後が不安で」と伝えるところから、一緒に整理してくれます。

「消えてしまいたい」と感じるほどつらいときは

治療が長引いたり、痛みが続いたり、先の見通しが立たなかったりすると、「もう消えてしまいたい」「いなくなったほうが楽かもしれない」と感じることがあるかもしれません。その気持ちは、あなたが弱いから生まれるのではありません。「それほどつらい」という、心からのSOSです。

感情を言葉にするのが苦手な人ほど、そのつらさが周りに届きにくく、ひとりで抱えこんでしまいがちです。主治医や看護師に「最近、気持ちがとても落ちこんでいる」と伝えることは、決してわがままではありません。気持ちの落ちこみも、治療やケアの中で支えてもらえることです。助けを求めることは、弱さではありません。

気持ちがつらいときの相談先
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
いのちSOS 0120-061-338
SNSで相談したいときは、厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)で相談先を探せます。
命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ。

ご家族の方へ|「元気出して」より「どんな感じ?」

大切な人が病気になると、家族もまた大きな不安を抱えます。そして、つい「元気出して」「前向きにね」「大丈夫だよ」と励ましたくなります。けれど、感情が平らになっている本人にとって、前向きさを求められることは、かえって負担になることがあります。

  • 「元気出して」より、「今日はどんな感じ?」「ちょっと?そこそこ?」と聞く
  • 本人が淡々としていても、「冷たい」と受けとらない。心が自分を守っている時期かもしれない
  • 答えがなくても「そっか」で終える。沈黙を埋めようとしない
  • 家族自身の気持ちも「私は少し心配だった」と短く言葉にして見せる
  • 家族もがまんしすぎない。がん相談支援センターなどは家族の相談も受けつけている

病気の家族を支える側の気持ちについては、また別の記事でもくわしく扱っています。ここでは一つだけ。本人の気持ちを引き出そうとするより、「わからないままでも、ここにいるよ」と伝え続けること。その安心感が、ブレーカーをもう一度上げる力になります。

よくあるご質問

病気になってから何も感じなくなりました。このまま元に戻らないのでしょうか?
病気や入院をきっかけに一時的に感情が平らになる状態は「2次性アレキシサイミア」と呼ばれ、状況が落ち着き、安心が戻るにつれて薄れていくことが多いとされています。焦らず、心の体温チェックのような小さなワークから始めてみてください。気分の落ちこみや不眠が長く続く場合は、主治医に相談しましょう。
看護師さんに「大丈夫です」と言ってしまいます。本当のことを言ってもいいのでしょうか?
はい、言ってかまいません。患者さんの痛みやつらさは、医療者にとって治療やケアを調整するための大切な情報です。口で言うのが難しければ、NRS(0〜10)の数字や「そこそこ不安」のような言葉をメモに書いて渡すだけでも十分伝わります。
体の不調は、気持ちのせいなのでしょうか?
体の症状は、まず医学的に確かめることが大前提です。新しい症状や強い痛みは、気持ちの問題と決めつけず、必ず主治医に伝えてください。そのうえで、不安や緊張が体の感じ方に影響することはよくあります。「体の不調の中に、気持ちも混ざっているかもしれない」と考えておくと、自分の状態を立体的に見られます。
家族が病気になってから、話しかけても反応が薄くなりました。どう接すればいいですか?
反応が薄いのは、あなたを拒んでいるのではなく、大きな出来事から心を守っている時期なのかもしれません。「元気出して」と励ますより、「今日はどんな感じ?」と短く聞き、答えがなくても受けとめてください。家族自身の不安も大切です。がん相談支援センターや病院の医療ソーシャルワーカーは、家族の相談も受けつけています。
感情の言語化は、病気の治療に役立ちますか?
感情の言語化は治療の代わりにはなりません。医学的な判断と治療は主治医にゆだねてください。ただ、気持ちに名前をつけると心が落ち着く方向に働くこと、気持ちを書き出すことが心身の健康に良い影響を与えうることは、研究でも報告されています。治療と並行して、心の負担を軽くする工夫として取り入れてみてください。
気持ちが動かないのは、壊れたからではない。
大きな出来事から、心があなたを守っているから。
今日は一つだけ、心の体温に名前を。
「ちょっと不安」「少しほっとした」。
その小さな言葉が、心のスイッチを少しずつ戻していきます。

自分を大切にしよう

病気の告知や入院のあとに気持ちが動かなくなるのは、心が弱いからでも、薄情だからでもありません。受けとめきれないほど大きな出来事から自分を守るために、心が感じる量を一時的に絞っている状態で、「2次性アレキシサイミア」と呼ばれます。病室では「迷惑をかけたくない」という思いから「大丈夫です」と気持ちを押しこめやすく、言葉にならない気持ちは、眠れなさやだるさなど体の感覚と混ざって感じられやすくなります。

痛みはNRSの0〜10で、気持ちは「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階温度計で伝えてみてください。ベッドの上では、心の体温チェック、今日のオノマトペ、比喩レッスン、感情だけ日記のような小さなワークが役に立ちます。退院後の「元に戻れない」不安には、アドラー心理学の考え方がヒントになります。劣等感は名前をつければ成長のバネになり、「いま、ここ」の自分を昨日の自分と比べれば、小さな前進が見えてきます。そして「ありがとう」を伝えることも、立派な貢献です。

医学的な判断は主治医に、生活やお金や気持ちの悩みは、がん相談支援センターや医療ソーシャルワーカーに。ひとりで抱えなくていいのです。感じられない自分も、不安な自分も、「今はこれでいい」と受けとめることが、心の木の幹である自己受容感を太くしてくれます。自分を大切にしよう。病気と向き合っている今日のあなたは、それだけで十分にがんばっています。

ひとりで抱えこまないでください
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間)
いのちSOS 0120-061-338
厚生労働省「まもろうよ こころ」(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/)でSNS相談先を探せます。
病気や療養生活の相談は、がん相談支援センター、病院の医療ソーシャルワーカー(患者相談窓口)へ。
命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • A.N.シン「心身症とアレキシサイミア(失感情症)」永田勝太郎ほか訳、『心身症の診断と治療』所収
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • Nemiah, J.C., & Sifneos, P.E. (1970). Affect and fantasy in patients with psychosomatic disorders.
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
  • Pennebaker, J.W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science, 8(3), 162-166.
  • アルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』(岸見一郎訳、アルテ)
  • 岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)
  • 国立がん研究センター がん情報サービス「がん相談支援センター」
  • 厚生労働省「まもろうよ こころ」
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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