「大丈夫です」と言って辞めていく社員|人材不足の陰にある感情迷子さん問題

「大丈夫です」と言って辞めていく社員|人材不足の陰にある感情迷子さん問題

「大丈夫です」と言って辞めていく社員
人材不足の陰にある感情迷子さん問題

面談ではいつも「大丈夫です」「特に問題ありません」。それなのに、ある日突然、退職届が出てくる。人が採れない時代に、こうした「予兆のない離職」に頭を抱える経営者・管理職・人事の方は少なくありません。その陰には、不満がないのではなく、自分の気持ちを言葉にできないまま限界を迎えてしまう「感情迷子さん」の問題が隠れていることがあります。離職前のサインと、明日から使える聞き方をお伝えします。

中島 輝(中島輝)
心理カウンセラー/自己肯定感アカデミー会長/「6つの感」理論創始者/著書累計77万部/15,000人臨床/『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ・累計32刷)『働く人のための自己肯定感』著者

「大丈夫です」の裏側で起きていること

よくある相談の典型例
「本当に、何の不満もないんです。
ただ……もう続けられないと思って」
場面入社3年目の社員が退職を申し出た面談で。上司は驚いて「何か嫌なことがあったなら言ってほしかった」と伝えるが、本人は「特に何も」と首をふる。毎月の1on1では「大丈夫です」「順調です」と答えていた。ここ数か月、朝の体調不良で遅れて出社する日が増えていたことに、上司はあとから気づく。
この社員は、上司にうそをついていたわけではありません。本人も、自分が何に疲れ、何がつらいのかを言葉にできていなかったのです。言葉にならないまま溜まった重さが、ある日「もう続けられない」という結論だけになって表に出てきました。

経営者や管理職の方からこんな相談を受けることが増えました。「辞める理由を聞いても、本人がはっきり言わない」「引き止めようにも、何を改善すればいいのかわからない」。退職する本人の口から出てくるのは、「一身上の都合で」「特に不満はありません」という言葉ばかり。会社としては、手の打ちようがないように感じます。

けれど、カウンセラーとして多くの働く人のお話を聞いてきた私には、ひとつの共通点が見えています。それは、辞めていく人の多くが「不満がない」のではなく、「不満やつらさを言葉にできなかった」ということです。

「大丈夫」は、感情迷子さんの口ぐせナンバーワン

心理学にはアレキシサイミア(失感情症)という言葉があります。感情がないのではなく、自分の感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態のことです。研究によって幅はありますが、一般の人の約10〜16%、およそ10人に1人に強い傾向が見られるとされています。病名ではなく、誰もが持っている特性の濃淡です。詳しくはアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントで解説しています。

私は近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』の中で、こうした状態の人を親しみをこめて「感情迷子さん」と呼んでいます。感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態のことです。そして本の中で、こう書きました。「大丈夫」は、感情迷子さんの口ぐせナンバーワンだと。

10人に1人ということは、30人の部署なら3人前後。決して特別な誰かの話ではありません。しかも感情迷子さんは、周りに合わせるのが上手で、問題解決にも長けていることが多く、職場では「手のかからない優秀な人」と評価されがちです。だからこそ、限界に近づいていることに誰も気づかないのです。

「大丈夫です」は、本当に大丈夫という意味とは限らない。
「どう言えばいいかわからない」の
言いかえであることが、少なくない。

人材不足の時代に「突然の離職」が増えて見える理由

人手不足は、多くの業種で経営課題の上位にあがるテーマになりました。採用にコストと時間をかけて迎えた人が、育ったころに辞めてしまう。その損失は、求人広告費や紹介手数料といった目に見えるお金だけではありません。

約3割
大学を卒業して就職した人のうち、3年以内に離職する人の割合
出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」公的統計

若手の約3割が3年以内に職場を離れるという状況は、長く続いています。さらに、米ギャラップ社の「State of the Global Workplace」では、日本で「熱意あふれる社員」に当たる人は約6%と、世界でも最低水準だと報告されています。辞めてはいないけれど、心はすでに職場から離れつつある。そうした「静かな離職予備軍」が、数字の向こう側にいることも想像できます。

離職がもたらす、見えにくいコスト

見えやすいコスト見えにくいコスト
採用広告・紹介手数料
新人研修の費用
引き継ぎにかかる時間
残ったメンバーの業務負担の増加
「次は誰が辞めるのか」という不安
顧客との関係やノウハウの断絶
連鎖的な離職

とくに怖いのは、右側の「見えにくいコスト」です。一人が辞めると、残った人の負担が増え、その人たちもまた「大丈夫です」と言いながら無理を重ねていく。言葉にされない疲れが、チームの中で連鎖していくのです。

「阿吽の呼吸」が通じなくなった職場

私は本の中で、今の時代は「言語化」が求められる時代だと書きました。昔なら「いい感じに仕上げておいて」で通じた指示も、今は誰が聞いてもわかる言葉にしなければ伝わりません。チャットやメールなど、表情や声のトーンが伝わらないやりとりも増えました。

その一方で、職場では「ここでは感情を出さないほうが安全だ」という空気も強まっています。コンプライアンス意識の高まりや、何気ない一言が問題になるリスクを考えれば、無理もありません。けれどその結果、上司は踏み込んで聞けず、部下は自分の気持ちを言葉にする練習の機会を失っていきます。

「言葉にしなければ伝わらない」のに、「感情は出さないほうがいい」。この二つの圧力のあいだで、感情迷子さんは黙って限界まで頑張り、ある日突然いなくなります。離職が「突然」に見えるのは、本人の中で何か月もかけて進んでいたプロセスが、言葉として外に出てこなかったからなのです。

職場にいる感情迷子さん|4つのタイプと辞める前のサイン

感情迷子さんには、大きく4つのタイプがあります。タイプによって、職場での見え方も、辞める前に出てくるサインも違います。部下の顔を思い浮かべながら読んでみてください。

タイプ1|感情がわからない
気持ちより先に、体が悲鳴を上げる

自分がどんな気持ちなのか、自分でもよくわからないタイプです。私の本に登場するエミコさん(仮名・30代)は、都内の企業で社長秘書として働いていました。急な予定変更の連絡、理不尽な小言、社内の板ばさみ。それでも常に笑顔で対応し、誰からも頼りにされていました。ところが、原因不明の激しいめまいに悩まされるようになります。「そのとき、どう感じましたか?」と尋ねても、「……わかりません」。体の反応を聞いていくと、ようやく「胃がキュッとした」「頭が重かった」という言葉が出てきました。辞める前のサイン:頭痛・胃痛・めまいなどの体調不良、欠勤や遅刻の増加。

タイプ2|感情を説明できない
わかっているのに、言葉にならない

自分の中にモヤモヤがあることには気づいている。でも、どう言えばいいのかわからず、結局「大丈夫です」と言ってしまうタイプです。「正確に言わなければ」という真面目さが、かえって言葉を詰まらせます。本に登場するアカネさん(仮名・30代会社員)も、職場でも家庭でも「大丈夫」「問題ありません」をくり返し、体に不調が出るまで自分の限界に気づけませんでした。辞める前のサイン:報連相の量が減る、相談の場で黙り込む、チャットの返信が短く事務的になる。

タイプ3|感情に興味がない
成果は出している。でも「何のために」がわからない

論理と合理性を重んじ、問題解決が得意なタイプです。周囲からはエースと見られていることも多いでしょう。けれど、感情を「ノイズ」として切り捨ててきたぶん、ある日ふと「何のために働いているのかわからなくなった」という虚無感におそわれます。辞める前のサイン:仕事は回しているのに目の輝きが消える、「別にどこでも同じ」という発言、条件面だけで転職を決める。

タイプ4|想像できない
この先の自分が思い描けない

目の前の仕事は堅実にこなすけれど、「将来どうなりたい?」と聞かれると頭が真っ白になるタイプです。本に登場するナオさん(仮名・40代公務員)は、仕事と家事を完ぺきにこなしながら、「別に不満があるわけじゃないけど、このままでいいのかな」という重たい疲れを抱えていました。辞める前のサイン:キャリア面談で答えが出ない、「このままでいいのか」という漠然とした不安を口にする、新しい役割を避ける。

タイプ職場でよく聞く言葉上司がかけたい一言
タイプ1
感情がわからない
「よくわかりません」「体調が少し…」「最近、眠れてる?体のほうはどう?」
タイプ2
感情を説明できない
「大丈夫です」「特にないです」「うまく言えなくていいよ。モヤモヤ?ずっしり?」
タイプ3
感情に興味がない
「問題ありません。次はどうしますか」「結果はさておき、今回やってみてどうだった?」
タイプ4
想像できない
「特にやりたいことはないです」「もし1日自由に使えるなら、何をしてみたい?」

なお、タイプは固定されたものではありません。置かれた環境や相手との関係によって、強く出るタイプが変わることもありますし、複数のタイプが混ざっている人もいます。「この人はタイプ2だ」と決めつけるためではなく、関わり方のヒントを得るための地図として使ってください。4タイプ別の育成方法は、感情を言葉にできない部下の育て方|4タイプ別・感情迷子さんの人材育成でくわしく紹介しています。

言葉になる前に、体と行動が先に辞めはじめる

感情迷子さんの離職には、ある典型的な流れがあります。本人が「辞めたい」と言葉にするずっと前から、体と行動はサインを出しはじめているのです。

「突然の離職」に見えるまでの5つの段階 本人の中では、何か月もかけて進んでいることが多い ① 感情の渋滞 モヤモヤが 名前のないまま 溜まっていく ② 体のサイン 頭痛・胃痛 めまい・不眠 慢性的な疲れ ③ 行動の変化 報連相が減る 会話を避ける 遅刻・欠勤 ④「大丈夫です」 面談では 問題なしと 答え続ける ⑤ 退職届 結論だけが 言葉になって 出てくる ここで気づければ、間に合う ①〜④の段階で「体」と「行動」の変化に目を向け、言葉になる手助けをする 上司が見ているのは④の「言葉」だけになりがち 「大丈夫です」という言葉より、顔色・声のトーン・返信の速さ・休み方の変化に注目する
▲ 感情迷子さんの離職は「感情の渋滞→体のサイン→行動の変化→『大丈夫です』→退職届」という順に進みやすくなります。上司が受けとる言葉は④だけなので、「突然」に見えてしまうのです。

名前のない感情は「未完了のタスク」として残り続ける

終わったことよりも、途中で中断したことのほうが記憶に残り続ける。これを心理学では「ツァイガルニク効果」といいます。言葉にできなかった感情も、これと同じように脳の中で「未完了のタスク」として残り続けます。次の感情がやってきても、前の感情が片づいていないので、心の中はどんどん渋滞していきます。

一つひとつは小さなことでも、常に脳のメモリを使い続けている状態ですから、慢性的な疲れを感じやすくなります。本人は「なぜこんなに疲れるのだろう」とピンと来ていません。理由がわからないまま重さだけが増していき、ある日「この職場を離れれば楽になるのではないか」という結論にたどりつくのです。

職場で表れやすい4つの変化

私が自己肯定感アカデミーでお伝えしているアレキシサイミアの講座でも、職場で表れやすい変化として次のようなものを挙げています。

  • モチベーションの低下:以前は前のめりだった会議で、発言が減った
  • 報連相の不足:問題が起きてから、あとで発覚することが増えた
  • 会話の回避:ランチや雑談の輪から自然と離れていく
  • 欠勤や生産性の低下:体調不良による休みや、ケアレスミスが増えた

これらは「やる気がない」「社会人としての自覚が足りない」と受け取られがちです。けれど、その下には言葉にならない感情が渋滞していることが少なくありません。行動の変化は、本人がまだ言葉にできない心の声だと受けとめてみてください。

「何かあったら言ってね」が届かない理由

多くの上司は、部下を大切に思うからこそ「何かあったらいつでも言ってね」と声をかけます。とても誠実な言葉です。ところが、感情迷子さんにとって、この言葉はなかなか使えません。

私は本の中で、感情を言葉にするには3つのステップが必要だと説明しました。①体の信号に気づく → ②感情を解釈する → ③言葉に変換する。さらに③の「言葉に変換する」には、「自分が認識できる言葉にする」段階と、「相手に伝わる言葉にする」段階の二つがあります。

上司が期待していること感情迷子さんの中で起きていること
困ったら、自分から相談してくれるはずそもそも「困っている」と気づいていない(①②でつまずく)
言いにくくても、言葉にしてくれるはずモヤモヤはあるが、自分でも何と呼べばいいかわからない(③の第1段階)
上司にわかるように説明してくれるはず「ちゃんと説明しなければ」と思うほど言葉が出ない(③の第2段階)

「何かあったら言ってね」は、③の第2段階、つまり「相手に伝わる言葉にする」ところまで本人がひとりでたどり着けることを前提にしています。感情迷子さんは、その手前の段階でつまずいているのです。

上司の「正論」が、言葉をさらに奥へ押しこめる

もうひとつ、よく起きるすれ違いがあります。部下が勇気を出して「少し、しんどくて……」と口にしたとき、上司がすぐに解決策を返してしまうことです。

「じゃあ、タスクを整理しよう」「優先順位をつければ大丈夫だよ」。どれも正しいアドバイスです。けれど、言葉にするのが苦手な人にとって、ようやく出てきた「しんどい」が受けとめられないまま次の話に進むと、「やっぱり言っても仕方なかった」という学習になってしまいます。そして次からは、また「大丈夫です」に戻っていくのです。

中島輝より一言

私は5歳のとき、育ててくれた里親が突然いなくなるという経験をしました。そのとき決めたのが「自分のつらさを人に見せてたまるか」ということでした。表面上は「いい子」のまま、誰にも心を開かずに長い年月を過ごしました。だから私は、職場で「大丈夫です」と笑っている人の気持ちが少しわかる気がします。言わないのではなく、言い方がわからない。言っても受けとめてもらえないと、どこかで思いこんでいる。その扉を開けるのは、上手な質問よりも「言わなくても気づこうとしてくれる人」の存在なのです。

「大丈夫です」をほどく1on1の聞き方

では、感情迷子さんの部下と1on1をするとき、具体的にどう聞けばいいのでしょうか。ここでは6つのステップに分けて紹介します。どれも、私の本で紹介しているワークを職場向けにアレンジしたものです。

STEP 1|事実から入る
いきなり気持ちを聞かない

「最近どう?」「何か悩みはある?」という漠然とした質問は、感情迷子さんがいちばん困る問いです。まずは「今週いちばん時間を使った仕事は何だった?」のように、答えやすい事実から聞きます。出来事を話しているうちに、少しずつ心がほぐれていきます。

STEP 2|体を聞く
感情の入り口は体にある

タイプ1の人は、気持ちより体の変化のほうが答えやすいものです。「最近、よく眠れてる?」「肩や胃のほう、重くない?」と体について聞いてみましょう。「そういえば、日曜の夜に胃が重いです」という答えが返ってきたら、それは大切な情報です。

STEP 3|選択肢を出す
オノマトペで聞くと、答えが出やすい

「どんな気持ち?」には答えられなくても、「今の忙しさって、バタバタ?ずっしり?それともザワザワ?」と聞かれれば選べる人は多いのです。本で紹介している「今日のオノマトペ」というワークの応用です。感情に名前をつけると、不安や怒りに関わる脳の扁桃体の活動が下がることが研究で示されています(Liebermanら, 2007)。正確な感情語でなく、オノマトペでも心は整理されていきます。

STEP 4|強さを聞く
「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階で

「ずっしり」と答えてくれたら、「それって、ちょっと?そこそこ?すごく?」と続けます。「3段階温度計」というワークの考え方です。「すごく」と返ってきたら、それは早めに手を打つべきサインです。数字で10段階をつけるより、3段階のほうが感情迷子さんにはずっと答えやすくなります。

STEP 5|5秒待つ
沈黙を埋めない

部下が言葉に詰まったら、すぐに助け舟を出したくなります。でも、そこで5秒だけ待ってください。その間に心の中で「この人は今、何を感じているんだろう?」と問いかけます。本で紹介している「5秒ルール」です。言葉を探している人にとって、急かされない沈黙は何よりの安心になります。

STEP 6|共感を先に、解決はあとで
正論は30秒後でも遅くない

何か言葉が出てきたら、解決策より先に「それはしんどかったね」「話してくれてありがとう」と共感の一言を返します。「共感の一言」というワークです。正論やアドバイスは、そのあとで十分に届きます。わかってもらえたと感じてからのアドバイスは、同じ言葉でも違う温度で相手の心に入っていきます。

「大丈夫です」をほどく1on1の階段 答えやすい問いから、少しずつ気持ちに近づいていく ① 事実 何に時間を使った? ② 体 眠れてる? ③ 選択肢 バタバタ?ずっしり? ④ 強さ ちょっと・そこそこ ・すごく ⑤ 5秒待つ 沈黙を埋めない ⑥ 共感 しんどかったね → 解決はそのあと
▲ いきなり「どんな気持ち?」と聞くのではなく、事実→体→選択肢→強さ→待つ→共感と、答えやすい問いから一段ずつ上っていくと、感情迷子さんの言葉は出てきやすくなります。

言いかえの早見表

届きにくい聞き方届きやすい聞き方
「何か困ってることある?」「今週、いちばんバタバタしたのはどの仕事だった?」
「正直、どう思ってるの?」「この件、モヤモヤ?ソワソワ?どっちに近い?」
「大丈夫?」「疲れ具合、ちょっと・そこそこ・すごくで言うと?」
「ちゃんと言ってくれないとわからないよ」「うまく言えなくていいよ。途中の言葉で聞かせて」
「じゃあ、こうすればいいよ」(即答)「それは大変だったね。……で、どうしたい?」

1on1の目的は、問題をその場で解決することだけではありません。部下が「この人には途中の言葉で話してもいい」と感じられる関係をつくることです。その関係があれば、本当に限界が近づいたとき、退職届より先に「実は……」という言葉が出てくるようになります。

「大丈夫?」と聞けば、「大丈夫です」が返ってくる。
「ちょっと・そこそこ・すごく、どれ?」と聞けば、
本当の重さが返ってくる。

退職の申し出を受けたときの面談で大切なこと

どれだけ気を配っていても、退職の申し出を受けることはあります。そのときの面談は、引き止めのための交渉の場になりがちです。けれど、感情迷子さんとの退職面談では、少し違う姿勢が役に立ちます。

まず「話してくれてありがとう」から

退職を切り出すのは、感情を言葉にするのが苦手な人にとって、とても大きなエネルギーが必要なことです。何週間も、何か月も迷った末に、ようやく口にした言葉かもしれません。「驚いたけれど、話してくれてありがとう」。最初にこの一言があるかどうかで、その後の面談の深さは大きく変わります。

「理由」より「気持ちの経過」を聞く

「辞める理由は何?」と聞かれると、感情迷子さんは「一身上の都合で」「特にありません」と答えるしかありません。本人の中でも、理由が一つの言葉にまとまっていないからです。代わりに、こんなふうに聞いてみてください。

  • 「辞めようかなと最初に思ったのは、いつごろだった?」
  • 「そのころの毎日を天気にたとえると、どんな感じだった?」
  • 「仕事の中で、いちばん心地よかった時間と、心地悪かった時間はどんなとき?」
  • 「もし、どんな条件でも選べるとしたら、どんな働き方をしていたい?」

天気や「心地いい・心地悪い」といった問いは、私の本で紹介している「比喩レッスン」や「五感スイッチ」の考え方です。「なぜ」を問うより、「どんな感じだったか」を問うほうが、言葉になりにくい気持ちがすくい上げられます。

引き止めよりも、本音を受けとる

本人の決意が固い場合、無理に引き止めると、「やっぱりわかってもらえない」という感覚だけが残ります。それよりも、ここで受けとった本音を、残るメンバーのための改善につなげることに意味があります。退職面談で聞いた「気持ちの経過」は、同じような状況にいる他の社員を守るための、何よりの資料になるのです。

そして最後に、「いつでも戻ってきていいし、困ったら連絡してね」と扉を開けておいてください。感情迷子さんは、離れてからようやく自分の気持ちに気づくこともあります。円満に送り出された人は、のちに顧客や協力者として、あるいは再び仲間として戻ってくることもあるでしょう。

辞めにくい職場をつくる|チームでできる3つの仕組み

一人ひとりの1on1に加えて、チーム全体で「感情を言葉にしてもいい」という土台をつくることが、離職を防ぐいちばんの近道です。ポイントは、感情を話すことを特別なイベントにせず、毎日の業務の中に小さく組みこむことです。

仕組み1|朝礼・夕礼で30秒
「今日のオノマトペ」チェックイン

朝礼や定例ミーティングの冒頭で、一人ひと言ずつ今の気分をオノマトペで言うだけの時間をつくります。「今日はソワソワです。午後に大事な商談があるので」「ほわほわです。昨日よく眠れました」。理由は言っても言わなくてもかまいません。上司から先に言うのがコツです。続けるうちに、メンバーの「いつもと違う」に気づきやすくなります。

仕組み2|週に1回、1分
色や天気で「心のお天気」を共有する

週報や社内チャットに、今週の自分を色か天気でひとつ書く欄をつくります。本で紹介している「色彩感情カレンダー」の職場版です。「今週はグレー」「ずっと曇り」が何週も続いている人がいたら、それは声をかけるタイミングです。言葉にするのが苦手な人でも、色や天気なら選べます。

仕組み3|報連相のフォーマットに
「事実+気持ち」をセットで伝える

報告や相談のときに、事実のあとに気持ちを一言添えることをチームのルールにします。「このタスクは初めてで不安な部分があるので、途中で一度見ていただけるとありがたいです」「予定より早く進んでいて、うれしくてご報告しました」。私の本でも紹介している伝え方です。気持ちが一つ加わるだけで、上司は早めにフォローでき、信頼関係も深まります。

仕組みを続けるための注意点

これらの仕組みは、強制しないことが大前提です。「パス」も立派な答えとして認めてください。感情を言葉にできない人に「言いなさい」と迫れば、それ自体がストレスになります。「言っても言わなくてもいい。でも、言いたくなったらいつでも言える」という空気こそが、目指すゴールです。

何を見て、効果を確かめるか

組織として取り組む以上、効果を確かめる視点も欠かせません。とはいえ、感情の言語化が進んだかどうかを直接数字にすることはできません。そこで、次のようなすでに会社にある指標の変化を、半年から1年の単位でゆるやかに見ていくことをおすすめします。

見ておきたい指標読みとれること
早期離職率・定着率入社1〜3年目が辞めずに残っているか
体調不良による欠勤・遅刻タイプ1的な「体のサイン」が減っているか
エンゲージメントサーベイ・パルスサーベイ仕事への熱意や上司への信頼感の推移
1on1の実施状況と相談件数「途中の言葉」で相談できる関係が育っているか
問題の早期報告トラブルが大きくなる前に上がってくるようになったか

数字はあくまで「変化の兆し」を知るための手がかりです。一人ひとりの「大丈夫です」の奥にある声に耳をすませること。それが、どんな制度よりも確かな離職防止策になります。チームの業績と心理的安全性の関係については、感情の言語化が業績を変える|心理的安全性とアレキシサイミアの関係でくわしくお伝えしています。

管理職自身が感情迷子さんかもしれない

ここまで部下の話をしてきましたが、最後にひとつ、大切なことをお伝えします。それは、部下の気持ちに気づけない背景には、上司自身の感情迷子さん傾向が隠れていることがあるということです。

書籍の事例より
「部下が落ち込んでいるとき、
つらかったね、と言えるようになりました」
場面40代の管理職、タカシさん(仮名)。「感情はノイズだ」と思って生きてきた。部下が相談に来ても、まず解決策を出す。家族が話しかけてきても、論理的に返す。「最近、何のために働いているのかわからなくなった」という虚無感を抱えて、カウンセリングに訪れた。
半年ほどたったある日、タカシさんはこう話してくれました。「それだけで、部下の表情が変わるんですね。驚きました。そして、自分もなんだか、スッとするんです」。相手の感情を想像するところから始めて、自分の感情にも気づけるようになっていったのです。

管理職になる人の中には、タイプ3の「感情に興味がない」傾向を持つ人が少なくありません。論理的に考え、素早く判断し、成果を出してきたからこそ、そのポジションにいるのです。それは間違いなく才能です。ただ、その強みが行き過ぎると、部下の「大丈夫です」の奥にある揺れを、ノイズとして聞き流してしまうことがあります。

上司のための「感情タイムアウト」

忙しい管理職の方にこそおすすめしたいのが、「感情タイムアウト」というワークです。1日3回、スマホのアラームをセットしておき、鳴ったら3秒だけ「今、どんな気分?」と自分に問いかけます。答えは「よくわからない」でもかまいません。

自分の内側を見る習慣がつくと、不思議なことに、部下の内側にも目が向くようになります。自分の「ソワソワ」に気づける上司は、部下の「ソワソワ」にも気づけるようになるのです。部下の離職を防ぐ第一歩は、上司が自分の感情に気づくことから始まるといっても言いすぎではありません。

中島輝より一言

カウンセリングや講座の場でこのお話をすると、管理職の方から「実は自分も、ずっと大丈夫と言ってきた側なんです」と打ち明けられることがあります。部下を守らなければ、成果を出さなければと走り続けてきた方ほど、自分の疲れには気づいていません。上司が自分に「しんどかったね」と言ってあげられること。それが、部下に同じ言葉をかけられるようになるための、いちばんの準備です。

よくあるご質問

部下がアレキシサイミアかどうか、上司が判断してもいいのでしょうか?
判断やラベル貼りはおすすめしません。アレキシサイミアは病名ではなく、誰もが持つ特性の濃淡です。上司の役割は「診断」ではなく、「この人は気持ちを言葉にするのが苦手かもしれない」という可能性を頭に置いて、聞き方を工夫することです。体調不良が続いている場合は、産業医や専門家への相談をすすめてください。
1on1で体調や気分を聞くのは、プライバシーの侵害になりませんか?
答えを強制しないことが大前提です。「話したくなければ、パスでいいよ」と最初に伝えておけば、多くの人は安心して答えてくれます。体のことを聞くのは、相手を詮索するためではなく、「あなたのことを気にかけている」というメッセージを伝えるためだと考えてください。
「今日のオノマトペ」を朝礼に取り入れたら、気恥ずかしいという反応がありました。
最初はぎこちなくて当然です。上司やリーダーが先に、少し照れながらでも続けることがいちばんの近道です。オノマトペが難しければ、「天気」や「色」で言う形にしてもかまいません。2〜3週間続けると、多くのチームで自然な習慣になっていきます。
すでに退職を決めた社員に、今からできることはありますか?
引き止めよりも、「話してくれてありがとう」と気持ちを受けとめ、気持ちの経過を聞かせてもらうことをおすすめします。その声は、残るメンバーを守るための大切な手がかりになります。そして、いつでも戻ってこられる関係を残しておくことも、長い目で見れば会社の財産になります。
管理職である自分自身も、気持ちを言葉にするのが苦手です。何から始めればいいですか?
1日3回、アラームが鳴ったら3秒だけ「今、どんな気分?」と自分に聞く「感情タイムアウト」から始めてみてください。答えは「よくわからない」でもかまいません。自分の内側に目を向ける習慣は、部下の気持ちに気づく力にもつながっていきます。
「大丈夫です」の奥には、
まだ言葉になっていない気持ちがある。
気づこうとする人がいる職場から、人は辞めにくくなる。
聞き方を少し変えるだけで、
部下の「本当の声」は少しずつ聞こえてきます。

自分を大切にしよう

「大丈夫です」と言いながら辞めていく社員の多くは、不満がなかったのではなく、自分のつらさを言葉にできないまま限界を迎えてしまった人たちです。感情を言葉にしにくい「感情迷子さん」は、およそ10人に1人。職場では「手のかからない優秀な人」に見えることも多く、だからこそ周囲は気づきにくくなります。離職が「突然」に見えるのは、感情の渋滞、体のサイン、行動の変化というプロセスが、言葉として外に出てこなかったからなのです。

上司にできることは、特別な技術ではありません。事実から入る。体を聞く。オノマトペで選択肢を出す。「ちょっと・そこそこ・すごく」で強さを聞く。5秒待つ。解決策より先に共感の一言を返す。チームでは、朝の「今日のオノマトペ」や、報連相に「気持ちを一言」添える習慣を育てていく。途中の言葉で話してもいい関係が、何よりの離職防止策になります。

そして、部下の気持ちに耳をすませるためには、まず上司自身が自分の気持ちに気づくことが大切です。走り続けてきたあなた自身も、きっとたくさんの「大丈夫」を飲みこんできたはずです。今日、アラームが鳴ったら3秒だけ、自分に「今、どんな気分?」と聞いてみてください。自分を大切にしよう。自分を大切にできる上司のもとでこそ、部下も自分の気持ちを大切にできるようになります。

本記事の参考資料・科学的根拠

  • 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
  • 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」
  • Gallup. State of the Global Workplace.
  • Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
  • Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science.
  • 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
監修|中島 輝
心理カウンセラー・自己肯定感アカデミー会長・「6つの感」理論創始者
著書累計77万部・15,000人臨床・回復率95%
本記事は心理学的知見に基づく一般情報です。医学的診断や治療の代わりにはなりません。心身に不調を感じる場合は、医療機関・専門家へのご相談をおすすめします。

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