言葉の壁の向こうにある「気持ちの壁」
外国ルーツの子ども・家族と地域の感情の言語化
土曜の午前、公民館の日本語教室。小学5年生の女の子は、漢字ドリルをすらすら解き、ボランティアとの雑談にも日本語で笑って答える。ところが「学校、楽しい?」と聞いた瞬間、鉛筆が止まり、「……ふつう」とだけ言って下を向いた。日本語は話せている。それなのに、気持ちになると言葉が出てこない。言葉の壁の向こうには、もう一つ「気持ちの壁」があるのかもしれません。外国ルーツの子どもや家族と関わる地域の方、そして日本で暮らす外国ルーツのご家族へ。二つの言語のあいだで感情の言葉がどう育つのか、地域の場で何ができるのかを、感情迷子さんの視点で考えます。
日本語が話せるのに、気持ちが言えない子
困っていることを一度も話してくれないんです」
日本で暮らす外国人は増え続けています。出入国在留管理庁によると、在留外国人数は2024年末に約370万人を超え、過去最多となりました。学校には日本語の支援が必要な子どもが増え、地域には日本語教室や国際交流の場が広がっています。言葉の支援は、ずいぶん手厚くなってきました。
一方で、見落とされやすいものがあります。それが「気持ちの言葉」です。単語や文法、読み書きの支援は進んでも、「悲しい」「くやしい」「さみしい」「ほっとした」といった感情の言葉を、どの言語で、誰と、どう育てていくのか。そこまで目が向くことは、まだ多くありません。
この記事では、心理学のアレキシサイミア(失感情症)という考え方を手がかりに、言語の壁の奥にある気持ちの壁を見ていきます。最初にお断りしておくと、外国ルーツの子どもや家族が「感情を言葉にできない人たち」だと言いたいのではありません。環境によって、感情の言葉が育ちにくい状況が生まれることがある。そして、その状況は周りの関わりで変えていける。それがこの記事の出発点です。
感情迷子さんとは|「気持ちの言葉」は言語ごとに育つ
アレキシサイミアとは、自分の感情に気づき、ほかの感情と見分け、言葉にすることが難しい状態のことです。感情がないのではありません。感じてはいるけれど、それをつかまえて言葉にするところで、流れが細くなっている状態です。一般の人の約10〜16%、およそ10人に1人に強い傾向があるとされ、病名ではなく、誰もが持つ特性の濃淡と考えられています。DSM-5やICD-11でも独立した診断名にはなっていません。基本的な特徴や原因はアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントで詳しく解説しています。
中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。気持ちの言葉は、いつからでも、どの言語でも、育て直すことができます。
感情の言葉は「やりとり」の中で覚える
私たちは、感情の言葉を辞書で覚えたわけではありません。転んで泣いたときに「痛かったね」、誕生日に「うれしいね」と、身近な大人に気持ちを言葉にしてもらう経験を重ねて、少しずつ自分の中の感覚と言葉を結びつけてきました。心理学者のレーン(Lane)とシュワルツ(Schwartz)は、感情への気づきは体の感覚、行動、ひとつの感情、まざった感情、自分と相手の感情の区別という段階を踏んで育つと考えました。
ここで大切なのは、この「やりとり」が特定の言語の中で起きるということです。家で母語を使って「さみしかったね」と受けとめてもらった子は、母語でさみしさを言い表せるようになります。けれど、学校で日本語のさみしさをどう言えばいいかは、また別に学ぶ必要があります。逆に、日本で育ち日本語が中心になった子が、家族の母語では気持ちを言い表せない、ということもあります。
単語は教科書で覚えられる。
でも、気持ちの言葉は、
誰かに受けとめてもらうやりとりの中で育つ。
二つの言語のあいだで、気持ちの言葉が細くなるとき
カナダの言語学者カミンズ(Cummins)は、移民の子どもの研究から、日常会話の力は比較的早く身につく一方で、学習に必要な言語の力が年齢相応に追いつくまでには、もっと長い年月がかかることを示しました。おおむね、日常会話は1〜2年、学習言語は5〜7年ほどかかるといわれています。
感情の言葉は、ちょうどこの二つのあいだにあるように思います。「おなかすいた」「楽しい」は早く覚えますが、「くやしいけど、少しほっとした」「期待されているのが重い」といった、まざり合った気持ちや、自分の内側を説明する言葉は、抽象的で、使われる場面も限られます。日本語の会話が上手になったように見える子でも、こうした言葉はまだ育っている途中かもしれません。
どちらの言語でも育ちにくい状況
さらに難しいのは、母語の側でも感情の言葉が育ちにくい場合があることです。たとえば、次のような状況が重なるときです。
- 親が長時間働いていて、家でゆっくり話す時間が少ない
- 家では母語、学校では日本語と、場所によって言語が分かれている
- 成長とともに日本語が強くなり、親の母語で深い話をするのが難しくなる
- 引っ越しや転校が多く、気持ちを話せる相手が何度も入れ替わる
- 母国の家族や友だちと離れた喪失感を、誰とも分かち合えていない
こうしたことが重なると、母語では「子どもの頃の気持ち」の言葉までしか育っておらず、日本語では「学校の言葉」しか持っていない、という状態になることがあります。思春期の複雑な気持ちを言い表す言葉が、どちらの言語にも十分にない。すると、「ふつう」「大丈夫」「わからない」で済ませるしかなくなります。
ただし、これはすべての外国ルーツの子に当てはまることではまったくありません。二つの言語で豊かに気持ちを表す子もたくさんいますし、言葉が少ないのは単に性格や、まだ相手に心を開いていないからかもしれません。「外国ルーツだから言えないのだろう」と決めつけることは、それ自体がその子の気持ちを見えにくくします。大切なのは、「もしかしたら、気持ちの言葉が足りなくて困っているのかもしれない」という可能性を、選択肢の一つとして持っておくことです。
大人にも起こる「気持ちの言葉の空白」
同じことは大人にも起こります。仕事や手続きに必要な日本語は身につけても、職場で傷ついたこと、子育ての不安、母国の家族への思いを、日本語で人に伝えるのは別の話です。言語学者パヴレンコ(Pavlenko)らの研究では、複数の言語を使う人の多くが、子どもの頃から使ってきた言語の感情の言葉のほうが、心に強く響くと感じていることが報告されています。日本語で「大丈夫です」と言いながら、心の中では母語で叫んでいる。そんな方も少なくないのです。
感情の表し方には「文化の作法」がある
もう一つ知っておきたいのは、感情の表し方には文化ごとの作法があるということです。心理学者のエクマン(Ekman)らは、どんな場面でどの感情をどの程度表に出してよいかという社会のルールを「表示規則(ディスプレイ・ルール)」と呼びました。
| 場面 | 文化によって違いがある例 |
|---|---|
| うれしいとき | 大きな声や身ぶりで喜ぶのが自然な文化もあれば、控えめにほほえむのが礼儀とされる文化もある |
| 怒りを感じたとき | はっきり言葉にするのが誠実とされる文化もあれば、表に出さないことが大人の振る舞いとされる文化もある |
| 悲しいとき | 人前で泣くことが自然な文化もあれば、家族の中でだけ泣く文化もある |
| 目上の人に対して | 不満や困りごとを伝えること自体が失礼にあたると考える文化もある |
日本の「空気を読む」「察する」文化も、世界から見れば一つの作法です。外国ルーツの子どもや家族は、母国の作法と日本の作法のあいだで、どう表すのが正しいのか迷っていることがあります。母国では当たり前だった大きな身ぶりが、日本の教室では浮いてしまった。それ以来、感情を出すこと自体をやめてしまった。そんな話を聞くこともあります。
ここで地域の大人に気をつけてほしいのは、表し方の違いを、感じ方の違いと取り違えないことです。表情が少ないから何も感じていない、声が大きいから怒っている、とは限りません。「この子の文化では、どんなふうに気持ちを表すのだろう」と、本人や家族に教えてもらう姿勢を持つことが、関係の第一歩になります。
感じていないことではない。
「笑っているから平気」「黙っているから納得している」と読みとる前に、その人の文化での表し方を尋ねてみましょう。違いを知ろうとする姿勢そのものが、「ここでは気持ちを出しても大丈夫」という安心につながります。
中島輝より一言
私のカウンセリングルームには、温かいおしぼりと冷たいおしぼりを用意しています。セッションの前にお渡しして「これは温かいですか?」と聞くと、私がそれほど温かいと思わないおしぼりでも、「すごく温かい」と答える方がいます。同じものに触れても、感じ方は人によって違うのです。言語や文化が違えば、なおさらでしょう。だから私は、相手の感じ方を「正しい・間違い」で判断せず、「そう感じるのですね」と、まずそのまま受けとることを大切にしています。その一言が、言葉の壁を越えて届くことがあるのです。
日本語教室・地域の場でできる工夫|絵・色・オノマトペ・表情カード
では、言葉の壁と気持ちの壁が重なっているとき、地域の場では何ができるでしょうか。ポイントは、「言語に頼りすぎない入口」を用意することです。感情への気づきは、もともと体の感覚から始まります。言葉より手前の入口から入れば、日本語が十分でない人とも、気持ちのやりとりができます。
顔のイラストを指さしてもらう
笑顔、泣き顔、怒った顔、困った顔、ぼんやりした顔など、8〜10種類の表情を描いたカードを用意します。教室の始めに「今日はどの顔に近い?」と聞き、指さしてもらうだけです。言葉はいりません。2枚選んでもいいことにすると、「楽しいけど、少し疲れた」のような、まざった気持ちも表せます。
気分に近い色のシールを貼る
『感情迷子さんの本』のワーク「色彩感情カレンダー」を教室向けにしたものです。カレンダーやノートに、その日の気分に近い色のシールを1枚貼ってもらいます。色と気持ちの結びつきは文化によって違うこともあるので、「この色はどんな気分?」と本人に教えてもらうのがポイントです。同じ色が長く続く、急に変わったなどの変化は、気持ちの小さなサインになります。
「もやもや?ドキドキ?ほっ?」と選んでもらう
日本語は擬音語・擬態語がとても豊かな言語です。『感情迷子さんの本』では、「悲しい」「不安」のような感情語より、「モヤモヤ」「ざわざわ」のような体の感覚に近い言葉のほうが選びやすいと説明されています。音とジェスチャーを一緒にすると、日本語の初心者にも伝わります。「どきどき」で胸をたたく、「しょんぼり」で肩を落とす。教える側が楽しそうにやってみせると、教室の空気もやわらかくなります。
母語と日本語の感情の言葉を並べて書く
ワーク「感情ことば帳」の応用です。ノートの左に日本語、右に母語で、感情の言葉を並べて書いていきます。「うれしい」と「(母語のうれしい)」。そのうち、「日本語の『なつかしい』にぴったりの言葉が母語にはない」「母語のこの言葉は、日本語ではうまく言えない」という発見が出てきます。その違いを一緒に面白がることが、二つの言語のあいだに橋をかけることになります。ボランティア側も、相手の言語の感情の言葉を一つ覚えてみてください。
母語を否定しない
日本語の上達を願うあまり、「家でも日本語を使ったほうがいい」と勧めてしまうことがあります。けれど、気持ちの言葉の育ちから考えると、これは慎重であるべきです。家族が最も深く気持ちを伝え合える言語は、多くの場合、母語です。母語で「さみしかったね」と受けとめてもらう経験は、日本語では代わりがききません。母語で育った気持ちの土台があってこそ、日本語の感情の言葉も根を張りやすくなります。
通訳を頼む場面で気をつけたいこと
学校の面談、病院、役所の手続き、地域のトラブルの話し合い。外国ルーツの家族と大切な話をするとき、通訳が必要になる場面があります。こうした場面には、たいてい強い感情が伴います。不安、緊張、怒り、恥ずかしさ。事実は通訳できても、気持ちはこぼれ落ちやすいのが通訳の場面です。
子どもに通訳をさせない
まず気をつけたいのは、子どもを親の通訳にしないことです。日本語が上手な子どもは、学校の面談や病院、役所で、親の通訳を任されることがあります。けれど、親の病気、お金のこと、先生からの厳しい指摘。そうした大人の話を、子どもが自分の口で親に伝えるのは大きな負担です。子どもは親を傷つけないように言葉をやわらげたり、自分の気持ちを押し殺したりします。大事な話ほど、自治体の通訳派遣や専門の通訳者、多言語の相談窓口を使うことを考えてください。
通訳を交えて話すときのポイント
- 通訳者ではなく、本人の顔を見て話す
- 一文を短く区切り、あいまいな言い回し(「前向きに検討」など)を避ける
- 事実を伝えたあとに、「お母さんは今、どんなお気持ちですか?」と気持ちも尋ねる
- 感情の言葉は一対一で訳せないことがあると、通訳者と事前に共有しておく
- 本人の表情や沈黙を、急がずに待つ
- 最後に「わからなかったところ、気になっていることはありますか?」と確認する
とくに、事実の説明だけで終わらせず、気持ちを尋ねるひと言を入れることが大切です。「心配ですよね」「驚かれたと思います」と先に言葉にすると、相手は「気持ちを出していい場なのだ」と感じやすくなります。通訳を介すると時間が倍かかるので、つい事務的になりがちですが、その数十秒が信頼の分かれ目になります。
通訳がいない日常の場面では、「やさしい日本語」も役に立ちます。短い文で、尊敬語や謙譲語をできるだけ使わず、はっきり話す。気持ちを聞くときも「今、どうですか?」より「今、つらい?大丈夫?どっち?」のように、選べる形にすると答えやすくなります。
外国ルーツの親が抱える「言えない気持ち」
気持ちの壁を抱えているのは、子どもだけではありません。日本で子育てをする外国ルーツの親も、さまざまな「言えない気持ち」を抱えています。
子どもに知られたくなかった」
母国にいれば頼れた親きょうだいや友人が近くにいない。職場では日本語の壁で本音を言えない。子どもの学校のことがわからず、子どもにも頼りきれない。気持ちを分かち合える相手が少ないまま、ひとりで抱えてしまう親は少なくありません。気持ちを言葉にする機会が減ると、それはやがて、頭痛や不眠、だるさといった体の不調として出てくることもあります。
地域の人ができる「気持ちの聞き方」
地域の人ができるのは、相談にのることより先に、「困っていることがあったら言ってね」の一歩先の声かけです。「困っていることは?」と聞かれても、何をどこまで話していいかわからないものです。そこで、「学校の手紙、わかりにくいの、ありますか?」「日本の冬、寒いでしょう。体は大丈夫?」と、具体的に、そして少しだけ気持ちに触れる形で尋ねてみてください。
そして、話してくれたときには、まず『感情迷子さんの本』のワーク「共感の一言」を。アドバイスや正しい情報を伝えたくなっても、いったんこらえて、「それは大変でしたね」「ひとりで頑張ってきたんですね」と気持ちを受けとめるひと言を先に伝えます。情報は、そのあとで十分です。
地域でのつながり方については、ご近所・地域の人間関係に疲れる理由|感情を言葉にできない大人のつながり直しもあわせてお読みください。
支える地域の人が疲れないために
日本語教室のボランティア、学校の日本語支援員、自治会の役員、国際交流協会のスタッフ。外国ルーツの人を支える地域の人もまた、知らず知らずのうちに気持ちを抱え込んでいます。
- 力になりたいのに、言葉が通じなくて無力感を覚える
- 文化の違いにとまどい、イライラする自分に罪悪感を持つ
- 相手の深刻な事情を聞いて、家に帰っても頭から離れない
- 「こんなに頑張っているのに」と報われなさを感じる
- 周りから「なぜそこまでやるの」と言われ、孤立を感じる
こうした気持ちは、異なる文化と真剣に向き合っている人なら、誰もが経験するものです。大切なのは、その気持ちに名前をつけて、仲間と分かち合うことです。『感情迷子さんの本』でも紹介されている神経科学者リーバーマン(Lieberman)らの2007年の研究では、感情に言葉でラベルをつけると、不安や恐れに関わる脳の扁桃体の活動が落ち着くことが示されています。「今日はちょっともどかしかった」「あの子が笑ってくれて、すごくうれしかった」。教室のあとに、ボランティア同士でひとことずつ言い合うだけでも、心の荷物は軽くなります。
「わからない」を前提にする
異文化の中で暮らす人の気持ちを、すべて理解することはできません。「わからない」を前提にして、「教えてほしい」と言える関係こそが、もっとも長続きする支え方です。わからなくて当然。だからこそ聞く。その姿勢は、相手にとっても「わからないことを、わからないと言っていい」という安心になります。
よくあるご質問
もう一つの「気持ちの壁」がある。
入口は、表情と色とオノマトペから。
「教えてほしい」と言える関係が、壁を少しずつ低くします。
自分を大切にしよう
外国ルーツの子どもや家族が「大丈夫です」「ふつう」と言うとき、その奥には、言葉の壁だけでなく気持ちの壁があるかもしれません。感情の言葉は、誰かに受けとめてもらうやりとりの中で、言語ごとに育っていきます。二つの言語のあいだで暮らす人は、どちらの言語でも気持ちの言葉が育ちにくい状況に置かれることがあります。そして、感情の表し方には文化ごとの作法があります。表し方が違うことは、感じていないことではありません。
地域の場でできることは、たくさんあります。表情カードや色、オノマトペなど、言語に頼りすぎない気持ちの入口を用意する。母語を否定せず、母語と日本語の感情の言葉を並べて橋をかける。大事な話は子どもに通訳させず、専門の通訳や多言語相談を使う。事実だけでなく「どんなお気持ちですか?」と尋ねる。そして、支える人自身も、もどかしさや無力感に名前をつけ、仲間と分かち合うことです。
異なる文化の人と関わることは、自分の当たり前を問い直すことでもあります。わからなくて当然、だからこそ聞く。その姿勢は、あなた自身の気持ちにも向けてみてください。自分を大切にしよう。自分の気持ちをていねいに扱える人のそばで、言葉の壁を越えて「ここでは気持ちを出していい」と感じられる人が、きっと増えていきます。
ひとりで抱えないで(つなぎ先の例)
自治体や国際交流協会の多言語相談窓口
子どもが通う学校(担任・日本語指導の担当・スクールカウンセラー)
24時間子供SOSダイヤル 0120-0-78310(文部科学省)
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・外国語での相談にも対応)
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
命の危険が迫っているときは、迷わず119番・110番へ
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- Lane, R.D., & Schwartz, G.E. (1987). Levels of emotional awareness: A cognitive-developmental theory and its application to psychopathology. American Journal of Psychiatry, 144(2), 133-143.
- Cummins, J. (1981). Age on arrival and immigrant second language learning in Canada: A reassessment. Applied Linguistics, 2(2), 132-149.
- Pavlenko, A. (2005). Emotions and Multilingualism. Cambridge University Press.
- Ekman, P., & Friesen, W.V. (1969). The repertoire of nonverbal behavior: Categories, origins, usage, and coding. Semiotica, 1, 49-98.
- Lieberman, M.D., et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
- 出入国在留管理庁「在留外国人統計」(2024年末)

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。






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