「痛い」としか言えない患者さん
看護師が知っておきたいアレキシサイミアと心身症
検温のたびに「痛い」「だるい」。痛みのスケールを聞くと毎回「8」なのに、表情はあまり変わらない。検査では大きな異常が見つからず、カルテには「不定愁訴多い」の文字が増えていく。気持ちを尋ねても、話はすぐに症状のくわしい説明に戻ってしまう。そんな患者さんに、もどかしさを感じたことはありませんか。「痛い」は、気持ちを伝えるための、その人にとって唯一の言葉なのかもしれません。病棟・外来・訪問看護の現場で役立つ、アレキシサイミアと心身症の基本と、明日から使える観察・声かけ・記録の工夫をお伝えします。
「痛い」「だるい」の一語しか出てこない患者さん
……どう痛いかと言われても、とにかく痛い」
看護の現場では、こうした患者さんに日常的に出会います。「どう痛いですか」と聞いても「とにかく痛い」。「つらいですね」と声をかけても「別に」。気持ちの話をしようとすると、すぐに症状のくわしい説明や、検査値の話に戻ってしまう。関わろうとするほど手応えがなく、看護師のほうが疲れてしまうこともあるでしょう。
こうした患者さんを理解する手がかりになるのが、アレキシサイミア(失感情症)という考え方です。アレキシサイミアはもともと、心身症の患者さんを診ていた医師たちが見いだした概念です。つまり、看護師が日々向き合っている「体の訴えの奥にある何か」を説明するために生まれた言葉だといえます。
なお、この記事は看護師が患者さんを理解し、関わるための視点をお伝えするものです。アレキシサイミアの評価や、心身症の診断・治療方針の判断は医師の役割です。気づいたことは、医師や多職種と共有しながら活かしてください。
アレキシサイミアとは|Nemiahらが心身症の患者さんに見いだした特徴
アレキシサイミアは、1970年代はじめにアメリカの精神科医シフネオス(Sifneos)が、同僚のネマイア(Nemiah)とともに心身症の患者さんを研究するなかで名づけました。ギリシャ語で「感情に対応する言葉がない」という意味です。基本的な成り立ちはアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントにまとめています。
ネマイアらの研究をもとに、現在アレキシサイミアは次の特徴で説明されています(Taylor, Bagby & Parker『アレキシサイミア』)。
| 特徴 | 看護の場面で見えやすい姿 |
|---|---|
| 感情を見分け、体の感覚と区別することが難しい | 「胸がざわざわする」のが不安なのか動悸なのか、本人にも区別がつかない。すべてが「痛い」「だるい」にまとまる |
| 感情を人に伝えることが難しい | 気持ちを聞かれると「別に」「普通」。不安について尋ねると「落ち着かない」「じっとしていられない」としか答えない |
| 想像や空想が乏しい | 退院後の生活や回復した自分を思い描くことが難しい。「先のことはわからない」 |
| 外側の出来事に目が向く思考 | 検査値、薬の名前、症状の経過はくわしく話せるのに、そのときの気持ちはほとんど出てこない |
シフネオスは、こうした患者さんに抑うつ気分について尋ねると、「空虚」「空っぽ」「退屈」「痛み」の感覚についてしか語らなかったと記録しています。気持ちを聞いているのに、体の感覚の言葉が返ってくる。これは、看護師が日々感じている手応えのなさの正体のひとつかもしれません。
そのほかにも、初期の臨床観察では、周りに合わせようとする傾向、葛藤を避ける傾向、夢を思い出すことの少なさ、こちこちに硬い姿勢、表情の乏しさなどが報告されています。表情があまり動かないのに痛みのスケールは高い。そのずれは、患者さんが痛みを偽っているのではなく、感情が表情という出口を通りにくくなっていることのあらわれかもしれないのです。
アレキシサイミアは、DSM-5やICD-11の独立した診断名ではありません。誰もが持っている特性の濃淡と考えられています。研究では、トロント・アレキシサイミア尺度(TAS-20)という20項目の自己記入式質問紙がよく使われていますが、これは研究や専門的な評価のための道具です。看護師が病棟で患者さんに実施して判定するものではない、と考えてください。
私の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では、感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態の人を「感情迷子さん」と呼んでいます。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。患者さんの気持ちは消えたのではなく、言葉への道がわからなくなっているだけなのです。
1次性と2次性|「その人の特性」か「病気や入院への反応」か
浜松医科大学心療内科の永田勝太郎氏らが翻訳した『心身症の診断と治療』に収められたA.N.シンの論文「心身症とアレキシサイミア」では、アレキシサイミアを1次性と2次性に分けて理解する見方が紹介されています。看護の視点からも、この区別はとても役に立ちます。
| 1次性アレキシサイミア | 2次性アレキシサイミア | |
|---|---|---|
| 性質 | 時間や状況が変わってもあまり変わらない、その人の特性 | 強いストレスから心を守るための、一時的な防衛反応 |
| 背景 | 生まれ持った気質、脳の働き方、幼少期の環境 | 重い病気、手術、集中治療、透析、告知、大切な人との死別など |
| 病棟での手がかり | ご家族に聞くと「昔から気持ちを言わない人」 | ご家族に聞くと「病気になってから、別人のように表情がなくなった」 |
| 経過 | 関わりや練習によって、ゆっくり変わりうる | 状況が落ち着くと薄れていくことが多い。ただし慢性の経過では長く続くことも |
ドイツの医師フレイバーガー(Freyberger, 1977)は、人工透析や臓器移植を受けている患者さん、一時的に生命が危険な状態で集中治療室にいる患者さんの中に、感情の表現や想像が乏しくなる人がいることを観察し、これを「2次的アレキシサイミア」と呼びました。そして、病気が慢性の経過をたどる患者さんでは、それが長く続く特徴になりうることも報告しています。日本の福西らの研究でも、透析や腎移植の患者さんに、ストレスへの反応としてこうした特徴が生じるのは珍しくないことが確かめられ、否認を含む自己保護的な方略だと考えられています。
看護師にとって大切なのは、2次性の可能性を知っておくことです。告知を受けたあと妙に淡々としている患者さん、ICUから戻って表情が乏しくなった患者さん、長い透析生活の中で「もう何も感じない」と言う患者さん。その姿は冷淡さや無関心ではなく、耐えがたい現実から心を守るための、精一杯の反応かもしれません。無理に感情を引き出そうとせず、安心できる関わりを続けることが、何よりのケアになります。
過剰適応という、もうひとつの顔
シンの論文では、心身症とアレキシサイミアを考えるうえで過剰適応にも注目しています。周囲の期待に合わせ、まじめに、我慢強く、弱音を吐かずに頑張りつづける。「手のかからない、いい患者さん」に見える方が、実は気持ちを言葉にできないまま体だけが悲鳴をあげている、ということがあるのです。
ナースコールを押さない、「大丈夫です」としか言わない、検温のたびに笑顔で「お世話をかけます」と言う。そうした「いい患者さん」こそ、注意深く見守る必要があることを、心身症の視点は教えてくれます。
心身症とアレキシサイミア|感情が体の言葉で語られるしくみ
心身症とは、身体疾患のうち、その発症や経過に心理社会的な要因が深く関わっているものをいいます。胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、緊張型頭痛、本態性高血圧、気管支喘息、アトピー性皮膚炎などが代表的です。体の病気であることに変わりはなく、体の治療が必要です。そのうえで、心の要因にも目を向けることが求められます。
1949年、アメリカの神経科学者マクリーン(MacLean)は、心身症の患者さんは自分の気持ちを言葉にできず、苦しい感情が言葉の回路を通らずに、自律神経を通って体に出てしまうのではないかと考えました。『心身症の診断と治療』でも、心身症の患者さんは感情の乱れを「体の不調」として受けとってしまう、と説明されています。
ここで注意したいのは、「アレキシサイミアが心身症の原因」と言い切ることはできないという点です。病気や強いストレスの結果として、アレキシサイミアの特徴が強まることもあります。ただ、感情をうまく調整できない状態が続くと、自律神経や内分泌の働きが高ぶったままになり、体に負担がかかりやすいと多くの研究者が考えています。
また、アレキシサイミア傾向は、心の不調とも重なりやすいことが報告されています。講座資料でまとめている研究では、うつ病の約45〜50%、パニック障害の約34%にアレキシサイミア傾向が見られたとされています。体の症状の訴えの陰に、気分の落ち込みや不安が隠れていることもあるのです。抑うつや不安が疑われるときは、医師に報告し、必要に応じて心療内科や精神科、リエゾンチームと連携しましょう。
不定愁訴の見方|「異常なし」の先にある看護の視点
「検査では異常なし」「不定愁訴が多い」。看護記録や申し送りで、こうした言葉を目にしたり、自分で書いたりしたことがあると思います。けれど、患者さんにとって症状は、検査結果にかかわらず確かに感じている苦痛です。
腹部の症状に加え、めまい、眼の痛み、耳鳴り、頭の圧迫感に何年も苦しんでいた男性。多くの内科医や外科医を訪ねて数多くの検査を受け、最後に精神科を紹介されました。面接では表情に乏しく、自分の感情を詳しく述べることが難しい様子でした。つらい出来事を尋ねられると、妻をがんで亡くして以来、気持ちが落ち込み眠れないことを認めます。けれど、気分についてさらに尋ねられると、「大きな音量で音楽を聴くのが好きだ」とだけ答えたのです。
この事例は、気持ちを言葉にしにくい人が、どれほど長く体の症状だけを抱えて医療機関を回るかを教えてくれます。症状をくわしく語ることは、その人にとって、苦しさを伝える唯一の方法なのかもしれません。
不定愁訴を見るときの4つの視点
まず、体の病気を見逃さない
どんなにくり返される訴えでも、「またいつもの」と決めつけないことが大前提です。訴えの性状やバイタルサインの変化、新しい症状の出現は、そのつど医師に報告します。心の要因を考えるのは、体の評価をきちんと行ったうえでのことです。
「いつ」「どんなとき」に強くなるか
訴えが強くなる時間帯や状況に注目します。面会のあと、検査結果の説明の前日、夜間、退院の話が出たあと。症状の変化と出来事の重なりは、気持ちの動きを知る大切な手がかりです。
表情・姿勢と訴えのずれ
痛みのスケールは高いのに表情が変わらない、体がこわばっている、声の調子が平板。こうしたずれは、訴えの信ぴょう性を疑う材料ではなく、感情の出口が限られているサインとして受けとります。
看護師自身の「もやもや」も情報になる
同じ訴えをくり返す患者さんの前で、看護師がいら立ちや無力感、退屈さを感じることがあります。実は精神療法の研究でも、気持ちを言葉にしにくい患者さんと関わる治療者は退屈さやつまらなさを感じさせられることが多いと報告されています(Taylorら)。その感覚は看護師の未熟さではなく、患者さんとの関係の中で起きている現象です。チームで共有すると、見立ての材料になります。
心身症の看護の3本柱|信頼関係・症状と生活の関連づけ・ストレスマネジメント
『心身症の診断と治療』で示されている心身症の看護は、大きく3つの柱にまとめられます。ここでは、その考え方を、病棟や外来、訪問看護で実践しやすい形でお伝えします。
柱1|信頼関係をつくる
気持ちを言葉にしにくい患者さんにとって、感情の話はそれだけで負担になることがあります。だからこそ、最初に必要なのは「この人には話しても大丈夫」という安心感です。
- 訴えを否定しない。「異常はないですよ」より先に「つらいですね」と受けとめる
- 体の訴えにていねいに対応する。体の苦痛を大切にされた経験が、信頼の土台になる
- 決まった時間に、短くても必ず顔を出す。予測できる関わりが安心を生む
- 気持ちを無理に聞き出さない。話したくなったときに話せる余白を残す
柱2|症状と生活の関連づけを手伝う
気持ちを言葉にしにくい患者さんは、症状と出来事、症状と気持ちのつながりに自分では気づきにくいものです。看護師は、そのつながりに気づくための材料を、そっと差し出すことができます。
- 症状日誌を一緒につける。「痛みの強さ」の横に「その日あったこと」を一行書く欄をつくる
- 「お仕事の電話のあと、少し痛みが強くなっていましたね」と、観察した事実を伝える
- 結論は患者さんにゆだねる。「関係あると思いますか?」と問いかける程度にとどめる
- 「心のせい」という言い方は避ける。「体と気持ちはつながっていることが多いんです」と伝える
「あなたの痛みは心の問題です」と言われると、患者さんは症状を否定されたように感じ、かえって訴えを強めることがあります。関連づけは、患者さん自身が気づくのを手伝うものだと考えてください。
柱3|ストレスマネジメントを支える
ストレスへの対処は、心身症の経過に大きく関わります。看護師ができるのは、患者さんが自分に合った対処法を見つけ、生活の中で続けられるように支えることです。
- 睡眠・食事・休息のリズムを整える援助
- 腹式呼吸や漸進的筋弛緩法など、病棟でもできるリラクセーションの紹介
- 退院後の生活で負担になりそうなこと(仕事、家族の介護など)を一緒に整理し、多職種につなぐ
- 「頑張りすぎていないか」を振り返る問いかけ。過剰適応の傾向がある方には、休むことの許可を伝える
心理療法や薬物療法など専門的な治療の方針は、医師が判断します。看護師は、患者さんの生活の場に最も近い専門職として、医師の治療と患者さんの暮らしをつなぐ役割を担っています。
信頼関係が、言葉の通り道をつくる。
症状と生活をつなぐと、気持ちが見えてくる。
ストレスへの対処が、体を守る。
病棟・外来・訪問看護で使える観察と声かけ
ここでは、近刊『感情迷子さんの本』で紹介しているワークを、看護の場面向けに作り直してお伝えします。患者さんの感情を「引き出す」のではなく、感情を表現するための言葉の道具を手渡すイメージで使ってください。
痛みのスケールに「3段階温度計」を添える
原稿のワーク「3段階温度計」は、感じたことの強さを「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階で表すものです。NRSなどで痛みの強さを確認したあと、「その痛みで、気持ちのほうは、ちょっと・そこそこ・すごく、どのくらいしんどいですか」と一言添えてみます。痛みの強さと気持ちのしんどさを分けて聞くことで、患者さん自身が「体」と「気持ち」を区別するきっかけになります。
オノマトペで「感じ」を聞く
「どんな痛みですか」に答えられない方には、「ズキズキ、ジンジン、モヤモヤ、ざわざわ、どれに近いですか」とオノマトペの選択肢を出します。日本語はオノマトペが豊かな言語です。痛みの性状を知る観察にもなり、同時に「ざわざわ」のような感情に近い言葉が出てくることもあります。
「体→生活→気持ち」の順に聞く
外来は時間が限られます。問診の最後に「最近、眠れていますか」「お仕事やご家庭で、何か変わったことはありましたか」と、体から生活へと質問を広げます。気持ちを直接聞かなくても、生活の変化が症状の変化と重なっていることに、患者さん自身が気づくことがあります。
比喩レッスンで「今日の調子」を
ご自宅では、患者さんの生活そのものが手がかりです。「今日の体調、お天気でいうとどんな感じですか」と比喩で聞くと、「くもり、ときどき雨」のように、気分を含んだ答えが返ってきやすくなります。毎回の答えを記録しておくと、症状と生活の関連づけにも役立ちます。ご家族の様子や部屋の変化にも目を向けてください。
気持ちの言葉を「候補」として差し出す
| 患者さんの言葉 | 看護師の声かけ例 |
|---|---|
| 「とにかく痛い」 | 「痛いのが続くと、ほかのことも考えられなくなりますよね。気持ちのほうも、だいぶ参っていませんか」 |
| 「別に、何もないです」 | 「そうですか。もし何か気がかりが出てきたら、いつでも教えてくださいね。小さなことでも聞きたいので」 |
| 「早く仕事に戻らないと」 | 「お仕事のこと、気になっているんですね。あせる感じがありますか、それとも別の感じですか」 |
| 「先生は異常ないって言うけど」 | 「異常がないと言われても、つらいものはつらいですよね。どんなふうにつらいか、一緒に整理してみましょうか」 |
ポイントは、気持ちを決めつけずに「候補」として差し出すことです。「不安なんですね」と言い切るより、「不安な感じですか、それとも別の感じですか」と選ぶ余地を残すほうが、患者さんは自分の内側に目を向けやすくなります。違っていれば、「いや、そうじゃなくて」と患者さん自身の言葉が出てくるきっかけになります。
看護記録の工夫|患者さんの言葉をそのまま残す
看護記録は、チームで患者さんを理解するための大切な道具です。気持ちを言葉にしにくい患者さんの場合、記録の書き方ひとつで、見えてくるものが大きく変わります。
SOAPで書くときの工夫
| 項目 | 工夫のポイント | 記載例 |
|---|---|---|
| S(主観的情報) | 要約せず、患者さんの言葉をそのまま書く。オノマトペや比喩も残す | 「とにかく痛い。胸のあたりもざわざわする」「早く仕事に戻らないと」 |
| O(客観的情報) | 症状に加え、訴えが出た時間・場面と、表情や姿勢を書く | 21時、家族からの電話のあとに腹痛の訴え。NRS8。表情の変化乏しく、肩に力が入っている |
| A(アセスメント) | 評価的な言葉より、関連の可能性として書く | 腹痛の訴えが家族との連絡後に増える傾向あり。心理的負担の関与の可能性も含め、医師へ報告 |
| P(計画) | 体への対応と、気持ちの表現を支える関わりの両方を書く | 症状観察継続。症状日誌の導入を提案。訪室時に3段階で気持ちのしんどさを確認 |
避けたい書き方、残したい書き方
- 「不定愁訴多い」「訴え多い」だけで終わらせず、何をどんな場面で訴えたかを書く
- 「精神的なもの」と決めつける書き方を避け、「心理的要因の関与の可能性」として医師と共有する
- 関わりで変化があったときは必ず残す。「傍らで話を聞くと、訴えが減り入眠」など
- 患者さんが気持ちの言葉を使えたときは、その言葉をそのまま記録する。「少し不安かも」
記録に残った患者さんの言葉は、次の勤務の看護師へのバトンになります。「別に」しか言わなかった患者さんが、ある夜「ちょっと不安かも」と言えた。その一行が、チーム全体の関わりを変えることがあります。
看護師自身の感情労働|「感じないようにする」働き方の代償
ここまで患者さんの話をしてきましたが、最後に看護師であるあなた自身のことをお伝えさせてください。
社会学者ホックシールド(Hochschild)は、職業として自分の感情を管理し、場にふさわしい表情や態度をつくることを「感情労働」と名づけました。彼女が最初に取り上げたのは客室乗務員でしたが、看護はその代表的な仕事のひとつとして、多くの研究で取り上げられてきました。
急変対応のあとも、次の患者さんの前では穏やかな表情に戻る。理不尽な言葉をかけられても、冷静に対応する。看取りのあとに泣く時間もなく、次の業務に向かう。こうした日々をくり返すうちに、看護師自身が「感じないようにする」ことに慣れてしまうことがあります。それは、強いストレスから心を守るための、2次性のシャットダウンとよく似ています。
仕事が終わっても何も感じない。休日に何をしたいのか思い浮かばない。理由のわからない頭痛や胃の不調が続く。もし思い当たるなら、あなた自身の心も、言葉にならない疲れを抱えているのかもしれません。
看護師のための3つのセルフケア
心の体温チェックを「手洗いのたびに」
原稿のワーク「心の体温チェック」は、胸に手を当てて「今、体は温かい?冷たい?」と3秒だけ自分に聞くものです。勤務中は胸に手を当てる余裕がなくても、手指消毒や手洗いのたびに「今の私、どんな感じ?」と一瞬だけ問いかけることはできます。答えは「よくわからない」でもかまいません。
感情だけ日記で「今日の気持ち」を置いていく
帰宅後や寝る前に、出来事ではなく感じたことだけを書きます。「急変のあと、ずっと手が冷たかった」「○○さんにありがとうと言われて、少し救われた」。気持ちを書き出すことがストレスをやわらげることは、ペネベーカー(Pennebaker)の研究でも知られています。感情に名前をつけるだけで、脳の扁桃体の活動が落ち着くという研究もあります(Liebermanら、2007年)。
「こたえたね」と言い合える関係を
つらい場面のあと、同僚とひと言「さっきのは、こたえたね」と言い合うだけで、心は軽くなります。デスカンファレンスや振り返りの場では、出来事の検討だけでなく、そのとき自分が感じたことも言葉にしてみてください。眠れない日や気分の落ち込みが続くときは、職場の産業保健スタッフや医療機関に相談することをためらわないでください。
高齢の患者さんや、在宅で暮らす方への関わりについては、介護職向けに書いた「何もいらない」と言う高齢者の本音|介護職のための、感情を言葉にしにくい人への関わり方も参考になると思います。訪問看護や地域連携の場面で、介護職の方と視点を共有するときにも役立ててください。
中島輝より一言
私自身、長いあいだパニック障害に苦しみ、「つらい」とさえ言えない時期がありました。あの頃、私の言葉にならない苦しさを受けとめてくれたのは、答えを急がず、ただそばにいてくれた人たちでした。看護師のみなさんは、毎日その役割を担っています。だからこそ、どうかご自分の気持ちにも、同じやさしさを向けてあげてください。
よくあるご質問
たったひとつの、気持ちの言葉かもしれない。
体をていねいに看ることが、心への入り口になる。
今日ひとつ、名前をつけてあげてください。
自分を大切にしよう
「痛い」「だるい」としか言えない患者さんの中には、感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい方がいます。アレキシサイミアはもともと、ネマイアやシフネオスが心身症の患者さんの中に見いだした特徴で、感情と体の感覚の区別の難しさ、感情を伝える難しさ、想像の乏しさ、外側の出来事に向かう思考などで説明されます。その人の特性としての1次性と、病気や入院、喪失から心を守る2次性があり、過剰適応の「いい患者さん」の陰に隠れていることもあります。
看護師にできるのは、診断することではなく、気づき、関わり、つなぐことです。体の訴えはまず体の訴えとして観察し、医師に報告する。そのうえで、信頼関係をつくり、症状と生活の関連づけを手伝い、ストレスマネジメントを支える。痛みのスケールに3段階の気持ちの問いを添え、オノマトペや比喩で表現の道具を手渡す。看護記録には患者さんの言葉をそのまま残し、チームで見立てる。その一つひとつが、言葉にならなかった気持ちの通り道になります。
そして、毎日だれかの痛みに寄り添うあなた自身もまた、感情労働の中で「感じないようにする」ことに慣れてしまいやすい立場にいます。手洗いのたびに3秒、自分の内側に目を向けてみてください。迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。自分を大切にしよう。あなたが自分の気持ちに気づけることが、患者さんの小さな声に気づける力になっていきます。
本記事の参考資料・科学的根拠
- A.N.シン「心身症とアレキシサイミア(失感情症)」永田勝太郎ほか訳、『心身症の診断と治療』所収
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- Nemiah, J.C., & Sifneos, P.E. (1970). Affect and fantasy in patients with psychosomatic disorders.
- Sifneos, P.E. (1973). The prevalence of ‘alexithymic’ characteristics in psychosomatic patients. Psychotherapy and Psychosomatics.
- Freyberger, H. (1977). Supportive psychotherapeutic techniques in primary and secondary alexithymia. Psychotherapy and Psychosomatics, 28.
- Bagby, R.M., Parker, J.D.A., & Taylor, G.J. (1994). The twenty-item Toronto Alexithymia Scale (TAS-20).
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)
- Hochschild, A.R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press.(邦訳『管理される心―感情が商品になるとき』世界思想社)
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
- Pennebaker, J.W. (1997). Opening Up: The Healing Power of Expressing Emotions. Guilford Press.

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。






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