窓口で感情を押し殺す公務員へ
行政の現場で燃え尽きないための感情の言語化
閉庁間際の窓口で、制度上どうしてもできない手続きを求められる。説明をくり返すうちに声を荒らげられ、「税金で食べてるくせに」と言われる。それでもあなたは表情を変えず、「申し訳ございません」と頭を下げる。次の番号が呼ばれ、何事もなかったように笑顔をつくる。そんな一日をくり返していませんか。感情を顔に出さないことは、公務員として大切な技術です。けれども、感情を感じないようにし続けると、心は少しずつすり減っていきます。市区町村や国の行政職員、窓口業務を担うあなたに向けて、燃え尽きないための感情の言語化をお伝えします。
窓口に立つ公務員が、感情を押し殺してしまう理由
住民票や戸籍、税、福祉、子育て、介護。行政の窓口には、人生のさまざまな場面を抱えた人がやってきます。手続きに慣れていない人、急いでいる人、すでに別の場所で嫌な思いをしてきた人。窓口は、その人がためこんできた感情が最初にぶつかる場所になりやすいのです。
そこで働く職員の多くは、相手の感情を受けとめ、自分の感情は脇に置き、決められたルールに沿って公平に対応することを求められます。それは公務員として当然のことであり、誇るべき専門性でもあります。けれども、カウンセリングで行政職員の方からよく聞くのは、こんな言葉です。
それが一番こわくて」
こうした状態を、中島輝の近刊『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』では「感情迷子さん」と呼んでいます。感情をうまく認識・表現しにくくなっている状態のことです。心理学でいう「アレキシサイミア(失感情症)」に近い考え方で、感情がないのではなく、感情に気づき、見分け、言葉にすることが難しい状態を指します。病名ではなく、誰もが持つ特性の濃淡です。基本的な考え方はアレキシサイミア(失感情症)とは|感情に名前がつけられない人の特徴・原因・回復のヒントでまとめています。
もともとの傾向がなくても、強いストレスにさらされ続けると、心を守るために一時的に同じような状態になることがあります
迷子という言葉には、帰る場所があるという前提が含まれています。窓口で感情を感じにくくなったのは、あなたの心が冷たくなったからではありません。心が、あなたを守るために一時的にボリュームを下げているのです。だから、取り戻すことができます。
「公務員なんだから」という目と、感情を出してはいけない職業規範
行政職員が感情を出しにくい背景には、個人の性格だけでなく、仕事そのものの構造があります。
全体の奉仕者としての「中立」
公務員には、特定の人にだけ肩入れせず、誰に対しても公平であることが求められます。その「中立」の意識は、いつのまにか「自分の感情を持ちこんではいけない」という思い込みに変わりやすいものです。相手の境遇に胸が痛んでも、制度上できないことはできない。そのたびに、自分の気持ちを押しこめることになります。
「公務員だから」という周囲の目
「公務員は安定していていいね」「税金で給料をもらっているんだから」。窓口でも、プライベートでも、こうした言葉を向けられることがあります。そのため、しんどさを口にすること自体に、うしろめたさを感じてしまう職員は少なくありません。愚痴を言うことさえ許されないような気がして、ますます感情が行き場を失います。
「感情を出さないほうが安全」という時代の空気
本では、昨今のコンプライアンス意識の高まりやSNSでの炎上リスクが、「感情を出さないほうが安全」という意識を強めていると指摘しています。そして、「ここでは感情を出してはいけない」という意識的な抑制から始まったはずが、やがて「そもそも自分が何を感じているのかわからない」という状態に至ってしまう、と書かれています。窓口でのひと言が録音され、SNSで拡散されるかもしれない時代。行政の現場は、この流れをもっとも強く受けている職場のひとつかもしれません。
| 行政の現場の特徴 | 感情に起きやすいこと |
|---|---|
| 理不尽な要求・クレーム | 怒りや悔しさを、その場で飲み込み続ける |
| 制度上できないことを断る | 相手への申し訳なさと無力感が積み重なる |
| 2〜3年ごとの異動 | 慣れた頃にリセットされ、不安や寂しさを感じる暇がない |
| 「公務員だから」という目 | しんどさを口にすることへのうしろめたさ |
| 議会・災害・繁忙期の対応 | 緊張が長く続き、気づいたときには疲れ切っている |
感情を「押し殺す」ことと「認める」ことは違う
ここで、いちばんお伝えしたいことがあります。窓口で感情を顔に出さないことと、自分の中で感情を認めることは、まったく別のことです。
本では、「感情を認める」とは、「ああ、今私は腹が立っているんだな」「なんか悲しいな」と自分の中で確認することだと説明しています。そのとき、感情を誰かに伝える必要も、顔に出す必要もありません。感情を認めたあとで、それをどう扱うかは自分で選べるのです。「今は出さないほうがいい」と判断すれば、出さなくていい。大切なのは、それを自分で選んでいることです。
社会学者のホックシールド(Hochschild)は、仕事のために自分の感情を管理することを「感情労働」と名づけました。そして、内心とは違う表情を外側だけでつくる「表層演技」を長く続けると、自分の本当の感情との距離が広がり、疲れがたまりやすいことが、その後の多くの研究で指摘されてきました。窓口の公務員は、まさにこの感情労働の最前線にいます。
感情に名前をつけると、不安や怒りに関わる脳の扁桃体の活動が下がることが、リーバーマン(Lieberman)らの研究(2007年)で示されています。窓口で怒鳴られている最中に、心の中で「今、私は怖い」とつぶやく。それだけで、感情に飲み込まれずに、落ち着いて説明を続けやすくなるのです。押し殺すのではなく、認めたうえで、出さないことを選ぶ。これが、感情労働の現場で自分を守るための基本になります。
ナオさんが想像力にかけていた鍵
本の中に、地方公務員として働く40代の女性、ナオさん(仮名)の話が出てきます。ナオさんは、日々の仕事と家事を完ぺきにこなす一方で、全身が重たく感じるような疲れを抱えていました。
終わらせることしか考えていないので……」
ナオさんは子どものころ、プリンセスに憧れたり、理想の家を絵に描いたりしていましたが、両親にいい顔をされず、「現実を見なさい」と言われて育ちました。高校生のころには建築家になりたいと思い描いたこともありましたが、当時、女性が建築家として活躍するには相当な才能が必要だという話を聞き、いくつものハードルを感じて、その夢はあっという間に崩れ去りました。挑戦をやめた自分を「それで良かったんだ」と思うためにも、今の生活を完ぺきにしようとしてきたのです。
想像力に鍵をかけたナオさんは、映画やドラマを見ても「どうせ作り話だから」と冷めてしまい、心が震えるような感動を味わうことがありませんでした。本で紹介している4つのタイプでいえば、タイプ4「想像できない(空想しない)」にあたります。現実への対処が得意で、堅実に物事を進められる。その長所の裏側で、「自分はこうしたい」と思い描くことにブレーキがかかっていたのです。
「堅実さ」が求められる職場で起きやすいこと
ナオさんの話は、行政の現場で働く多くの人に通じるものがあると私は感じています。前例と規則に沿って、ミスなく、着実に。そうした仕事の進め方が評価される環境に長くいると、「どうなったらうれしいか」「本当はどうしたいか」を考える回路が使われなくなっていきます。毎日を無事に終わらせることで精一杯になり、「このままでいいのかな」という小さな不安だけが、疲れと一緒にたまっていくのです。
ナオさんは、「ありえない空想でもいいんですよ。想像すること自体がナオさんを癒し、力をくれるはずです」という言葉をきっかけに、少しずつ想像を広げる練習をしました。最初はすぐに現実的な考えに戻りがちでしたが、「自由に想像していい」と自分に許可を出したことで、次第に子どものころのような空想を楽しめるようになりました。そして、「私はもっといろいろなことにチャレンジできるのかもしれない」という気持ちが生まれ、表情は見違えるように明るくなったそうです。
空想する力は、消えたのではなく、
現実をしっかり生きるために
後回しにされてきただけ。
理不尽な要求のあとに、自分の感情を回収する
窓口で感情を出さないことを選んだら、そのあとに必ずやってほしいことがあります。それは、しまっておいた感情を、自分の手で回収することです。回収されない感情は、心の底にたまり、やがて体の不調や漠然とした重さになって出てきます。
席に戻る前に、心の中で名前をつける
強いクレーム対応が終わったら、次の番号を呼ぶ前に30秒だけ時間をとります。心の中で「今のは怖かった」「そこそこ悔しい」「ちょっと情けない」と名前をつけます。正確な言葉でなくてかまいません。「ザワザワ」「ずーん」のようなオノマトペでも、脳は感情のラベルとして受け取ります。
3段階温度計で強さを測る
昼休みや休憩時間に、午前中に感じた感情を「ちょっと・そこそこ・すごく」の3段階でメモします。「すごく」が続いている日は、無理をしているサインです。強さを区別できるようになると、ネガティブな感情からの回復が早くなるとされています。
帰りの道で「感情だけ日記」
電車の中や、車に乗る前の2分で、今日感じたことだけをスマホに書きます。出来事は書きません。「怖かった。でも、最後にお礼を言ってくれた人がいてほっとした」「とくに何も感じなかった」。「何も感じなかった」も、内側を見た立派な記録です。職場の感情を家に持ち帰らないための、小さな区切りにもなります。
感情を書き出すことがストレスの軽減と関係していることは、社会心理学者ペネベーカー(Pennebaker)らの筆記開示(エクスプレッシブ・ライティング)の研究で示されてきました。出来事だけでなく、感情に触れて書くことがポイントです。なお、記録は個人情報を含めず、自分の気持ちだけを書くようにしてください。
中島輝より一言
中学生のころ、私はバスケットボール部にいました。試合に勝ってみんなが抱き合って喜んでいるとき、私だけが無表情で立っていたことを覚えています。うれしくなかったわけではないのだと思います。ただ、それを感じる回路が、どこかで止まっていたのです。表情が動かないことと、心が動いていないことは同じではありません。窓口で表情を変えずにいるあなたの中にも、たくさんの感情が動いています。だからこそ、仕事が終わったら、その感情に自分だけは気づいてあげてほしいのです。
異動のたびにリセットされる心をどう守るか
行政の仕事では、数年ごとの異動が当たり前です。税務から福祉へ、窓口から企画へ。まったく違う分野に移るたびに、制度を一から覚え、人間関係を築き直します。異動は、慣れ親しんだ場所を手放す小さな喪失でもあります。けれども多くの人は、新しい仕事を覚えることに精一杯で、その寂しさや不安を感じる暇がありません。
感じる暇がなかった感情は、なくなったわけではありません。異動から数か月たったころに、理由のわからない疲れや気分の落ち込みとして出てくることがあります。そこで、異動の前後には、次のような問いを自分に向けてみてください。
- 前の部署で、いちばんやりがいを感じたのはどんな場面だったか
- 離れるときに、さみしいと感じた人や仕事はあったか
- 新しい部署について、不安なことと楽しみなことはそれぞれ何か
- 次の異動のとき、どんな気持ちで今の部署を去りたいか
未来日記で「どんな気持ちで働いていたいか」を描く
本で紹介している「未来日記」は、週末などの5分を使って、「1年後の私は、どんな気持ちで毎日を過ごしていたい?」という問いから想像を広げるワークです。ポイントは、予定や目標ではなく、感情にフォーカスすることです。
行政職員の場合、「次にどこに異動するか」は自分で決められないことがほとんどです。だからこそ、「どの部署にいても、こんな気持ちで働いていたい」と感情を描いておくことに意味があります。「住民の方にありがとうと言われたとき、素直にうれしいと感じられる私でいたい」「後輩が困っているときに、気づける余裕のある私でいたい」。部署は選べなくても、どんな気持ちで働きたいかは、自分で選べます。いきなり1年後を描くのが難しければ、「もし1日、自由な時間があったら何をする?」という小さな「もしも」を考えるところから始めてもかまいません。
チームで振り返る|窓口の感情を一人で抱えない仕組み
窓口のつらさは、一人で抱えるほど重くなります。とくに、強いクレームを受けた職員が、その日のうちに誰にも話さずに帰ってしまうことは、本人にとっても、チームにとってもリスクになります。ここでは、係や課の単位でできる工夫を紹介します。
夕方5分の「感情つきの振り返り」
閉庁後に5分だけ集まり、その日の対応で印象に残ったことを一人ひとこと話します。ルールは、出来事だけでなく、そのときの気持ちを一言そえること、そして誰かの話に評価や助言を返さないことです。「午後の方、言葉がきつくて正直こわかった」「そうだったんだ。おつかれさま」。それだけで、感情は言葉になり、一人で抱える重さが分け合われます。
「共感の一言」を先に置く
上司や先輩が部下の報告を受けるときは、対応の良し悪しを伝える前に、「それは大変だったね」「よく最後まで説明したね」と共感の一言を先に置いてください。本では、正しいことを言いたくなったら、まず共感の言葉を先に出す「共感の一言」というワークを紹介しています。「わかってもらえた」という安心感があってはじめて、助言は届きます。
強いクレームは「一人で終わらせない」
大声や長時間の拘束など、明らかに行き過ぎた対応があったときは、記録を残し、上司に報告し、必要に応じて複数の職員で対応することが大切です。近年は、自治体でもカスタマーハラスメントへの対策方針を定める動きが広がっています。理不尽な要求に耐えることは、職員一人の我慢で解決すべきことではなく、組織として向き合うべき課題です。接客の現場で働く人の感情については、接客・美容の仕事をする女性向けの記事でも取り上げています。
窓口の感情は、
一人の我慢で片づけるものではなく、
チームで言葉にして分け合うもの。
ストレスチェックと相談先を「使える道具」にする
多くの職場では、労働安全衛生法にもとづくストレスチェックが年に1回行われています。常時50人以上の労働者がいる事業場では、2015年12月から実施が義務づけられました。ところが、「毎年なんとなく回答して終わり」になっている人も多いのではないでしょうか。
ストレスチェックは、本来、自分の心の状態に気づくための道具です。感情迷子さんの状態にある人ほど、「自分は大丈夫」と思いこみやすいものです。回答するときは、なんとなくではなく、「この1か月、本当はどうだったか」と少し立ち止まって答えてみてください。結果が「高ストレス」と出たら、それは心が出しているサインとして受けとめ、医師による面接指導の申し出も検討してください。
心理学者のマスラーク(Maslach)は、燃え尽き症候群(バーンアウト)の特徴として、情緒的な消耗感、相手を人として見られなくなる冷めた感覚(脱人格化)、達成感の低下の3つを挙げました。「何を言われても何も感じない」「住民の方が書類の束のように見える」「何のために働いているのかわからない」。こうした感覚が続いているときは、早めに相談につなげることが大切です。
人事や産業保健の立場から職員の心の健康を支える方には、人事・産業保健担当者向けの記事も参考になります。
ひとりで抱えないための相談先
職場の健康管理室・職員相談窓口(人事課など)
産業医・保健師
加入している共済組合の相談窓口(こころの健康相談を設けているところがあります)
厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
よくあるご質問
でも、感じたことは自分だけは知っておく。
それが、燃え尽きないための感情の言語化。
ひとこと自分に声をかけてみてください。
自分を大切にしよう
窓口で感情を押し殺し、どんな相手にも公平に向き合う。それは、行政の現場を支えてきたあなたの誠実さそのものです。けれども、感情を感じないようにし続けると、つらさだけでなく、うれしさややりがいまで感じにくくなり、気づいたときには燃え尽きに近づいていることがあります。それは、あなたの弱さではなく、心があなたを守ろうとしてきた結果です。
感情を顔に出さないことと、自分の中で感情を認めることは違います。心の中で名前をつけ、対応のあとに回収し、帰り道に感情だけ日記を書く。夕方の5分の振り返りで、気持ちを一言分け合う。異動の前後には、未来日記で「どんな気持ちで働いていたいか」を描いてみる。ナオさんが想像力の鍵を外したように、あなたも少しずつ、感じる回路を取り戻すことができます。
住民の暮らしを支えるあなたの心も、同じように大切に扱われるべきものです。自分を大切にしよう。あなたが自分の感情を大切にできるようになるほど、窓口の向こうにいる人の「本当は困っている」にも、やさしく気づける職員になっていきます。
本記事の参考資料・科学的根拠
- 中島輝『感情を言語化すれば人生はうまくいく 感情迷子さんの本』(近刊)原稿
- 中島輝・自己肯定感アカデミー「アレキシサイミア 感情の鈍麻:失感情」講座資料
- Taylor, G.J., Bagby, R.M., & Parker, J.D.A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(邦訳『アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患』星和書店)
- Hochschild, A.R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press.(邦訳『管理される心―感情が商品になるとき』世界思想社)
- Maslach, C., & Jackson, S.E. (1981). The measurement of experienced burnout. Journal of Occupational Behaviour, 2, 99-113.
- Lieberman, M.D. et al. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18, 421-428.
- Pennebaker, J.W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science, 8, 162-166.
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度」
- 厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」

自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。






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