昨日まで「当たり前」だったことが、今日できなくなった。──病気が奪うのは健康だけではない。「以前の自分」を失った悲しみの話

病室の天井を、ずっと見つめている。

白い天井。蛍光灯の光。点滴のチューブが、右腕からぶら下がっている。

昨日まで、普通に歩けた。

昨日まで、普通にご飯を食べた。

昨日まで、普通に子どもを抱き上げた。

昨日まで、朝のジョギングが日課だった。

今日──

医師から告げられた言葉で、その「昨日まで」がすべて崩れた。

がん。難病。心臓疾患。突然の事故の後遺症。

病名は人それぞれ。でも、全員に共通することがある。

「昨日までの自分」が、突然いなくなった。

周囲は言う。

「治療に専念してね」「きっと良くなるよ」「頑張って」

──ありがたい。ありがたいけど。

「頑張って」の先にある「以前の自分」には、

もう戻れないかもしれない。

それを誰にも言えない。

中島輝です。

今夜は「病気になった人の心」の話をします。

治療の話ではありません。

「健康だった自分を失った悲しみ」の話です。


病気が奪うのは「健康」だけではない──「複数の自分」の同時喪失

がんと診断された人。

慢性疾患を告げられた人。

事故の後遺症が残った人。

全員が「健康」を失っている。

でも、失っているのはそれだけではない。

「歩ける自分」を失った。

「働ける自分」を失った。

「家族の役に立てる自分」を失った。

「趣味を楽しめる自分」を失った。

「以前と同じ速度で生きられる自分」を失った。

1つの病気で、「複数の自分」が同時に消える。

これは単なる「体調不良」ではなく、

アイデンティティの多重喪失。グリーフです。

なのに──

周囲の関心は「治療」に向く。

「どんな治療?」「副作用は?」「いつ退院できる?」

体の治療はしてくれる。

でも「以前の自分を失った悲しみ」は、誰もケアしてくれない。

「闘病しなきゃいけないのはわかってる。でも闘えない日がある」

「前向きでいなきゃと思う。でも夜になると涙が止まらない」

「治療は順調だと言われる。でも心は全然順調じゃない」

「弱音を吐くと『闘ってるんだから強くいなきゃ』と言われる」

──「闘病」という言葉の重さを、感じたことはありませんか。

「闘う」は「弱いと負ける」という意味を含んでいる。

でも、闘えない日があって当然。泣く日があって当然。

それは「弱い」のではなく、心が正常に機能している証拠です。


「受け入れられない」は、回復の第1段階

📊 キューブラー=ロスの5段階モデル

──Elisabeth Kubler-Ross(1969) On Death and Dying

スイスの精神科医キューブラー=ロスが、

末期患者200人以上のインタビューから構築したモデル。

第1段階:否認(「嘘でしょ。何かの間違いだ」)

第2段階:怒り(「なぜ自分が。何も悪いことしてないのに」)

第3段階:取引(「治るなら何でもする。神様お願い」)

第4段階:抑うつ(「もうダメだ。何もしたくない」)

第5段階:受容(「これが自分の現実。この中でどう生きるか」)

重要な誤解の訂正──

このモデルは「死を受け入れるプロセス」として有名だが、

キューブラー=ロス自身が述べている通り、

「あらゆる喪失」に適用できる。

病気の診断。健康の喪失。生活の激変。

これらすべてに、5段階のプロセスが起きる。

そして──この5段階は一方通行ではない。

行ったり来たりを繰り返しながら、少しずつ進む。

「受容」に達したと思ったら、また「怒り」に戻ることもある。

それは後退ではなく、回復の正常なプロセス。

今あなたが「受け入れられない」と感じているなら──

それは第1段階の「否認」。回復のプロセスの中にいるということ。

おかしいのではない。始まっているのです。


E.Wさんの「走れない朝」

E.Wさん、44歳。2人の子どもの母。

趣味は朝のジョギング。毎朝5時に起きて、近所の公園を3周走るのが日課だった。

「あの30分が、私の1日のスイッチ。走った日は、何でもできる気がした」

ある日、健康診断で引っかかった。

精密検査。結果──乳がん。ステージII。

手術。抗がん剤。放射線治療。

治療は順調だと主治医は言った。

数値は改善している。予後も良好。

でも──

E.Wさんの心は、「順調」ではなかった。

治療の副作用で、体力が落ちた。

朝5時に起きることはできる。でも走れない。

公園のベンチに座って、以前の自分が走っていたコースを見つめる。

「あのコースを走っている自分」が、もういない。

ある朝、ベンチで泣いた。

「がんが怖いんじゃない。

治療が辛いんじゃない。

走れない自分が、悲しい。

朝のあの30分が、私そのものだった。

それがなくなったら、私は誰なんだろう」

「病気より、以前の自分に戻れないことの方が辛い」

「治療は頑張っている。でも心のケアは誰もしてくれない」

「元気出してと言われるほど、元気が出ない」

──E.Wさんの痛みは「がん」ではなかった。

「走れる自分」を失ったグリーフだった。

そしてこの痛みには、治療法がない。

抗がん剤では治せない。手術でも取り除けない。

心のケアでしか、向き合えない領域です。


「自分に優しくする」と、治療の効果も上がる

🔬 セルフ・コンパッションと慢性疾患の研究

──Sirois, Molnar & Hirsch(2015) British Journal of Health Psychology

慢性疾患(がん・糖尿病・心疾患等)の患者を対象にした研究──

セルフ・コンパッション(自分に優しくする力)が高い患者は──

・治療アドヒアランス(治療への取り組み)が有意に高い

・うつ・不安のスコアが有意に低い

・QOL(生活の質)が有意に高い

さらにNeff & Germer(2013)の基礎研究では──

セルフ・コンパッションが高い人は、幸福感+23%、不安-25%。

つまり──

「頑張って闘え」より「自分に優しくしていい」の方が、

治療効果も、心の回復も、科学的に促進される。

「闘病」ではなく「共病」──病と共に生きる。

その方が、心も体も回復に向かう。

「頑張れ」「闘え」「負けるな」──周囲の善意の言葉が、

実は患者を追い詰めていることがある。

「闘えない日があってもいい」

「泣いてもいい」

「自分に優しくしていい」

この許可を出してあげること。

それが、いちばんの「治療」かもしれません。


「走れない自分」から「歩ける自分」へ

グリーフケア講座で、E.Wさんは自分の状態を初めて「言語化」できた。

「私はがんと闘っていたんじゃない。

『走れる自分』を失った悲しみと闘っていた。

病気よりも、そっちの方がずっと辛かった。

でもそれを『辛い』と言えなかった。

だってがんの方が大変でしょう?って周りは思うから」

講座で学んだフランクルの言葉が、E.Wさんの心に残った。

「変えられないことに対して、どんな態度をとるか。

そこに人間の最後の自由がある」

走れない体は、変えられないかもしれない。

でも──走れない自分への「態度」は選べる。

「走れない自分はダメだ」──これは1つの態度。

「走れなくても、歩ける。歩ける自分でいい」──これも1つの態度。

E.Wさんは、朝の日課を変えた。

走るのをやめて、歩くことにした。

同じ公園、同じコース。でもペースが違う。

以前は30分で3周走っていたコースを、45分かけて1周歩く。

最初の朝、歩き終わったとき。

E.Wさんはベンチに座って、泣いた。

でも──前回のベンチの涙とは、質が違った。

「走れない自分が悲しい」──ではなく、

「歩けている自分が、嬉しい」。

同じベンチ。同じ公園。同じ涙。

でも、涙の意味が変わった。

リフレーミングが、体の中で起きた瞬間でした。


E.Wさんの「今」

治療は現在も続いている。

完治ではない。でも、数値は安定している。

朝の散歩は、毎日続いている。

「走っていた頃には見えなかったものが見える」と、E.Wさんは言う。

「走っていたとき、公園に猫がいることを知らなかった。

速すぎて、見えなかった。

歩くようになって、初めて気づいた。

ベンチの下に、毎朝同じ猫がいる。

ゆっくり歩くと、空の色が違って見える。

風の音が聞こえる。鳥の声がわかる。

走っていた自分は、たくさんのものを見逃していた。

病気になって、『歩く速度』を手に入れた。

これが、フランクルの言う『態度価値』なのかもしれません。

病気は変えられない。でも病気との向き合い方は選べる。

そして向き合い方を変えたら、同じ景色が違って見えた」

あなたの「当たり前」が崩れた日に

突然の病気で「昨日までの自分」を失った方へ。

あなたが失ったのは「健康」だけではない。

「歩ける自分」「働ける自分」「以前と同じ速度で生きられる自分」──

複数の「自分」を同時に失った。

それはグリーフです。

そしてグリーフには、回復のプロセスがある。

否認から始まり、怒り、取引、抑うつを経て、受容に至る。

行ったり来たりしながら、ゆっくり進む。

「闘え」とは言いません。

「頑張れ」とも言いません。

「闘えない日があっていい。泣いていい。自分に優しくしていい」

それが、科学が証明した、いちばんの回復への道です。

フランクルはこう言いました。

「変えられないことに対して、どんな態度をとるか。

そこに人間の最後の自由がある」

病気は変えられないかもしれない。

でも、病気との向き合い方は、今この瞬間から選べる。

そしてその向き合い方を、一緒に考えてくれる人がいるだけで、

世界は少し、違って見えます。

もし「健康を失った悲しみ」に名前をつけたいなら。

もし「病気との向き合い方」を深く学びたいなら。

仙台の講座で、その体験ができます。

E.Wさんのように──

「走れない自分」の中に「歩ける自分」を見つける。

その発見が、あなたの回復の第一歩になります。

仙台講座にもお申込みが続いています。

ピンときた方は、考えるより先に動いてみてくださいね。

迷っているうちに席がなくなったら、もったいないので。

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