16年間、毎朝5時半に起こされた。──愛犬くうちゃんとの別れが教えてくれた「悲しみの5段階」と、「ごめんね」が「ありがとう」に変わる日

毎朝5時半。

冷たい鼻先が、頬に触れる。

ぴたっ、と。

まるで「起きて」と言うように。

目を開けると、しっぽがバタバタと布団の上で音を立てている。

「わかったよ、行くよ」

そう言いながら起き上がると、玄関で小さな背中が待っている。

雨の日も。風の日も。雪の日も。

16年間、一日も欠かさず、朝夕2回の散歩。

16年間、毎朝5時半に起こされた。

それが「幸せ」だったと気づいたのは、

あの鼻先が、もう頬に触れなくなった朝だった。

──中島輝です。

今夜は、ある女性と愛犬くうちゃんの話を通して、

「悲しみが回復していくプロセス」をお伝えします。

ペットを亡くした方だけでなく、大切なものを失ったすべての方に届きますように。

くうちゃんとの16

M.Aさん、50歳。

くうちゃんはオスの柴犬。M.Aさんが34歳のときに家にやってきた。

当時、M.Aさんは離婚したばかりだった。

一人暮らしのアパート。静かすぎる部屋。

「誰かがいないと、壊れてしまいそう」

──そんなとき、知人から「子犬の貰い手を探している」と聞いた。

初めて抱いたとき、くうちゃんはM.Aさんの指をぺろぺろ舐めた。

「この子は、私を選んでくれた」

大げさかもしれない。でもM.Aさんはそう感じた。

それから16年間。

くうちゃんはM.Aさんの「家族」であり「親友」であり「恩人」だった。

離婚の痛手から立ち直れたのは、くうちゃんがいたから。

毎朝5時半に起こされなかったら、布団から出られない日もあったはず。

くうちゃんの散歩があったから、外の世界とつながっていられた。

ある日、ご飯を食べなくなった

くうちゃん、16歳と2カ月。

ある日突然、ご飯を食べなくなった。

いつもは飛びつくように食べるのに、器の前で伏せたまま動かない。

慌てて獣医さんに連れて行った。

点滴を打ってもらって、少し元気を取り戻した。

「一晩預かりますね。明日迎えに来てください」

「よかった」と胸を撫で下ろして、帰宅した。

その夜──

電話が鳴った。

「容体が急変しまして……先ほど……」

最期を、看取ることができなかった。

あの子が逝く瞬間、自分はリビングでテレビを見ていた。

「よかった」と思っていた。安心していた。

その間に、あの子はひとりで──

M.Aさんはその日から、一つの言葉を繰り返した。

「ごめんね。ごめんね。ごめんね」

朝起きて「ごめんね」。くうちゃんの写真を見て「ごめんね」。

散歩していた道を通るたびに「ごめんね」。

家族の前では気丈に振る舞った。

でも一人になると涙が止まらなかった。

「ペットで泣いてるなんて大げさ。人が亡くなったわけじゃないのに」

「犬でしょ? また新しい子を飼えばいいじゃない」

「いい歳して犬の話で泣くなんて恥ずかしい」

──言われたことがある方、いませんか。

あるいは自分で自分にそう言い聞かせていませんか。

はっきり言います。

悲しみの深さに、対象の違いは関係ありません。

16年間一緒にいた存在は「ペット」ではなく「家族」。

その家族を失った悲しみは、誰にとっても本物です。

そしてこれもまた「公認されない悲嘆」のひとつ。

社会が「悲しんでいい」と認めてくれない悲しみです。

悲しみには「地図」がある

M.Aさんにグリーフの回復プロセスを伝えたとき、

最初に言われたのはこうでした。

「プロセスがあると知っただけで、少し楽になりました」

悲しみの渦中にいるとき、いちばん怖いのは

「この苦しみがいつまで続くかわからない」ということ。

出口が見えない暗闇を歩いている感覚。

でも地図があれば──

今自分がどこにいるか、この先どこに向かうかがわかる。

それだけで、暗闇の中に一筋の光が差す。

📊 キャサリン・M・サンダーズの悲しみの回復5段階

アメリカの臨床心理学者サンダーズが提唱。

自身も最愛の息子、夫、母親を失った経験から構築された理論。

第1段階:ショック期──現実を受け止められない

第2段階:喪失認識期──激しい感情が揺れ動く

第3段階:引きこもり期──疲労困憊しエネルギーを蓄える

第4段階:再生準備期──少しずつ力が出始める

第5段階:再生期──新しい人生を受け入れ歩み始める

重要:この5段階は一方通行ではない。

行ったり来たりを繰り返しながら、徐々に回復に向かう。

第4段階にいたのに突然第2段階に戻ることもある。

それは後退ではなく、回復の正常なプロセス。

M.Aさんがたどった5段階

第1段階(ショック期)

電話を受けた夜。「嘘でしょ。さっきまで元気だったのに」。現実が入ってこない。獣医さんの声が遠い。受話器を持ったまま30分動けなかった。

第2段階(喪失認識期)

「もっと早く気づいてあげていたら」。悲しみ、怒り、罪悪感が波のように押し寄せる。自分への怒り。獣医への怒り。「なぜあのとき預けて帰った」。ここで「ごめんね」の無限ループが始まった。

伝えたのは「感情に蓋をしないで。泣きたいときは泣いていい。怒りたいときは怒っていい」ということ。

第3段階(引きこもり期)

くうちゃんのいない散歩道を歩けない。朝5時半に目が覚めるのに、起き上がる理由がない。外に出たくない。何もしたくない。

この時期に周囲は「そろそろ元気出して」と言いたくなる。でもこれは「回復のためにエネルギーを蓄えている時間」。無理に引っ張り出してはいけない。

第4段階(再生準備期)

ある朝、ふとくうちゃんの写真を整理してみようかな、と思えた。箱を開けて、1枚1枚見ていった。子犬の頃。初めての散歩。海に連れて行った日。雪の中ではしゃいだ日。

悲しい記憶だけじゃなかった。楽しかった思い出が、一緒に浮かんできた。

「悲しみだけじゃなく、喜びも同時に出てきた。それが、何かが変わり始めたサインでした」

第5段階(再生期)

ある日、くうちゃんの写真に向かって、こう語りかけた。

「くうちゃん、16年間ありがとう。

雨の日も風の日も、一緒に歩いてくれてありがとう。

あなたがいなかったら、私はあの離婚から立ち直れなかった。

あなたが毎朝5時半に起こしてくれたから、私は生きてこられた」

「ごめんね」の後に、初めて「ありがとう」が出てきた。

これが、再生のサインです。

「最期にそばにいてあげられなかった。それだけが一生許せない」

「獣医に預けて帰った自分が憎い」

──M.Aさんも同じことを言いました。

でも考えてみてください。

「預けて帰った」のは、くうちゃんが「よくなる」と信じたから。

「もう会えない」と思って帰ったわけじゃない。

あのとき「よかった」と安心したのは、くうちゃんを愛していたからです。

その愛を否定しないでください。

なぜ「プロセスを知っている人」が必要なのか

📊 ボウルビィの安全基地理論(Bowlby, 1969

イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが証明。

人は「安全基地」を持つと、

探索行動(新しいことに挑戦する力)が+68%増加する。

──Ainsworth(1978)

悲しみの中にいる人にとっての「安全基地」とは──

回復のプロセスを知り、

「大丈夫、あなたは今ここにいるだけだよ」と

伝えてくれる存在。

M.Aさんがくうちゃんのお陰で離婚から立ち直れたのも、

くうちゃんが「安全基地」だったから。

毎朝5時半に起こしてくれる存在。

何があっても隣にいてくれる存在。

その安全基地を失ったから、M.Aさんは深く沈んだ。

M.Aさんが回復できたのは、5段階という「地図」を手にしたから。

そしてその地図を渡してくれる「人」がいたから。

くうちゃんがM.Aさんの安全基地だったように、

今度はM.Aさん自身が、誰かの安全基地になれる。

M.Aさんの「今」

講座から1年後。

M.Aさんは、地域のペットロス支援の集まりを手伝うようになった。

「大したことをしているわけじゃない。

ペットを亡くした方の話を聴いて、5段階のプロセスを伝えるだけ。

『今あなたがいるのは第2段階です。これは正常です。」と。

それだけで泣く方がいる。

『おかしくなったんじゃなかったんだ』って。

あのときの自分と同じだと思うと、涙が出る」

毎朝5時半。M.Aさんは今も目が覚める。

体に残った16年間の習慣。

以前は、5時半に目が覚めるたびに泣いていた。

今は──くうちゃんの写真に「おはよう」と言ってから、散歩に出る。

一人で。でも心の中では、くうちゃんと一緒に。

「ごめんね」は、たまにまだ出てくる。

でもその後に、必ず「ありがとう」が続くようになった。

「ごめんね」が「ありがとう」に変わる日は、必ず来る

ペットを亡くした方へ。

大切な存在を失ったすべての方へ。

「ごめんね」が止まらない日々は、あなたの愛の深さの証。

「たかがペット」と言う人の声は、聞かなくていい。

あなたの悲しみは、本物です。

そして悲しみには「地図」がある。

5段階のプロセスを知っているだけで、暗闇に光が差す。

「今、自分はここにいる」──それがわかるだけで、楽になる。

「ごめんね」が「ありがとう」に変わるまで、何カ月かかるかは人それぞれ。

でもその日は、必ず来る。

もし「悲しみの地図」を手にしたいなら。

もし「地図を渡せる人」になりたいなら。

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一家にひとり、悲しみの地図を持っている人がいたら──

どれだけ多くの「ごめんね」が「ありがとう」に変わるだろう。

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