日本社会にはむかしから、なにか苦しいことがあったとしても「そこから逃げることはよくないこと」という風潮があります。なかには、いわゆるブラック企業に勤めているにもかかわらず、「逃げられない」(辞められない)人もたくさん存在します。一体、そんな「逃げられない」人にはどんな心理が働いているのでしょうか。
心理カウンセラーの中島輝さんに、「逃げられない」人の心理的メカニズムを解き明かしてもらい、参考になるメッセージをもらいました。
目次
逃げるべきかどうかは「感情」で判断する
「人間は感情の生き物」だといわれるように、ほとんどすべてのことを自分自身の感情によって判断しています。
ですから、いわゆるブラック企業があったとして、はたから見るとそこにいる従業員みんながつらい仕事をしているように見えた場合でも、それぞれの感情によっては、同じ仕事をまったくちがったかたちで受け取っていることも考えられます。
もちろん、「やりたくない」と感じながら働いている人にとっては、それはつらくて苦しいことでしょう。でも、「この経験が未来の糧になるんだ!」と感じている人にとっては、その仕事はなんらつらいことではない。むしろ、将来を見据えてワクワクしたり、場合によってはその疲労に爽快感すらも覚えたりするはずです。
ですから、まず大切となるのは、自分自身の感情に注目することです。本当にやりたいと感じていることなら自然と我慢もできますし、我慢とすら感じないかもしれません。でも、そうではなくて、ただ「やりたくない」と感じていることをしなければならない状況にいるのだったら、いますぐに逃げてほしいと思います。
なぜなら、その場所はあなたが本当にいるべき場所ではないからです。自分の居場所は、自分にとって心地よい場所であるべきです。そして、そんな心地よい場所でこそ、「本当の自分」になれるのです。
逃げられない人は、自信のなさから視野が狭まっている
しかしながら、「やりたくない仕事だ」と感じながらもずっとブラック企業に勤めているような人もたくさんいます。そういう人のなかではどんな心理が働いているのでしょうか。わたしは、「不安」「恐れ」「自信のなさ」といったものによって、視野が狭まっているのだと考えています。
ブラック企業に勤めていて心身を疲弊させてしまっている人が、カウンセリングを受けるためにわたしのもとを訪れることもよくあります。そういう人に対して、どうして勤務先を辞めないのかと聞いてみると、返ってくる言葉はだいたい「だって、食べるために稼がなければいけないじゃないですか」というものです。
でも、そうではありませんよね? お金を稼ぐための勤め先は、その会社ひとつであるわけがありません。
ところが、逃げられない人はそう考えられなくなっているのです。つらいこと、苦しいことに追われるあまりに思考がストップし、「自分なんて他の会社で雇ってもらえるわけがない…」「いまの仕事を辞めたら生きていけない…」というふうな不安、恐れ、自信のなさによって視野が狭くなり、その場から逃げられなくなっているというわけです。
様々な「生き方」に触れ、意識的に視野を広げる
もちろん、現実はそうではありません。生きていくための選択肢はいくらでもありますし、そのなかには、その人が自分らしく生きる、本当の自分になるための選択肢もあるでしょう。そうであるなら、その選択肢をチョイスしないともったいないではありませんか。
そうするためには、狭まっている視野を意識的に広げていくことが必要です。まずは、いろいろな人の選択肢—つまり、「生き方」に触れてみましょう。
その対象はどんな人でも構いません。本や映画などのメディアを通じて偉人の生き方に触れるようなことでもいいですし、あるいはもっと身近な人の話を聞くことでもいいでしょう。そうするなかで、自分の「メンター」ともいえるような人に出会うことができると思います。
しかし、そのメンターが示してくれるのは、「真似をすればいい」というお手本ばかりとは限りません。もちろん、「自分もこんな生き方をしたい!」と思える生き方なら、そのままお手本にしてもいいでしょう。
でも、そうではなく、「こんな生き方もあるのか」という気づきを与えてくれて、「それは自分にはちょっと無理そうだけど、いまとまた別のこういう生き方はできるかもしれない」と思わせてくれるだけでも、視野はそれ以前と比べて確実に大きく広がっています。
「逃げる自分」を許して、本当の自分の居場所を見つける
そして、本当につらいことや苦しいことから逃げるために、「自分を許す」ことを考えてください。
先に、逃げられない人は、不安、恐れ、自信のなさによって視野が狭まっているとお伝えしました。そこでぜひ、不安、恐れ、自信のなさというものを持っている自分を許してほしいのです。
この「許す」という行為が面白いのは、許すことでその対象となる特性が軽減するという点にあります。たとえば、怒りっぽい人が「怒りっぽいのも、自分という人間の一面だ」というふうに自分を許すと、その後は怒りっぽさが軽減するということが人間の心理として起こります。
「怒りっぽい自分を許したら、『いまのまま怒りっぽくていいや』と考えてしまいそう」と思った人もいるかもしれません。でも、そうではないのです。心理学の観点からは、自分を許すということは、いったんひと呼吸置いて冷静に自分を客観視するといった、いわゆる「メタ認知」をすることといえます。
すると、その人の思考は大きく変わります。それまでは怒りっぽい自分というものに気づかないまま怒りに振りまわされていたのが、メタ認知によって怒りっぽい自分という存在に気づき、ちゃんと向き合うことになります。
そして、「すぐに怒ってしまってなにか意味があるのだろうか…?」「もっと建設的な考え方を持つべきではないか…?」というふうに自分をコントロールできるようになります。その結果、怒りっぽさという特性が軽減されるというわけです。
では、不安や恐れを抱えていて自分に自信がない人が、自分を許すとどうなるでしょうか? 自分を許してメタ認知することで「不安や恐れを抱えていて自信がない自分」という存在を認識し、「どうしてこんなに不安や怖れを抱えているのだろうか…?」「本当にこのままの自分でいいんだろうか…?」というふうに考えはじめます。
そうして、逃げられない視野の狭さをつくっていた不安や恐れ、自信のなさが軽減していき、そこから「逃げる準備」に入ることができるでしょう。
そして、実際に「逃げる自分」も許してほしいのです。逃げるという行為はよくないことだととられがちですが、まったくそうではありません。
本当の自分の居場所を見つけて本当の自分になるためには、まず本当の居場所ではない場所から逃げる必要があるのです。逃げることは後退ではなく、前進なのです。ぜひ逃げる勇気を持って、前に進んでほしいと思います。
2021-07-21 マイナビニュースに掲載された記事を加筆修正したものです。
自己肯定感の第一人者である中島 輝と共に、自己肯定感の重要性を多くの人に伝えるために活動中。講師としての登壇経験が多く、自己肯定感をはじめとするセラピー・カウンセリング・コーチングの知識が豊富。メディアサイト「自己肯定感ラボ」を通じ、誰もが輝いて生きていくための情報を発信中。
コメント